「松平さん、ちょっと寄って欲しいところがあるんですが」
助手席から木田が声をかけてきた。
「いいけど、もしかして小学校か? 行方不明になった子供たちが通っていた学校ならすでに廃校になって、今は更地だぞ」
「いえ、そんなんじゃなくて。行きに話したじゃないですか。登山サイトに書き込みがあった、そば団子と手作り田楽が売ってる直売所。食べながら帰りましょうよ」
俺は呆れて、あからさまなため息をついた。少しは熱心になったと思ったのに、全然そんなことはなかった。
「……通り道ならいいが、その代わりそれ以降はどこも寄らずに帰るからな。トイレ休憩もなしだ」
「え、そんな無茶言わないでくださいよ。すぐ場所調べますから」
そう言いつつ、木田はスマホを操作している。どうやらなんとしてでも寄る気らしい。
「ええと、あったあった。うーん、8年前の書き込みか……そば団子、まだやってるのかな……あれ?」
木田が静かになった。
「場所は? 通り過ぎても戻らないからな」
「あ、今地図アプリ見ますから!」
木田は慌てて画面をスワイプした。
直売所に到着すると、木田は店内に駆け込んだ。運転中に着信音があったのを思い出して、俺はスマホのメールアプリを開く。
鳴海さんから返事が来ていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
差出人:鳴海吉彦 narumi.writer@*****.co.jp
宛先:松平洋司 matsudaira01@*****.co.jp
日時:20██年XX月X日 23:12
件名:Re: ██県██村についてお伺いしたいことがあります
松平くん
ご無沙汰しています。元気でやっているようで何よりです。
あの因習村ムックは、ずいぶん大袈裟な誌面になりましたね。読者の反応も上々だったとか。まあ、編集部としては成功だったのでしょう。
私も監修という形でお手伝いしましたが、正直なところ、ああいった仕事は今後は控えさせてもらいたいと思っています。
さて、██村の件、メール拝見しました。
まず、隣接する集落の名前が郷土誌に記載されていないというのは、確かに不自然です。明治期の廃村であれば、通常は地名や最後の戸数、移転先くらいには触れられているはずです。
ただ、郷土誌というものは、美談や誇りなるところは丁寧に書き、触れたくないことは簡素に済ませる傾向があります。とくに昭和中期に編纂されたものなら、それに関わった地元有力者の意向が反映されていてもおかしくありません。
「大雪による消滅」とだけあるのは、事実としては間違っていないのでしょう。ただ、そこに触れられたくない事情があった可能性もあります。まあ、私の穿った見方かもしれませんが。
██村については、かなり前に資料を読んだ記憶があります。
大雪の話も、どこかで見たような……他の地域と混同しているかもしれませんが。いずれにしても、手元の資料と古い取材メモを確認してみます。少し時間をください。
なお、三十年前の失踪事件と明治の廃村を安易に結びつけるのは、現時点では尚早かと思います。
あの因習村ムックのような単純な構図は、読者には受けますが、実際にはそう多くありません。松平くんも、あの特集の影響を少なからず受けているのかな。
進展があれば、また連絡します。
鳴海
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
俺はため息をついて、スマホをポケットにしまった。
数年前、よかれと思って鳴海さんに因習村ムックの監修者の一人になってもらったのだが、どうやら彼にとっては黒歴史となってしまっているらしい。
助手席のドアが開き、木田が車に乗り込んできた。惣菜の詰まったビニール袋を膝に置き、湯気の立つ田楽が二本のった紙皿を俺に差し出す。
「お待たせしました。そば団子は売り切れちゃってましたが、喜んでください、田楽はありましたよ! ささ、熱いうちに」
俺たちは車に乗ったまま田楽を頬張った。車内の温度と湿度が上がり、窓ガラスが曇る。
「そういえば、さっき、この田楽情報調べるために登山サイト見たじゃないですか。なんとなくコメント欄の続きをタップしたら、不穏な感じだったんですよ」
「不穏?」
木田が田楽をくわえたままスマホを操作し、俺の方へ差し出した。
俺はそれを受け取り、画面をスクロールする。
すべて読み終えてから、俺はようやく息を吐いた。……自分が息を止めていたことにすら、気づかなかった。
首筋が粟立っている。俺は手に持ったままだった田楽を皿の上に戻した。
横を向くと、田楽を平らげた木田が、今度は惣菜の袋を覗き込んでいる。
「あ、箸もらい忘れた」
そう言って車を降りようとしたその腕を、俺は掴んだ。
「木田くん」
「なんですか」
「よくこれを読んでから、食い物に意識を向けられたな。怖いとか思わないのか」
「めちゃくちゃ怖かったですよ! だから腹減っちゃって」
俺は呆れて首を横に振る。そしてレジへ向かって走る木田を横目に、もう一度書き込みを読み返した。
助手席から木田が声をかけてきた。
「いいけど、もしかして小学校か? 行方不明になった子供たちが通っていた学校ならすでに廃校になって、今は更地だぞ」
「いえ、そんなんじゃなくて。行きに話したじゃないですか。登山サイトに書き込みがあった、そば団子と手作り田楽が売ってる直売所。食べながら帰りましょうよ」
俺は呆れて、あからさまなため息をついた。少しは熱心になったと思ったのに、全然そんなことはなかった。
「……通り道ならいいが、その代わりそれ以降はどこも寄らずに帰るからな。トイレ休憩もなしだ」
「え、そんな無茶言わないでくださいよ。すぐ場所調べますから」
そう言いつつ、木田はスマホを操作している。どうやらなんとしてでも寄る気らしい。
「ええと、あったあった。うーん、8年前の書き込みか……そば団子、まだやってるのかな……あれ?」
木田が静かになった。
「場所は? 通り過ぎても戻らないからな」
「あ、今地図アプリ見ますから!」
木田は慌てて画面をスワイプした。
直売所に到着すると、木田は店内に駆け込んだ。運転中に着信音があったのを思い出して、俺はスマホのメールアプリを開く。
鳴海さんから返事が来ていた。
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差出人:鳴海吉彦 narumi.writer@*****.co.jp
宛先:松平洋司 matsudaira01@*****.co.jp
日時:20██年XX月X日 23:12
件名:Re: ██県██村についてお伺いしたいことがあります
松平くん
ご無沙汰しています。元気でやっているようで何よりです。
あの因習村ムックは、ずいぶん大袈裟な誌面になりましたね。読者の反応も上々だったとか。まあ、編集部としては成功だったのでしょう。
私も監修という形でお手伝いしましたが、正直なところ、ああいった仕事は今後は控えさせてもらいたいと思っています。
さて、██村の件、メール拝見しました。
まず、隣接する集落の名前が郷土誌に記載されていないというのは、確かに不自然です。明治期の廃村であれば、通常は地名や最後の戸数、移転先くらいには触れられているはずです。
ただ、郷土誌というものは、美談や誇りなるところは丁寧に書き、触れたくないことは簡素に済ませる傾向があります。とくに昭和中期に編纂されたものなら、それに関わった地元有力者の意向が反映されていてもおかしくありません。
「大雪による消滅」とだけあるのは、事実としては間違っていないのでしょう。ただ、そこに触れられたくない事情があった可能性もあります。まあ、私の穿った見方かもしれませんが。
██村については、かなり前に資料を読んだ記憶があります。
大雪の話も、どこかで見たような……他の地域と混同しているかもしれませんが。いずれにしても、手元の資料と古い取材メモを確認してみます。少し時間をください。
なお、三十年前の失踪事件と明治の廃村を安易に結びつけるのは、現時点では尚早かと思います。
あの因習村ムックのような単純な構図は、読者には受けますが、実際にはそう多くありません。松平くんも、あの特集の影響を少なからず受けているのかな。
進展があれば、また連絡します。
鳴海
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俺はため息をついて、スマホをポケットにしまった。
数年前、よかれと思って鳴海さんに因習村ムックの監修者の一人になってもらったのだが、どうやら彼にとっては黒歴史となってしまっているらしい。
助手席のドアが開き、木田が車に乗り込んできた。惣菜の詰まったビニール袋を膝に置き、湯気の立つ田楽が二本のった紙皿を俺に差し出す。
「お待たせしました。そば団子は売り切れちゃってましたが、喜んでください、田楽はありましたよ! ささ、熱いうちに」
俺たちは車に乗ったまま田楽を頬張った。車内の温度と湿度が上がり、窓ガラスが曇る。
「そういえば、さっき、この田楽情報調べるために登山サイト見たじゃないですか。なんとなくコメント欄の続きをタップしたら、不穏な感じだったんですよ」
「不穏?」
木田が田楽をくわえたままスマホを操作し、俺の方へ差し出した。
俺はそれを受け取り、画面をスクロールする。
すべて読み終えてから、俺はようやく息を吐いた。……自分が息を止めていたことにすら、気づかなかった。
首筋が粟立っている。俺は手に持ったままだった田楽を皿の上に戻した。
横を向くと、田楽を平らげた木田が、今度は惣菜の袋を覗き込んでいる。
「あ、箸もらい忘れた」
そう言って車を降りようとしたその腕を、俺は掴んだ。
「木田くん」
「なんですか」
「よくこれを読んでから、食い物に意識を向けられたな。怖いとか思わないのか」
「めちゃくちゃ怖かったですよ! だから腹減っちゃって」
俺は呆れて首を横に振る。そしてレジへ向かって走る木田を横目に、もう一度書き込みを読み返した。
