なつやすみのにっき

[インタビュー 佐藤正美さん]

 佐藤正美といいます。正しいに、美術の美で、正美です。四十三歳です。……はい。三十年前の夏のこと、私が知っていることを、お話しします。
 ただ、今日ここでお話ししていることは、母には内緒にしてください。集落の人たちにも。
 母は……弟のことになると、今でも普通じゃいられなくなるので。三十年経った今でも。
 弟は佐藤健太。六つ下、でした。……ええ、そうです。あの日いなくなった五人のうちの一人です。
 その日、母は習い事の集まりに出ていて、私は友達と遊びに行っていました。
 私と母はほぼ同時に帰ってきて、そのとき弟は家にいませんでした。でも子供が多い時代でしたから、誰かの家にいるんだろうって……うちも、ほかの子の家族も、みんなそう思っていました。
 夕方、リナちゃんのお母さんから電話があったそうです。リナちゃんは4時に帰るはずなのに帰ってこない、一緒じゃないですかって。母は、うちにはいませんよと言って、それで終わりました。
 でも、暗くなっても帰ってこなかった。──誰も、帰ってこなかった。
 この辺りでは、昔から言われていました。「ムササビ地蔵を越えてはいけない」って。
 理由は誰も教えてくれないんです。ムササビ地蔵の奥、東の山に入ったら、「怒る」とか「連れていかれる」とか、そういうふうにしか。「もし何かあっても誰も助けに行かないし、誰も関わらない。絶対にムササビ地蔵を越えるでないぞ」って。みんな、そう言われて育ちました。
 誰が怒るの?って聞いても、口にすること自体が呼ぶことになるからって、主語は決して口に出さないんです。
 あの年の夏休み、弟は毎日、友達と遊んでいました。ゆうちゃん、だいちゃん、あっくん、リナちゃん、それに弟。
 弟は──虫取りが大好きでした。「山に入っちゃダメって言うけど、絶対クワガタいっぱいいるよ」って言ってたのを聞いたことがあります。……山に入ろうと言い出したのは、もしかすると弟だったかもしれません。
 大人たちは、必死で探しました。警察と消防署、それから消防団が総出で探して、それで、ムササビ地蔵の前で子供の自転車が見つかって。みんな……顔色が変わりました。
 夏休みが終わるまで、捜索は続きました。でも、見つかりませんでした。山で遭難したんだろう、ということになりました。……遺体は、出なかったけど。
 え?
 ああ……大輔くんのこと、ご存知なんですね。
 ええ、四日後に彼だけ戻ってきたんです。ムササビ地蔵の近くで発見されて、大騒ぎになりました。
 裸足で、服も泥だらけで、でも怪我はしていなくて。衰弱もしていなかったそうです。四日間も山にいたのに。
 見つけたのは、子供会の役員もやっている農家のおじさんでした。大輔くんはムササビ地蔵近くの道を、ひとりで歩いていたそうです。
 すごく楽しいことがあったみたいに、ニヤニヤニヤニヤ笑いながら。
 でも、大輔くんはどちらかといえば人見知りの子でした。だから余計に気味が悪くて、もし行方不明になってなかったら声をかけたくなかったと、その方は言っていました。
「あれは大ちゃんじゃなかった」って……言ってました。
 戻ってから、大輔くんは学校に行っていたみたいです。でも、様子がおかしいという話を聞きました。どうおかしかったのかは、私にはわかりません。
 大人たちが、あの子の話をするなと言ったので。
「あれはもう大輔くんじゃない」と言う人も、何人かいました。
 大輔くんの家は、林との境目にありました。昼間でも少し薄暗くて、川も近くて、湿っぽい場所です。でも、それまでは普通の家でした。庭には花が植えてあって、明るい家でした。
 大輔くんが戻ってきてから、あの家の人たちも急におかしくなりました。
 最初は、大輔くんだけが戻ってきたことへの申し訳なさからなのかなと、みんな思っていました。母も複雑だったとは思うんですが、「大ちゃんだけでも帰ってきてくれてよかった」と、他の保護者たちと伝えに行ったこともあったそうです。
 でも……それからずっと、雨戸を閉めっぱなしにして、昼間でも誰も出てこなくなりました。お母さんも買い物に出なくなって、お父さんも会社を休むようになって。──人の気配はするんです。夜中に子供の笑い声が聞こえたり。
 二学期が始まって二週間ほどで、大輔くんは学校に来なくなりました。
 本人の意思ではなく、両親が止めたという噂もありました。外に出さないようにしていたと。
 さらに数週間経った頃……一家でいなくなってしまったんです。
 消える前の晩、近所の人があの家で声を聞いていたそうです。
 子供の笑い声です。大輔くんはひとりっ子なのに、たくさんの子供がいるようにも聞こえた。笑っているのか、泣いているのか、歌っているのかわからないような──よく響く、甲高い声。
 それが一晩中、ずっと。
 その人はその音に耐えられなくなって……風が林を揺らす音だと自分に言い聞かせて、耳を塞いで布団を被ったと言っていました。それでも声は聞こえてきて、眠れなかったと。
 翌朝、声がしなくなっていたから、近所の人に声をかけて、何人かで様子を見に行ったそうです。
 鍵は開いていました。中に入ると、ついさっきまで生活していたみたいな、普通の光景でした。
 ただ、人だけがいなかった。
 行き先は誰も知りません。自分たちの意思で出ていったのかどうかも……わかりません。
 ほかの、行方不明になった子供の家族、ですか?
 みなさん、もう村を出られています。挨拶もなく、ひっそりと。
 ──いえ、大輔くんの家とは違います。荷物をまとめて引っ越していかれました。ただ、行き先は誰にも告げていないと思います。
 家は不動産業者を通じて売られたところもあれば、空き家のまま残っているところもあります。
 うちは本家だったので、この地に残りました。先祖代々のお墓を守るために、残らなければならなかったんです。
 大輔くんを見つけた農家さんも、最後の声を聞いた近所の方も……すでに……他界しました。
 あの事件に直接関わって今村に残っているのは、うちだけだと思います。
 母が一度だけ「本家じゃなければ」と呟いたのを覚えています。私も……ここから逃げ出せたらと、何度思ったか。
 でも最近、思うんです。
 もし戻ってきたのが大輔くんじゃなくて弟だったら、私たちはどうしていたんだろうって。
 なぜそんなことを言うのかって?
 ──村の年寄りは、こうも言っていたからです。
「山から戻ってきた者を、村に──」
 ……いえ、なんでもありません。