むすんで、ほどいて、君の名を呼ぶ

 カラン、と氷がストローに当たるのを聞きながら、僕は出入り口からすぐのテーブル席で自己嫌悪に陥っていた。

 いつも頼むコーヒーがずっと苦く感じて、二重の意味で鬱になりそうだった。

 そもそも僕に話し掛けてくる人の方が(まれ)で、すぐには上手い返しが浮かばなかったっていうのもある。

「……どうしよう」

 不自然な態度だったのは明白で、木嶋くんに変な奴認定されたのは確実だ。

 ただでさえ僕は学校でいつも一人で、でも夢菜や兄さんが気に掛けてくれるから寂しくはない。

 でも、クラスの中で上位的存在の男の子に『編み物やってる?』って聞かれるなんて、天地がひっくり返っても思わないだろ。

 女の子から聞かれた方がまだマシだ。……まぁ引かれる可能性の方が高いかもだけど。

 意味もなく、ただただコーヒーに浮かぶ氷をストローでかき混ぜる。

 カフェに入る前、夢菜から『私も行くから待ってて』とメッセージが来た。

 その間に暇潰しでスマホゲームをしていたけど、三十分経ってもまだ夢菜は来ない。

 やる事がないと、さっきの木嶋くんとのやり取りを思い出して更に自分に嫌気が差す、っていう無限ループ。

 メッセージでもなんでもいいから早く来て……!

 ほとんど天にも(すが)る気持ちで、テーブルの下で手を組んで心の中で祈っていると、可愛らしい鈴の音が出入り口の方から聞こえた。

 夢菜かもしれない、って気持ちのまま、僕はがばりと出入り口の方に視線を向ける。

「ゆ、っ……」

「よっす、来たぞー」

「いらっしゃいませー」

 夢菜、と呼びそうになる僕の声と、今入ってきたお客さん、そして店員さんの声が綺麗に重なった。

 入ってきたのは四人の男子高校生で、全員が全員顔面偏差値が高い。

 なんなら陽キャっていうのがしっくり来るような、それくらい顔が整っていた。

 僕と同じネイビーのブレザーだけど、ネクタイの色や校章が違うから他校の人達だ。

 不自然にならないように出入り口から目を逸らすと、まだ半分以上残っている苦いコーヒーを一口飲む。

 カフェは学校が密集している所にあるからか、こうして他校の生徒の定番スポットになっていたりもする。

 どこかアンティークな外観は入りやすくて、場所もいいから休日はもちろん平日も人でいっぱいだ。

 店内は常に柔らかな光で満たされていて、落ち着いた雰囲気があるから恋人同士で来る人が居たりいなかったり。

 まぁ僕と同じ学校の人はまだ見たことなくて、それ以外だと夢菜に教えたくらいだった。

 夢菜も夢菜で友達を連れてくることはないけど、いつもおいしそうにパフェを食べるから教えてよかったと思う。

 でも、もし知ってる人がいたら気まずくなって、もうここには来れないかもしれない。

「……んー、俺はカフェオレにしよっかな。ウヅキはどうする?」

「コーヒー」

「コーヒーとカフェオレと……あ、僕は期間限定のやつにしよ。見た目可愛いし」

「いや、やっぱパフェも追加で。季節のいちごパフェ」

 さっき入ってきた男子高校生四人組が、僕の目線の先のテーブルに座ったから自然とやり取りが耳に入ってくる。

 どうやらよく来るみたいで、さっとメニューを見るとすぐに店員さんを呼んだ。

「──以上でよろしいでしょうか」

 茶髪でいかにもチャラそうな店員さんが、頼んだものを復唱する。

「うん、ひじりんの愛たぁっぷりで! ……ってレンヤが」

「ここに来るまでそわそわしてたもんなぁ」

「い、一回もそんなこと言ってないだろ!?」

「いや、そういうニュアンスだったろ、あれは」

「お前ら、あんまウヅキを困らせんなよ」

「ふふっ、分かった。本当は駄目なんだけど、ちょっとだけ生クリーム多くしておくね」

 四人がそれぞれ放つ言葉に、くすくすと楽しそうに店員さんが笑うのが視界に入る。

「……仕事中だろ、早く行け」

「はいはい、しばらくお待ちくださーい」

 黒髪の男子生徒がうざったそうに手を払うと、店員さんはにこにこと上機嫌のままカウンターに戻っていった。

 スマホを見るふりしてたけど、気付かれてないよね。

 盗み聞きしたり、視界に入れちゃ駄目って分かってるけど、どうしてか四人の会話が無性に気になる。

「……よし」

 自分を鼓舞するように小さく声をあげると、カバンからスケッチブックを取り出した。

 編み物や夢菜にあげるアクセのデザインを考えていたら、少しでも気を紛らわせられるはずだ。

 本当なら今すぐカフェを出るのが正解で、でももう少ししたら夢菜が来るかもだから、それまで待っていないと。

「しっかし、よく食べられるよなぁ。俺には無理だわ」

「いいだろ。好きなんだから」

 すると間延びした声がテーブル席から聞こえてきて、黒髪の人が向かいに座る男子高校生に突っ込んでいた。

 柔らかそうな茶髪をハーフアップにしてる、ってくらいしか分からないけど、どことなく木嶋くんと似たようなものを感じる。

「……って、なんで今」

 なんで、木嶋くんの顔が思い浮かんだんだろう。

 さっきまで一人で反省会してたから? 話す雰囲気が似てるって無意識に思ったから? ……それとも、木嶋くんもこのカフェを知ってるって思ったから?

 いや、どれもありそうで怖い。

 特に木嶋くんくらいの明るい人なら、他校に友達がたくさん居てもおかしくない。

 そこまで考えると、僕は浮かんだことを打ち消すように、がさがさと思い切りシャーペンを走らせた。

「あ」

 ……やってしまった。

 僕がシャーペンを滑らせたのは真っ白なページじゃなくて、すでにデザインが決まっていたページだった。それも夢菜にあげる、ブレスレットとネックレスのデザイン。

「ま、まぁ……たまに、やるし……」

 ははは、と乾いた笑いが止まらない。

 たまにとかじゃなくて、こういうことをするのはこれが初めてなのに。

 しかも結構強く筆圧を掛けてしまったからか、うっすらと書いていた線はほとんど見えなくなっている。

 ううっ、書き直しか新しいデザイン考えないと……。

「やっ、お待たせ〜……ってなんで泣いてんの?」

 ほとんど半泣きでノートに消しゴムをかけていると、ひときわ明るい声が背後から掛けられた。

 涙の浮かぶ目尻を拭って声がした方を見ると、夢菜が心配そうな顔で僕を見つめていた。

「……おそい」

 小さい子が八つ当たりするみたいに、僕はつんと唇を尖らせる。

「なぁに、ちゃんとラインしたんだけど。もしかして見てない?」

 夢菜が半ば呆れ気味に向かいの椅子に座りながら言ってきて、そこでやっとスマホの存在を思い出す。

 慌ててスマホを見てみると、通知の一番上に『もうすぐ着くよ』と着ていた、しかも六分前。

「……ごめん」

 僕は反射的に謝罪して、夢菜に向けて頭を下げた。

「や、(かおる)が謝る必要ないでしょ!? もとはと言えば委員会で遅れた私が悪いんだし」

 今度こそ夢菜は呆れたように溜め息を吐いて、でも安心させるように微笑み掛けてくる。

「どしたの、元気ないじゃん。何かあった?」

 僕と話してくれるのがもったいないくらい、夢菜は優しい。

 少し高くて落ち着いた声は、僕の鬱屈とした心をゆっくりと溶かしていく。

「……今日、ね」

 店員さんが夢菜の分のお水を持ってきてからしばらくして、僕は帰りのホームルームを終えた時にあった事をぽつぽつと話した。

 学校一の陽キャと言っても過言ではない、木嶋くんに話し掛けられた事。

 僕が作ったマフラーを褒めてくれたけど、何も言えなかった事。

 それだけじゃなく、逃げるように教室を後にしてしまった事。

 夢菜は僕の声にしっかりと耳を傾けてくれて、お水を飲んで唇を(うるお)わせると赤い唇を開く。

「──うん、気にしすぎだね!」

「……はい?」

 にっこりと元気よく放たれた言葉に、僕は反射的に聞き返した。

「その木嶋クン? って人は薫と話したかったんだと思う。ちょっと聞いただけだし、学校でどんななのか知らないけど。うん、絶対にそう」

 そんな、お手本みたいな笑顔で言われても。

 あと、僕が言うのもなんだけど決め付けるのはよくないと思う。

 ひっそりと心の中で突っ込んでいると、やがて夢菜はメニューを見せてきた。

「ま、一旦忘れようよ。ほら、甘いもの食べるとか……あ、これおいしそう」

 僕がメニューを見ると同時に、夢菜が指先で指し示したのは黒髪の男子高校生も頼んでいた、『季節のいちごパフェ』だった。

「うわぁ……」

 たまらず頬が引き攣り、低い声が出る。

 いつも決まってコーヒーを頼むから、メニューはほとんど見ない。

 それこそ小さくて可愛いものだと思っていたから、想像とは違うもので少しびっくりしてしまう。

 たっぷりの生クリームにいちごをふんだんに使っていて……甘いものが好きな人なら頼むのかも、と一人で納得する。

 僕もそれなりに甘いものは好きだけど、ちょっと躊躇(ちゅうちょ)してしまう生クリームの量だ。

 ただ、きらきらした宝石みたいないちごが魅力的で、コーヒーと一緒なら食べられなくもない……はず。

「私はこれにしよーっと。薫も頼みなよ、奢るから」

 夢菜は夢菜でもう決まったみたいで、『チョコレートバナナパフェ』を頼むらしい。

 これもこれでチョコレートたっぷりで、バナナやポッキー、バニラアイスなどが載せられている。

「これ、いちごにする。……あと、割り勘で」

 僕はいちごパフェの写真に指先を載せて、ぽそりと小さく呟いた。