「──じゃ、整理券と場所取りよろしくね」
夢菜が僕に向けて、軽く敬礼のポーズをする。
「うん」
僕もつられて顔の前に手をかざして、夢菜の後ろ姿を見送った。
今日は夢菜に付き合って、アニメのイベントに来ている。
向かう途中で何か買って食べよう、ってことになって夢菜はファストフードへ。
僕も一緒に行こうとしたけど、先着五百名限定でグッズが手に入るらしくて、先に会場へ向かう事になった。
「わーっ!」
「ママっ、早く早く!」
「パパぁー!」
でも会場になっている人工芝のある公園は、小さな子どもでいっぱいだった。
子ども特有の高い声も合わさって、ざわざわと騒がしい。
休日のお昼だから人が多いって分かってたけど、これほどだとは思わなかった。
「……来るんじゃなかった、かも」
喧騒の中、ぽつりと小さく呟く。
今日この日まで、僕は人混みを極力避けてきた。
あんまり人が多いと気持ちがネガティブな方に向かっていって、身体が震えてしまう。
しかもイベントのある場所は大型のショッピングモールが近くて、こういう日に限って公園に遊びに来た家族連れも多くて。
……今からでも夢菜に連絡して、どこか建物の中に入っていようかな。
でも場所取りしないとだし、もし間に合わなくてグッズをもらえなかったら怒られちゃうし。
「仕方ない」
はぁ、と小さく溜め息を吐くと、僕は遠目から空いていそうなテーブル席を探した。
小さな子供連れが中心だけど、中にはカップルっぽい人達や僕らみたいに友達同士で来ている人達もいるみたいだ。
でも既に座っていたり、カバンや上着で場所取りをしていたりで、中々見つからない。
公園は広いのに、思っていた以上に人が多くて、今にも倒れてしまいそうな錯覚すらしてくる。
そう思ったら視界がぐにゃりと歪んで、その拍子に脚がもつれた。
「わ、わっ……!」
ぐらりと勢いのまま前に転けそうになって、僕は反射的に目を閉じる。
僕が歩いていたところは人工芝じゃなくてアスファルトで、当たったら痛いだろうなとか、大勢の人がいる前で転けるなんでどん臭いなとか、そんなこと考えちゃいられない。
けれどいくら待っても身体に衝撃は来なくて、不思議に思いながら恐る恐る目を開けた。
「え、っ……?」
すると腕の辺りに何かの感触があって、違和感を覚えた。
そのままもう少し後ろに視線を向けると、三毛猫の着ぐるみがしっかりと僕の腕を摑んでいた。
どうやらすんでのところで助けてくれたみたいで、ありがたいやら申し訳ないやら、複雑な気持ちになる。
あれ、でも……なんか見たことある気がする。しかもつい数日前から何回も。
僕が黙ったままじっと三毛猫さんを見つめていると、優しく腕を引いて体勢を整えさせてくれた。
「あ」
改めて真正面から三毛猫さんの顔を見て、そこでやっと思い出す。
最近夢菜がハマってる、『真夜中の向こうで君を見つける』ってアニメのキャラクターだ。
確か主人公の女の子が飼っている猫で、愛くるしい性格が魅力なんだとか。
詩的なタイトルの恋愛ものだけど、猫好き必見の原作漫画は発売すると即重版が掛けられるほど。
夢菜は三毛猫くんこと茶太に似た、綺麗な三毛猫の女の子と暮らしてる。
僕はまだ会った事ないけど、よっぽど似ているのか毎週雑誌を買ってるほどの熱心ぶりだった。
単行本と電子書籍と、これから出るブルーレイ特典の全制覇はもちろん、コラボカフェがあったら絶対に行く! って意気込んでいたっけ。
「っ」
すると茶太が僕に顔を近付けていて、鼻先が触れそうなほどだった。
それに、服の上からだけどしっかり握られてる腕はあったかくて、冬の冷たい風が吹いているのに触れられているところがじんわりと汗ばむのが分かる。
……茶太や他の人が出てくるのって、もっと先のはずだよね?
現に夢菜が慌てて来ていないし、いきなり出てきた茶太に小さい子たちが指をさして『茶太だー!』って叫んでる。
「あっ、ありがとう……?」
でも黙っている訳にはいかなくて、僕は恐る恐るお礼を言った。
すると無機質な、でも綺麗な緑色の瞳が僕をじっと見つめてきて、おもむろに手に持っていた赤い風船を渡してくる。
「へ」
これ、僕に?
……めちゃくちゃ見られてるんだけど。これ、どうしたらいいの?
僕がどうしたらいいのか分からないでいると、そういう雰囲気を感じ取ったのか、無理矢理僕の手に風船の紐を持たせようとしてくる。
「え、ちょ……ほんとにいらな」
「あ、すみませーん」
すると僕らのやり取りに気付いたスタッフさんが、慌てて駆け寄ってきた。
「お家の窓から見てもいいけど、十一時になるまで出ちゃ駄目って言ったよね。まだみんなお家にいるよ!」
もうっ、とスタッフさんは呆れ混じりに溜め息を吐くと、摑んでいた僕の腕を離させて、茶太はスタッフさんに手を引かれていった。
ちらりと見えた茶太の顔がどうしてか寂しげに見えて、でもすぐに気のせいだと思い直す。
こう言っちゃなんだけど、着ぐるみなのに寂しそうとか何を考えてるんだろう。
「かおるーっ!」
すると僕を呼ぶ声がどこかから聞こえてきて、声がした方を振り返った。
見ればファストフードの袋を腕に掛けて、両手に飲み物を持った夢菜が僕の方に走ってくるのが見えた。
全体的に黒だけど、夢菜が持っていたオレンジ色のバッグを肩から提げているからか、普段よりも目立つ。
おまけにさっき茶太から赤い風船を貰ったから、必要以上に悪目立ちしてしまっているだろう。
「さっき茶太から風船貰ってるの見えたんだけど、欲しかったの?」
もしかして、と夢菜がからかいを含んだ声でニヤニヤと聞いてくる。
「そ、そんな訳ないだろ。これは……無理矢理、持たされて」
そこまで言って、はたと気付いた。
考えるよりも先にスマホで時間を確認すると、十時四十七分で。
「……そういえば」
きょろきょろと辺りを見回すと、公園にはおよそ似合わない大きなテントが一つだけあった。
そこにはあらかじめ柵が立てられていて、プラカードで『あぶないからさわらないでね』と手書きの文字で書かれている。
茶太たちが登場する『お家』こと、公園内に設けられた簡易的なテントは僕らが立っている所から一分も掛からない。
大きなテントだから目立つけど、もしも茶太がどこかから公園の雰囲気を見て回っていて、僕の異変に気付いたとしたら。
いや、茶太がテントから出てるってすぐにスタッフさんが気付いたからありえない。
そもそもあれくらい大きなテントだから、他の人も当然準備をしているわけで。
一人がいなくなったって分かったら、それこそスタッフさん達が慌てて探すはずだ。
「──って薫、場所取りは?」
「あ」
ふと夢菜に指摘されて、そこで初めの目的を思い出した。
夢菜と合流するまで、どこか座れる場所を見つけたかったのに。
「ごめん……」
口の中で小さく謝罪しながら夢菜の方を見ると、思っていたよりも怒って……ない?
「ま、着くのもぎりっぎりだったし仕方ないか。レイカちゃんと茶太が見えるいい位置、探しにいこ」
諦めたように夢菜は笑って切り替えるけど、もうイベントが始まるまで十分もない。
すでに登場する一定の場所から列がなされていて、最前列は埋まっている。
これじゃあ後ろに回るしかなさそうだし、よくても頭の辺りくらいしか見れなさそうだった。
僕がもう少し急いで公園に着いていたらあるいは、って思うけど僕が準備するのに手間取って、予定していた電車に遅れたのが一番の原因だ。
その時『一本遅くても大丈夫』って夢菜は励ましてくれて、でもこればっかりは誠心誠意、心から謝るべきで。
そう思うのに、夢菜は明るく笑うから僕も流れで切り替えるしかなくなる。
「……ぶっ!?」
不意にドン、と背中を強く叩かれて、僕は堪えきれず咳き込む。
「まぁた変なこと考えてるでしょ」
すぐに夢菜の声が追ってきて、僕の手に温かい飲み物を持たせてきた。
「過ぎた事は仕方ない、だからその何倍も今を楽しむ! これ、私のポリシーだから」
夢菜は人差し指を僕にびしりと突き付けて、つんと軽く鼻を上げて続ける。
「だから薫は気にしなくていいの。今からそんなだと、おじいちゃんになる前に死んじゃうよ?」
「……なに、それ」
夢菜の指摘はめちゃくちゃだけどもっともで、くすりと小さく笑う。
気遣ってくれる言葉と同じくらい、身体全体がじんわりとあったかくなってきて、僕は持っているカップに少し力を込めた。
夢菜が僕に向けて、軽く敬礼のポーズをする。
「うん」
僕もつられて顔の前に手をかざして、夢菜の後ろ姿を見送った。
今日は夢菜に付き合って、アニメのイベントに来ている。
向かう途中で何か買って食べよう、ってことになって夢菜はファストフードへ。
僕も一緒に行こうとしたけど、先着五百名限定でグッズが手に入るらしくて、先に会場へ向かう事になった。
「わーっ!」
「ママっ、早く早く!」
「パパぁー!」
でも会場になっている人工芝のある公園は、小さな子どもでいっぱいだった。
子ども特有の高い声も合わさって、ざわざわと騒がしい。
休日のお昼だから人が多いって分かってたけど、これほどだとは思わなかった。
「……来るんじゃなかった、かも」
喧騒の中、ぽつりと小さく呟く。
今日この日まで、僕は人混みを極力避けてきた。
あんまり人が多いと気持ちがネガティブな方に向かっていって、身体が震えてしまう。
しかもイベントのある場所は大型のショッピングモールが近くて、こういう日に限って公園に遊びに来た家族連れも多くて。
……今からでも夢菜に連絡して、どこか建物の中に入っていようかな。
でも場所取りしないとだし、もし間に合わなくてグッズをもらえなかったら怒られちゃうし。
「仕方ない」
はぁ、と小さく溜め息を吐くと、僕は遠目から空いていそうなテーブル席を探した。
小さな子供連れが中心だけど、中にはカップルっぽい人達や僕らみたいに友達同士で来ている人達もいるみたいだ。
でも既に座っていたり、カバンや上着で場所取りをしていたりで、中々見つからない。
公園は広いのに、思っていた以上に人が多くて、今にも倒れてしまいそうな錯覚すらしてくる。
そう思ったら視界がぐにゃりと歪んで、その拍子に脚がもつれた。
「わ、わっ……!」
ぐらりと勢いのまま前に転けそうになって、僕は反射的に目を閉じる。
僕が歩いていたところは人工芝じゃなくてアスファルトで、当たったら痛いだろうなとか、大勢の人がいる前で転けるなんでどん臭いなとか、そんなこと考えちゃいられない。
けれどいくら待っても身体に衝撃は来なくて、不思議に思いながら恐る恐る目を開けた。
「え、っ……?」
すると腕の辺りに何かの感触があって、違和感を覚えた。
そのままもう少し後ろに視線を向けると、三毛猫の着ぐるみがしっかりと僕の腕を摑んでいた。
どうやらすんでのところで助けてくれたみたいで、ありがたいやら申し訳ないやら、複雑な気持ちになる。
あれ、でも……なんか見たことある気がする。しかもつい数日前から何回も。
僕が黙ったままじっと三毛猫さんを見つめていると、優しく腕を引いて体勢を整えさせてくれた。
「あ」
改めて真正面から三毛猫さんの顔を見て、そこでやっと思い出す。
最近夢菜がハマってる、『真夜中の向こうで君を見つける』ってアニメのキャラクターだ。
確か主人公の女の子が飼っている猫で、愛くるしい性格が魅力なんだとか。
詩的なタイトルの恋愛ものだけど、猫好き必見の原作漫画は発売すると即重版が掛けられるほど。
夢菜は三毛猫くんこと茶太に似た、綺麗な三毛猫の女の子と暮らしてる。
僕はまだ会った事ないけど、よっぽど似ているのか毎週雑誌を買ってるほどの熱心ぶりだった。
単行本と電子書籍と、これから出るブルーレイ特典の全制覇はもちろん、コラボカフェがあったら絶対に行く! って意気込んでいたっけ。
「っ」
すると茶太が僕に顔を近付けていて、鼻先が触れそうなほどだった。
それに、服の上からだけどしっかり握られてる腕はあったかくて、冬の冷たい風が吹いているのに触れられているところがじんわりと汗ばむのが分かる。
……茶太や他の人が出てくるのって、もっと先のはずだよね?
現に夢菜が慌てて来ていないし、いきなり出てきた茶太に小さい子たちが指をさして『茶太だー!』って叫んでる。
「あっ、ありがとう……?」
でも黙っている訳にはいかなくて、僕は恐る恐るお礼を言った。
すると無機質な、でも綺麗な緑色の瞳が僕をじっと見つめてきて、おもむろに手に持っていた赤い風船を渡してくる。
「へ」
これ、僕に?
……めちゃくちゃ見られてるんだけど。これ、どうしたらいいの?
僕がどうしたらいいのか分からないでいると、そういう雰囲気を感じ取ったのか、無理矢理僕の手に風船の紐を持たせようとしてくる。
「え、ちょ……ほんとにいらな」
「あ、すみませーん」
すると僕らのやり取りに気付いたスタッフさんが、慌てて駆け寄ってきた。
「お家の窓から見てもいいけど、十一時になるまで出ちゃ駄目って言ったよね。まだみんなお家にいるよ!」
もうっ、とスタッフさんは呆れ混じりに溜め息を吐くと、摑んでいた僕の腕を離させて、茶太はスタッフさんに手を引かれていった。
ちらりと見えた茶太の顔がどうしてか寂しげに見えて、でもすぐに気のせいだと思い直す。
こう言っちゃなんだけど、着ぐるみなのに寂しそうとか何を考えてるんだろう。
「かおるーっ!」
すると僕を呼ぶ声がどこかから聞こえてきて、声がした方を振り返った。
見ればファストフードの袋を腕に掛けて、両手に飲み物を持った夢菜が僕の方に走ってくるのが見えた。
全体的に黒だけど、夢菜が持っていたオレンジ色のバッグを肩から提げているからか、普段よりも目立つ。
おまけにさっき茶太から赤い風船を貰ったから、必要以上に悪目立ちしてしまっているだろう。
「さっき茶太から風船貰ってるの見えたんだけど、欲しかったの?」
もしかして、と夢菜がからかいを含んだ声でニヤニヤと聞いてくる。
「そ、そんな訳ないだろ。これは……無理矢理、持たされて」
そこまで言って、はたと気付いた。
考えるよりも先にスマホで時間を確認すると、十時四十七分で。
「……そういえば」
きょろきょろと辺りを見回すと、公園にはおよそ似合わない大きなテントが一つだけあった。
そこにはあらかじめ柵が立てられていて、プラカードで『あぶないからさわらないでね』と手書きの文字で書かれている。
茶太たちが登場する『お家』こと、公園内に設けられた簡易的なテントは僕らが立っている所から一分も掛からない。
大きなテントだから目立つけど、もしも茶太がどこかから公園の雰囲気を見て回っていて、僕の異変に気付いたとしたら。
いや、茶太がテントから出てるってすぐにスタッフさんが気付いたからありえない。
そもそもあれくらい大きなテントだから、他の人も当然準備をしているわけで。
一人がいなくなったって分かったら、それこそスタッフさん達が慌てて探すはずだ。
「──って薫、場所取りは?」
「あ」
ふと夢菜に指摘されて、そこで初めの目的を思い出した。
夢菜と合流するまで、どこか座れる場所を見つけたかったのに。
「ごめん……」
口の中で小さく謝罪しながら夢菜の方を見ると、思っていたよりも怒って……ない?
「ま、着くのもぎりっぎりだったし仕方ないか。レイカちゃんと茶太が見えるいい位置、探しにいこ」
諦めたように夢菜は笑って切り替えるけど、もうイベントが始まるまで十分もない。
すでに登場する一定の場所から列がなされていて、最前列は埋まっている。
これじゃあ後ろに回るしかなさそうだし、よくても頭の辺りくらいしか見れなさそうだった。
僕がもう少し急いで公園に着いていたらあるいは、って思うけど僕が準備するのに手間取って、予定していた電車に遅れたのが一番の原因だ。
その時『一本遅くても大丈夫』って夢菜は励ましてくれて、でもこればっかりは誠心誠意、心から謝るべきで。
そう思うのに、夢菜は明るく笑うから僕も流れで切り替えるしかなくなる。
「……ぶっ!?」
不意にドン、と背中を強く叩かれて、僕は堪えきれず咳き込む。
「まぁた変なこと考えてるでしょ」
すぐに夢菜の声が追ってきて、僕の手に温かい飲み物を持たせてきた。
「過ぎた事は仕方ない、だからその何倍も今を楽しむ! これ、私のポリシーだから」
夢菜は人差し指を僕にびしりと突き付けて、つんと軽く鼻を上げて続ける。
「だから薫は気にしなくていいの。今からそんなだと、おじいちゃんになる前に死んじゃうよ?」
「……なに、それ」
夢菜の指摘はめちゃくちゃだけどもっともで、くすりと小さく笑う。
気遣ってくれる言葉と同じくらい、身体全体がじんわりとあったかくなってきて、僕は持っているカップに少し力を込めた。

