なつやすみのにっき

 そこまで話し終えた正美さんは、見るからに憔悴しきっていた。彼女の前に置かれたコーヒーは一口も手をつけられないまま、とっくに冷たくなっている。
 木田がちらりと俺を見る。そろそろ終わらせてあげましょうよ、という目だった。
 わかっている。だが当時のことを知っている人に話を聞く機会なんて、この先もうないかもしれない。それに、相手が弱っているときだからこそ引き出せる話もある。
 罪悪感がないわけではないが、それが俺の選んだ仕事だ。
 彼女がうなだれているのに気づかないふりをして、「それじゃ正美さん、あと聞きたいのは──」と、俺は取材を再開した。

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 ムササビ地蔵の先の山に、何があるか……ですか?
 ──実は、大学生になってから、自分でも調べたんです。私なりに、弟に何があったのかを知りたくて。
 これ……お見せするか迷ったんですが、お渡ししておきます。実家にあった、村の郷土誌のコピーです。私が生まれるずっと前、昭和██年の、村政の周年記念か何かで作られたもの。
 ここです。「明治██年一月、東の山中の村が消滅」。ムササビ地蔵の先に、昔は別の村があったみたいなんです。
 消滅の理由は「大雪による孤立のため」。たった一行、これだけです。村の名前すら書いていないなんて、おかしいと思いませんか?
 大人たちが山を恐れていた理由、これと関係があるんじゃないかって、ずっと思っていました。
 大雪で村が孤立して、廃村になった──全員がいなくなったってことですよね。山を降りたのか、それとも村人全員がそこで。
(沈黙)
 わかりません。これ以上調べる勇気がなくて。
 もし、記者さんたちが調べてくれるのなら……私も知りたいです。弟たちに何があったのか。
 この資料……お預けしますね。
 担任の先生? 確か、若い女の先生で──そう、新任だって弟が言ってました。名前は……白が付く名前だったような。顔はうっすら覚えているんですけどね。明るくて面倒見のいい先生で……弟も、懐いていました。
 ええ……そうです。あの事件のあと、急に辞めたんです。学期の途中で。
 受け持った生徒が四人も行方不明になって、大輔くんもあんなふうになってしまったら……続けられないのも、仕方がないことですよね。
 え、ムササビ地蔵の場所ですか?
 まさか、行くつもりですか?
 ……わかりました。見るだけなら。
 でも、一つだけ約束してください。
 お地蔵さんの先には、絶対に入らないでください。
 調べてほしいとは言いました。でも、あの山──お地蔵さんの先に入ってしまったら、調べるどころじゃなくなる。
 弟たちと同じことになってしまうから。
 お願いします。
 絶対にムササビ地蔵を越えないと約束してください。