正美さんが席を立ち、駐車場の方へ消えていくのを見届けてから、俺は木田の方を向いた。
「読むか。二冊目」
「そうですね」
木田の手がテーブルの上に置かれた二冊目の日記に伸びて──ぴくりと止まった。
「──松平さん」
「何だ。怖気付いたとか言うなよ」
「まさかファミレスでドリンクバーだけってことないですよね。なんか頼みましょうよ」
「……今この状況で飯のことか」
「いや、だって正美さんがいる間、気を遣って何も頼めなかったじゃないですか」
俺は溜息をついて、木田にメニューを手渡した。
十分後、木田の前にはじゅうじゅうと音を立てるビッグハンバーグプレートとそびえ立つメガパフェが、俺の前には大盛りのカツ丼と唐揚げ、それに冷奴が置かれた。編集部の経費で落としてくれるというのだから、頼まない手はない。
「じゃあ、読むぞ」
「はい」
木田はメガパフェのクリームをスプーンですくいながら、日記を覗き込む。ハンバーグの前にパフェか……と思いながら、俺はページをめくった。
一冊目は八月二十一日で終わっていた。二冊目は、その翌日から始まっている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
8がつ22にち あめ
きょうは、みんなで、填やまに、いった。
けんちゃん、が、うたってた
みんな、で、うたった。
うえのひかり填が、とおく、なる、うた
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「填? 充填の填、ですよねこれ」
木田が呟いた。
「子供が一生懸命書いたみたいな筆跡だけど、なんだこれ」
「この漢字一文字だと……詰めるとか、満たすとかいう意味か?」
木田がスマホを取り出して操作する。指が止まった。
「それもありますが……土で埋める、というのも」
背筋に冷たいものがぞわりと走った。──どう考えても、七歳が書く漢字じゃない。
俺は深呼吸をしてから、ページをめくった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
8がつ23にち はれ
けんちゃんの、すきなもの、は、填しろいはな。
けんちゃんは、
おいしい、て、いてた填填填填
リナちゃんの、すきなの、は、填填つめたいみず。
填リナちゃんは、みずのなか、が、すき。
ずっと、填填填
8がつ填填にち いたい
ゆうくんは、もぐるのが、とくい。
つち填填填填のなか、でも、もぐれ填る。
あっくんは、くらいところ、でも、め填填填みえる。
「填みんなのかお、が、みえ填填るよ」て、いてた。
8がつ25 きり
リナちゃんの、填填填きらいなもの、は、あさ、が、くること。
リナちゃんは、ひるま、は、ねている
よる、に、なると
わたしたちは、填填、うえのひかり、が、きらい。
8がつ26にち あめ
あっくん、に、めを、もらった。
りょうほうくれた
やらかい
填填填、たいせつに、する。
8がつ27にち きり
填填填は、まゆだまを、たべた、って、いってた。
なかに、なにか、いた、
填填かった、填填填いたて。
8がつ28にち くらい
けんちゃんの、かおが、填填、ながくなた。
リナちゃん填填填填、こえが、ひくくなった。填填みたい。
ゆうくんの、て、が、おおきくなた
みんな、填填填、
わたしたちも填あかわ
した、から
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
木田の手が止まっていた。
「……これ」
「ああ」
「土の中でも潜れるとか、顔が長くなったとか……。『め』を両方もらったって、目、ですかね……?」
俺は「わからない」と首を振った。考えたくもない。
食欲が急激に失せるのを感じた。せっかく注文したカツ丼だったが、半分ほどを残してテーブルの脇に寄せる。
ページをめくると、絵が描かれていた。一冊目の途中から変わり始めていた絵は、二冊目ではさらにおかしくなっていた。
黒と茶色のクレヨンでぐちゃぐちゃに塗りつぶされた背景に、六人の人物らしきものが並んでいる。一冊目では、顔が塗り潰された一人は距離を置いて描かれていたが、今回は六人全員が近くに立っていた。
そして、顔が塗りつぶされてないうちの二人に、さらなる異変があった。
一人は目が描かれていない。のっぺらぼうのように顔の上半分が空白で、赤いクレヨンの口だけが輪郭からはみ出すほど大きく笑っている。
そしてもう一人は、描かれた上から茶色いクレヨンで塗り重ねられていた。まるで……土の壁に塗り込まれているかのように。
木田が小さく唾を飲み込む音が聞こえた。俺も喉の奥に何かが詰まったような気がして、息が吸いにくい。
二人とも黙ったまま、ページをめくる。
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8がつ29にち きり
あたらしい、ともだち、は、
まだ、かおが、ない。
でも、填填填、もうすぐ、できる。
みんな、で、まてる。
8がつ30にち あめ
わたしたちは、ともだち、に、なった。
ずっと、填、ここにいる。
さむく
さび填填填い。
みんな、いるから
つちは填くて、きもちがいい。
8が 31にち つち
うえのひかり、が、
填填填かないから、かわかない。
あたらしい、填填、ともだちを、まってる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
それが最後のページだった。
「新しい友達を待ってる……次の誰かが来るのを、待っているようにも読めるな」
木田は答えなかった。だがパフェもハンバーグも、いつの間にかきれいになくなっている。
俺は日記を閉じた。
背筋がゾクゾクする。恐怖なのか、それとも──売れそうなネタを掴んだときの興奮なのか。自分でも、わからなかった。
木田に会計を済ませてもらい外に出ると、空は薄暗くなっていた。
「日が短くなってきましたね」
木田がスマホで時刻を確認しながら言う。
「今ならまだ、暗くなる前に写真を撮れますけど。どうします?」
俺は小さく鼻で笑った。
「行くに決まってるだろ。ここまで来て地蔵を見ずに帰れるか」
「……ですよね」
木田は諦めたように肩をすくめる。
「怖いなら車で待ってていい」
「いや、行きますよ。行きますけど……」
木田は溜息をついて、いつの間に買ったのか、あんぱんをポケットから取り出した。
「とりあえず先に、腹ごしらえだけさせてください」
「読むか。二冊目」
「そうですね」
木田の手がテーブルの上に置かれた二冊目の日記に伸びて──ぴくりと止まった。
「──松平さん」
「何だ。怖気付いたとか言うなよ」
「まさかファミレスでドリンクバーだけってことないですよね。なんか頼みましょうよ」
「……今この状況で飯のことか」
「いや、だって正美さんがいる間、気を遣って何も頼めなかったじゃないですか」
俺は溜息をついて、木田にメニューを手渡した。
十分後、木田の前にはじゅうじゅうと音を立てるビッグハンバーグプレートとそびえ立つメガパフェが、俺の前には大盛りのカツ丼と唐揚げ、それに冷奴が置かれた。編集部の経費で落としてくれるというのだから、頼まない手はない。
「じゃあ、読むぞ」
「はい」
木田はメガパフェのクリームをスプーンですくいながら、日記を覗き込む。ハンバーグの前にパフェか……と思いながら、俺はページをめくった。
一冊目は八月二十一日で終わっていた。二冊目は、その翌日から始まっている。
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8がつ22にち あめ
きょうは、みんなで、填やまに、いった。
けんちゃん、が、うたってた
みんな、で、うたった。
うえのひかり填が、とおく、なる、うた
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「填? 充填の填、ですよねこれ」
木田が呟いた。
「子供が一生懸命書いたみたいな筆跡だけど、なんだこれ」
「この漢字一文字だと……詰めるとか、満たすとかいう意味か?」
木田がスマホを取り出して操作する。指が止まった。
「それもありますが……土で埋める、というのも」
背筋に冷たいものがぞわりと走った。──どう考えても、七歳が書く漢字じゃない。
俺は深呼吸をしてから、ページをめくった。
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8がつ23にち はれ
けんちゃんの、すきなもの、は、填しろいはな。
けんちゃんは、
おいしい、て、いてた填填填填
リナちゃんの、すきなの、は、填填つめたいみず。
填リナちゃんは、みずのなか、が、すき。
ずっと、填填填
8がつ填填にち いたい
ゆうくんは、もぐるのが、とくい。
つち填填填填のなか、でも、もぐれ填る。
あっくんは、くらいところ、でも、め填填填みえる。
「填みんなのかお、が、みえ填填るよ」て、いてた。
8がつ25 きり
リナちゃんの、填填填きらいなもの、は、あさ、が、くること。
リナちゃんは、ひるま、は、ねている
よる、に、なると
わたしたちは、填填、うえのひかり、が、きらい。
8がつ26にち あめ
あっくん、に、めを、もらった。
りょうほうくれた
やらかい
填填填、たいせつに、する。
8がつ27にち きり
填填填は、まゆだまを、たべた、って、いってた。
なかに、なにか、いた、
填填かった、填填填いたて。
8がつ28にち くらい
けんちゃんの、かおが、填填、ながくなた。
リナちゃん填填填填、こえが、ひくくなった。填填みたい。
ゆうくんの、て、が、おおきくなた
みんな、填填填、
わたしたちも填あかわ
した、から
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木田の手が止まっていた。
「……これ」
「ああ」
「土の中でも潜れるとか、顔が長くなったとか……。『め』を両方もらったって、目、ですかね……?」
俺は「わからない」と首を振った。考えたくもない。
食欲が急激に失せるのを感じた。せっかく注文したカツ丼だったが、半分ほどを残してテーブルの脇に寄せる。
ページをめくると、絵が描かれていた。一冊目の途中から変わり始めていた絵は、二冊目ではさらにおかしくなっていた。
黒と茶色のクレヨンでぐちゃぐちゃに塗りつぶされた背景に、六人の人物らしきものが並んでいる。一冊目では、顔が塗り潰された一人は距離を置いて描かれていたが、今回は六人全員が近くに立っていた。
そして、顔が塗りつぶされてないうちの二人に、さらなる異変があった。
一人は目が描かれていない。のっぺらぼうのように顔の上半分が空白で、赤いクレヨンの口だけが輪郭からはみ出すほど大きく笑っている。
そしてもう一人は、描かれた上から茶色いクレヨンで塗り重ねられていた。まるで……土の壁に塗り込まれているかのように。
木田が小さく唾を飲み込む音が聞こえた。俺も喉の奥に何かが詰まったような気がして、息が吸いにくい。
二人とも黙ったまま、ページをめくる。
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8がつ29にち きり
あたらしい、ともだち、は、
まだ、かおが、ない。
でも、填填填、もうすぐ、できる。
みんな、で、まてる。
8がつ30にち あめ
わたしたちは、ともだち、に、なった。
ずっと、填、ここにいる。
さむく
さび填填填い。
みんな、いるから
つちは填くて、きもちがいい。
8が 31にち つち
うえのひかり、が、
填填填かないから、かわかない。
あたらしい、填填、ともだちを、まってる。
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それが最後のページだった。
「新しい友達を待ってる……次の誰かが来るのを、待っているようにも読めるな」
木田は答えなかった。だがパフェもハンバーグも、いつの間にかきれいになくなっている。
俺は日記を閉じた。
背筋がゾクゾクする。恐怖なのか、それとも──売れそうなネタを掴んだときの興奮なのか。自分でも、わからなかった。
木田に会計を済ませてもらい外に出ると、空は薄暗くなっていた。
「日が短くなってきましたね」
木田がスマホで時刻を確認しながら言う。
「今ならまだ、暗くなる前に写真を撮れますけど。どうします?」
俺は小さく鼻で笑った。
「行くに決まってるだろ。ここまで来て地蔵を見ずに帰れるか」
「……ですよね」
木田は諦めたように肩をすくめる。
「怖いなら車で待ってていい」
「いや、行きますよ。行きますけど……」
木田は溜息をついて、いつの間に買ったのか、あんぱんをポケットから取り出した。
「とりあえず先に、腹ごしらえだけさせてください」
