「──でさ、おっかしいんだよ」
「ね、この後どうするー?」
帰りのホームルームが終わると、ざわざわと教室が騒がしくなる。
僕は教室の隅っこで小さくなって、ゆっくりと帰る準備をしていた。
あんまり早く教室を出ても昇降口は生徒でいっぱいで、それだけで息が詰まってしまうから。
基本的に一人の方が楽だけど、時々誰かとくだらない話をしながら帰りたいと思う。
「はぁ……」
でもその『誰か』に話し掛ける勇気はなくて、人知れず溜め息を吐く。
そのままカバンの上に頭を乗せると、冷たい布の感触を感じて少し落ち着いた。
同時にクラスの人達の声がいやに耳に響いて、段々と気持ちが沈んでいくのを感じる。
誰かと話したい気持ちはあるけど大して明るくもないし、コミュ力も無いからいつもこうなってるわけで。
そもそも学校にいる間の話し相手は夢菜か、心配性を拗らせてる六個上の兄さんくらい。
社会人一年目で覚える事も多くて大変なはずなのに、兄さんは隙間時間を見つけてメッセージを連投してくる。
僕が寂しくないように、って思いが一番なんだと思うけど、さすがに過保護だし……もし誰かにメッセージを見られたらと思うと恥ずかしい。
やめて、って真正面から言えない僕も悪いって分かってる。
これ以上心配を掛けてしまうのが申し訳なくて、頑張って変わらないと、って思った時もあった。
でもそう長くは続かなくて、二年に進級しても友達らしい友達はできないまま冬になってしまって。
二年連続で体育祭も文化祭も基本的に隅っこで、でも身内が見に来てくれてるって思うとやる気になったっけ。
つくづく、僕は駄目な人間だと思う。
人と話すのが苦手なのに、一度慣れてしまえば言葉もするすると出て、普通に思ったことを言えるんだからおかしな性格をしてる。
「……帰ろう」
ぽそりと口の中で呟きながら、僕は椅子から立ち上がった。
そっと教室を見回すと僕以外には人がいなくて寂しい反面、いつもこうだから嫌でも慣れてしまった。
……そういえば今日の朝、兄さんは遅くなるって言ってたっけ。
確認のためにスマホを見てみると、案の定メッセージが来ていた。
『残業なくなった! 十九時くらいに着くからメシ炊いといて!』
わーい、と両手を上げて喜ぶハムスターの動くスタンプが最後に送られていて、僕はかすかに口角を上げた。
兄さんから自立しないとと思っても、こうしてやり取りをするのは楽しい。
僕が兄離れできないのと同じで、兄さんも弟離れできないんだろうな。
そう思うと兄弟揃って似た者同士で、ちょっと笑えてくる。
「分かった、ご飯炊いておくね……っと」
兄さんが帰るまであと三時間くらいあるから、学校から近くのカフェに寄ろうかな。
おかずは家からすぐのスーパーで買って、大体十八時に家に着いたら丁度いい。
「ふんふん、ふふん」
マフラーを巻きながら小さく鼻歌を歌っていると、不意に教室の扉が開いた。
「っ」
僕の席は一番後ろの窓際だから距離があるとはいえ、入ってきた相手にびくりと肩を震わせる。
その人は木嶋大河と言って、いつもクラスの中心にいる──いわゆる一軍男子だ。
僕みたいな陰キャとは住む世界が違い過ぎて、話したくても絶対に話せない雲の上の存在みたいな人。
髪色は綺麗な金色で、両耳にピアスをたくさん付けている。
ちょっと怖そうな見た目なのに気安くて、どんな運動も出来るから女子が放っておかない。
「……お、あったあった」
どうやら忘れ物をしたみたいで、目的のものを見つけると木嶋くんの嬉しそうな横顔が目に入った。
ああいう人は近寄り難いけど、僕みたいに悩みなんかないかもしれない。
友達もたくさんいて、明るくてムードメーカー的な存在だから、木嶋くんの周りには常に人が居る。
僕とは正反対で羨ましいと思う反面、木嶋くんみたいな性格だったらどんなに楽だろう。
マフラーの編み目に軽く指を通しながら、ぼんやりと考える。
……僕は今のままでも楽しいけど、木嶋くんみたいな性格だったらもっと楽しいんだろうな。
それからどれくらい経ったのか分からないけど、木嶋くんはまだ教室を出ていなくて、なんなら僕の方を見てる気がした。
普段なら誰か来たらまた椅子に座り直して、その人が退室するのを待つ。
でもどうしてか恐怖の方が大きくなってきて、早く教室を出たい衝動に駆られる。
木嶋くんの席は僕の席から三つ離れているから、どっちにしろ近くを通らないといけない。
緊張で心臓が速く脈打つのを感じつつも、意を決して教室を後にしようとした、その時だった。
「──それ、手作り?」
「……え」
ふと低い声が投げ掛けられた気がして、僕は教室と扉との境界線に立ったまま、きょろきょろと周りを見回した。
でも教室には木嶋くんと僕以外いなくて、ひくりと無意識に頬が引き攣るのを感じる。
「え、っと……これ、ですか……?」
それでもなんとか声を絞り出して、マフラーの端っこをちょいとつまむ。
すると木嶋くんは屈託のない笑みを見せてきて、僕を──正確にはマフラーを指さした。
黒を基調として、端の方にワンポイントで白い毛糸で星を二つ入れている、オリジナルマフラー。
土日の二日間で集中的に作ったから、お店のものよりもずっと細くて不格好だけど、デザインは個人的に気に入っている。
「そうそう、かっこいいなあってずーっと気になってたんだよな。どこで買ったやつ?」
「え、えっと」
にこにこと太陽みたいな笑顔を真正面から浴びて、僕は反射的に愛想笑いをした。
どこで、って自分で作ったんだけど……でもこんなこと言ったら、絶対に引かれる。
ここは無難に話を合わせたらいい、って頭の中では理解してる。
それでも自分が作ったのに嘘は吐きたくなくて、僕はそろりと瞼を伏せた。
「……なんか市販のやつっぽいからさ、編み物やってんのかなって。今流行ってるし」
すると僕が答えないのをなんて思ったのか、木嶋くんが重ねて聞いてくる。
悪気はないんだろうけど、僕が教室に一人でいるから話し掛けてくれたんだ。
今までも僕が一人で居るのを見てるはずなのに、やっぱり優しい。
同時に僕から見た木嶋くんは神様にも見えて、余計に申し訳なくなった。
「そっ、そう……ですっ。……っ、さよなら」
かろうじて肯定したけど顔が熱くなるのを感じて、口早にまくし立てると挨拶もそこそこに教室を出る。
これ以上木嶋くんの近くにいたら、キャパオーバーして気絶してしまう気がしたから。
「え、ちょっと」
木嶋くんが呼び止める声が背後から聞こえてきたけど、僕は振り返る事も立ち止まる事もなく、足早に廊下を通り過ぎた。
「ね、この後どうするー?」
帰りのホームルームが終わると、ざわざわと教室が騒がしくなる。
僕は教室の隅っこで小さくなって、ゆっくりと帰る準備をしていた。
あんまり早く教室を出ても昇降口は生徒でいっぱいで、それだけで息が詰まってしまうから。
基本的に一人の方が楽だけど、時々誰かとくだらない話をしながら帰りたいと思う。
「はぁ……」
でもその『誰か』に話し掛ける勇気はなくて、人知れず溜め息を吐く。
そのままカバンの上に頭を乗せると、冷たい布の感触を感じて少し落ち着いた。
同時にクラスの人達の声がいやに耳に響いて、段々と気持ちが沈んでいくのを感じる。
誰かと話したい気持ちはあるけど大して明るくもないし、コミュ力も無いからいつもこうなってるわけで。
そもそも学校にいる間の話し相手は夢菜か、心配性を拗らせてる六個上の兄さんくらい。
社会人一年目で覚える事も多くて大変なはずなのに、兄さんは隙間時間を見つけてメッセージを連投してくる。
僕が寂しくないように、って思いが一番なんだと思うけど、さすがに過保護だし……もし誰かにメッセージを見られたらと思うと恥ずかしい。
やめて、って真正面から言えない僕も悪いって分かってる。
これ以上心配を掛けてしまうのが申し訳なくて、頑張って変わらないと、って思った時もあった。
でもそう長くは続かなくて、二年に進級しても友達らしい友達はできないまま冬になってしまって。
二年連続で体育祭も文化祭も基本的に隅っこで、でも身内が見に来てくれてるって思うとやる気になったっけ。
つくづく、僕は駄目な人間だと思う。
人と話すのが苦手なのに、一度慣れてしまえば言葉もするすると出て、普通に思ったことを言えるんだからおかしな性格をしてる。
「……帰ろう」
ぽそりと口の中で呟きながら、僕は椅子から立ち上がった。
そっと教室を見回すと僕以外には人がいなくて寂しい反面、いつもこうだから嫌でも慣れてしまった。
……そういえば今日の朝、兄さんは遅くなるって言ってたっけ。
確認のためにスマホを見てみると、案の定メッセージが来ていた。
『残業なくなった! 十九時くらいに着くからメシ炊いといて!』
わーい、と両手を上げて喜ぶハムスターの動くスタンプが最後に送られていて、僕はかすかに口角を上げた。
兄さんから自立しないとと思っても、こうしてやり取りをするのは楽しい。
僕が兄離れできないのと同じで、兄さんも弟離れできないんだろうな。
そう思うと兄弟揃って似た者同士で、ちょっと笑えてくる。
「分かった、ご飯炊いておくね……っと」
兄さんが帰るまであと三時間くらいあるから、学校から近くのカフェに寄ろうかな。
おかずは家からすぐのスーパーで買って、大体十八時に家に着いたら丁度いい。
「ふんふん、ふふん」
マフラーを巻きながら小さく鼻歌を歌っていると、不意に教室の扉が開いた。
「っ」
僕の席は一番後ろの窓際だから距離があるとはいえ、入ってきた相手にびくりと肩を震わせる。
その人は木嶋大河と言って、いつもクラスの中心にいる──いわゆる一軍男子だ。
僕みたいな陰キャとは住む世界が違い過ぎて、話したくても絶対に話せない雲の上の存在みたいな人。
髪色は綺麗な金色で、両耳にピアスをたくさん付けている。
ちょっと怖そうな見た目なのに気安くて、どんな運動も出来るから女子が放っておかない。
「……お、あったあった」
どうやら忘れ物をしたみたいで、目的のものを見つけると木嶋くんの嬉しそうな横顔が目に入った。
ああいう人は近寄り難いけど、僕みたいに悩みなんかないかもしれない。
友達もたくさんいて、明るくてムードメーカー的な存在だから、木嶋くんの周りには常に人が居る。
僕とは正反対で羨ましいと思う反面、木嶋くんみたいな性格だったらどんなに楽だろう。
マフラーの編み目に軽く指を通しながら、ぼんやりと考える。
……僕は今のままでも楽しいけど、木嶋くんみたいな性格だったらもっと楽しいんだろうな。
それからどれくらい経ったのか分からないけど、木嶋くんはまだ教室を出ていなくて、なんなら僕の方を見てる気がした。
普段なら誰か来たらまた椅子に座り直して、その人が退室するのを待つ。
でもどうしてか恐怖の方が大きくなってきて、早く教室を出たい衝動に駆られる。
木嶋くんの席は僕の席から三つ離れているから、どっちにしろ近くを通らないといけない。
緊張で心臓が速く脈打つのを感じつつも、意を決して教室を後にしようとした、その時だった。
「──それ、手作り?」
「……え」
ふと低い声が投げ掛けられた気がして、僕は教室と扉との境界線に立ったまま、きょろきょろと周りを見回した。
でも教室には木嶋くんと僕以外いなくて、ひくりと無意識に頬が引き攣るのを感じる。
「え、っと……これ、ですか……?」
それでもなんとか声を絞り出して、マフラーの端っこをちょいとつまむ。
すると木嶋くんは屈託のない笑みを見せてきて、僕を──正確にはマフラーを指さした。
黒を基調として、端の方にワンポイントで白い毛糸で星を二つ入れている、オリジナルマフラー。
土日の二日間で集中的に作ったから、お店のものよりもずっと細くて不格好だけど、デザインは個人的に気に入っている。
「そうそう、かっこいいなあってずーっと気になってたんだよな。どこで買ったやつ?」
「え、えっと」
にこにこと太陽みたいな笑顔を真正面から浴びて、僕は反射的に愛想笑いをした。
どこで、って自分で作ったんだけど……でもこんなこと言ったら、絶対に引かれる。
ここは無難に話を合わせたらいい、って頭の中では理解してる。
それでも自分が作ったのに嘘は吐きたくなくて、僕はそろりと瞼を伏せた。
「……なんか市販のやつっぽいからさ、編み物やってんのかなって。今流行ってるし」
すると僕が答えないのをなんて思ったのか、木嶋くんが重ねて聞いてくる。
悪気はないんだろうけど、僕が教室に一人でいるから話し掛けてくれたんだ。
今までも僕が一人で居るのを見てるはずなのに、やっぱり優しい。
同時に僕から見た木嶋くんは神様にも見えて、余計に申し訳なくなった。
「そっ、そう……ですっ。……っ、さよなら」
かろうじて肯定したけど顔が熱くなるのを感じて、口早にまくし立てると挨拶もそこそこに教室を出る。
これ以上木嶋くんの近くにいたら、キャパオーバーして気絶してしまう気がしたから。
「え、ちょっと」
木嶋くんが呼び止める声が背後から聞こえてきたけど、僕は振り返る事も立ち止まる事もなく、足早に廊下を通り過ぎた。

