協力すると決めた翌夜から、小夜と暁玄は毎夜監察官室で記録を照合した。
作業の手順は暁玄が決めた。暁玄が七年かけて集めた証拠を机の上に並べ、小夜が記憶した後宮内の人間の動向と照合していく。小夜が「この日付にこの女官が麗華妃の居室に出入りしている」と言えば、暁玄がその日付の別の記録を引き出して突き合わせる。言葉は最小限で、確認と照合だけが続いた。
暁玄は必要なことしか話さなかった。「この名前を覚えているか」「その日、誰がいた」「もう一度言え」。命令か確認か、どちらかしかなかった。それでも作業の中で、小夜は少しずつ暁玄という人間を理解し始めた。この男は無駄なことを言わないのではなく、言葉の使い方を知らないのだと気づいた。感情を封じた呪術のせいで、言葉が感情と繋がっていない。だから短くなる。短い言葉の中に何かを込めようとするとき、言葉が途中で止まる。止まった分が、沈黙になる。この男の沈黙は空白ではなく、言葉になれなかった何かが詰まっているのだと、小夜は一週間かけて理解した。
五日目の夜、小夜が記録を読み上げながら気づいたことがあった。暁玄が七年かけて集めた証拠の中に、偶然では説明できないほど緻密に年代が揃っているものがあった。麗華妃が後宮内で人間を消してきた記録が、月単位で整理されていた。一人の人間が七年間、この精度で証拠を集め続けてきたということの意味を、小夜はそのとき初めて体の中で理解した。この男は復讐のために七年間、何かを削って生きてきた。眠りも、感情も、言葉さえも。
七日目の夜、作業が終わった後に暁玄が立ち上がりながら、「明日は早く来い」と言った。それだけだったが、翌日の作業の段取りを考えて言っているのだと小夜はわかった。翌日、小夜は少し早く監察官室に来た。暁玄はすでに机の前に座って記録を広げていた。何も言わなかったが、小夜が来たことで作業が始まった。それだけのことだったが、その朝の監察官室の空気が、前の日とは少し違った。前の日までは、小夜が扉を開けるたびに暁玄の気配が一瞬だけ変わった。変わって、すぐに元に戻った。その朝は、変わったまま戻らなかった。小夜はそのことに気づいて、気づいたことを顔に出さないようにして、椅子に座った。最初の記録を開いて読み上げ始めると、暁玄がいつも通り「もう一度言え」と言った。声はいつも通り低く、感情がなかった。ただ、その朝の作業は、前の日までと何かが違った。暁玄が記録を引き出す動作が、いつもより少しだけ早かった。小夜が名前を読み上げる前に、該当の束を手に取っていることが何度かあった。小夜が覚えていることを、暁玄も把握し始めているのだと気づいた。七日間、同じ作業を続けてきた結果として、互いの動きが少しずつ噛み合い始めていた。それだけのことだったが、その朝の時間は、前の日までより少し速く過ぎた。
八日目の夜、小夜が「この記録、三年前のものと矛盾しています」と言うと、暁玄が机の引き出しから別の束を出して広げた。小夜が指した箇所と同じ日付の記録がそこにあり、二つを並べると矛盾が消えた。
「最初からわかっていたんですか」と小夜は聞いた。暁玄は「二年前から」と答えた。それだけだったが、その二年前という言葉の中に、小夜は何年分もの時間を聞いた。
十日が経った夜、二人の作業は深夜まで続いた。七年分の記録を年代順に並べ直す作業で、紙の量が多く、机の上が埋まって床にも広がっていた。行燈の光が揺れるたびに紙の影が動いた。小夜が最後の束を確認して立ち上がろうとしたとき、長時間同じ姿勢で座っていたためか、足がもつれた。椅子が後ろに傾いて、体が崩れた瞬間、腕を掴まれた。
暁玄の手だった。
転落を防いだだけの動作だったが、掴んだままでいる時間が少し長かった。小夜が「大丈夫です」と言うと、暁玄はすぐに手を離した。何も言わなかった。作業の続きを見ていた。何事もなかったかのように机の上の紙に目を戻したが、その後しばらく、暁玄は紙を見たまま動かなかった。紙を読んでいるのではなく、紙を見ていた。
小夜は礼を言って監察官室を出た。廊下に出てから、少し立ち止まった。腕に残る感触があった。最小限の、でも確かな感触だった。掴んだ時間が少し長かったことを、記憶する能力が正確に記録していた。意識して長くしたのか、それとも気づかなかったのか、小夜には判断できなかった。どちらであっても、その感触が腕に残っていることは変わらなかった。
三週間後の夜、麗華が動いた。
小夜が翠妃棟から監察官室に向かう途中の廊下で、複数の男に囲まれた。後宮の外から入り込んだ賊で、服装が後宮の人間のものではなかった。小夜が声を出そうとした瞬間に口を塞がれ、壁に押しつけられた。暗い廊下で、男が二人、小夜の両側に立っていた。もう一人が背後にいた。壁に背中を押しつけられたまま、小夜は息を整えようとした。声を出す隙がなかった。後宮に入って三か月、消えるという言葉の意味をずっと理解してきたつもりだったが、今この廊下で初めてその意味が体に触れた。怖かった。それでも、声を出せる状況ではないことだけは、冷静に判断できた。
暁玄が来たのは、それから間もなくだった。どこにいたのかわからない速さで、廊下の角から現れた。男たちが振り返る間もなく、一人目が床に伏した。二人目が刃を出したが、暁玄はそれより速く動いていた。三人目が逃げようとしたが、廊下の端で止まった。全員が制圧されるまで、小夜が息を整える時間もかからなかった。
暁玄は男たちを廊下に伏せたまま、小夜の前に立った。背を向けたままだった。
「怪我は」と暁玄は言った。
「ありません」と小夜は答えた。声が少し震えた。震えていることに、答えてから気づいた。
暁玄は振り返った。小夜の顔を見て、それから顔を逸らし、「監察官室に来い」と言って歩き始めた。
監察官室で小夜は椅子に座って、震えが収まるのを待った。暁玄は部屋の隅に立って、何も言わなかった。窓の外が暗く、行燈の光だけが部屋にあった。沈黙が続いた。暁玄が何かをしているわけではなかった。ただ、そこに立っていた。その立ち方が、小夜には何かを伝えていた。この男がここにいることを、選んでいる。言葉はないが、それだけは確かだった。震えが少しずつ収まっていくのを感じながら、小夜は「ありがとうございます」と言った。
暁玄は答えなかった。でも部屋を出なかった。震えが収まるまで、そこにいた。小夜が「もう大丈夫です」と言ったとき、初めて暁玄は動いた。扉の方向に歩きかけて、一度だけ立ち止まった。振り返らなかった。何も言わなかった。それから廊下に出て、扉が閉まった。
小夜は部屋に一人で残って、行燈の光を見ていた。暁玄が立っていた場所が、まだ温かい気がした。気がする、というだけで実際には何もない。それでも小夜はしばらくそこを見ていた。この男が自分のためにここにいたという事実が、静かに体に染み込んでいくのを、止めることができなかった。
翌日の朝、小夜は記憶の中から最後のピースを見つけた。
前夜の出来事の後、眠れないまま帳簿の記録を頭の中でなぞっていた。三年前に父が処刑された際の裁判記録を、小夜は一度だけ見たことがあった。まだ父が生きていると信じていた頃、元部下が見せてくれたもので、証言者の名前が三つ記されていた。三つの名前を、小夜は今も正確に記憶していた。
その三つの名前のうちの一つが、後宮の人事記録の中に出てきたことを、小夜は昨夜の照合作業の中で確認していた。麗華妃付きの女官の名前として、記録されていた。
朝になってから、小夜は暁玄が七年かけて集めた文書の束の中を改めて確認した。暁玄の許可を得て、前夜から机の上に広げたままになっていた記録の中に、父に関する文書が一枚含まれていた。父が三年前に麗華妃の不正を示す証拠を持っていたことを示す記録で、その内容が後宮への献上品の目録と一致していた。父は麗華妃の不正を知り、告発しようとしていた。そして告発の前に、冤罪で消された。
小夜はその文書を持ったまま、しばらく動けなかった。父は正しかった。冤罪だったと信じていた通りだった。三年間、証明する方法がなかったことが、今手の中にある。証明できる。目の奥が熱くなり、小夜は唇を引き結んだ。泣くつもりはなかった。泣いても父は戻らないし、今は泣いている時間がない。ただ、手の中の紙の重さが、三年間の時間の重さと同じくらいに感じられて、小夜はしばらく立ったままでいた。
暁玄が監察官室に入ってきたのは、そのときだった。小夜が持っている紙を見て、何も言わずに隣に来た。紙を一緒に見た。
「これで、お前の父の件も終わらせられる」と暁玄は言った。
小夜は顔を上げた。暁玄が自分の父の件まで証拠を集めていたことに、初めて気づいた。七年分の記録の中に、父に関する文書が含まれていた。意図して集めなければ、そこにはない。
「なぜ」と小夜は聞いた。
暁玄は答えなかった。少し間があって、「余計なことだったか」と言った。
「余計じゃありません」と小夜は言った。声が少し変わった。平らに保とうとしたが、変わった。
「ありがとうございます」
暁玄は小夜から目を逸らした。机の上の文書の束を見て「続きをやる」と言った。
小夜はうなずいて、椅子に座った。続きを、と暁玄は言ったが、その朝の照合作業は長く続かなかった。証拠は揃っていた。
証拠が揃った夜、暁玄は皇帝への上奏文を書いた。
七年分の証拠と、小夜が記憶した後宮内の人間の証言を記録したものだった。小夜が監察官室で暁玄の隣に座り、記憶している内容を口にし、暁玄がそれを文書に起こしていった。小夜が話し、暁玄が書く。それだけの作業だったが、夜が明けるまでかかった。
翌朝、暁玄は皇帝の前に出た。
小夜はその場にいなかった。監察官室で待っていた。朝の光が窓から入ってきて、机の上に並んだままの文書を照らしていた。七年分の紙が、朝の光の中に静かにあった。小夜はその紙を見ながら、後宮に入った最初の朝のことを考えた。門をくぐりながら後宮の構造を記憶し始めた朝のこと、帳簿の中で数字を追っていた薄暗い部屋のこと、首に刃が当てられた廊下の石の冷たさ。あの朝に目が合った表情のない男が、今皇帝の前に立っている。
結果を待つ時間は長かった。昼が近くなっても暁玄は戻らなかった。小夜は椅子に座ったまま、机の上の文書を見ていた。文書の中の数字と名前を、もう一度頭の中でなぞった。記憶した順番に並べると、麗華妃が七年かけてしてきたことの全体像が見えた。一つひとつの記録は断片だったが、繋がると一本の線になる。その線の先に、今日という日がある。暁玄が七年かけて辿ってきた線の先に。
窓の外の空が少しずつ動いていた。雲が流れていた。後宮の中から見る空は、いつも建物に遮られていて全体が見えなかった。今日も同じ空だったが、今日は何かが違う気がした。気がするだけかもしれなかった。でも、今日という日が昨日とは違うことだけは、確かだった。小夜は机の上の文書から目を上げて、扉を見た。まだ開かなかった。
暁玄が監察官室に戻ってきたのは、昼を過ぎた頃だった。扉を開けて入ってきて、机の前に立ち、小夜を見た。
「終わった」と暁玄は言った。
それだけだった。ただ、その二文字の中に、七年間が入っていた。声はいつも通り低く、感情がなかった。でも小夜は、一か月かけて記憶してきた暁玄の目の変化を知っていた。今、その目の奥に何かがあった。怒りでも悲しみでもない、名前のつけられない何かが、静かに動いていた。
「麗華妃の処分が決まりましたか」と小夜は聞いた。
「皇帝が命じた」と暁玄は答えた。
小夜は机の上の文書を見た。七年分の記録が、今日という日で終わった。父の冤罪も、この中にある。証明された。終わった、と小夜も思った。終わったという感触が、静かに体に広がっていった。胸の奥が熱くなったが、今は泣かなかった。泣く場所ではない気がした。ただ、文書の束を両手で軽く押さえた。三年分と七年分が、そこにあった。
その夜、後宮の廊下は静かだった。暁玄が一人で廊下に立っていると、遠くで風の音がした。七年前の朝と同じ静けさだった。あの朝、一人で後宮の門をくぐったとき、ここで終わらせると決めた。今、終わった。体の中で何かが動いた。封じられていたものが、少しずつ溶け出してくる感覚があった。痛みではなく、圧迫が消えていくような、そういう感覚だった。七年間、気づかないうちに体のどこかで押さえ続けていたものが、今夜初めて緩んでいた。
呪術師が監察官室を訪ねてきたのは、その夜だった。
白い衣の老人で、後宮の外から来た術師だった。暁玄が七年前に呪術を受けた相手ではなく、その術師から引き継いだ者だったが、やり取りはそれ以前から決まっていた。
「復讐が終わりました」と術師は言った。
「呪術を解きます。ただし、解いた後はあなたは宦官の地位を失います。後宮監察官として後宮にいることができなくなります」
「承知している」と暁玄は言った。最初から知っていた。復讐のために宦官になり、復讐が終われば後宮を出る。七年前に決めたことだった。
「解いてくれ」と暁玄は言った。
術師が儀式の準備を始めようとした瞬間、扉が開いた。小夜が立っていた。
「麗華妃の処分の詳細が出ました」と小夜は言った。それから部屋の中を見た。術師がいて、暁玄が机の前に立っていた。部屋の空気を読んで、小夜は少し黙った。
暁玄は術師を見た。術師は静かに部屋を出て、小夜は暁玄の前に立った。
「後宮を出るんですか」
「復讐が終わった。ここにいる理由がない」と暁玄は言った。
「そうですね」と小夜は言い、少し間を空けてから言葉を続けた。
「私もここにいる理由がなくなりました。父の冤罪が証明されたので」
暁玄は小夜を見たが、何も言わなかった。
「行くところ、ありますか」と小夜は聞いた。
「ない」と暁玄は答えた。
小夜は「私もありません」と言い、机の上の文書の束を見た。それから暁玄に視線を移し、「明日の朝、門のところで」と言った。
暁玄は答えなかった。でも、何も言わないことが答えだと、小夜はすでに知っていた。廊下に出て、扉が閉まった。部屋の中に残った暁玄は、机の上の文書の束をしばらく見ていた。七年間、この部屋にいた。明日からここにはいない。その事実が、今夜はまだ遠かった。
翌朝、暁玄は術師を呼んで呪術を解いた。
監察官室で、夜明け前の暗い時間に行われた。儀式は短かった。術師が暁玄の額に手を当てて、何かを唱えた。体の中で封じられていたものが、ゆっくりと溶け出していく感覚があった。七年分の感情が一度に来るかと思っていたが、実際は静かだった。波が来るのではなく、氷が解けていくような、時間をかけた変化だった。
術師が部屋を出てから、暁玄は立ったまま少し待った。変わったものと変わっていないものを、確かめるように。変わったことがあった。部屋の中の色が、少し増えた。行燈の灯りが、昨日より少し暖かい色に見えた。窓の外が白み始めていて、その白さの中に青と灰色が混じっているのが見えた。昨日も同じ窓から同じ景色を見ていたはずだったが、見えていなかった。変わっていないことがあった。机の上の文書の束が、まだそこにあった。七年間、この部屋で過ごしてきた時間が、急に消えるわけではない。
白い官服を脱いで、暁玄は監察官室を出た。
後宮の門の前に、小夜が先に来て待っていた。
灰色の着物を着ていた。後宮に入った朝と同じ着物だった。三か月で少し痩せていたが、立ち方は変わっていなかった。背筋が真っすぐで、どこにも寄りかかっていなかった。暁玄が近づくと、小夜は顔を上げた。
「呪術は解けましたか」と小夜は聞いた。
「解けた」と暁玄は答えた。
小夜はうなずいた。それから門を見た。重い門が、音もなく開き始めていた。後宮を出入りする人間のための、朝の開門だった。二人で門をくぐった。
門の外に朝の光があった。後宮の中では感じない種類の光だった。後宮の中の光は常に建物に遮られていて、直接空から降ってくることがなかった。門の外の光は違った。空から真っすぐ降りてきて、地面で広がっていた。暁玄は七年間、この光を見ていなかった。復讐のために全てを封じて、ただ後宮の内側だけを見ていた。その間に何かを失ったのか、それとも失わなかったのか、今はまだわからなかった。ただ、この光が昨日より少し明るく見えることは、確かだった。
門を出た先の道で、小夜が立ち止まった。
「これからどうしますか」と聞いた。
暁玄は小夜を見た。呪術が解けた目で、初めてちゃんと見た。灰色の着物を着た、小さな女だった。目が大きくて、自分を見上げる目が真剣だった。最初に廊下で目が合ったとき、視線が通り過ぎた。今は通り過ぎない。
「お前は」と暁玄は言った。
「私は父の名誉が回復されたので、屋敷を取り戻す手続きをするつもりです。ただ、一人では難しいので」と小夜は言った。言いながら、少し視線を逸らした。
「誰かに手伝ってもらえるなら、助かりますが」
暁玄はしばらく黙った。道の先を見た。後宮の外の道は広く、後宮の廊下より空気が多かった。七年間いなかった場所が、今ここにある。
「行くところはない、と言いましたよね」と小夜は続けた。
「なら、来ますか」
暁玄は小夜を見た。答えを考えているのではなかった。答えはすでにあった。ただ、それを言葉にする方法を、この男は持っていなかった。七年間、言葉が感情と繋がっていなかった。今、感情が戻り始めているが、言葉はまだ追いついていなかった。
「行く」と暁玄は言った。
小夜は少し笑った。小さな、でも確かな笑顔だった。後宮の三か月で、小夜が笑ったところを暁玄は見たことがなかった。笑い方を知っている顔だったが、笑っていなかった。でも今、笑っていた。
それを見て、暁玄の口元が動いた。七年間、一度も動かなかった場所が。笑い方を知らなかった。七年前に封じる前、笑っていたはずだったが、体が覚えているかどうかわからなかった。動いた。動いたことが、自分でもわかった。
小夜が歩き始め、暁玄もその隣を歩いた。歩調がぴったりと合っていた。後宮の外の道は広く、空が高かった。足の下の地面が、後宮の石畳より柔らかかった。七年間、石畳の上を歩いてきた足が、今日初めて別の地面を踏んでいた。
しばらく歩いてから、暁玄は小夜の手に触れた。掴んだのではなく、指先が触れた程度だった。手当ての場面でも、腕を掴んだときでもない、別の理由で触れた初めての瞬間だった。小夜は立ち止まった。振り返って、暁玄を見た。
暁玄は何も言わなかった。言葉を持っていなかった。でも指先を、そのままにした。
小夜は暁玄の顔を見て、それから前を向いた。指先はそのままで、また歩き始めた。
道の先に、朝の光が広がっていた。後宮の外の光は遮るものがなく、どこまでも続いていた。七年間、暁玄は後宮の廊下だけを歩いてきた。廊下には終わりがあり、角があり、常に壁があった。今歩いている道には、壁がない。どこまでも続く道の中で、隣に小夜がいた。指先に確かな感触があった。七年間削り続けてきたものの中で、最後まで残っていたものが何かを、暁玄は今ここで初めて知った気がした。言葉にはならなかった。
風が来た。後宮の中では感じない種類の風だった。小夜の髪が少し揺れた。暁玄はそれを見た。見て、指先をそのままにした。七年間、誰かの隣を歩いたことがなかった。歩き方を知らなかったが、足が覚えていた。後宮の外の空は、どこまでも高かった。
作業の手順は暁玄が決めた。暁玄が七年かけて集めた証拠を机の上に並べ、小夜が記憶した後宮内の人間の動向と照合していく。小夜が「この日付にこの女官が麗華妃の居室に出入りしている」と言えば、暁玄がその日付の別の記録を引き出して突き合わせる。言葉は最小限で、確認と照合だけが続いた。
暁玄は必要なことしか話さなかった。「この名前を覚えているか」「その日、誰がいた」「もう一度言え」。命令か確認か、どちらかしかなかった。それでも作業の中で、小夜は少しずつ暁玄という人間を理解し始めた。この男は無駄なことを言わないのではなく、言葉の使い方を知らないのだと気づいた。感情を封じた呪術のせいで、言葉が感情と繋がっていない。だから短くなる。短い言葉の中に何かを込めようとするとき、言葉が途中で止まる。止まった分が、沈黙になる。この男の沈黙は空白ではなく、言葉になれなかった何かが詰まっているのだと、小夜は一週間かけて理解した。
五日目の夜、小夜が記録を読み上げながら気づいたことがあった。暁玄が七年かけて集めた証拠の中に、偶然では説明できないほど緻密に年代が揃っているものがあった。麗華妃が後宮内で人間を消してきた記録が、月単位で整理されていた。一人の人間が七年間、この精度で証拠を集め続けてきたということの意味を、小夜はそのとき初めて体の中で理解した。この男は復讐のために七年間、何かを削って生きてきた。眠りも、感情も、言葉さえも。
七日目の夜、作業が終わった後に暁玄が立ち上がりながら、「明日は早く来い」と言った。それだけだったが、翌日の作業の段取りを考えて言っているのだと小夜はわかった。翌日、小夜は少し早く監察官室に来た。暁玄はすでに机の前に座って記録を広げていた。何も言わなかったが、小夜が来たことで作業が始まった。それだけのことだったが、その朝の監察官室の空気が、前の日とは少し違った。前の日までは、小夜が扉を開けるたびに暁玄の気配が一瞬だけ変わった。変わって、すぐに元に戻った。その朝は、変わったまま戻らなかった。小夜はそのことに気づいて、気づいたことを顔に出さないようにして、椅子に座った。最初の記録を開いて読み上げ始めると、暁玄がいつも通り「もう一度言え」と言った。声はいつも通り低く、感情がなかった。ただ、その朝の作業は、前の日までと何かが違った。暁玄が記録を引き出す動作が、いつもより少しだけ早かった。小夜が名前を読み上げる前に、該当の束を手に取っていることが何度かあった。小夜が覚えていることを、暁玄も把握し始めているのだと気づいた。七日間、同じ作業を続けてきた結果として、互いの動きが少しずつ噛み合い始めていた。それだけのことだったが、その朝の時間は、前の日までより少し速く過ぎた。
八日目の夜、小夜が「この記録、三年前のものと矛盾しています」と言うと、暁玄が机の引き出しから別の束を出して広げた。小夜が指した箇所と同じ日付の記録がそこにあり、二つを並べると矛盾が消えた。
「最初からわかっていたんですか」と小夜は聞いた。暁玄は「二年前から」と答えた。それだけだったが、その二年前という言葉の中に、小夜は何年分もの時間を聞いた。
十日が経った夜、二人の作業は深夜まで続いた。七年分の記録を年代順に並べ直す作業で、紙の量が多く、机の上が埋まって床にも広がっていた。行燈の光が揺れるたびに紙の影が動いた。小夜が最後の束を確認して立ち上がろうとしたとき、長時間同じ姿勢で座っていたためか、足がもつれた。椅子が後ろに傾いて、体が崩れた瞬間、腕を掴まれた。
暁玄の手だった。
転落を防いだだけの動作だったが、掴んだままでいる時間が少し長かった。小夜が「大丈夫です」と言うと、暁玄はすぐに手を離した。何も言わなかった。作業の続きを見ていた。何事もなかったかのように机の上の紙に目を戻したが、その後しばらく、暁玄は紙を見たまま動かなかった。紙を読んでいるのではなく、紙を見ていた。
小夜は礼を言って監察官室を出た。廊下に出てから、少し立ち止まった。腕に残る感触があった。最小限の、でも確かな感触だった。掴んだ時間が少し長かったことを、記憶する能力が正確に記録していた。意識して長くしたのか、それとも気づかなかったのか、小夜には判断できなかった。どちらであっても、その感触が腕に残っていることは変わらなかった。
三週間後の夜、麗華が動いた。
小夜が翠妃棟から監察官室に向かう途中の廊下で、複数の男に囲まれた。後宮の外から入り込んだ賊で、服装が後宮の人間のものではなかった。小夜が声を出そうとした瞬間に口を塞がれ、壁に押しつけられた。暗い廊下で、男が二人、小夜の両側に立っていた。もう一人が背後にいた。壁に背中を押しつけられたまま、小夜は息を整えようとした。声を出す隙がなかった。後宮に入って三か月、消えるという言葉の意味をずっと理解してきたつもりだったが、今この廊下で初めてその意味が体に触れた。怖かった。それでも、声を出せる状況ではないことだけは、冷静に判断できた。
暁玄が来たのは、それから間もなくだった。どこにいたのかわからない速さで、廊下の角から現れた。男たちが振り返る間もなく、一人目が床に伏した。二人目が刃を出したが、暁玄はそれより速く動いていた。三人目が逃げようとしたが、廊下の端で止まった。全員が制圧されるまで、小夜が息を整える時間もかからなかった。
暁玄は男たちを廊下に伏せたまま、小夜の前に立った。背を向けたままだった。
「怪我は」と暁玄は言った。
「ありません」と小夜は答えた。声が少し震えた。震えていることに、答えてから気づいた。
暁玄は振り返った。小夜の顔を見て、それから顔を逸らし、「監察官室に来い」と言って歩き始めた。
監察官室で小夜は椅子に座って、震えが収まるのを待った。暁玄は部屋の隅に立って、何も言わなかった。窓の外が暗く、行燈の光だけが部屋にあった。沈黙が続いた。暁玄が何かをしているわけではなかった。ただ、そこに立っていた。その立ち方が、小夜には何かを伝えていた。この男がここにいることを、選んでいる。言葉はないが、それだけは確かだった。震えが少しずつ収まっていくのを感じながら、小夜は「ありがとうございます」と言った。
暁玄は答えなかった。でも部屋を出なかった。震えが収まるまで、そこにいた。小夜が「もう大丈夫です」と言ったとき、初めて暁玄は動いた。扉の方向に歩きかけて、一度だけ立ち止まった。振り返らなかった。何も言わなかった。それから廊下に出て、扉が閉まった。
小夜は部屋に一人で残って、行燈の光を見ていた。暁玄が立っていた場所が、まだ温かい気がした。気がする、というだけで実際には何もない。それでも小夜はしばらくそこを見ていた。この男が自分のためにここにいたという事実が、静かに体に染み込んでいくのを、止めることができなかった。
翌日の朝、小夜は記憶の中から最後のピースを見つけた。
前夜の出来事の後、眠れないまま帳簿の記録を頭の中でなぞっていた。三年前に父が処刑された際の裁判記録を、小夜は一度だけ見たことがあった。まだ父が生きていると信じていた頃、元部下が見せてくれたもので、証言者の名前が三つ記されていた。三つの名前を、小夜は今も正確に記憶していた。
その三つの名前のうちの一つが、後宮の人事記録の中に出てきたことを、小夜は昨夜の照合作業の中で確認していた。麗華妃付きの女官の名前として、記録されていた。
朝になってから、小夜は暁玄が七年かけて集めた文書の束の中を改めて確認した。暁玄の許可を得て、前夜から机の上に広げたままになっていた記録の中に、父に関する文書が一枚含まれていた。父が三年前に麗華妃の不正を示す証拠を持っていたことを示す記録で、その内容が後宮への献上品の目録と一致していた。父は麗華妃の不正を知り、告発しようとしていた。そして告発の前に、冤罪で消された。
小夜はその文書を持ったまま、しばらく動けなかった。父は正しかった。冤罪だったと信じていた通りだった。三年間、証明する方法がなかったことが、今手の中にある。証明できる。目の奥が熱くなり、小夜は唇を引き結んだ。泣くつもりはなかった。泣いても父は戻らないし、今は泣いている時間がない。ただ、手の中の紙の重さが、三年間の時間の重さと同じくらいに感じられて、小夜はしばらく立ったままでいた。
暁玄が監察官室に入ってきたのは、そのときだった。小夜が持っている紙を見て、何も言わずに隣に来た。紙を一緒に見た。
「これで、お前の父の件も終わらせられる」と暁玄は言った。
小夜は顔を上げた。暁玄が自分の父の件まで証拠を集めていたことに、初めて気づいた。七年分の記録の中に、父に関する文書が含まれていた。意図して集めなければ、そこにはない。
「なぜ」と小夜は聞いた。
暁玄は答えなかった。少し間があって、「余計なことだったか」と言った。
「余計じゃありません」と小夜は言った。声が少し変わった。平らに保とうとしたが、変わった。
「ありがとうございます」
暁玄は小夜から目を逸らした。机の上の文書の束を見て「続きをやる」と言った。
小夜はうなずいて、椅子に座った。続きを、と暁玄は言ったが、その朝の照合作業は長く続かなかった。証拠は揃っていた。
証拠が揃った夜、暁玄は皇帝への上奏文を書いた。
七年分の証拠と、小夜が記憶した後宮内の人間の証言を記録したものだった。小夜が監察官室で暁玄の隣に座り、記憶している内容を口にし、暁玄がそれを文書に起こしていった。小夜が話し、暁玄が書く。それだけの作業だったが、夜が明けるまでかかった。
翌朝、暁玄は皇帝の前に出た。
小夜はその場にいなかった。監察官室で待っていた。朝の光が窓から入ってきて、机の上に並んだままの文書を照らしていた。七年分の紙が、朝の光の中に静かにあった。小夜はその紙を見ながら、後宮に入った最初の朝のことを考えた。門をくぐりながら後宮の構造を記憶し始めた朝のこと、帳簿の中で数字を追っていた薄暗い部屋のこと、首に刃が当てられた廊下の石の冷たさ。あの朝に目が合った表情のない男が、今皇帝の前に立っている。
結果を待つ時間は長かった。昼が近くなっても暁玄は戻らなかった。小夜は椅子に座ったまま、机の上の文書を見ていた。文書の中の数字と名前を、もう一度頭の中でなぞった。記憶した順番に並べると、麗華妃が七年かけてしてきたことの全体像が見えた。一つひとつの記録は断片だったが、繋がると一本の線になる。その線の先に、今日という日がある。暁玄が七年かけて辿ってきた線の先に。
窓の外の空が少しずつ動いていた。雲が流れていた。後宮の中から見る空は、いつも建物に遮られていて全体が見えなかった。今日も同じ空だったが、今日は何かが違う気がした。気がするだけかもしれなかった。でも、今日という日が昨日とは違うことだけは、確かだった。小夜は机の上の文書から目を上げて、扉を見た。まだ開かなかった。
暁玄が監察官室に戻ってきたのは、昼を過ぎた頃だった。扉を開けて入ってきて、机の前に立ち、小夜を見た。
「終わった」と暁玄は言った。
それだけだった。ただ、その二文字の中に、七年間が入っていた。声はいつも通り低く、感情がなかった。でも小夜は、一か月かけて記憶してきた暁玄の目の変化を知っていた。今、その目の奥に何かがあった。怒りでも悲しみでもない、名前のつけられない何かが、静かに動いていた。
「麗華妃の処分が決まりましたか」と小夜は聞いた。
「皇帝が命じた」と暁玄は答えた。
小夜は机の上の文書を見た。七年分の記録が、今日という日で終わった。父の冤罪も、この中にある。証明された。終わった、と小夜も思った。終わったという感触が、静かに体に広がっていった。胸の奥が熱くなったが、今は泣かなかった。泣く場所ではない気がした。ただ、文書の束を両手で軽く押さえた。三年分と七年分が、そこにあった。
その夜、後宮の廊下は静かだった。暁玄が一人で廊下に立っていると、遠くで風の音がした。七年前の朝と同じ静けさだった。あの朝、一人で後宮の門をくぐったとき、ここで終わらせると決めた。今、終わった。体の中で何かが動いた。封じられていたものが、少しずつ溶け出してくる感覚があった。痛みではなく、圧迫が消えていくような、そういう感覚だった。七年間、気づかないうちに体のどこかで押さえ続けていたものが、今夜初めて緩んでいた。
呪術師が監察官室を訪ねてきたのは、その夜だった。
白い衣の老人で、後宮の外から来た術師だった。暁玄が七年前に呪術を受けた相手ではなく、その術師から引き継いだ者だったが、やり取りはそれ以前から決まっていた。
「復讐が終わりました」と術師は言った。
「呪術を解きます。ただし、解いた後はあなたは宦官の地位を失います。後宮監察官として後宮にいることができなくなります」
「承知している」と暁玄は言った。最初から知っていた。復讐のために宦官になり、復讐が終われば後宮を出る。七年前に決めたことだった。
「解いてくれ」と暁玄は言った。
術師が儀式の準備を始めようとした瞬間、扉が開いた。小夜が立っていた。
「麗華妃の処分の詳細が出ました」と小夜は言った。それから部屋の中を見た。術師がいて、暁玄が机の前に立っていた。部屋の空気を読んで、小夜は少し黙った。
暁玄は術師を見た。術師は静かに部屋を出て、小夜は暁玄の前に立った。
「後宮を出るんですか」
「復讐が終わった。ここにいる理由がない」と暁玄は言った。
「そうですね」と小夜は言い、少し間を空けてから言葉を続けた。
「私もここにいる理由がなくなりました。父の冤罪が証明されたので」
暁玄は小夜を見たが、何も言わなかった。
「行くところ、ありますか」と小夜は聞いた。
「ない」と暁玄は答えた。
小夜は「私もありません」と言い、机の上の文書の束を見た。それから暁玄に視線を移し、「明日の朝、門のところで」と言った。
暁玄は答えなかった。でも、何も言わないことが答えだと、小夜はすでに知っていた。廊下に出て、扉が閉まった。部屋の中に残った暁玄は、机の上の文書の束をしばらく見ていた。七年間、この部屋にいた。明日からここにはいない。その事実が、今夜はまだ遠かった。
翌朝、暁玄は術師を呼んで呪術を解いた。
監察官室で、夜明け前の暗い時間に行われた。儀式は短かった。術師が暁玄の額に手を当てて、何かを唱えた。体の中で封じられていたものが、ゆっくりと溶け出していく感覚があった。七年分の感情が一度に来るかと思っていたが、実際は静かだった。波が来るのではなく、氷が解けていくような、時間をかけた変化だった。
術師が部屋を出てから、暁玄は立ったまま少し待った。変わったものと変わっていないものを、確かめるように。変わったことがあった。部屋の中の色が、少し増えた。行燈の灯りが、昨日より少し暖かい色に見えた。窓の外が白み始めていて、その白さの中に青と灰色が混じっているのが見えた。昨日も同じ窓から同じ景色を見ていたはずだったが、見えていなかった。変わっていないことがあった。机の上の文書の束が、まだそこにあった。七年間、この部屋で過ごしてきた時間が、急に消えるわけではない。
白い官服を脱いで、暁玄は監察官室を出た。
後宮の門の前に、小夜が先に来て待っていた。
灰色の着物を着ていた。後宮に入った朝と同じ着物だった。三か月で少し痩せていたが、立ち方は変わっていなかった。背筋が真っすぐで、どこにも寄りかかっていなかった。暁玄が近づくと、小夜は顔を上げた。
「呪術は解けましたか」と小夜は聞いた。
「解けた」と暁玄は答えた。
小夜はうなずいた。それから門を見た。重い門が、音もなく開き始めていた。後宮を出入りする人間のための、朝の開門だった。二人で門をくぐった。
門の外に朝の光があった。後宮の中では感じない種類の光だった。後宮の中の光は常に建物に遮られていて、直接空から降ってくることがなかった。門の外の光は違った。空から真っすぐ降りてきて、地面で広がっていた。暁玄は七年間、この光を見ていなかった。復讐のために全てを封じて、ただ後宮の内側だけを見ていた。その間に何かを失ったのか、それとも失わなかったのか、今はまだわからなかった。ただ、この光が昨日より少し明るく見えることは、確かだった。
門を出た先の道で、小夜が立ち止まった。
「これからどうしますか」と聞いた。
暁玄は小夜を見た。呪術が解けた目で、初めてちゃんと見た。灰色の着物を着た、小さな女だった。目が大きくて、自分を見上げる目が真剣だった。最初に廊下で目が合ったとき、視線が通り過ぎた。今は通り過ぎない。
「お前は」と暁玄は言った。
「私は父の名誉が回復されたので、屋敷を取り戻す手続きをするつもりです。ただ、一人では難しいので」と小夜は言った。言いながら、少し視線を逸らした。
「誰かに手伝ってもらえるなら、助かりますが」
暁玄はしばらく黙った。道の先を見た。後宮の外の道は広く、後宮の廊下より空気が多かった。七年間いなかった場所が、今ここにある。
「行くところはない、と言いましたよね」と小夜は続けた。
「なら、来ますか」
暁玄は小夜を見た。答えを考えているのではなかった。答えはすでにあった。ただ、それを言葉にする方法を、この男は持っていなかった。七年間、言葉が感情と繋がっていなかった。今、感情が戻り始めているが、言葉はまだ追いついていなかった。
「行く」と暁玄は言った。
小夜は少し笑った。小さな、でも確かな笑顔だった。後宮の三か月で、小夜が笑ったところを暁玄は見たことがなかった。笑い方を知っている顔だったが、笑っていなかった。でも今、笑っていた。
それを見て、暁玄の口元が動いた。七年間、一度も動かなかった場所が。笑い方を知らなかった。七年前に封じる前、笑っていたはずだったが、体が覚えているかどうかわからなかった。動いた。動いたことが、自分でもわかった。
小夜が歩き始め、暁玄もその隣を歩いた。歩調がぴったりと合っていた。後宮の外の道は広く、空が高かった。足の下の地面が、後宮の石畳より柔らかかった。七年間、石畳の上を歩いてきた足が、今日初めて別の地面を踏んでいた。
しばらく歩いてから、暁玄は小夜の手に触れた。掴んだのではなく、指先が触れた程度だった。手当ての場面でも、腕を掴んだときでもない、別の理由で触れた初めての瞬間だった。小夜は立ち止まった。振り返って、暁玄を見た。
暁玄は何も言わなかった。言葉を持っていなかった。でも指先を、そのままにした。
小夜は暁玄の顔を見て、それから前を向いた。指先はそのままで、また歩き始めた。
道の先に、朝の光が広がっていた。後宮の外の光は遮るものがなく、どこまでも続いていた。七年間、暁玄は後宮の廊下だけを歩いてきた。廊下には終わりがあり、角があり、常に壁があった。今歩いている道には、壁がない。どこまでも続く道の中で、隣に小夜がいた。指先に確かな感触があった。七年間削り続けてきたものの中で、最後まで残っていたものが何かを、暁玄は今ここで初めて知った気がした。言葉にはならなかった。
風が来た。後宮の中では感じない種類の風だった。小夜の髪が少し揺れた。暁玄はそれを見た。見て、指先をそのままにした。七年間、誰かの隣を歩いたことがなかった。歩き方を知らなかったが、足が覚えていた。後宮の外の空は、どこまでも高かった。



