翌日は土曜日で、僕は地元から数駅の場所で財前を待っていた。
昨日、財前兄から言われた通り市毛さんの事をきちんと調べてみようという事になったからだ。
しかし土曜という事もあり、駅にはかなりの人がいる。
人混みはやはり苦手だ。
最近は自分からクリアな視界を選択している事も増えたけど、やっぱり何か嫌なモノを見てしまうかもしれないという不安が、沢山の人に囲まれると湧き上がってくる。
僕はまたいつもの様に俯いて、眼鏡ごしに灰色の床だけを見ていた。
すると━━
「かるまっち~、おまたせ~」
声のする方に顔を上げると、嬉しそうな満面の笑顔で左右に手を大きく振りながら見なれた背格好のやつが近づいて来る。
ほどなくして現れた財前は、いつものブレザーの制服とは違ってカジュアルな印象で…………
それ以上の言葉が僕からは、残念ながら出て来そうもない。
まあ、洋服とかよくわからない僕からしたら顔の良いヤツは何着てもさまになるんだなという感想だ。
僕の方へと財前が近づいて来る時、複数の女性がその姿を追っていたし、そこかしこからチラチラとみんな視線を送り、中には黄色い悲鳴をあげているものまでいる。
人生というものの不平等さを嘆きつつ、僕はズレ落ちていた眼鏡をしっかりかけ直した。
しかし、眼鏡ごしでもいつもより財前のテンションの高さが感じ取れる。
「お前……なんでそんな浮かれてるんだ? 遊びに行くわけじゃないんだぞ?」
「いいのいいの~、学校以外で二人で出かける事なんて初めてだから!」
「昨日、二人でお前の兄貴のとこ行ったろ?」
「あれは別でしょ~! 制服だったし、外出した感がなかったもん」
「あっそう……」
「ていうか、コレってさデートだよね」
「はっ? いっ、いや違う違う違うっ!! コレは違う! 絶対に断じて違うっ!!」
「えーっ……だってオレ達今付き合ってるんだよ? 付き合っている二人が外出する……デートじゃん?」
正論だった。
「本当にデートなら、もっと違う場所とか普通は……」
「えっ!? かるまっち、もしかしてオレとどっか一緒に行ってくれるの?」
「あっ、いや……だから」
しどろもどろの僕をおいて、財前は話を進めてしまう。
「オレね~、遊園地行ってみたいんだ~」
「遊園地? 行った事ないのか?」
「嫌だな~あるよ~、行った事くらいは……ただ、好きな人とはまだ行った事がないってだけ!」
「あーっ……そーっ……」
もう突っ込むのも面倒になって来た。
「ねっ、じゃあさ約束!」
「はっ?」
「今度、一緒に行こ! 」
「えっ!?」
正直、男二人で行くのに陰キャな僕は気が引けてしまうが……
だが……
ただでさえ美しい造形をした顔をしてるというのに、キラキラとした期待に溢れたその表情を向けて来られ、僕に断るという選択肢は出てきそうにない。
「わかったよ……」
「やった! 遊園地デート、約束だからね! じゃあ今日はデートの予行演習だね~」
「……も、目的が違うだろ? 僕たちはこれから……」
そう、これから市毛さんがよく目撃されているという市の【総合病院】へ向かう。
病院━━
という場所は僕が出来る限り避けて来た場所だ。
理由はもちろん、見たくないモノを見てしまう確率が上がってしまうから。
けれど、今回この場所にもしかしたら市毛さんを助けるヒントがあるかもしれないのだ。
昨日、財前兄がネットの中に情報ならいくらでもあると言っていた事から、僕らは市毛さんの事を色々と調べた。
僕は市毛さんのファンだからこそ、ゴシップみたいな真実味の無いモノに振り回されるのは気が滅入るし、今までは情報として入れたくなかった事もあって、そこで目にしたモノは初めて知る事ばかりだった。
財前兄に教えられた、芸能人のゴシップや噂を取り上げる人気のSNS。
そこに市毛さんの事が取り上げられていた。
なんでも、市毛さんは度々市内にある総合病院で見かけられており、そこには市毛さんの中学の時のクラスメイトが何年も入院しているらしい……
二人は小学校からの親友、昔から二人でアイドルになるのが夢だった。
夢を叶える為に、中学2年の時二人でオーディションを受けている。
しかし、最終オーディションの日、市毛さんの親友だった彼女は不慮の事故に遭ってそこから意識不明に……
一方、市毛さんはそのオーディションに合格し、そしてアイドルグループ【らめんと】としてデビュー。
その後、人気アイドルになった市毛さんは病院へ彼女に会いに通っている。
これだけなら特段悪い話でもないし、むしろ好感度も上がりそうな美談なのだが、話はまだ続く。
そもそもそのオーディションを受けようと言い出したのはその親友の方だったという。
そして、二人共に最終オーディションまで残る事が出来た。
だが、そのオーディションで合格するのは
1人だけ……
最終オーディションを受け、二人で会場から帰っていた市毛さんと彼女は不慮の事故にあった。
事故の詳細はあまり出てこなかったが、前方不注意の車との接触事故らしいという噂だった。
市毛さんは軽い捻挫。
だが、その友達は昏睡状態となり今もまだベッドの上だという。
ココでネット民達の間で考察が上がる。
実は、本当に【らめんと】のメンバーになるべき真のオーディション合格者はMADOKAではなく、その友達だったのではないか?
そして、更には……
MADOKAと彼女は共にオーディションを受け、彼女のパフォーマンスを見たMADOKAがこのままだと自分が不合格になるのを懸念して、事故に見せかけ彼女を……
こんな話だけならただの憶測、市毛さんとその友達が事故に遭った事すら妄想の域は出ない。
しかし、これに信憑性をもたせるある事件の記事が下にリンクを貼られていた。
地元新聞の小さなものだが、中学生二人が車と事故に遭い一人は軽傷、もう一人は意識不明と書かれている。
時期や場所からいって、もし仮にこの事故の被害者が市毛さんとその友達という事なら確かに符号はする部分もあるのだが……
かといって市毛さんが彼女を……というのにはいささか強引過ぎる気もする。
噂に尾ひれはひれが付いた結果━━そう思いたい。
僕は絶対に違う、彼女はそんな事をしない! と、本当なら言いたいが『思いたい』という願望なのは、あの黒い禍々しい存在が彼女に纏わりついているのを見てしまっているからだ。
「なあ、お前は市毛さんのアレ……なんだと思ってるんだ?」
財前は本当は僕よりもアレをちゃんと見れてるんじゃないか……
だとしたら、アレが誰のなんなのか本当はわかっているんじゃないか……?
財前は少し間を置いてから答えた。
「……六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)って知ってる?」
「えっ? いや……知らないけど」
「源氏物語に出てくる生霊…… 六条御息所は光源氏を思うばかりに生霊となって夜毎彷徨い現われる」
「えっと……つまり、市毛さんのアレも誰かが彼女を思うあまりに……って事か?」
「さあね……でも、人を恋い慕う憎しみよりも深くて強い思いがそういうモノになるのもおかしくはないよ」
僕にはそういう気持ちがよくわからないから、財前の言う恋愛的な強い思いに、どれだけの力があるのかは理解出来ない。
けど……
「良くも悪くも、恨みも恋も人を思う事に変わりはない……どちらも強い思いだからね……」
そんなもんなのか。
僕はとりあえず理解した。
件の病院に到着すると、とりあえず受付前の待ち合いにあるベンチに腰を下ろす。
正面の大きなモニターには朝のニュースが天気予報を伝えており、その隣には呼び出し番号が表示される。
院内は土曜も診察している事もあってか、人が多くザワついていた。
まあ、おかげで僕らもこの中に紛れる事で怪しまれずに済みそうだ。
僕はゆっくりと辺りを見回してみた。
メガネ越しにだがあちこちに、薄ぼんやりとした影が見えた。
おそらく、あれは生きてる存在ではない。
看護師が慌ただしく小走りで影の中を突っ切っていった。
影はユラユラと形状を崩したが、また元の形に再生する。
「……やっぱり苦手だ」
口から自然と言葉が出た。
病院は普段の日常の中でも、もっとも死に近い場所だ。
どんなに見ないようにと努めても、全てから逃れる事は出来ない。
こんな時にいつも思い出すのは昔、母親が夜中に観ていた怖い映画だ。
タイトルなんて知らないしああいうのは普段なら絶対に観ないけど、ストーリーが気になって指の間からこっそりと観ていた。
盲目の主人公が角膜の手術をして見えざるモノ達が見えるようになってしまう話。
あの主人公は、最後どうしたんだっけ……
確か、もう一度手術をして何も見えない自分に戻ったんだったけ……
ふと……
隣にいる財前の方へ視線をやる。
コイツも僕のように、いやもしかしたら僕よりもっと、ああいう類のモノが見えているのなら……
見えない様に目を瞑り……
見えない様にその場から逃げ……
アノ映画の主人公の様に見えない様に……何かを犠牲に……
「……なあ、お前は平気なの?」
「んっ? 何がぁ?」
相変わらずの財前のヘラヘラとした空気は、今の僕には少しだけ有り難く感じた。
「嫌なモノとか……見てるだろ?」
僕のその質問に財前は首を傾げ、僅かな時間考えた様子を見せてからまた、いつもの様な満面の笑顔を向けてきた。
「でも……目を背けなかったからこそ見えたモノがあるから」
「なにそれ……? それって……」
それって……そんな嫌なモノを見てまで見て良かったと思えるものなのか?
僕は疑問を押し殺す。
そもそも、僕と財前は感じ方も受け取り方も違うのだ。
それが本当に見れて良かったと思うモノなのかどうかは僕にはわからないし、僕からしたらなんでもない、寧ろ見たくないモノを見てまで見る価値があるのモノなのかは正直わからないだろう。
「あっ、ねぇ……」
その時、財前が僕の腕を小突いて来た。
「市毛さん!?」
僕は身を乗り出して、ズレた眼鏡の間から彼女の姿を確認した。
間違いない彼女だ。
気の所為か、昨日より例の黒い影が濃く大きくなっているように見える。
「後をついていこう」
僕らは市毛さんと距離を取りながら、気づかれないよう後ろをついて歩いた。
どうやら一般病棟から、入院病棟のある方へと向かっているみたいだ。
しばらく行くと入院病棟入り口の受付で、立ち止まっている市毛さんを見つけた。
遠目からだが、市毛さんは恐らく見舞いの手続きをしているみたいだ。
「どうする? 僕ら市毛さんが誰の見舞いに行くのかもわからないし、あそこを突破出来ないんじゃないか?」
「そうだね……」
財前は病棟の地図を見つめて何かを考え込んでいた。
「かるまっち、コッチ」
財前が親指で入り口とは反対方向の通路にある扉を差した。
両開きの重たい扉を開くと、一般病棟と入院病棟の間にある中庭の様な所に出た。
気候が良いからか中庭には入院患者達が出て、レクリエーションの様な事をしている姿もある。
思っていた雰囲気と違い、全体的には明るく健康的だ。
そこを抜けて、進むとまた重い両開きの扉。
どうやらここはもう入院病棟のようだ。
なんとかここまで来る事が出来た。
だが、安堵したのも束の間、やはり病棟に入ると重い空気がのしかかる。
本来なら見たくないのだが、市毛さんを見つける為には仕方がない。
断腸の思いで僕は眼鏡を外し、辺りを伺った。
「財前はそっちの廊下見てくれ、僕はこっちを探すから」
「えっ? 大丈夫? 一人で……」
「その方が効率が良いだろ? 早く見つけないと本当に見失うぞ」
「わかった」
僕らは左右に別れて市毛さんを探す事にした。
市毛さんがどこに行ったのか、早く探さなければならないというのに、病棟内は白いモヤが濃くて視界がハッキリしない。
それでも、眼鏡をしている時に比べればまだ視界が見やすくはある。
白いモヤは、段々と人の形を作り出していたるところで蠢いていた。
その時━━
ふと視線を落とした足元に、小さな白いモヤがあるのがわかった。
それは僕の足元に絡み付き、ぐるぐるととぐろを巻いた蛇みたいになっている。
不審に思ってよくよくそこを凝視すると、それは足に纏わり付いている小さな子供だった。
小さな子供の腕が僕の足首に絡みついている。
「…………っ!?」
顔は全く見えない。
チリチリとしたうねる髪の隙間からは焼け焦げた皮膚が覗いているのを見て、明らかに生きてるものではないと思った。
まるで親の足にじゃれつくかのようなそれを見て僕はその場で硬直し、動けなくなってしまう。
『…………ァァっ……アアア……』
やがて……
じっとそれを見つめていると微かな声までが聴こえて来るようになった。
見る事は今まであってもこんな風に接触してくるのは、僕の覚えている限りではない。
ああ、一度あったか……
バス停の……、僕は見てはいないが肩に付いていたとかいう、だから財前が吸ったとか言っていたな。
もしかして、触れて来るヤツはヤバい種類のなのか?
ハッとして、僕はもう一度しっかりと足元を見た。
「……っ!?」
『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙…………っ!!』
子供じゃない━━!?
赤ん坊の様な声を出しているが、顔をこちらに向けたそいつは明らかに老婆の様な顔をしていた。
深く顔中に刻まれた皺、開いた口から黄ばんだ歯が見えている。
そして、僕の方へと眼孔から目玉が飛び出しそうな程に見開かれた、大きな黒目だけの瞳をギョロリと向けて来た。
『アハハハハハハハハハハハハハっ!』
今度は先程の赤ん坊の様な泣き声ではない、老婆の笑い声が鼓膜を刺す。
一気に鳥肌が走った。
全身から嫌な脂汗がじわりと滲む。
そいつは、僕の足をゆっくりと登って来ようとしていた。
身動きが取れない。
一体どうしたらいい?
頭の中が真っ白になってゆく━━
「かるまっち!」
財前の呼ぶ声にハッとして振り返る。
いつの間にか掴まれた腕から、何か温かい感触が流れてきた。
スっと強ばっていた体から力が抜けてゆき、金縛りの様な状態から解き放たれていた。
「…………また、吸ったのか?」
財前の方へ視線を向けた。
「……手、繋いで行こうか!」
いつもの笑顔を向けてくる。
バツが悪いのか財前は大事な事には返答しなかった。
更に不本意ではあるが、財前の提案に僕は今この状況では乗るしかない。
仕方なく差し出された手を握り返した。
「彼女、あっちの方に行ったみたいだよ」
僕がアレに気を取られている間に、財前は市毛さんの動向をしっかりつかんでいたようだ。
僕らは手を繋いだ状態で、市毛さんの向かった方へと進んでいった。
不思議だった。
何故なのか、財前と手を繋いでいる間は眼鏡がズレた視界の中、白いモヤがハッキリとした形をしているのが見えていても恐怖を感じずに歩き進んで行けた。
それは誰かと手を繋いでいる安心感からなのか。
それとも、財前と手を繋いでいるからなのか。
どうしてなのかハッキリとはわからない。
ただ、今この瞬間は僕にとって初めて不安を感じずにいられているのだけは確かだ。
「……っ、市毛さん」
後を追っていた廊下の先で角を曲がった瞬間、チラっと市毛さんの後ろ姿が見えた。
「あの奥に入ったみたいだね」
僕らは市毛さんが入ったであろう病室の前まで進んだ。
部屋番号の隣にあるネームプレートを確認する。
「203…………堀田(ほった)さくら」
噂の中学の時の親友がこの【堀田さくら】という人なんだろうか?
扉は完全に閉まっている。
中の様子はわからない。
周囲に誰もいないのを確認して、そっと扉に耳を当てる。
残念ながら何も聴こえては来なかった。
「うーん……市毛さんが入ったのはココだったよな……でも、どうにかして中の様子がわからないかな……」
そうして僕が扉にあれこれ張り付いていると……
ガラっ━━!
横開きの部屋の扉が開き、中から驚いた顔の市毛さんが出て来た。
「……大和田君?」
慌てて僕は弁解の言葉を必死に並べる。
「あっ……いや、えっと……た、たまたま親戚の人がこの病院に緊急入院して、お見舞いに来たら市毛さんによく似た人がいるな~って……」
市毛さんは訝しげに僕を見た。
「財前君も一緒に?」
「かるまっち……」
財前がコレ以上は何を言っても無駄だと言わんばかりに、溜息を吐き出す。
「あっ……あーっ……えーっと…………ごめん」
残された僕の口から出た言葉は、謝罪一択だった。
「……ココじゃなんだから、入って」
市毛さんは大きく深呼吸をすると、僕らを病室へと促した。
「失礼します……」
僕と財前は薄暗い病室内へ、音を殺して入った。
部屋に入るとまず辺りを見回した。
窓のカーテンはしっかりと閉められており、晴天の外から溢れた明かりが微かに部屋の中を照らしている。
この部屋の中にはさっきの様なモヤは無かった。
「さくら、この人達はね私のクラスメイト……」
そう言って市毛さんは、僕らをベッドの上の人へと紹介した。
返事は無い━━
「もうね……ずっと意識が戻らないんだ……」
狭い個室の真ん中には一人、ベッドの上で眠るたくさんの管に繋がれた見知らぬ少女の姿があった。
「私……本当はわかってたんだ……財前君言ってたよねこの前……誰かに恨まれたりしてるんじゃないか……って」
管の先には大小様々な機械が繋がっており、規則的な電子音と時折響く呼吸を促す機器の音だけが響いていた。
「この子はね、多分……私を一番恨んでる人……」
ベッドのすぐ横にある丸椅子に座った市毛さんは、眠る少女の顔を愛おしげにじっと見つめた。
「……彼女は、ううん……さくらは【らめんと】のセンターになるはずだったの」
僕らは黙って、市毛さんの話を聞いていた。
「私とさくらは小学校からの友達で、お互いアイドルになるのが夢だったんだ……でも、あの日……最終オーディションの帰り、さくらは事故にあった……」
どうやらネットに書いてあった情報はあながち間違ってはいなかったみたいだ。
しかし、どこまでが真実なんだ?
あの記事にあった、市毛さんが堀田さんを事故に合わせたという話。アレは本当の事なんだろうか?
しかし、そんな事今この場で市毛さんに確認なんて僕には出来そうにない。
「本当はさくらが受かるはずだったオーディション……私が繰り上がりで合格しちゃって……さくらの場所を奪っちゃったの」
僕は市毛さんの部屋にあったコルクボードの写真を思い出していた、仲良さげな二人の少女、片方は市毛さん。
そして、もう一人は間違いない。
ベッドで眠っている堀田さんだ。
「私に生霊がついてるって、二人は言ってたよね……本当にそうだとしたら……それは彼女のだと思う……」
「ど、どうして今まで黙ってたの?」
僕はこれまでと様子の違う市毛さんに戸惑っていた。
いつもの明るい彼女から想像出来ない程に、今の彼女は生気を失ってしまっている。
「ごめんね……それは、私が信じたくなかったから……さくらが私を恨んでると心の底ではいくら思っていても、真実を受け入れられなかった……もし、誰かに恨まれる事があったとしても……さくらにだけは……嫌だった……」
「市毛さん……」
慰めの言葉は僕には見つけられそうにない。
こういう時、コミュ力の無さを思い知らされる。
とりあえず、ココは財前が上手く取り持ってくれる事に期待したい。
「市毛まどかさん、担当直入に聞くんだけど……事故の時、君が堀田さくらさんを突き飛ばしたっていうのは……本当?」
「━━っ!!?」
ありえない。
コミュ障の僕でもこの空気の読めなさっぷりは無いと思う。
歯に衣着せぬ財前の発言に、僕は驚き市毛さんと財前の顔を瞬時に交互に見た。
「ざ、財前っ!! おいっ、お前ナニ言ってんだよ、ご、ごめんね市毛さん! コイツたまに変な事言っちゃうんだよ~……ホントお前、空気読めよな~」
コミュ障の僕だが、なんとか精一杯この場を取り繕うとしてみた。
だが、張り詰めた空気は変わらない。
「……私は、やってないよ……財前君」
市毛さんがポツリと、でも力強く答えた。
「ほっ、ほら~な~、市毛さんがそんな事するハズないだろ~」
だよね、やっぱり、市毛さんがそんな事するワケ無いんだ。
僕は一人納得したのと同時に、心の底から安堵した。
「でも……私のせいでさくらが事故に遭ったのは本当だよ……」
「えっ……? それは……どういう意味……?」
混乱する僕と対照的に、財前は落ち着いた様子で市毛さんを静かに見つめていた。
「私とさくらは小学生の頃から二人でアイドルになるのが夢でさ、中学に入ってからもお互いその夢を叶えたいねって話てた……さくらは本当に可愛いくて、ダンスも上手くて……一緒に受けたアノオーディションでも人一倍輝いてたよ……でも……オーディションが終わって二人で帰っている時にね……事故が起きた……」
市毛さんはギュッと自分の両手を固く握りしめていた。
「……前方不注意のトラックが歩道に突っ込んで来て……本当なら私が……私がこうなるはずだった……アイドルになるのはさくらだった……それなのに……」
市毛さんの頬を大粒の涙が伝っていく。
市毛さんは自分を責めていた。
でも、それはネットで言われている様な市毛さんが堀田さんを事故に遭わせたという事にはならないと思った。
「……市毛さんが悪いんじゃないよ……堀田さんはきっと市毛さんの事……」
「違う! 違うのっ! 事故に遭う前……私が大切なモノを無くしたから……だからアレは……」
「どういう事?」
財前は冷静に問いかけた。
「オーディションの帰りに……私、大切なモノをどこかに落としちゃって……ううん……違う……本当はワザと無くしたの…………それをさくらが探してくれて」
「事情はわからないけど、事故はやっぱり市毛さんのせいじゃない……」
僕は力強く訴えた。
「ごめん……何も知らない僕がこんな事言っても説得力が無いのはわかってる、でも市毛さんは堀田さんをわざと事故に遭わせたワケじゃないじゃない!?」
市毛さんはギュッと眉間に皺を寄せ、困った表情を浮かべると小さく左右に首を振った。
「違うの……大和田君……違うんだ……私さ……嘘ついてたの……」
「嘘? 嘘って……誰に?」
「私ね……オーディションなんて本当はどうでも良かった……アイドルになんて……本当はなりたくなかったの!!」
「じゃあ、ど、どうしてっ!?」
「だって……私は……本当は…………」
━━━━ピーっ…………
突然、病室の中に電子音が鳴り響いた。
ガタっガタガタっガタンっ!!
「えっ!? 地震?」
「…………コレは!?」
サイドボードがガタガタと激しく揺れ出した。
上にあった花瓶が倒れ床に落ちて転がり、更にピシピシというガラスがヒビ割れるような音が聞こえてくる。
音のする方を見上げると天井の蛍光灯が激しく明滅し、やがてピシピシと音を立て砕け散った。
「……っ!!」
僕は堀田さんの顔に覆いかぶさり、背中でパラパラと落ちてくるガラスの欠片を受け止める。
ふと、堀田さんの顔に視線がいった。
良かった、顔に傷とかは付かなかったみたいだ。
アイドルを目指していたなら、きっと顔は大切だろう……
…………?
アレ?
僕は堀田さんの顔を思わず凝視した。
「かるまっち!」
揺れは一層酷くなり、端に置かれたテーブルや医療機器までガタガタと揺れ出している。
どうやら建物が揺れているワケじゃない、部屋の中だけでこの現象は起きているみたいだ。
霊障、いわゆるポルターガイストと呼ばれるものかもしれない。
「財前! 市毛さんを一旦外へ」
「うん、わかった!」
財前は市毛さんを支えながら、病室の外へと避難した。
その瞬間━━
パ━━━━━━━━━━━━━━━━━ンっ!!
という砕ける音と共に、病室の窓ガラスが一斉に砕け散った。
「っつ…………!」
頬に痛みが走った。
右手で触れると、ぬるっとした感触がする。
どうやら今ので少し切ってしまったみたいだ。
病室内はしんと静まり返っていて、さっきまでの騒動はまるで無かった事のようだ。
しかし、砕け散ったガラスだけはアレが現実だったと伝えてきていた。
僕はゆっくりと上体を起こす。
背中からカラカラと音をさせ、ガラス片が床へと滑り落ちてゆく。
頬を切った事以外は特にケガは無い。
「堀田さん……大丈夫?」
意識のない彼女に思わず話しかけていた。
そして、再び見た彼女の顔には……
先程見た時と同じ様にやはり、涙が流れていた。



