結局、話し合いはどこまでも平行線で結論が出せなかった。
十六夜が後宮を脱出することを頑なに拒んだためだ。
さちを身代わりとして置いていかなければ、母や乳母たちの罪も免れないだろう。
それなのに、さちの心配までしてしているのだから十六夜という人は本当に慈悲深いと思う。
さちのような出会ったばかりの使用人など切り捨てればいいだけなのに。
事実、さくら達にとってはさちなど十六夜の命に比べたら取るに足らない存在なのだ。
しかし、さちの心配をよそに、何事もなかったように時は過ぎていった。
皇后陛下からの宴の誘い等もぴたりとなくなり、姫に対してまるで関心をしめさなくなったように思える。
それでもさちは十六夜のことが心配でならない。
最近、姫は目に見えて元気がなかったからだ。
季節は秋、神奈月のある日さちは庭で焚き火をして落ち葉を燃やしていた。
姫様に食べてもらいたくて栗や芋も一緒に焼いている。
(もうすぐかな、でもちょっと火が弱い?)
少し風が吹いてきたので薪を足した方がよいかと思っていたら、炎がぼわりと膨らんだ。
「きゃっ」
「おっと、大丈夫?」
背後に声がして振り返ると十六夜が自分を庇うように抱き寄せてきた。
「貸して」
長い枝を受け取ってガサガサと焚き火の中の芋をひっくり返す姫君。
なぜか慣れた手つきだ。
棒を持っていない方の手をゆらゆら動かすとつられたように炎が踊った。
「あ、火が大きくなってる」
姫は内緒だよと言って、小さく笑う。
さちの記憶が確かなら、こんなに上手く炎を操ることは並の異能者には出来はしない。
十六夜はこれほどまでの力を持っていながら、後宮に閉じ込められていなければいけないのだろうか。
さちはあらためて、彼の運命を思い、やるせなくなってしまう。
どうして、この方はこんな辛い目にあわなきゃいけないの。
「そんな顔しないで、さち」
「姫様」
「私なら大丈夫だから」
炎を見つめたまま十六夜は声をひそめて言う。
「母上が、帝に全てを打ち明けたんだ」
「え、それじゃあ」
「うん。だから、今しばらくは大丈夫だと思う。でも」
そこで小さく吐息をついて続ける。
「とうとう父までも巻き込んでしまった。この先、どうなるか私にはわからない」
「で、でも帝がお味方してくださるなら」
「いや、そうとは限らない。皇后派の勢力は今や朝廷の隅々まで掌握しているからね。父とてそれをいつまでも抑えておけないだろう」
「そんな」
さちが不安そうに見つめると十六夜はごめんと呟く。
「さちを怖がらせるつもりじゃなかったんだ」
「姫様、大丈夫です。きっと。だって、帝はこの国で1番偉いお方ですもの。
それに、こんなに綺麗で優しくて才能ある姫様が不幸になるわけはありません。だから、だから」
さちはただ十六夜を慰めたくて言ったのだが、本気でそう信じていた。
「さち……」
瞳を見開いた十六夜はしばし固まる。
「もし、それでも姫様を害そうとするものがいれば私がお守りします」
「うん、さち、わかったよ、わかったから」
十六夜は困ったように眉を下げて、やがて照れくさそうに笑う。
いつのまにか、さちは十六夜の両手を握りしめ顔と顔も今にも触れそうなほど近づけていた。
「ご、ごめんなさい」
「ううん、謝らないで。それから、お願いがあるんだ」
「はい、なんでしょうか」
「これからは私を名前で呼んでくれないか?さちは私が姫では無いことがわかっているのだし」
「ですが」
「さちにだけは、姫では無く十六夜と呼んでもらいたいんだよ」
どうしてですか、とはなぜか聞いてはいけないような気がして聞けなかった。
主人の願いならばとさちは頷いた。
「はい、もちろんです。十六夜様」
口に出して言うとなぜか恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。
きっと、まだ慣れないせいだろうと思った。
「おっ、そろそろ焼けたみたいだ。いい匂いだね」
十六夜は楽しげに焼けた栗や芋を掻き出すと、さちも嬉しそうに微笑した。
「はい、よく焼けておりますわ、十六夜様」
十六夜が後宮を脱出することを頑なに拒んだためだ。
さちを身代わりとして置いていかなければ、母や乳母たちの罪も免れないだろう。
それなのに、さちの心配までしてしているのだから十六夜という人は本当に慈悲深いと思う。
さちのような出会ったばかりの使用人など切り捨てればいいだけなのに。
事実、さくら達にとってはさちなど十六夜の命に比べたら取るに足らない存在なのだ。
しかし、さちの心配をよそに、何事もなかったように時は過ぎていった。
皇后陛下からの宴の誘い等もぴたりとなくなり、姫に対してまるで関心をしめさなくなったように思える。
それでもさちは十六夜のことが心配でならない。
最近、姫は目に見えて元気がなかったからだ。
季節は秋、神奈月のある日さちは庭で焚き火をして落ち葉を燃やしていた。
姫様に食べてもらいたくて栗や芋も一緒に焼いている。
(もうすぐかな、でもちょっと火が弱い?)
少し風が吹いてきたので薪を足した方がよいかと思っていたら、炎がぼわりと膨らんだ。
「きゃっ」
「おっと、大丈夫?」
背後に声がして振り返ると十六夜が自分を庇うように抱き寄せてきた。
「貸して」
長い枝を受け取ってガサガサと焚き火の中の芋をひっくり返す姫君。
なぜか慣れた手つきだ。
棒を持っていない方の手をゆらゆら動かすとつられたように炎が踊った。
「あ、火が大きくなってる」
姫は内緒だよと言って、小さく笑う。
さちの記憶が確かなら、こんなに上手く炎を操ることは並の異能者には出来はしない。
十六夜はこれほどまでの力を持っていながら、後宮に閉じ込められていなければいけないのだろうか。
さちはあらためて、彼の運命を思い、やるせなくなってしまう。
どうして、この方はこんな辛い目にあわなきゃいけないの。
「そんな顔しないで、さち」
「姫様」
「私なら大丈夫だから」
炎を見つめたまま十六夜は声をひそめて言う。
「母上が、帝に全てを打ち明けたんだ」
「え、それじゃあ」
「うん。だから、今しばらくは大丈夫だと思う。でも」
そこで小さく吐息をついて続ける。
「とうとう父までも巻き込んでしまった。この先、どうなるか私にはわからない」
「で、でも帝がお味方してくださるなら」
「いや、そうとは限らない。皇后派の勢力は今や朝廷の隅々まで掌握しているからね。父とてそれをいつまでも抑えておけないだろう」
「そんな」
さちが不安そうに見つめると十六夜はごめんと呟く。
「さちを怖がらせるつもりじゃなかったんだ」
「姫様、大丈夫です。きっと。だって、帝はこの国で1番偉いお方ですもの。
それに、こんなに綺麗で優しくて才能ある姫様が不幸になるわけはありません。だから、だから」
さちはただ十六夜を慰めたくて言ったのだが、本気でそう信じていた。
「さち……」
瞳を見開いた十六夜はしばし固まる。
「もし、それでも姫様を害そうとするものがいれば私がお守りします」
「うん、さち、わかったよ、わかったから」
十六夜は困ったように眉を下げて、やがて照れくさそうに笑う。
いつのまにか、さちは十六夜の両手を握りしめ顔と顔も今にも触れそうなほど近づけていた。
「ご、ごめんなさい」
「ううん、謝らないで。それから、お願いがあるんだ」
「はい、なんでしょうか」
「これからは私を名前で呼んでくれないか?さちは私が姫では無いことがわかっているのだし」
「ですが」
「さちにだけは、姫では無く十六夜と呼んでもらいたいんだよ」
どうしてですか、とはなぜか聞いてはいけないような気がして聞けなかった。
主人の願いならばとさちは頷いた。
「はい、もちろんです。十六夜様」
口に出して言うとなぜか恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。
きっと、まだ慣れないせいだろうと思った。
「おっ、そろそろ焼けたみたいだ。いい匂いだね」
十六夜は楽しげに焼けた栗や芋を掻き出すと、さちも嬉しそうに微笑した。
「はい、よく焼けておりますわ、十六夜様」



