むすんで、ほどいて、君の名を呼ぶ

「──ありがとね、夢菜」

 僕は両手にエコバッグを抱えたまま、嬉しさを隠すことなく夢菜に笑い掛けた。

 エコバッグの中身はほとんど毛糸だけど、あみぐるみの中に入れる綿もあんまりなかったから多めに買った。

 僕達がお店に着いた時は整理券を配ってる最中で、思っていたより列も長くなかったから余裕を持って入店出来た。

 ……まぁ、目当ての毛糸は個数制限で五つまで、しかも限定色だから当たり前だけどすぐになくなっていく。

 さすがに五個だけじゃ足りなくて、きっと通販にはしばらく回されないから、夢菜に頼んで追加で購入してもらった。

 追加した分の毛糸のお金は『これくらい私の奢り』って言ってくれたから、一旦お言葉に甘えて。

 ほんの少し余った資金で、夢菜が喜びそうなものを作りたいから、内緒でネックレスやピアスの材料も買った。

 本当は編みものに興味無いのに、異性ばかりの場所に一人で行けない僕のために、休みの日でも付き合ってくれている。

 その事には感謝してもしきれないし、これからも変わらないと思うと申し訳ないけど、やっぱりありがたくて。

「いいのいいの。薫が喜んでる顔見られたし、十分」

 ひらひらと顔の前で手を振って、夢菜が快活に笑う。

 かと思えば夢菜は僕の肩をぐいと抱き寄せてきて、少し小さな声で言った。

「それより今度は私に付き合ってもらうから。……いいでしょ?」

 間近で緩く首を傾げて尋ねられて、僕は反射的にこくりと頷く。

 鼻先が触れ合いそうな距離に心臓が小さく高鳴って、でも夢菜は出会った時から距離感がバグってるから仕方ない。

 ……普通の人、特に異性同士がどういう距離感なのかは知らないけど。

「あ、その前にそろそろお昼だし何か食べようよ」

 僕はスマホに視線を向けて、近くでランチ出来そうな場所を提案した。

 休みの日にどちらかの用事に付き合ったら、今度は交代するって約束をしている。

 もう一つ余分に持ってきたエコバッグは、万が一夢菜が見られたくないものがあった時用だ。

 まぁ僕が心配症なだけで、夢菜は普通に紙袋とかのまま出歩くんだけど。

「今度は僕がお昼奢るから。な、なんでも言って!」

「えー、いいのぉ? なんでもって言われたら、高いもの食べたくなるんだけど」

 わざとらしく夢菜がふざける。

 冗談って分かってるけど、本当に高級な所を選びそうな雰囲気で、もし本当にそうなったら僕の方が先に散財してしまう。

「ごめん、ほどほど! ほどほどでお願いします!」

 エコバッグを抱えたまま、胸の前でパンっと手を合わせる。

「じょーだんだって、じょーだん。ほんっと、からかい甲斐あるよねぇ、薫は」

 けれど僕の反応に対して、くすくすと夢菜の笑い声が後を追った。

 同時にほんの少しの呆れと羞恥心で、次第に顔が熱くなるのを感じる。

「……夢菜って演技上手いよね。女優さんになれるんじゃない?」

 照れ隠しのように、僕はそっぽを向きながら言った。

 帽子をかぶっているとはいえ、重ねてからかわれるのは避けたい。 

 でも夢菜がドラマに出たとしたら、毎週リアタイするんだろうな。

「んー、芸能系って考えた事なかったなぁ……あっ、じゃあさ。有名になったら薫が作るアクセとかを、私が付けて宣伝するとか? きっと売れるよ」

 夢菜は目をきらきらさせて、楽しそうに話してくる。

 もう自分が女優になったふうで、最近配信されたドラマの一説を口ずさんだり……いいな、夢菜は明るくて。

 そうしていつものように他愛もない話をして、お昼を食べるために目的のお店に向かっていると、不意に甘く爽やかな香りが鼻先を(かす)めた。

「っ……?」

 どこかで嗅いだ事があるような匂いに、僕はがばりと背後を振り返る。

 でも冬だからかな、似たような服を着た人ばかりで、誰かなんてすぐには分からなかった。

「かおるー? どしたの、行くよー」

「っごめん、待って……!」

 少し先で夢菜が僕を呼んでいるのが見えて、慌てて彼女の元に駆け寄った。

 走ったら更に冷たい空気が肌を刺して痛かったけど、それ以上にさっきの匂いが無性に頭に残った。