私は何も言えなかった。
あまりにも突飛すぎて。
「そんな……だってあの動画は、赤雪モカが助けを求めるためのものだと結論づけたじゃないですか」
『そうっす。ただし、逆です。
観る者が呪われるんじゃなくて――「観る者が呪う」動画です。
正確に言うと、呪いの手助けをさせられる動画です』
「……」
突飛な意見がさらに突き出て飛んでいった。
「どういうことか……説明……」
『裏拍手です。やっぱりあれは呪術だったんですよ』
前述のとおり、裏拍手は呪殺にも使える。
正式な作法は、殺したい相手の名前を凝視しながら裏拍手をすること。
と、コタローくんは付け足した。
『裏拍手を送られた名前の持ち主は死ぬ。異界の存在に「そいつは死者だ」と知らせて、向こうに連れていってもらう――ってのが、おれの知り合い(略)作の映画で言ってました』
「ああ……赤雪モカが出演したっていう……」
けれど、と私は疑問に思う。
「呪殺には名前をじっと見つめないとダメなのでは。裏拍手するとき、彼女はカメラを向いて……」
あっ、と声が出た。
裏拍手をする寸前。
赤雪モカはカメラのレンズに、ある模様を描いた。
ファンからのプレゼントで、大事にしているという高価なリップで。

「あの数字と漢字と、変なマークが混じったやつが……湯山未喜男の名前?」
『名前だけじゃない。たぶん上の部分の7つの続け字は数字で、おそらく生年月日です。下の2桁の数字と、めっちゃ崩した字は年齢なんじゃないかな』
たしかによく見ると、『1984523』と『38*』と読める。
「38にくっついている文字は……読みにくいけど、『才』ですか?」
『たぶん。昔、ホラー漫画で読んだんです。呪詛をより強力にするには、名前、年齢、生年月日を使うって。
いま送ったURL、開いてください』
スマホのDMに届いたURLをタップすると、情報サイトが開いた。
――【梵字五十音表】
「梵字って、ええっと、古代インド語を表す文字ですよね。仏教で使われている……」
『そです。で、この模様みたいな文字、ひらがなを梵字に変換したものなんすよ』

『最初のは梵字で「ゆ」
次は崩して、つか、篆書体っぽいけど「山」
その次は梵字で「みき」
次のニョロニョロは「夫」です』

ゆやまみきお――
たしかに犯人の名前だ。
「……って、なんでアイドルの女の子が梵字なんて知ってるんですか? 赤雪モカは我々の仲間なんですか?」
『梵字も〈呪エル・ガール〉に出てたんすよ。作中に、赤雪モカが演じた主人公が、呪う相手の名前を一心不乱に梵字で書き殴るシーンがあったんです。ここだけめっちゃ怖かった』
コタローくんが短い動画を送ってきた。
該当する場面の画面録画だ。
制服姿の女子高生に扮した赤雪モカが、目をかっぴらいて恨み節を吐きながら白い和紙に梵字を書く。
一枚ではなく何枚も。それを壁一面に貼っていく。何枚も何枚も。
『で、その映画の呪う相手の名前が〈ミユキ〉だったんです。こんだけ書けばその3文字は書けますわな』
彼は納得したように言った。
「じゃあ……視聴者が呪術の手助けって、どういうことですか?」
『数の暴力って、前に言ってたの覚えてます?』
「え? はい」
『フツーに考えれば、こんな裏拍手の呪術なんて成功するわけないっすよね』
「それはまあ……赤雪モカは呪術の素人ですし」
都市伝説レベルの話だが、呪術のプロフェッショナルはこの世に存在するらしい。
『赤雪モカも、映画の出演のおかげでそれを知っていた。だから動画を使ったんです。視聴者の――ってかネット民の力を借りるために』
「へ?」
『いいっすか。赤雪モカは矛盾や違和感を込めた動画を作りました。
監禁のことに気づいてもらうためです。
それで、誰かが気づけば、視聴者はどう思います?』
「警察に通報しよう?」
『しなかったでしょ、おれらは』
ウッと返答に窮する。
『行動じゃなくて感情です。中年男に監禁された若い女の子を目にしたら、どんな気持ちを抱きますか?』
「可哀想、助けられてほしい……同情?」
『と同時に――怒りを抱きませんか? 犯人の男に』
そこまで言われて得心した。
先輩作家のブログが拡散されて、あの動画の再生数は跳ね上がった。
それと共にコメント欄も様変わりした。
確証も証拠もないにも関わらず、【モカかわいそう】【早く助けてあげて】【ケーサツ何してんだよ】というコメントで埋まったかと思うと、
コメント:【犯人、身元特定した】
犯人・湯山未喜男への中傷が書き込まれるようになったのだ。
コメント:【ゆやまみてるか モカを解放しろ】
コメント:【勤務先の区役所に電話入れよう 番号は→**ー****ー****】
コメント:【犯罪者さんチィーッス】【死ね】【湯山の写真ゲット】【死んだ方がいい】
コメント:【イカニモなチー牛で草】【今すぐ死ね】【ファンの風上にも置けない】【死ね】【死ね】【死ね】【死ね】――
不特定多数の敵意がずらっと並ぶ。
コメントが新しくなるにつれ、事件とは関係ないことまで論いだした。
「……これ書いてる人たち、もし冤罪だったらどうするつもりだったんでしょう」
見るに堪えなくなってコメント欄を閉じた。
『ネットってそういう場所なんすよね。
同情より義憤が強い。被害者より加害者に注目する。で、強すぎる憎悪や嫌悪が暴走して、燃え上がるんだ』
正義感が行き過ぎて、歪む。
やがて敵意は悪意と転じる。
『この不特定多数の悪意が、赤雪モカの呪いの増幅装置になったとしたら……?』
「! 視聴者は、湯山未喜男へ厭悪を募らせることで、無意識のうちに彼女の呪いの片棒を担いだ……ってことですか?」
――最後に、モカオリジナルのおまじないをかけるね!
――みんなも真似して!
あの言葉は、
「一緒に呪ってね!」
という意味だったのか。
あまりにも突飛すぎて。
「そんな……だってあの動画は、赤雪モカが助けを求めるためのものだと結論づけたじゃないですか」
『そうっす。ただし、逆です。
観る者が呪われるんじゃなくて――「観る者が呪う」動画です。
正確に言うと、呪いの手助けをさせられる動画です』
「……」
突飛な意見がさらに突き出て飛んでいった。
「どういうことか……説明……」
『裏拍手です。やっぱりあれは呪術だったんですよ』
前述のとおり、裏拍手は呪殺にも使える。
正式な作法は、殺したい相手の名前を凝視しながら裏拍手をすること。
と、コタローくんは付け足した。
『裏拍手を送られた名前の持ち主は死ぬ。異界の存在に「そいつは死者だ」と知らせて、向こうに連れていってもらう――ってのが、おれの知り合い(略)作の映画で言ってました』
「ああ……赤雪モカが出演したっていう……」
けれど、と私は疑問に思う。
「呪殺には名前をじっと見つめないとダメなのでは。裏拍手するとき、彼女はカメラを向いて……」
あっ、と声が出た。
裏拍手をする寸前。
赤雪モカはカメラのレンズに、ある模様を描いた。
ファンからのプレゼントで、大事にしているという高価なリップで。

「あの数字と漢字と、変なマークが混じったやつが……湯山未喜男の名前?」
『名前だけじゃない。たぶん上の部分の7つの続け字は数字で、おそらく生年月日です。下の2桁の数字と、めっちゃ崩した字は年齢なんじゃないかな』
たしかによく見ると、『1984523』と『38*』と読める。
「38にくっついている文字は……読みにくいけど、『才』ですか?」
『たぶん。昔、ホラー漫画で読んだんです。呪詛をより強力にするには、名前、年齢、生年月日を使うって。
いま送ったURL、開いてください』
スマホのDMに届いたURLをタップすると、情報サイトが開いた。
――【梵字五十音表】
「梵字って、ええっと、古代インド語を表す文字ですよね。仏教で使われている……」
『そです。で、この模様みたいな文字、ひらがなを梵字に変換したものなんすよ』

『最初のは梵字で「ゆ」
次は崩して、つか、篆書体っぽいけど「山」
その次は梵字で「みき」
次のニョロニョロは「夫」です』

ゆやまみきお――
たしかに犯人の名前だ。
「……って、なんでアイドルの女の子が梵字なんて知ってるんですか? 赤雪モカは我々の仲間なんですか?」
『梵字も〈呪エル・ガール〉に出てたんすよ。作中に、赤雪モカが演じた主人公が、呪う相手の名前を一心不乱に梵字で書き殴るシーンがあったんです。ここだけめっちゃ怖かった』
コタローくんが短い動画を送ってきた。
該当する場面の画面録画だ。
制服姿の女子高生に扮した赤雪モカが、目をかっぴらいて恨み節を吐きながら白い和紙に梵字を書く。
一枚ではなく何枚も。それを壁一面に貼っていく。何枚も何枚も。
『で、その映画の呪う相手の名前が〈ミユキ〉だったんです。こんだけ書けばその3文字は書けますわな』
彼は納得したように言った。
「じゃあ……視聴者が呪術の手助けって、どういうことですか?」
『数の暴力って、前に言ってたの覚えてます?』
「え? はい」
『フツーに考えれば、こんな裏拍手の呪術なんて成功するわけないっすよね』
「それはまあ……赤雪モカは呪術の素人ですし」
都市伝説レベルの話だが、呪術のプロフェッショナルはこの世に存在するらしい。
『赤雪モカも、映画の出演のおかげでそれを知っていた。だから動画を使ったんです。視聴者の――ってかネット民の力を借りるために』
「へ?」
『いいっすか。赤雪モカは矛盾や違和感を込めた動画を作りました。
監禁のことに気づいてもらうためです。
それで、誰かが気づけば、視聴者はどう思います?』
「警察に通報しよう?」
『しなかったでしょ、おれらは』
ウッと返答に窮する。
『行動じゃなくて感情です。中年男に監禁された若い女の子を目にしたら、どんな気持ちを抱きますか?』
「可哀想、助けられてほしい……同情?」
『と同時に――怒りを抱きませんか? 犯人の男に』
そこまで言われて得心した。
先輩作家のブログが拡散されて、あの動画の再生数は跳ね上がった。
それと共にコメント欄も様変わりした。
確証も証拠もないにも関わらず、【モカかわいそう】【早く助けてあげて】【ケーサツ何してんだよ】というコメントで埋まったかと思うと、
コメント:【犯人、身元特定した】
犯人・湯山未喜男への中傷が書き込まれるようになったのだ。
コメント:【ゆやまみてるか モカを解放しろ】
コメント:【勤務先の区役所に電話入れよう 番号は→**ー****ー****】
コメント:【犯罪者さんチィーッス】【死ね】【湯山の写真ゲット】【死んだ方がいい】
コメント:【イカニモなチー牛で草】【今すぐ死ね】【ファンの風上にも置けない】【死ね】【死ね】【死ね】【死ね】――
不特定多数の敵意がずらっと並ぶ。
コメントが新しくなるにつれ、事件とは関係ないことまで論いだした。
「……これ書いてる人たち、もし冤罪だったらどうするつもりだったんでしょう」
見るに堪えなくなってコメント欄を閉じた。
『ネットってそういう場所なんすよね。
同情より義憤が強い。被害者より加害者に注目する。で、強すぎる憎悪や嫌悪が暴走して、燃え上がるんだ』
正義感が行き過ぎて、歪む。
やがて敵意は悪意と転じる。
『この不特定多数の悪意が、赤雪モカの呪いの増幅装置になったとしたら……?』
「! 視聴者は、湯山未喜男へ厭悪を募らせることで、無意識のうちに彼女の呪いの片棒を担いだ……ってことですか?」
――最後に、モカオリジナルのおまじないをかけるね!
――みんなも真似して!
あの言葉は、
「一緒に呪ってね!」
という意味だったのか。



