ローコントラストの日常



次の日登校した僕らは、教室に入って一瞬で、今回の事の重大さに気付かされる事になった……




「……市毛さん?」




「あっ、おはよう……」



昨日より明らかに、市毛さんは憔悴していた。



そして、席から立ち上がろうとした途端にバランスを崩してフラフラと体を揺らし、体勢を崩した。




何かが昨日とは明らかに違う。



メガネごしからでも、アノ黒い影がザワザワと蠢いているのが感じられる。



「市毛さん!?」



僕は駆け寄り、間一髪で彼女を抱きとめる。



「市毛さん!? どうしたの? 昨日あの後……」



今度はメガネを外してしっかり彼女を見た。




彼女に纏わりついていた黒い影が、とんでもない大きさになって彼女を取り巻いていた。



それはまるで大きな生き物のように、彼女を飲み込もうとしているようだ。



「コレは……なんだ……」



僕は後ろにいた財前の方へ振り返った。



財前も見せた事のない呆けたような顔をして、理解出来ていないのか左右に小さく首を振った。



「……わからない、今までこんな風になった事なんて無かった」



その深刻そうな表情で、この状況がカナリヤバいという事は理解出来た。



「と、とりあえず保健室に……」



僕らは保健委員のクラスメイトに市毛さんを任せ、彼女達を見送ってから教室を出た。



「どういう事だ?」



「オレにもわからない、だけど……昨日より明らかにアレが増幅して……っつ!?」



財前が突然腕を押さえてしゃがみこんだ。



「財前!?」



抑えられた手首を見ると、昨日見た黒い痣が赤く腫れ上がっている。



「なんだよ……コレ……」



どうしてこうなったのかはわからないが、ともかく何かカナリマズイ事だというのだけは僕にもわかる。



苦痛に耐えながら財前はヨロヨロと立ち上がる。



「おい、大丈夫なのかコレっ!?」



手首を掴みながら財前は苦悶の表情を浮かべている。



「……しゃーない……アイツに頼むしかないかも」



財前は珍しく眉間にめいっぱいの皺を寄せ、苦笑いしながらボソリと言った。



「アイツ?」




「……あんまり関わりたくないんだけど、緊急事態だからしょうがないよね」



そう一人で納得して、体を廊下の壁で支えながらゆっくり歩き出す。



「おっ、おいあまり動かない方がいいんじゃ……」



「うん……ゴメンネかるまっち、オレちょっと行かないと……」



「はっ!? 待てって、どこ行こうとしてんのか知らないけどお前そんな状態で一人で行く気か?」



「平気……」



と、言いつつ痛みに顔を顰めて到底一人で行かせられる状況ではない。



「……僕も行くから……」



財前の腕を自分の肩に回させた。



「でも……」


「でもじゃない、ほら、今は僕は恋人なんだろ? じゃあ、頼ってもいいんじゃないか?」



「……ゴメンね」


ヨロヨロとした足取りの財前を支えて歩きながら僕は、思った。


人生で初めて学校をサボる事になるな……





学校からタクシーに乗り、僕らは高層ビルの立ち並ぶあまり普段は足を踏み入れる事も無いエリアへと向かった。


その間に、財前の手首の痛みもようやくひいてきたみたいだ。


しばらく海沿いを走って、タクシーは一際大きな高層マンションの前で停まった。




「こんなとこに一体、何が……」



僕はイマイチ状況を掴めず、タクシーから降りたあともリゾートホテルみたいなマンションのエントランスを見渡していた。



「……行こ」



財前も普段の雰囲気となんだか違う。



不安と動揺が僕の中に渦巻いていた。





そして━━



何がこれから起こるのかというその不安は、現在混乱へと変貌を遂げた。





「はーい、みなさん! おはこんにちばんわ~
それでは今日もさ~っそく心霊リサーチを初めていきまっしょ~い!」





マンション最上階の一室に僕と財前はいる。



自宅マンションの一室というにはあまりにスペースの有り余る部屋の中は、アンティークといった感じの重厚な家具と調度品が並んでおり、その雰囲気にはそぐわないパソコンやらライトやらカメラやらが部屋の中央に向けられていた。



黒のスーツ上下に身を包んだやたらと顔が良いホスト風な男が、煌々と光る照明に照らされた赤いソファに腰掛けてカメラの前で一人話をしている。



リモートホストクラブなんてのがあったらこんなかもしれない。



わからないけど……



この状況下、頭に疑問符が浮かびまくる僕に、財前は制服のジャケットの胸ポケットからスマホを取り出してその画面を僕に見せた。




目の前で行われているのは、どうやらyo-Tubeの動画の撮影みたいだ。





チラっと確認すると、再生数はとんでもない事になっていた。



「チャンネル登録者数600万人のオカルト系配信者……アイツがオレの兄貴……アイツなら多分、なんか知ってると思うから」




「お、お兄さん……?」



なるほど、どうりで顔が良いはずだ。



「アイツは昔から俺よりもずっと見えない世界を見て来てて、今はそういう系の相談やら体験談なんかを発信してあっという間に人気配信者になった」



普段避けて通っている界隈の事なので、僕は全く知らなかったが財前兄はどうやらその手の人ではカナリの有名人のようだ。



「あのさ、兄貴になんか言われる事あっても、あんま気にしないでね」




そう言って耳打ちし財前は苦笑いした。



それから40分ほど、財前が兄だといったその男は一人でひたすらしゃべり続け、ようやく一区切り付いたところで椅子から立ち上がり僕らの方へとやってきた。



金髪の長めの前髪の間から見える鋭い眼光、カメラの前では飄々とした雰囲気だったが、オフになった途端に重苦しいオーラが放たれている。



そして……財前兄は僕らを一瞥すると突如━━



「つ、司氏~……ナニ? ナニ? なんですか急に……と、とつぜんくるならくるって最初から言っておいてくださらないと……こっちだって、こここ、心の準備ってもんがあるわけですし……それにお客さまがくるならケーキとかお菓子とか用意しなきゃでしょ~……」



さっきまでカメラの前でドヤ顔で話していたのに、こちらに来た彼は、重苦しいというよりも負のオーラ全開でブツブツ何かを早口で言っている。



「……いや、そもそもココに来るつもり無かったし」



「っ…………━━━━!!?」




財前のその一言に一刀両断され、財前兄は色白の顔面を更に蒼白にしてその場に頽れる。




「おっ、おおおおお兄ちゃんにそんな風に言ったらダメでしょぉぉぉぉっ……ぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!」



しまいに泣き出してしまった。



「だから嫌だったんだよココに来るの」



財前はため息をついた。



気持ちはわからないでもない。



つか、本当にこの人に何かわかるのか?
現状、めちゃくちゃ不安でしかないんだが……



そもそも、本当にこの人は財前の兄貴なのか?



にわかには信じ難い……



僕のそんな疑いの眼差しに気付いたのか、財前が兄だという男は僕の方をチラチラと気にしだした。




「えっ……でっ……司氏……こ、ここちらの方は……?」




陰キャの僕でもここまでなかなかキョドる事は無いと思う。


あっ、でももしかしたら周囲から見たら僕ももしかして普段はこんな感じなのか?



一抹の不安が脳裏を過ぎる。



「……はっ!! もしや!! 彼が司氏のお、お、思い人のっ……!?」



「そう……大和田業くん」



「なんとっ!? まさか本人にご対面出来る時が来るとは!!」




財前兄は、突然異常な程にテンションを上げて、パーソナルスペースなんのそので急接近して来ると、僕の両手を強く握りぶんぶんと上下に振った。



「君が大和田氏? お噂はかねがね弟から」



「噂って……僕の??」



「そうそう、大和田氏は司氏の想い人だって」




「……っ!!?」



財前の方へ振り返ると、言われて気にした様子も特に無いようだ。




あまり仲良くは見えないが、この2人そんな事を打ち明けるくらいには話しをする仲なのか?




「……そういう事言っておかないと、後でバレた時面倒だから」




瞬時に答えが返ってきて一瞬、僕は心を読まれたのかと思った。



「……で、司氏がわざわざ俺君のところに来るっていうのは、何か余程重大な事があっての事かとお見受けしますが……」



一頻り僕の手を掴んでいた財前兄は、ぱっとそれを離すと財前の方へと歩み寄る。



「この前、兄貴がテレビの番組で一緒になったアイドルの子……あの子の事覚えてる?」



財前兄の顔つきが変わった。




「……あの子がどうかしましたかな?」





不意に、今までの雰囲気とは違う冷たい表情と低い声色で財前兄は答えた。



「彼女、ウチのクラスの子なんだけど」



そこまで言ったところで、財前は手首を力強く捕まれてその袖から肌を露わにされた。



「吸ったのか?」



ジッと冷たい眼差しで、財前兄は痣を見つめる。



「…………」


財前は無言だった。



赤黒い痣は変わらず、その腕にしっかりと何かの咎でも背負った印の様に禍々しく存在している。



「もう止めておきなさい」



さっきとはまるで違う雰囲気で、財前兄は忠告しましたからとその後告げた。



捲りあげられた袖を直しながら、財前はそれには返事をしなかった。




重い空気に居た堪れなくなる。




「あ、あの……彼女、えっと市毛さんと会った事があるんですか……?」




せめてこれくらいなら……と、浮かんだ質問。




財前の痣の事をもっと詳しく聞きたいのだが、ここで今の財前兄に深く聞き出す自信が僕には無かった。




「ああ……MADOKA氏とはテレビの心霊企画でご一緒させて頂いたのですよ~、いや~しかし、まさか俺君も最推しアイドルである【らめんと】のセンター!MADOKA氏にお会い出来るなんて思ってもおりませんでしたよ! 」


「えっ……? 財前さんももしかして【コンフォ】ですか!?」



【コンフォ】とは、comfortの略で【らめんと】のファンの愛称の事だ。



Lamento(ラメント)が嘆き悲しむという意味の為、慰めるの意味を持つcomfort(コンフォート)がファンの意味として使われている。



しかし、よくよく考えると嘆き悲しむという意味のグループ名は何故そんな名前にしたのかいさささ疑問ではある。




「特にセカンドシングル『愛うおんchun』は邦楽史に残る名曲でしたな~」



「わかりますわかります! アノ曲はらめんとの歴史を変えた一曲でしたよね」



「業氏……」



「お兄さん……」



僕らは熱い握手を交わした。



「あっ、良かったら俺君とライソの交換を……」



「もちろんですもちろんです! コンフォの繋がり僕全然いないんで」



「【らめんと】の情報を共有出来たら嬉しいですな~、それに……」


財前兄は僕の耳元にコソッと耳打ちしてきた。




「司の事もお願いしたい事がありますし……」



「……お願い?」



財前兄は人差し指を唇に当てたジェスチャーをした。



雰囲気からみて、財前にはあまり知られたくない話なのかもしれない。


イソイソとお互いスマホを取り出しアカウント交換をした。


「…………はぁ」



財前は冷ややかに僕らのやり取りを見つめている。



しかし、コンフォ同士なら話が早い、僕は普段初対面の人とはなかなか打ち解けられないが財前兄が同士と知った今なら市毛さんの事を聞き出せそうに思えた。



「あっ、あの市毛さん、いやMADOKAとテレビの心霊企画で会ったって言ってましたけど……」



「ああ、俺君はネット配信者をやっておりましてな、最近はテレビなどからもオファーが来るのですよ、それでMADOKA氏とは一緒になったのですよ~……まあっ、内容はよくある心霊スポット探索だったのですが……」




財前兄はスマホにその時の番組を映して見せた。



ファンとして市毛さんが出演していた他の番組ならほぼチェックしているが、こと心霊系というモノとは普段から距離を置いてる事もありこの番組の事は全く知らなかった。




画面には



『人気配信者 トキヤと巡る心霊スポット』



というテロップが出ており、怯えた様子の市毛さんが映っていた。



「も、もしかして……この時の番組で市毛さんは何かに取り憑かれた……とか?」




財前から市毛さんに憑いているのは生霊だとは聞いていたが、こういう場所に行った事が原因という可能性もあるかもしれない。



「いやいや~この時行った心霊スポットは全て眉唾ものでしてな~、まあヤラセみたいな感じだったんですよ~……っていうか、ココに行く前にはもうMADOKA氏には何やら尋常ではないお悩みを抱えておられましたから」


「えっ……?」



「既に、行きのロケバスの中で俺君、MADOKA氏からご相談されてましてな~」



「相談……って、何についてのですか?」



「自分の周りで起こる怪現象をどうにかして欲しい……と」



つまり、その時にはもう市毛さんは既に何かに取り憑かれていたという事か。



「そ、それでどうしたんですか?」



「丁重にお断り致しましたよ」



「えぇっ!? なんで?」



「わかってしまったのでね……」



「わかった……? 何をですか?」



「彼女が悩むモノの正体についてですよ」



「……何が見えたの?」



今まで黙って話を聞いていただけの財前が、ようやく口を開いた。



「……ふーむ……なんと説明していいものか……アレはそもそも霊というべきかなんと言うべきか」



霊……ではない?



つまり生霊じゃないのか??



じゃあ、一体 ━━




「あっ、あのそれで僕らが今、市毛さんに助けて欲しいって頼まれて……それで」



「なるほどー、俺君がお断りしてしまった事で司氏の方にMADOKA氏はいってしまわれたわけですな」



「そういう事……ホント兄貴のせいでコッチはいい迷惑だよ」



「どういう事?」



僕は財前と財前兄の顔を交互に見た。



兄弟揃ってよくもまあ、こんなに顔が整ったもんだ。



いや、今はそんな事に改めて感慨深くなってる場合じゃない。


「ネットの特定ですよ、俺君が人気配信者~になってしまったばっかりに司の存在がネットに流出しましてな、しかも話に尾ひれはひれが付いて、俺君より強力なイケメン霊能者とかって噂まで広まってるのです」



「実際、そうだから仕方ないけど」



財前の言葉に財前兄は深くため息を吐いた。



「確かに顔は司のが良いと兄の私から見ても忖度なしで思いますが、霊能力は別です! 司の力は諸刃の剣……それに頼る事はあまりオススメ出来ませんよ!」



顔の良さについてはどっちがというのは無いと思うが、兄弟共に顔整いなのは間違いないし……



いや、そんな事より財前のアノ吸うという力の事だ。



やはり、あの痣や痛みがある事からもあまり使ってはいけないものなのかもしれない。



財前兄は詳しくわかっていそうだが、その話はとりあえず後回しだ。



「あの……それで、市毛さんはなんて言って相談して来たんですか? 自分に取り憑いた霊を払って欲しいとか?」



ともかく、今は彼女の情報が少しでも欲しい。



市毛さんが財前兄にしてきた相談の内容が僕は気になった。



「確か~……最近、おかしな事が周りに頻繁にある、原因は恐らくご自身が恨まれているからだと……その相手が誰なのかもご存知の様子でしたね」



例のストーカーの事だろうか?



しかし、その割にはあまりに断定した物言いな気もする。



僕らに話してきた時は、誰かはまだわからないといった感じだった。



「ストーカーの事は何か言ってましたか?」



「ストーカー……? ああ、ネットニュースになっていた脅迫状の?」




「彼女は自分に憑いているのはそのストーカーなんじゃないかと……それ以外に思い当たる節は無いと言っていたんです」



「それは無いと思いますな~」



「なぜ?」



「見えてるんだろ……アレの姿が……」



財前はやっぱりといった様子で、財前兄をジッと睨みつけた。



「ま、そうですな……今はそういう事にしておきましょうか……ただ……」



「ただ?」



僕は財前兄が次に発する言葉を急かす事なく待った。



「ああいったご相談は俺君も初めてされましたのでね、こうなんと言ったらいいか……」



「初めて……ですか?」



さっき財前は、兄は相当見えないモノを見て来ているいわばそっちのスペシャリストだと言っていた。



そんな人が今まで遭遇した事ない……それは、相当ヤバい代物なんじゃないのか?



「つまり、兄貴にもよくわからない?」


「まあ、そうかもしれませんな」



「あっ、あの、彼女と話した事で何か気になった事とか、気づいた事はありませんでしたか?」



僕は何か少しでもヒントは無いのかと食い下がった。



「ふ~む……そうですな~……」



財前兄は片手を当てながら首を左右に傾げ、更にゴキゴキと音を響かせ思い出そうとする素振りを見せる。



「……無いですな」



「ないのかよ!?」


さすが兄弟というテンポの会話のキャッチボールがなされ、打開策へのヒントは無いまま終わってしまった。


僕も財前も共に小さく溜息を吐き項垂れる。




「……ただ」



しかし、財前兄が不意にそれを打ち消す一言を発し僕らは顔を上げた。




「MADOKA氏から直接聞いた訳じゃないですが……気になる噂なら知っております」



「噂?」



僕らは顔を見合わせた。




「いえね、あくまでネットの……SNSのゴシップ程度のものですが……MADOKA氏がよく目撃されている場所があるのですよ」




「目撃されている場所……ですか?」




ネットに情弱な僕は、もちろん初めて聞く話だ。
財前もそれは市毛さんの事に関してでは同じ様だった。




「詳しく載っているURLを司と業氏にお送りしておきましょう、百聞は一見にしかずですからな」




「あ、ありがとうございます」




僕はすぐ、送られて来たそのアドレスを開いて確認しようとした。




「ところで業氏【らめんと】のグループ名を考えたのが誰かはご存知ですかな?」



「えっ……?」



不意にそんな質問をされる。



確か……グループ名は以前に何かの歌番組で話していた。



「メンバーみんなで考えた……じゃなかったでした?」



財前兄は首を左右に振った。



「グループ名を考えたのはMADOKA氏ですよ、コレはご本人から聞きましたから」



「そうだったんですか……」



「Lamentoは本来、嘆き悲しむという意味の言葉です……MADOKA氏は一体何を嘆いていらっしゃるんでしょうね」




嘆き悲しむ━━



市毛さんは一体、どんな気持ちでグループ名にその言葉を選んだんだ?



「かるまっち! コレ……」



財前のスマホの画面が僕の方へ向けられる。



どうやらもう送られて来たURLを確認し、市毛さんの目撃情弱がある場所を特定したみたいだ。



「…………七王子病院?」



そこは、近隣で一番大きな総合病院だった。