【盆踊りの最中、消へた花笠娘】
ー村内はもとより、近在一帯物情騒然たる有様を呈せりー
去る十六日夜、東山村観音堂前にて執行されたる盂蘭盆の踊の最中、花笠を戴きて輪に加はり居りし同村字荒屋敷の農家の娘、**おきぬ(二十歳)**が、何人も気づかぬ間に姿を消し、いまだ行方知れずとなりて、村内はもとより近在一帯、物情騒然たる有様を呈せり。
当夜は薄曇りにて風もなく、例年の如く太鼓笛の音賑はしく、老若男女およそ百余名が踊りの輪を作り居りしが、九つ時(午後九時)過ぎ、花笠組の列に空き生じ、隣に居りし娘おはるが「おきぬの姿見えず」と騒ぎ出したるに始まる。
地元駐在巡査小泉氏の談によれば、
「踊の最中に外へ出たる者あらば必ず目につく筈なれど、誰一人として見たる者なし。下駄も手拭もそのままに、まるで風に吹かれし如く消え失せたり」
とのことにて、事件の不可解なること甚だし。
●当夜の模様 目撃者語る
踊に加はり居りし近所の老女**とめ(六十五)**は本紙記者に次の如く語れり。
「おきぬは赤き花笠に白地の浴衣、いつもの通りであった。輪の中ほどに居たが、太鼓が一段と早くなった折、ふと影が薄うなったやうに見えた。気のせいと思ひしが、次の拍子にはもう居らなんだ。
まるで獅子の口に呑まれたやうで、ぞっとした」
また、青年団員**佐七(二十三)**の証言。
「人垣は二重三重、外へ抜ける隙など無かった。誰かが連れ出したなら必ず声が上がる筈。自分は一間ほど後ろに居たが、ただ笛の音が急に遠くなり、風が一つ通ったやうに覚ゆ」
村人らは総出にて裏山、川原、墓地に至るまで捜索したるも、草履一つ見つからず。翌朝よりは若松警察署より刑事三名派遣され、聞き込み及び周辺の検分に当たれど、手掛り皆無なり。
●家族の嘆き
おきぬの父**庄作(四十八)**は蒼白の面持ちにて語る。
「娘はおとなしく、恨みを買ふ覚えもなし。盆踊を何より楽しみにして居た。もし人攫ひならば身代金の沙汰もあらうが、何の音沙汰もねぇ。どうか無事で戻ってくれと、神仏に縋るばかりだ」
母ふみは声を詰まらせ、
「あの子は獅子舞が怖ぇと言うて居た。去年も、獅子が近寄った折に青ざめて逃げ帰った。今思へば胸騒ぎがしてならぬ」
と涙に暮る。
●村に伝はる奇怪の噂
東山一帯には古来、彼岸獅子の由来にまつはる伝へ多く、夜半に獅子の足音を聞けば人が連れて行かれるとの俗説あり。今回の失踪をこれに結びつける者も少なからず、寺社へ祈祷を願ひ出づる家も増えつつあり。
しかし警察当局は迷信に惑はされざるやう戒め、
「事件はあくまで現実の問題として捜査す。流言を広めぬやう」
と談話を発表せり。

ー村内はもとより、近在一帯物情騒然たる有様を呈せりー
去る十六日夜、東山村観音堂前にて執行されたる盂蘭盆の踊の最中、花笠を戴きて輪に加はり居りし同村字荒屋敷の農家の娘、**おきぬ(二十歳)**が、何人も気づかぬ間に姿を消し、いまだ行方知れずとなりて、村内はもとより近在一帯、物情騒然たる有様を呈せり。
当夜は薄曇りにて風もなく、例年の如く太鼓笛の音賑はしく、老若男女およそ百余名が踊りの輪を作り居りしが、九つ時(午後九時)過ぎ、花笠組の列に空き生じ、隣に居りし娘おはるが「おきぬの姿見えず」と騒ぎ出したるに始まる。
地元駐在巡査小泉氏の談によれば、
「踊の最中に外へ出たる者あらば必ず目につく筈なれど、誰一人として見たる者なし。下駄も手拭もそのままに、まるで風に吹かれし如く消え失せたり」
とのことにて、事件の不可解なること甚だし。
●当夜の模様 目撃者語る
踊に加はり居りし近所の老女**とめ(六十五)**は本紙記者に次の如く語れり。
「おきぬは赤き花笠に白地の浴衣、いつもの通りであった。輪の中ほどに居たが、太鼓が一段と早くなった折、ふと影が薄うなったやうに見えた。気のせいと思ひしが、次の拍子にはもう居らなんだ。
まるで獅子の口に呑まれたやうで、ぞっとした」
また、青年団員**佐七(二十三)**の証言。
「人垣は二重三重、外へ抜ける隙など無かった。誰かが連れ出したなら必ず声が上がる筈。自分は一間ほど後ろに居たが、ただ笛の音が急に遠くなり、風が一つ通ったやうに覚ゆ」
村人らは総出にて裏山、川原、墓地に至るまで捜索したるも、草履一つ見つからず。翌朝よりは若松警察署より刑事三名派遣され、聞き込み及び周辺の検分に当たれど、手掛り皆無なり。
●家族の嘆き
おきぬの父**庄作(四十八)**は蒼白の面持ちにて語る。
「娘はおとなしく、恨みを買ふ覚えもなし。盆踊を何より楽しみにして居た。もし人攫ひならば身代金の沙汰もあらうが、何の音沙汰もねぇ。どうか無事で戻ってくれと、神仏に縋るばかりだ」
母ふみは声を詰まらせ、
「あの子は獅子舞が怖ぇと言うて居た。去年も、獅子が近寄った折に青ざめて逃げ帰った。今思へば胸騒ぎがしてならぬ」
と涙に暮る。
●村に伝はる奇怪の噂
東山一帯には古来、彼岸獅子の由来にまつはる伝へ多く、夜半に獅子の足音を聞けば人が連れて行かれるとの俗説あり。今回の失踪をこれに結びつける者も少なからず、寺社へ祈祷を願ひ出づる家も増えつつあり。
しかし警察当局は迷信に惑はされざるやう戒め、
「事件はあくまで現実の問題として捜査す。流言を広めぬやう」
と談話を発表せり。



