父の転勤で、私は何度も転校を繰り返していた。
「今日からこのクラスでみんなと一緒に勉強する、市毛 まどかさんです、市毛さんはお父さんのお仕事の都合で……」
もう、この文言も何度聞いたかわからない。
「市毛さんどこから来たの?」
「前の学校はどんなだった?」
私は周りの子の質問に明るく丁寧に返す。
そうすればみんな、友達になろうと言ってくれた。
「市毛さんは、急なお父さんのお仕事の都合で転校する事になりました」
「市毛さん!離れていてもみんな友達だよ」
「私達の事、忘れないでね!」
また、これも何度も聞いた文言だ。
でも、結局またしばらくしたら私は学校からいなくなり……そして、誰もが私の存在なんて忘れてしまう。
そう……思っていた。
小学校での最後の転校先、出会ったのが さくらだった。
最初の会話を私は忘れない。
その当時流行っていたアイドルグループ。
私が好きなメンバーはあまり人気があるメンバーではなかった。
「市毛さん、もしかしてみゆぴが好きなの?」
「うん、一番人気はセンターのルリリだけど、みゆぴは歌と踊りスゴい頑張ってるから」
「わかる!! 私もみゆぴが一番好き」
「ほっ、ほんと!?」
そこから私達は好きなアイドルの話をしたり、放課後は一緒にダンスを覚えたりしていた。
中学は二人共同じ学校に通った。
毎日が楽しかった。
クラスが別々になっても登下校はいつも一緒。
お互い色んな悩みを打ち明けた。
そして、中学2年の夏休み。
さくらの家で宿題をしていた時だ。
「ねぇ、まどか……二人でさアイドルになろうよ?」
「アイドル? えっ、そんなの無理だよ、私さくらみたいに可愛いくないし……」
「そんな事ないよ! ほら、鏡の前来て」
さくらのドレッサーの前に座り、私はさくらに髪を結ってもらった。
「ほら、可愛い! まどかは絶対アイドルになれる」
そう言って、キラキラとしたガラス製の髪留めを私の髪に付けてくれた。
「コレ、この前ママに買ってもらったの私とお揃い、特別にまどかにあげる」
さくらは自分の前髪を留めている髪留めを指さす。
「いっ、いいの?」
「うん! 二人の友情のシルシ」
「ありがとう、さくら」
二人だけの特別、二人を結ぶお揃い。
嬉しかった。
さくらの事が大好きだった。
さくらも私の事が好きだった。
でも多分、さくらが私を好きな気持ちと私がさくらを思う気持ちは違っていた。
受験の終わった中学3年の春、【新人アイドルグループオーディション】と銘打った大規模なオーディションが開催され、さくらと私はそれに応募した。
奇跡的に二人で最終選考まで進んだ。
本音を言えば、ここまで来れるなんて思っていなかった。
一緒に受けた子の中に、可愛い子も歌もダンスも上手い子もたくさんいたし、さくらならともかく私は運が本当に良かったんだと思っていた。
最終オーディションの前日……
繁華街の外れにあるビルにある、二人でいつも使っていた貸しスタジオで、課題のダンスの自主練をしていた。
「いよいよ明日だね、最終オーディション」
「うん、あーあ、でもアイドルになっちゃったらもう恋愛とか出来なくなっちゃうのかな~」
「恋愛……って、えっ? まさか、さくら好きな人がいるとか……?」
「……うん、実はね」
その時聞いた話を、私はハッキリとは記憶していない。
出来なかったの方が近い。
頭の中が真っ白になって、霧がかかったみたいだった。
さくらが私じゃない誰かを好きになる━━
そんな事わかってたのに……
私とさくらは友達……それ以上でも以下でもない。
でも、私よりさくらが好きな人をとったら?
私との約束より好きな人との約束を優先したら?
そうしたらきっと……
二人の距離はどんどん離れてゆく……
さくらもいずれ、小学校の時の友達みたいに私の存在を忘れてしまうかもしれない。
私は、その時気づいてしまった。
本当は、オーディションなんてどうでも良いと思っていた事を。
それよりも、さくらと一緒にいられるこの時間が、無くなってしまう事の方が私は嫌だった。
私はアイドルになりたいんじゃない。
私はさくらと一緒にいられるなら、さくらと何かを一緒に出来るならなんでも良かった。
さくらの隣にいたい━━
ただ、それだけの為にアイドルになろうとしていた。
そしてあの日。
最終オーディションの日━━
その日は生憎の大雨で、傘をさしていても吹き込む雨にせっかくセットした前髪も残念な感じで……
オーディションを終えた私達は、お互いの感想を言っていつもの様に二人並んで歩いた。
こうやって二人で歩く事も後、何回出来るんだろうか?
さくらは
「結果がどうであれ、私なりに一生懸命頑張ったよ」
満足気にそう言って笑っていた。
私は、多分……精一杯の力は出せなかったと思う。
二人の"特別な時間"が終わってしまう。
その現実が重くのしかかって、オーディションの間もそれは変わらなかった。
どの道、さくらが受かっても受からなくても、きっと私達の道はもう違えてしまう。
それは私には受け入れ難かった。
ふと、ショーウィンドウに映る自分の姿が目に入る。
二人を結ぶおそろい……
今日のオーディションのお守りにとさくらが言って、私達はお揃いのあの髪留めを二人で付けていた。
私は前髪ごと毟るように髪留めを外した。
私だけが二人の絆だとか、二人を結ぶとかそんな特別な感情を抱いているのがなんだか急に滑稽に思えた。
バカみたい……
私の事なんて、きっとそのうちさくらも忘れてく……
髪留めを握りしめていた手の力が抜けていく。
気が付けば私の手から髪留めは離れ落ち、小さな金属音と共に夜の暗闇の中へ飲み込まれてしまった。
私の心臓はバクバクと嫌な脈を打った、冷や汗が体に吹き出て来る。
私とさくらの友情のしるし。
私とさくらの繋がり。
もう、私には何も無い━━
「まどか? どうしたの? 大丈夫?」
「……あっ、うん……大丈夫だよ……」
「あれ? まどか、髪留めは? どこかで落とした?」
さくらが心配した顔で私に問いかける。
「ご、ごめん……わ、わかんない……」
「さっきまで付けてたから、この辺にあるかもしれないよ!」
暗くなった道を二人、スマホのライトだけを頼りに懸命に探した。
雨風は強く吹き付け、私達の髪や服がぐっしょりと重みを増してゆく。
「ごめんね……さくら」
「大丈夫! 二人で探せば絶対見つかるから」
さくらは笑顔で私を励ましてくれた。
私が自分から失くしたのに……。
本当の事は言え無かった。
もし、本当の事を言ってしまったら……
知らずにさくらは必死で探してくれた。
私は、やっぱりさくらと離れたくなかった。
さくらが例えアイドルになっても……
さくらに例え恋人が出来ても……
私は━━━━
「あっ……まどか! 髪留めあったよ」
さくらの声に私は振り返る。
「━━━━っ!!」
と、それはほぼ同時だった。
「さくら━━━━━━っ!!!!!」
突然、横から現れたトラックがさくらの体を跳ね飛ばし、その体はまるで重みの無い人形みたいに宙を浮いて私の目の前に落下した。
「…………さく……ら……?」
あまりの事に理解が追いつかない。
今日は二人でオーディションを受けて……
さくらはきっと受かるだろう。
私は……どうかな?
自信は無いけど、もし二人で受かる事があったら、またさくらと一緒にダンスの自主練をしたりするのかな?
さくらの手をふと見ると、そこには私が無くした髪留めが握られていた。
ほら、大丈夫。
繋がりは無くなってなかった。
瞼に温かいモノが流れて来て、私の視界はぼんやりとした。
手で触れると、それが自分の血だとわかった。
霞む視界の中で、私はただ叫び続けた。
さくらの名前を何度も何度も呼んだ。
ああ、神様ごめんなさい。
私がいけないんだ。
私がさくらを独り占めしたいと思ってしまったから。
ごめんなさい。
さくら……
さくらはその日から意識が戻らない。
さくらの意識が戻らなくなって1週間……
私のところにオーディション合格の電話があった。
私は悩んだ。
さくらが一緒でないアイドルになんの意味があるのかわからなかった。
でも、ある日さくらのお見舞いに病院へ行った日。
病室にいたさくらのお母さんは、今にも倒れてしまいそうなくらいやつれていた。
それでも、私が来た事をスゴく喜んでくれて……
そして、私のオーディションの結果を聞いて嬉しいと言ってくれた。
そして……
「まどかちゃん、お願い! さくらの為にも、さくらの夢を叶えて欲しい……」
さくらのお母さんは涙を流しながらそう言って、私の手をギュッと握った。
私はさくらのお母さんに言われたその一言で、アイドルになる決心をした。
毎日の厳しいレッスンも、慣れないアイドル活動も、さくらの為にガンバった。
その甲斐もあってか、グループはどんどん人気も出て、私はさくらがなりたかったアイドルになった。
だけど……いつからか、私は……
どこか冷ややかに自分を見つめる、"視線"を感じ始めるようになる。
それは、私が仕事をしている時、移動中の車の中、更にはプライベートなところでも……
私はその"視線"に囚われ始めた。
そして、それは私の中から出て来ている事を私はわかっていた。
どうにかしないといけない。
けれど、どうしたらいいかわからない。
そんな時、番組で出会った霊能者……
どうせヤラセみたいなヤツだと思ってたけど、驚いた事に彼は私のこの異様な状況に気づいていた様だった。
そして、私の頼みは
「自分ではどうにも出来ない……」
そうきっぱり断られた。
窮地に立った私は色々と調べて彼の弟の存在を知った。
それがまさか自分のクラスメイトにいるなんて、夢にも思わなかったけど……
私はともかく自分の中から衝動的に出てくる、この黒い何かを早くどうにかしてくれれば誰でも構わない。
早く!
ともかく早くどうにかしないと!
財前君と病室を出た私はガタガタと震えが止まらずにいた。
今までは見ているだけだったのに……
まさか、あんな風に……
さくらを傷つけるところだった……
いつもの様にさくらのお見舞いに行って、そこに財前君と大和田君が来て……
二人にさくらの事を話した。
自分でも何がトリガーになったのかわからない。
頭を抱え、その場に蹲る、
「市毛まどかさん……」
背後から財前君の声が聞こえた。
「キミを恨んでる人の正体……」
私は立ち上がり、振り返る。
「それは、キミ自身だよね……」
私は答えなかった。
「場所……変えようか」
財前君の提案に私は頷く。
今は、私がココから離れた方がさくらも安全だと思った。
「いい場所があるの……そこで話そう」
私達は病院から出ると、入り口に止まっていたタクシーに乗った。
行先はアノ、繁華街の外れにあるビル。
さくらと自主練をした、思い出の場所だ。
スタジオはもう無くなってしまったみたいだが、昔よく練習終わりに他愛もない話しをしたりしていた二人のお気に入りの場所へ財前君を連れて来た。
「ココはね、私とさくらの思い出の場所だったんだ」
「…………」
財前君の表情はいつもクラスにいる時の様な雰囲気とはまるで違っていた。
もしかして、こっちの表情が財前君の『素』なのかもしれない。
「ねぇ、一つだけ聞いていいかな? どうして、財前君は私が最初にお願いした時は断ったのに、後から助けてくれたの? 心変わりのきっかけはナニ?」
「…………べつに」
「ふーん……もしかして、大和田君が関係してる?」
「っ!?」
財前君ははっとなって私の方を一瞬見たけど、すぐに視線を移した。
「やっぱり! 私何となくわかっちゃうんだよね~」
「…………」
「私にとって、さくらは光だったんだ……この世界の中の唯一の光、さくらの為なら私、何でも出来ると思ってた……大和田君はキミにとっての光?」
財前君は無言だった。
きっと、財前君は私と同じなんだろう。
財前君が大和田君を見てる時、私がさくらを見ている時の様な空気を感じたから……
どんなに自分が思っても届かない人。
その人の為に何か出来ないのかと焦る気持ち。
少しでもいい、自分に振り向いて欲しいという願い。
二人は、私達のようにならないといいな。
「それで……さっきの話しの続き……だよね、私を恨んでる人がわかったっていう話し……」
俯いていた財前君は私をジッと見つめた。
「脅迫状……送ったのは君自身だよね」
「どうしてそう思うの?」
私の目の前にピンクの付箋が突きつけられる。
そこには私の文字で『明日 放課後 教室で』と書かれてあった。
以前、財前君に私が渡したものだ。
「コレ、君がオレにくれたメッセージだよね? それと、君のウチで見せてもらった脅迫状……普通の人にはわからないかもだけど、オレには見えるんだよ……呪いの痕跡がね」
「呪いの痕跡?」
「思念、特に強い恨みとか妬みとかそういったモノはね色んなモノに移りやすいんだよ……そして移ったモノは呪いという形になるんだけど、オレに見えたのは呪われた痕跡ではなく、呪った方の痕跡」
「それなら、私が誰かに恨まれててそれが……って方がありえそうだけど?」
「そうだね……脅迫状だけならそれは理解出来るよ、だけどね残念ながらこっちの付箋からも同じ痕跡が見えたんだ」
「………………」
どうやら財前君の霊感とかいうのも、インチキではないみたいだ。
私は、少しだけ安心した。
そうじゃなきゃ私がこれから困ってしまうから……
「脅迫状はわかるけど、市毛さんしか触れてないであろうこの付箋にまで《市毛まどかを呪った》痕跡があるなんて……」
そう、アノ脅迫状は私が私自身に送った。
だって、私は私がやっぱり許せなかったから……
だって、本当ならアイドルになるのはさくらだったんだ……
私なんかじゃない!
「君は、自分で自分を呪ってるんだよね?」
私は、その瞬間━━今まで自分を見つめて来た、あの冷ややかな視線の正体が鮮明に思い出され始めた。
黒いモヤが段々と人の形を成して、見覚えのある姿へと変わってゆく。
それは……紛れもなく私だった。
私はさくらの夢を奪ってしまった私を、やっぱり許す事など出来ない。
どんなに私がアイドルとして成功したって、さくらだって、さくらのお母さんだって、それは本当に望んでたはずの未来じゃない。
それを思う度、私は私自身への憎悪が大きく膨らんでいく。
脅迫状を送ればアイドルをヤメる良い口実になる。
私が自分を追い込む為、アイドルでなくなる為……
きっと、きっとさくらだってそう思ってる……
私を恨んでいるに決まっている……
「そうだよ!だって、私は私が許せないもの! さくらをあんな目に合わせた私を! さくらの夢を奪った私を!」
私にはわからない。
どう、懺悔すればさくらに許されるのか。
アイドルをやめる事?
私という存在がいなくなる事?
結局、どれも違う気がして……
贖罪の術が見つからない。
「だって……もう、どうすればいいかわからないの……」
私は私に復讐したかった。
だけど、それでさくらが目を覚ますワケじゃない。
私は私に呪いをかけていく。
助けて欲しかったんじゃない、だってコレは自分で自分にかけた呪いだから。
ただ、ただ私は……
きっと、誰かに知ってもらいたかったんだ。
この 呪い(思い)を…………
「……正直、オレがどこまで出来るかはオレにもわからない……生きてる、しかも自分自身の呪詛なんて、オレが対処出来るものじゃないかもしれない……でも」
財前君はゆっくりと私に近づき、背後に立った。
「君を助けるって……業と約束したから」
そう静かに呟いて、私の左肩にぽんと手を置いた。
突然━━
ガクンっと、身体から全ての力が抜けていき、立ってられなくなってしまった私は、その場にしゃがみこんだ。
「…………ぁっ……あぁっ……」
何故だろう。
涙が止まらない。
私の中にしまい込んでいた黒い感情が、一気に浄化されてゆく。
私はしばらく呆然としていて、気がつくと後ろにいた財前君が倒れていた。
「財前君……?」
一体何があったというのだろう……
私は訳もわからず、倒れている財前君に手を伸ばそうとした。
ちょうどそのタイミングで屋上の扉が開き、大和田君の姿が見えた。
「司っ……!?」
大和田君の声は私にはすごく遠くに聞こえる。
財前君は、さっき私を助けると言っていた。
もしかして私を助けてそれで……
『まどか…………』
不意に私の耳元に、聞き覚えのある懐かしい声が聞こえた。



