冷酷当主はすべてを諦めた令嬢を逃さない

 浴びたことのないような、苛烈な光。攻撃的なくらいに眩しくて、目を閉じても光は瞼を突き破る。
 遅れて、ずどん、と轟音が耳をつんざいた。大太鼓を思い切り叩いたような、肚の底に響くような音。まるで花火の八尺玉が近くで爆ぜたみたいな。
 目がチカチカして、頭がぼんやりする。
 耳鳴りもするし、なんだか地面が揺れているような。
 それでも咲子が我に帰ったのは、血の匂いが鼻を掠めたからだ。
「き……輝久雄さま……?!」
 輝久雄はまだ咲子のことを抱きしめていた。
 しかしどれだけ呼びかけても返事がない。
「輝久雄さま、輝久雄さま……!」
 咲子は輝久雄の腕を引っ剥がす。そこには赤黒い血がべったりと張り付いていた。
「あ、ああ……。ち、治療を……」
 訳もわからぬまま、車に包帯はなかったかと振り返る。そして、自分が置かれている状況に目を見開いた。
 周囲には木々が茂っていたはずなのに、今は何もない。地面の土がめくれて、あたりは荒野になっていた。木は無惨にも吹き飛ばされ、遠くで激しく燃えている。
 乗っていたはずの車が、見当たらない。車体も座席も消え去り、咲子と輝久雄は荒野の真ん中に座り込んでいた。
「これは……なんなの……」
 ひしゃげた鉄板が、あちらこちらに散らかっている。もしや車の残骸?自分たちが乗っていた車の?咲子はそう考えてゾッとした。
「さ、咲子……」
「はっ、はい……!」
 輝久雄は青白い顔で咲子を見つめた。視線が虚空を彷徨っている。脳震盪か、貧血をおこしているのかもしれない。
「すぐに止血を……」
「いい。かすり傷だ。それよりも」
 輝久雄の手が優しく咲子の頬に触れる。
「お前は俺のものだ」
「こんなときに……何を……」
「お前は……俺のそばを離れないな?」
「そんな、当然です」
「なら、いい」
 微笑んでくしゃり、頭を撫でる。
 そのときだった。
「これで死なんとは、化け物め」
 聞き覚えのある、侮蔑を込めた声色。振り返るとそこには、権一郎が立っていた。
「お、お兄様……!?」
 怖い。
 兄には打たれてきた記憶しかない。
 恐怖に身が竦む。
 それに何故、今こんな場所へ?
 色んな感情や疑問が心に交錯する。でも、今はそんなことを言っている場合ではない。
 咲子は腹から声を絞り出した。
「お、お助けを!輝久雄がお怪我をなさって──」
「知っているさ。仕向けたのは俺だからな」
 予想外の発言に、咲子は言葉を失った。
「門下の者に伝手で火薬を融通させ──ここに仕掛けさせたのは、この俺だ」
「そんな……」
 輝久雄が強がるように笑う。
「……ハッ。霊力では俺に敵わんからと、火薬を持ち出すとはな。術師の誇りはないようだ」
「貴様のような田舎者に、永守を任せるわけにはいかん。この正義感こそ我が誇りだ」
「正義感……ねぇ。お前が当主にこだわるのは、くだらない虚栄心からだろう」
「なんとでも言え。どうせお前は死ぬのだからな」
 権一郎は輝久雄に向かって札を飛ばした。輝久雄は咲子を抱きかかえると、すんでのところでこれを避ける。札は地面に落ちると、火柱をあげて激しく燃え始めた。
(まさか、輝久雄さまを焼き殺そうだなんて……!いえ、それよりも……どうして輝久雄さまは反撃しなかったの……?)
 権一郎は心底可笑しそうに笑った。
「爆発から身を守るために、すべての霊力を使い切ったんだろう!お前が逃げ回るなんて、傑作だ!」
 ひしゃげた鉄板、燃える木々。それなのに、無傷な自分……。咲子はやっと理解した。輝久雄は己の霊力をすべて解放し、爆発の威力を中和したのだ。
 輝久雄だけなら簡単に爆発から逃れられたかもしれない。だけど自分という足手纏いがいるせいで、輝久雄は霊力を使い果たしてしまった。今は普通に動くのもやっとのはずだ。
 自分の、せいで。
 咲子は精一杯、叫んだ。
「お兄様……!どうかおやめください……!」
「うるさい!霊力を持たない愚図のくせに!そいつにおもねるならば貴様も敵だ!」
「……やめてくださらないならば!私もお兄様を敵とみなしますっ!」
 出したこともない、大きな声。
 自分以下の存在から明確に反旗を翻され、権一郎は顔を真っ赤にした。
「お前ごときっ!捻り潰して──ッ!」
 権一郎は札を撒き散らす。辺り一面に火柱が立ち上がった。
 咲子を抱きかかえたまま、輝久雄は火を避けようとする。しかし足元がふらつき、袴の裾が焦げた。
 権一郎がそれを見て、高らかに笑う。このままでは、二人とも火に飲まれるのは時間の問題だった。
「私、自分で避けられますから」 
 泣きそうになりながら、咲子は輝久雄の腕から降りようとする。しかし輝久雄は「お前には無理だ」とそれを許さないを
 輝久雄は「そんなことより」と咲子の顔を覗き込む。
「……いいのか?」
「え……?」
「お前は兄に敵対しても、いいのか?」
「はい。お兄様は当主であるあなた様に牙を向きました」
「……」
「それに……咲子はあなた様のお側にいると、決めたのです」
「そうか」
 輝久雄はフッと笑うと、雷光を権一郎に向かって放った。それは雷ではなく、ただの光。霊力もほとんど宿っていない。
「ぐああっ?!」
 しかし目潰しには最適だったらしく、権一郎は両目を押さえてうずくまる。その隙に輝久雄たちはその場を離脱した。

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「ここに清潔な水さえあれば……」
「縛っただけで十分だ」
 二人は権一郎から離れ、まずは怪我の治療をした。治療といっても、肌襦袢を割いたものを包帯代わりに巻いただけだ。早く患部を洗いたいのに。咲子の心が焦りでいっぱいになる。
「それよりも」
 輝久雄は胡座をかき、咲子に手招きをした。咲子はその胡座の上に座る。輝久雄はそのまま後ろから抱きしめて、咲子の頭に己の顔をちょこんと乗せた。
「ふぅー……」
 これは輝久雄が特に疲れたときにやる習慣だ。膝枕では物足りないときに、こうして全身で咲子を感じている。
 咲子はいまだに慣れないけれど、拒む理由も見つからない。だから最近は、大人しく膝に乗るようにしている。
 赤くなった咲子の耳に、輝久雄の唇が触れる。
「認めたな。お前は俺のものだと」
「は……はい」
「俺はずっと見ていたい。お前の髪の一本一本から、足の爪先にいたるまで」
 輝久雄の柔らかな吐息が、咲子の耳にかかる。身体の芯がぞくぞくして、脳髄が痺れるような心地がした。
「細い肩……小さな手のひら……それらを覆う……ささやかな霊力……」
 輝久雄の指が咲子の身体をなぞる。咲子は小さく声を漏らした。
「俺はもっと見たい……その奥、お前のずっと奥まで……」
 この人は、知っている。私がずっと隠していることを。
 暴かれたい。
 この人に、私のすべてを。
 咲子は輝久雄の膝の上で身体を捻り、男の目をまっすぐに見た。
「あなた様に、すべてを……」
 その甘く危うい一言に、輝久雄の視界が揺れた。
 こくりと咲子の喉が鳴る。
 潤んだ瞳が、輝久雄を捉えて離さない。
 身体の奥底から湧き出る衝動を、もはや輝久雄自身も止めることはできなかった。
「いい子だ」
 輝久雄はそう言うと、咲子の唇に乱暴に口付けた。