十一時ちょうどになるとスタッフさんの先導で主人公のレイちゃん、名前は忘れちゃったけど第二主人公の男の子、そして茶太が登場した。
みんなが一様にスマホを構えて、あわよくばファンサをもらおうと手を振ったり、片方の手でハートを作ったりしている。
僕は夢菜の隣りに立ってるだけだったけど、小さい子が目をきらきらさせて見ているのが印象的だった。
茶太のあとにアメリカンショートヘアの女の子が出てきたり、衣装がきらきらして目を引いたりしたのもあるのかも。
夢菜に連れられて来たけどはっきりした世界観は分かってなくて、名前を知ってるくらいだった。
でもこれだけ人気なら、帰ってアニメ観てみようかな。
ここ一ヶ月くらいで始まったみたいだから、まだサブスクで配信されてるよね。
「──はぁ……、ファンサしてくれた。ねぇ薫、ちゃた……茶太くんがファンサしてくれた!」
やがてみんな入退場を終えると、夢菜が感極まったように僕の肩を全力で揺さぶってきた。
「うわ、ちょ……あぶなっ」
僕は片手にホットコーヒー、もう片方には夢菜の分のマシュマロ入りのホットココア、そしてクッキーの入った袋を手に提げている。
飲み物にはどっちも蓋が付いているとはいえ、あんまり力を込められたらまずい。
……他の男の子に比べたら僕なんか非力な方なんだぞ、自慢じゃないけど。
「だって嬉しいじゃん。原作でもアニメでも、茶太がデレたところなんか見たことないし。ツイッター見てもあんまりファンサしないみたいだし」
夢菜はぎゅうとスマホを胸に抱き締めると、そっと目を閉じる。
きっと動画に収められている茶太のファンサを、帰るまでに何度も見せてくるんだろうな。
「よかったね」
そういう夢菜の様子が容易に想像出来るからか、ふふっと知らず笑みが溢れる。
「……うん」
僕の問い掛けに、夢菜がかすかに頷いた。
チークで淡く色付いた頬がほんの少し赤くなるのが分かって、こうしていると夢菜は女の子らしくて可愛い。
もちろんいつも出掛ける時はお洒落をしてくるけど、今日は一段と気合が入っているように思う。
すぐに動けるように、ゆったりした紺色のデニムと黒いニット、それから僕が去年プレゼントした赤いマフラー……はなぜか僕のカバンの中に入ってる。いつの間に。
正直なところ、夢菜の服装は僕から見ても寒そうだ。
イベントが始まるまで十五分やそこらだったけど、その短い間にも冷たい風が吹いていた。
僕は定期的にコーヒーを飲んでいたからまだマシだけど、夢菜はちょっと興奮しながら待っていたから身体が冷えてるはず。
「ね、もう戻ろっか。寒いし」
僕は夢菜の世界の邪魔にならない程度に呼び掛けると、建物に入ろうと一歩脚を踏み出した。
「……え」
その時、場違いなほど爽やかな香りがした。
それこそ柑橘系みたいな、どこかで嗅いだことがあるような気がするのに、それがどこなのかすぐには思い出せない。
きょろきょろと周りを見渡しても、もう匂いらしい匂いはしなくて首を捻る。
なんだろう、あともう少し……それこそ喉まで出かかってるのに、匂いの正体がいまいち分からない。
「うん? どうしたの」
前を歩いていた僕がいきなり立ち止まったのを不審に思ったみたいで、夢菜がきょとんとした顔で問い掛けてくる。
「や、なにも……ない、と思う」
本当は何かあるんだけど、僕のことで夢菜に気を遣わせたくなくて曖昧に濁した。
「えー、何それ。気になるものあったら見に行く?」
「ううん、そういうんじゃなくて」
でも案の定、気遣ってくれる夢菜の声が聞こえる。
「そ? ならいいけど。薫は隠すからなぁ」
ホントかなぁ、なんて疑ってくる夢菜に『本当だよ』と返す。
建物に入ってやっと人心地が着いてからも、頭はどこで嗅いだことがあるのか思い出そうとした。
……駄目だ、歩きながらっていうのもあるけど、いくら考えてみても思い出せない。
元々人が多い時間帯だから、色んな匂いが混ざって脳が勝手に『知ってる匂い』って思ったのかもしれない。
そう無理矢理結論付けたけど、なんだか曖昧で気持ち悪い。
そのあと僕が行きたかった雑貨屋さんに向かって、でも自分で思っていた以上に上の空だったみたいで、終始夢菜に心配された。
みんなが一様にスマホを構えて、あわよくばファンサをもらおうと手を振ったり、片方の手でハートを作ったりしている。
僕は夢菜の隣りに立ってるだけだったけど、小さい子が目をきらきらさせて見ているのが印象的だった。
茶太のあとにアメリカンショートヘアの女の子が出てきたり、衣装がきらきらして目を引いたりしたのもあるのかも。
夢菜に連れられて来たけどはっきりした世界観は分かってなくて、名前を知ってるくらいだった。
でもこれだけ人気なら、帰ってアニメ観てみようかな。
ここ一ヶ月くらいで始まったみたいだから、まだサブスクで配信されてるよね。
「──はぁ……、ファンサしてくれた。ねぇ薫、ちゃた……茶太くんがファンサしてくれた!」
やがてみんな入退場を終えると、夢菜が感極まったように僕の肩を全力で揺さぶってきた。
「うわ、ちょ……あぶなっ」
僕は片手にホットコーヒー、もう片方には夢菜の分のマシュマロ入りのホットココア、そしてクッキーの入った袋を手に提げている。
飲み物にはどっちも蓋が付いているとはいえ、あんまり力を込められたらまずい。
……他の男の子に比べたら僕なんか非力な方なんだぞ、自慢じゃないけど。
「だって嬉しいじゃん。原作でもアニメでも、茶太がデレたところなんか見たことないし。ツイッター見てもあんまりファンサしないみたいだし」
夢菜はぎゅうとスマホを胸に抱き締めると、そっと目を閉じる。
きっと動画に収められている茶太のファンサを、帰るまでに何度も見せてくるんだろうな。
「よかったね」
そういう夢菜の様子が容易に想像出来るからか、ふふっと知らず笑みが溢れる。
「……うん」
僕の問い掛けに、夢菜がかすかに頷いた。
チークで淡く色付いた頬がほんの少し赤くなるのが分かって、こうしていると夢菜は女の子らしくて可愛い。
もちろんいつも出掛ける時はお洒落をしてくるけど、今日は一段と気合が入っているように思う。
すぐに動けるように、ゆったりした紺色のデニムと黒いニット、それから僕が去年プレゼントした赤いマフラー……はなぜか僕のカバンの中に入ってる。いつの間に。
正直なところ、夢菜の服装は僕から見ても寒そうだ。
イベントが始まるまで十五分やそこらだったけど、その短い間にも冷たい風が吹いていた。
僕は定期的にコーヒーを飲んでいたからまだマシだけど、夢菜はちょっと興奮しながら待っていたから身体が冷えてるはず。
「ね、もう戻ろっか。寒いし」
僕は夢菜の世界の邪魔にならない程度に呼び掛けると、建物に入ろうと一歩脚を踏み出した。
「……え」
その時、場違いなほど爽やかな香りがした。
それこそ柑橘系みたいな、どこかで嗅いだことがあるような気がするのに、それがどこなのかすぐには思い出せない。
きょろきょろと周りを見渡しても、もう匂いらしい匂いはしなくて首を捻る。
なんだろう、あともう少し……それこそ喉まで出かかってるのに、匂いの正体がいまいち分からない。
「うん? どうしたの」
前を歩いていた僕がいきなり立ち止まったのを不審に思ったみたいで、夢菜がきょとんとした顔で問い掛けてくる。
「や、なにも……ない、と思う」
本当は何かあるんだけど、僕のことで夢菜に気を遣わせたくなくて曖昧に濁した。
「えー、何それ。気になるものあったら見に行く?」
「ううん、そういうんじゃなくて」
でも案の定、気遣ってくれる夢菜の声が聞こえる。
「そ? ならいいけど。薫は隠すからなぁ」
ホントかなぁ、なんて疑ってくる夢菜に『本当だよ』と返す。
建物に入ってやっと人心地が着いてからも、頭はどこで嗅いだことがあるのか思い出そうとした。
……駄目だ、歩きながらっていうのもあるけど、いくら考えてみても思い出せない。
元々人が多い時間帯だから、色んな匂いが混ざって脳が勝手に『知ってる匂い』って思ったのかもしれない。
そう無理矢理結論付けたけど、なんだか曖昧で気持ち悪い。
そのあと僕が行きたかった雑貨屋さんに向かって、でも自分で思っていた以上に上の空だったみたいで、終始夢菜に心配された。

