なつやすみのにっき

██旅館 宿泊者ノート

1993年4月29日
家族旅行で泊まりました。露天風呂が本当に素晴らしかったです。夜は団体さんで混んでいましたが、それも活気があってよかった。子供たちも大喜びでした。また必ず来ます。

1993年5月2日
社員旅行で利用しています。宴会場が広く、料理も豪華で大満足。駅から遠いので、送迎バスもありがたい! また来年もお願いします。
(株)██商事 一同

1993年5月4日
食事がバイキング形式で最高!とくに山菜の天ぷらが本当においしい。種類が多くて全部食べきれなかった。また泊まったら絶対にリベンジする!

1993年5月5日
部屋から見える山がとてもきれいでした。売店のお饅頭、試食したらとっても美味しかったのでお土産に買いました。

1993年5月5日
おふろが大きかった!また来るね。みのり 10才

1993年5月7日
人気旅館なんですね。チェックインの列がロビーの外まで続いていて驚きました。夕食の刺身の舟盛りは写真以上に豪華。地酒の種類も多く、つい飲みすぎてしまい、部屋に戻ってからしばらく動けませんでした(笑)。

(中略)

1997年8月7日
去年より少し空いてて、のんびりできた。部屋から見える山の景色が本当にきれい。

1997年9月17日
おさしみおいしかった。アイスもおいしかったです。 たくや

(中略)

2000年5月29日
久しぶりに来ました。売店が小さくなっていて驚きましたが、温泉は変わらず気持ちよかったです。

2000年6月10日
館内が少し暗い印象。以前はもっとお客さんで賑わっていた印象があるけど、時代の流れか。でもその分、ゆっくり温泉を堪能できた。

(中略)

2003年11月18日
送迎バス廃止?知らずに来てしまいました。タクシーで来ましたが、結構遠かったです。

(中略)

2005年5月2日
GWの家族旅行。お風呂ほぼ貸切でラッキー。でもちょっと心配になりますね。女将さんが「昔は予約取れなかった」と言ってましたが、本当かな?

(以降、書き込みはまばらになる)

2006年1月3日
正月に泊まりました。宴会場は使われてないとのこと。少し寂しいけど、温泉は良かったです。

2008年9月18日
売店は営業してたけど棚がガラガラ。ビールもあったがキンキンじゃなかった。ビールくらい冷やしておいてよ〜

2011年4月12日
館内の昭和感が最高でした!昔のビールのポスターにテンション上がりました。静かで時間が止まっているみたい。こういう宿、ずっと残ってほしいです。

2013年7月20日
お饅頭が美味しいって聞いたのに、売店が無くなってた。食事も写真と違って、ちょっと残念。

2014年10月8日
夫婦で宿泊。露天風呂は利用不可とのこと。予約のときに言ってほしかった……。

「なんだか……悲しくなってきますね」
 木田が途中でノートを閉じようとしたので、俺は手を伸ばしてそれを受け取った。
「松平さん、まだ読むんですか? 俺、そろそろ寝たいんですけど」
「寝ればいいだろ」
「灯りがついてたら眠れないですよ。編集の権限で消灯にします。明日にしてください」
 俺はため息をついて、ノートをテーブルに戻した。
 カーテンを少し開けて外を見る。
 窓の向こうに山が迫っていて、そこには深い闇しかなかった。
 布団を二組並べて敷く。明らかに長いこと干していない敷布団から、すえた臭いがした。それを吸い込まないように、俺は仰向けになる。
 妙に静かな夜だった。虫の声すら聞こえない。
 都会暮らしが長いと、静かすぎる夜はかえって眠れなくなる。今夜もそうなるかと思ったのに──異様にまぶたが重い。
 木田が言った通り、疲れていたのかもな。
 そう思ったのを最後に、意識は暗い底へと引き摺り込まれるように沈んでいった。

 救いを求めるように、俺は目を開けた。
 息が荒い。寝汗がひどく、擦り切れた宿の浴衣が肌に張り付いていた。窓の隙間からは薄い光が差し込んでいる。
 体を起こすと、木田が自分の布団の上に座っていた。膝を抱えて、じっとしている。
「木田くん?」
 声をかけると、ゆっくりこちらを向いた。
「松平さん」
 いつもより声が細く、かすれている。
「俺、変な夢を見ました」
 俺は体を起こした。
「……どんな夢だ」
「暗いところにいる夢です。すごく狭くて、洞窟みたいな。土の匂いがして、寒かった」
「……声は」
 聞きたくなかった。だが、気づいたら口が勝手に動いていた。
「子供の声は、聞こえたか」
 木田が目を見開いた。
「はい。何人もの甲高い声が、耳を塞ぎたくなるくらい反響してて……でも、どうしてそれを」
 俺は汗で湿った布団を剥いで立ち上がった。
「まさか、松平さんも同じ夢を──」
「こんな湿気た布団で寝たから、似たような夢を見ただけだ」
「でも、」
「偶然だ」
 木田は何か言いかけて、口をつぐんだ。
「着替えろ。行くぞ」
 身支度を整えて部屋を出ようとしたとき、ガラステーブルの上の宿泊者ノートが目に入った。昨夜、途中まで読んだやつだ。
 続きが気になったが、木田はすでに廊下に出ていた。
 俺はノートから目を逸らし、部屋を出た。