「はぁ……、は、ぁ……」
膝に両手をついて、僕は懸命に呼吸を整える。
息を吐く度に喉の奥が燃えるように熱くて、がたがたと脚が震える。
「間に合ったね、お疲れ様」
ぽん、と夢菜が励ますように背中を撫でてくれるのを感じながら、僕は目の前にある手すりを摑んだ。
「ほん、と……ぎり、ぎり……」
ひんやりとした冷たい感触が手の平に伝わってきて、ちょっとだけ落ち着いた。
電車が揺れるのに合わさって、心臓はどくどくとうるさく脈打っている。
夢菜の声はあんまり聞こえないけど、僕を案じてくれているのがよく分かった。
「座ろっか、薫ちゃん?」
すると、からかいを含んだ夢菜の声がすぐ隣りで聞こえてきて、僕はまだ少し乱れた呼吸のまま唇を動かした。
「……ちゃん付け、やめて」
そう悪態をついてみるけど、僕の背中に手を添えて座席に座らせてくれるのはありがたい。
「でも……間に合うもんなんだね」
しばらく電車の揺れに身を任せながら、ぽつりと呟く。
僕達が乗った車両はあんまり人がいなくて、真正面の窓からはビルが立ち並んだ都会的な景色が一望出来る。
さっきスマホを見たら、開店するまであと一時間くらいだった。
時間に余裕はあるけど、きっと行列が出来ていて整理券を配ってるだろう。
まぁ予定していた電車には乗れたから、あとは神様に祈るくらいしかできないんだけど。
すると夢菜が小さく笑う声が聞こえてきて、僕はそろりと隣りに目を向けた。
大きな瞳がまっすぐに僕を映していて、窓から差し込む柔らかい太陽の光も相まって、とくりと心臓が淡い音を立てる。
……ううん、これは気のせいだ。
夢菜は絶対に僕の事は好きにならないし、僕も絶対に夢菜に好意を伝えない。
そう最初に話して少しした時に約束して、同時に『夢菜とは友達でいよう』って誓ったんだから。
それは僕と夢菜が、初めて会った日の事だった。
高校一年生になってすぐの校外学習という名の遠足──で、僕は命よりも大事なリオのぬいぐるみを落としてしまった。
市販のものならいくらか諦めも付いたのかもしれないけど、自分で作った『あみぐるみ』だから、絶対に見つけないといけない。
でも、ただでさえ人の流れが多いテーマパークに来ていて、こういう場所をあんまり好まない僕からしたら、土地勘も無いに等しい。
加えて他の学校の団体はもちろん、一般の人もたくさん居るから見つからない可能性だってある。
事前に決めていた班で行動していたけど、自分の不注意で落としたのは事実だし、そもそもまだ仲良くなった人はいない。
楽しそうに話す同級生の邪魔をしたくなかったし、もし誰かに踏まれたらって思うといてもたってもいられなくて、僕は勇気を掻き集めて人生で一番大きな声を出した。
『あのっ、向こう! 行ってくる!』
ほとんど声が裏返って変な空気になったけど、僕の剣幕にみんなは『分かった』と言って送り出してくれた。
『あっちのレストランの中、入ってるからー』
背中に同級生の声を聞きながら、僕はちょっと早歩きで班を後にした。
内心は恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいで、でもリオを見つけないとっていう思いで無意識に歩く速度を早める。
なんたって初めて本格的に作った、キャラクターものだ。
少し不格好だけど愛着もあって、無事に完成した時は達成感で泣いてしまったっけ。
『どこ……どこだよ』
きっとどこかに引っ掛かったか、金具の付け方が甘かったから落ちたんだ。
あちこちに点在する樹や何かが引っ掛かりそうな場所を中心に、下を見ながら探したけど見つからない。
探してどれくらい経ったのか分からなくなった頃、不意に目の前が暗くなった。
そもそも僕一人で小さなあみぐるみを探すには限界がある、って少し考えれば分かるのに。
どうして班の人達に、『落とし物したから一緒に探して欲しい』って言えなかったんだろう。
……ううん、嫌な顔をされるかもしれない、仮に一緒に探してくれたとしても貴重な時間を奪ってしまう、って真っ先に考えたからだ。
つくづく、僕は友達を作るのに向いてないな。
そりゃあ教室の隅っこに居る、俗に言う『ぼっち』だし……陰キャの僕に話し掛けてくるモノ好きなんていない。
『──何してるの?』
『っ……!?』
鬱々とした気持ちのまま、顔を俯けて歩いていると不意に高い声が横から聞こえた。
慌てて声がした方を見ると、きょとんと不思議そうな顔をした女の子が僕を見ていた。
僕らはネイビーのブレザーだけど、その女の子はベージュのブレザーだった。
スカートの色も付けているリボンの色も違うから、他校の生徒なのだとすぐに分かった。
『あ、の……』
『俯いてたし、困ってそうだったからどうしたのかなって。……あ、もし嫌だったらごめんね!』
僕がしどろもどろになっている間に、女の子はころころと表情が変わっていく。
大きくはっきり動く唇や眉が印象的で、僕にはない元気さがあった。
いつもの僕なら絶対に断るところだけど、もう一人じゃ見つけられないのは明白だ。
スタッフさんに落とし物があるか聞こうにも、一応学校の行事で来ているから時間になれば帰らないといけない。
無事にリオが見つかったらもう一度ここに来る事になって、でも一人きりでこんな所に来る勇気は無かった。
ぎゅう、と手の平を握り締める。
話し掛けられたのがいきなりだったし、それ以前にキャラクターのあみぐるみを落とした、って言えば絶対気持ち悪がられる。
しかも僕みたいな陰気な男の手作りで、きっとこの女の子からしたら変な奴だと思われる事は必至だと思う。
たった一度きりの出会いでも、相手に嫌悪感を抱かれると思うと嫌だったけど……自分のことよりもリオを見つける方が大事だ。
『……み、さがし、てて……』
『え、ごめん。もう一回言ってくれる?』
ぼそぼそと口の中で呟くと、あんまりにも聞こえなかったのか、ずいと女の子が耳を寄せてくる。
『えっと、これくらいの……全体的に青と黒で、もっと言ったらゲームのキャラクターなんだけど──』
僕は女の子の穏やかで明るい声に誘われるまま、つっかえながらだけど、ゆっくりとあみぐるみの特徴を話していた。
ある程度特徴を言い終えると、女の子は安心させるようににっこりと笑う。
『分かった。一緒に探そっ』
あの時の女の子──夢菜の笑顔が眩しくて、ちょっと泣きそうになったんだよね。
改めて僕が歩いた所を、夢菜と手分けしてもう一度しらみつぶしに探してみたけど、そこでもやっぱり見つからなかった。
落胆する僕に、夢菜は元気付けるように明るい声で言った。
『大丈夫、絶対に見つかるから。ううん、見つけてみせる!』
そう言って、夢菜が空に向けてまっすぐ拳を突き上げたのは、今でも思い出せる。
それから夢菜と必死になって探したけど、あと十分くらいで自由時間が終わろうとした頃になっても見つからなかった。
もう諦めて、落とし物が無いかスタッフさんに聞きに行こうと思った時、夢菜の大きな声が聞こえた。
『──あった! あったよ薫っ!』
不意に植え込みの方から夢菜の声が聞こえて、慌ててしゃがみ込んでいる夢菜の方に駆け寄る。
『リオっ……!』
すると、夢菜の手の中には葉っぱや土で少し汚れていたけど、確かに僕の大好きなキャラクター──リオのあみぐるみが収まっていた。
『よかった……よかった、ほんと……に』
『ね、見つかったでしょ?』
衝動のまま胸に抱き締めると、ほんのちょっと硬い感触が手の平に伝わる。
同時に夢菜の穏やかで優しい声が聞こえて、僕は反射的に唇を開いていた。
『ごめん、僕のために時間使わせて……友達と遊びたかったはず、なのに』
ああ、また僕の悪い癖だ。本当はお礼を言いたいのに、謝罪の言葉ばっかり出てしまう。
『なぁに言ってるの、こういうのは助け合うものでしょ? それに年パス持ってるから、私はいつでも来れるし』
だから気にしないで、と夢菜が僕の肩を軽く叩く。
まるで太陽みたいだと思うと同時に、この子にお礼をしたいと思った。
何か奢りたいけど、そろそろ自由行動が終わるから、どちらにしろここで別れないといけない。
『も、もし……迷惑、じゃ……なかったら』
僕はしゃがみ込んだまま、夢菜の目をじっと見つめた。
つっかえながらも勇気を掻き集めて、僕は意識しないと震えそうになる声を懸命に喉から絞り出した。
『ライン、交換……しませんか!』
メッセージアプリを交換したらやり取りも出来るし、改めてお礼も言えて、ダメ元だけどどこかへ遊びに誘える。
僕の言葉に、夢菜の大きな黒い瞳が一瞬丸くなったと思ったら、すぐににっこりと微笑んだ。
『いいよ。でも先に言っておくんだけど』
そこで夢菜は言葉を切ると、ひと呼吸くらい置いて僕の目をまっすぐに見てくる。
『私、誰も好きになれないんだよね。なんていうか、好意? が分からない? みたいな』
あっけらかんと言う夢菜に、今度は僕が目を見開く番だった。
誰も好きになれない、って……そんなこと、僕は一度も聞いた事がない。
でも世界には色んな人がいるから、そういう考えを持つ人もなん百人かに一人は必ず居るわけで。
ぱちぱちと瞬きを繰り返すだけで、何も返せない僕に夢菜は気付いていないみたいだ。
さっさとポケットからスマホを出して、『これ、私のQRね』と画面を見せてくる。
ぽん、と小気味よい音を立てて『よろしくね』と緩い犬のスタンプが送られてくるのを、僕はどこか人ごとのように見ていた。
膝に両手をついて、僕は懸命に呼吸を整える。
息を吐く度に喉の奥が燃えるように熱くて、がたがたと脚が震える。
「間に合ったね、お疲れ様」
ぽん、と夢菜が励ますように背中を撫でてくれるのを感じながら、僕は目の前にある手すりを摑んだ。
「ほん、と……ぎり、ぎり……」
ひんやりとした冷たい感触が手の平に伝わってきて、ちょっとだけ落ち着いた。
電車が揺れるのに合わさって、心臓はどくどくとうるさく脈打っている。
夢菜の声はあんまり聞こえないけど、僕を案じてくれているのがよく分かった。
「座ろっか、薫ちゃん?」
すると、からかいを含んだ夢菜の声がすぐ隣りで聞こえてきて、僕はまだ少し乱れた呼吸のまま唇を動かした。
「……ちゃん付け、やめて」
そう悪態をついてみるけど、僕の背中に手を添えて座席に座らせてくれるのはありがたい。
「でも……間に合うもんなんだね」
しばらく電車の揺れに身を任せながら、ぽつりと呟く。
僕達が乗った車両はあんまり人がいなくて、真正面の窓からはビルが立ち並んだ都会的な景色が一望出来る。
さっきスマホを見たら、開店するまであと一時間くらいだった。
時間に余裕はあるけど、きっと行列が出来ていて整理券を配ってるだろう。
まぁ予定していた電車には乗れたから、あとは神様に祈るくらいしかできないんだけど。
すると夢菜が小さく笑う声が聞こえてきて、僕はそろりと隣りに目を向けた。
大きな瞳がまっすぐに僕を映していて、窓から差し込む柔らかい太陽の光も相まって、とくりと心臓が淡い音を立てる。
……ううん、これは気のせいだ。
夢菜は絶対に僕の事は好きにならないし、僕も絶対に夢菜に好意を伝えない。
そう最初に話して少しした時に約束して、同時に『夢菜とは友達でいよう』って誓ったんだから。
それは僕と夢菜が、初めて会った日の事だった。
高校一年生になってすぐの校外学習という名の遠足──で、僕は命よりも大事なリオのぬいぐるみを落としてしまった。
市販のものならいくらか諦めも付いたのかもしれないけど、自分で作った『あみぐるみ』だから、絶対に見つけないといけない。
でも、ただでさえ人の流れが多いテーマパークに来ていて、こういう場所をあんまり好まない僕からしたら、土地勘も無いに等しい。
加えて他の学校の団体はもちろん、一般の人もたくさん居るから見つからない可能性だってある。
事前に決めていた班で行動していたけど、自分の不注意で落としたのは事実だし、そもそもまだ仲良くなった人はいない。
楽しそうに話す同級生の邪魔をしたくなかったし、もし誰かに踏まれたらって思うといてもたってもいられなくて、僕は勇気を掻き集めて人生で一番大きな声を出した。
『あのっ、向こう! 行ってくる!』
ほとんど声が裏返って変な空気になったけど、僕の剣幕にみんなは『分かった』と言って送り出してくれた。
『あっちのレストランの中、入ってるからー』
背中に同級生の声を聞きながら、僕はちょっと早歩きで班を後にした。
内心は恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいで、でもリオを見つけないとっていう思いで無意識に歩く速度を早める。
なんたって初めて本格的に作った、キャラクターものだ。
少し不格好だけど愛着もあって、無事に完成した時は達成感で泣いてしまったっけ。
『どこ……どこだよ』
きっとどこかに引っ掛かったか、金具の付け方が甘かったから落ちたんだ。
あちこちに点在する樹や何かが引っ掛かりそうな場所を中心に、下を見ながら探したけど見つからない。
探してどれくらい経ったのか分からなくなった頃、不意に目の前が暗くなった。
そもそも僕一人で小さなあみぐるみを探すには限界がある、って少し考えれば分かるのに。
どうして班の人達に、『落とし物したから一緒に探して欲しい』って言えなかったんだろう。
……ううん、嫌な顔をされるかもしれない、仮に一緒に探してくれたとしても貴重な時間を奪ってしまう、って真っ先に考えたからだ。
つくづく、僕は友達を作るのに向いてないな。
そりゃあ教室の隅っこに居る、俗に言う『ぼっち』だし……陰キャの僕に話し掛けてくるモノ好きなんていない。
『──何してるの?』
『っ……!?』
鬱々とした気持ちのまま、顔を俯けて歩いていると不意に高い声が横から聞こえた。
慌てて声がした方を見ると、きょとんと不思議そうな顔をした女の子が僕を見ていた。
僕らはネイビーのブレザーだけど、その女の子はベージュのブレザーだった。
スカートの色も付けているリボンの色も違うから、他校の生徒なのだとすぐに分かった。
『あ、の……』
『俯いてたし、困ってそうだったからどうしたのかなって。……あ、もし嫌だったらごめんね!』
僕がしどろもどろになっている間に、女の子はころころと表情が変わっていく。
大きくはっきり動く唇や眉が印象的で、僕にはない元気さがあった。
いつもの僕なら絶対に断るところだけど、もう一人じゃ見つけられないのは明白だ。
スタッフさんに落とし物があるか聞こうにも、一応学校の行事で来ているから時間になれば帰らないといけない。
無事にリオが見つかったらもう一度ここに来る事になって、でも一人きりでこんな所に来る勇気は無かった。
ぎゅう、と手の平を握り締める。
話し掛けられたのがいきなりだったし、それ以前にキャラクターのあみぐるみを落とした、って言えば絶対気持ち悪がられる。
しかも僕みたいな陰気な男の手作りで、きっとこの女の子からしたら変な奴だと思われる事は必至だと思う。
たった一度きりの出会いでも、相手に嫌悪感を抱かれると思うと嫌だったけど……自分のことよりもリオを見つける方が大事だ。
『……み、さがし、てて……』
『え、ごめん。もう一回言ってくれる?』
ぼそぼそと口の中で呟くと、あんまりにも聞こえなかったのか、ずいと女の子が耳を寄せてくる。
『えっと、これくらいの……全体的に青と黒で、もっと言ったらゲームのキャラクターなんだけど──』
僕は女の子の穏やかで明るい声に誘われるまま、つっかえながらだけど、ゆっくりとあみぐるみの特徴を話していた。
ある程度特徴を言い終えると、女の子は安心させるようににっこりと笑う。
『分かった。一緒に探そっ』
あの時の女の子──夢菜の笑顔が眩しくて、ちょっと泣きそうになったんだよね。
改めて僕が歩いた所を、夢菜と手分けしてもう一度しらみつぶしに探してみたけど、そこでもやっぱり見つからなかった。
落胆する僕に、夢菜は元気付けるように明るい声で言った。
『大丈夫、絶対に見つかるから。ううん、見つけてみせる!』
そう言って、夢菜が空に向けてまっすぐ拳を突き上げたのは、今でも思い出せる。
それから夢菜と必死になって探したけど、あと十分くらいで自由時間が終わろうとした頃になっても見つからなかった。
もう諦めて、落とし物が無いかスタッフさんに聞きに行こうと思った時、夢菜の大きな声が聞こえた。
『──あった! あったよ薫っ!』
不意に植え込みの方から夢菜の声が聞こえて、慌ててしゃがみ込んでいる夢菜の方に駆け寄る。
『リオっ……!』
すると、夢菜の手の中には葉っぱや土で少し汚れていたけど、確かに僕の大好きなキャラクター──リオのあみぐるみが収まっていた。
『よかった……よかった、ほんと……に』
『ね、見つかったでしょ?』
衝動のまま胸に抱き締めると、ほんのちょっと硬い感触が手の平に伝わる。
同時に夢菜の穏やかで優しい声が聞こえて、僕は反射的に唇を開いていた。
『ごめん、僕のために時間使わせて……友達と遊びたかったはず、なのに』
ああ、また僕の悪い癖だ。本当はお礼を言いたいのに、謝罪の言葉ばっかり出てしまう。
『なぁに言ってるの、こういうのは助け合うものでしょ? それに年パス持ってるから、私はいつでも来れるし』
だから気にしないで、と夢菜が僕の肩を軽く叩く。
まるで太陽みたいだと思うと同時に、この子にお礼をしたいと思った。
何か奢りたいけど、そろそろ自由行動が終わるから、どちらにしろここで別れないといけない。
『も、もし……迷惑、じゃ……なかったら』
僕はしゃがみ込んだまま、夢菜の目をじっと見つめた。
つっかえながらも勇気を掻き集めて、僕は意識しないと震えそうになる声を懸命に喉から絞り出した。
『ライン、交換……しませんか!』
メッセージアプリを交換したらやり取りも出来るし、改めてお礼も言えて、ダメ元だけどどこかへ遊びに誘える。
僕の言葉に、夢菜の大きな黒い瞳が一瞬丸くなったと思ったら、すぐににっこりと微笑んだ。
『いいよ。でも先に言っておくんだけど』
そこで夢菜は言葉を切ると、ひと呼吸くらい置いて僕の目をまっすぐに見てくる。
『私、誰も好きになれないんだよね。なんていうか、好意? が分からない? みたいな』
あっけらかんと言う夢菜に、今度は僕が目を見開く番だった。
誰も好きになれない、って……そんなこと、僕は一度も聞いた事がない。
でも世界には色んな人がいるから、そういう考えを持つ人もなん百人かに一人は必ず居るわけで。
ぱちぱちと瞬きを繰り返すだけで、何も返せない僕に夢菜は気付いていないみたいだ。
さっさとポケットからスマホを出して、『これ、私のQRね』と画面を見せてくる。
ぽん、と小気味よい音を立てて『よろしくね』と緩い犬のスタンプが送られてくるのを、僕はどこか人ごとのように見ていた。

