寮長の隠しごと(一人部屋を死守したい寮長と、窓からやってくる美しき同級生)

九月最後の月曜日。
夕食後の食堂には、夜会の事前準備スタッフをしたいという一年生、二年生が予想を遥かに上回り集まってくれた。
大変ありがたい。

皆、夜会が楽しみで仕方ないようだ。
集ったメンバーに、夜会の二日前から開催される学園文化祭との兼ね合いを確認しつつ、担当を割り振っていく。

ほんの二、三日前までの俺は、とにかく間違いが起きないよう、全部を自分で把握し主導しておかなくてはと思っていた。
それに、各担当と連絡を取り合ったり、話し合ったりの報連相をするくらいなら、細部まで自分の裁量で決めたいと考えていた。

でも、少しだけ事情が変わったのだ。
夜会の前日は、ユウヒのオーディションの日。
 
料理長が言うように、俺がドンと構えていればよい状態で物事が進んでいたとする。
そしたら、少しだけ準備を抜けて自室に戻り、オーディションの配信を見ることも可能かもしれない……。

いや、違うんだ。
俺はまだユウヒのことを認めたわけじゃないし、寮に忍び込んでくるような非常識な男のために、夜会準備の手を抜くつもりは毛頭ない。

だけど、色々と好条件が揃って、配信を見ることが可能になるのならば、一票投じてやってもいい。
彼はあんなにも、レッスンを頑張っているのだから。
その好条件を生み出すために、適材適所の担当決めには気合が入った。

料理担当、警備担当、装飾担当、生花担当、進行担当、舞台担当、音響担当、土産担当……。
前回檜垣寮が夜会担当だった三年前に作られた申し送り書を見ながら、それぞれの役割ポイントを皆に伝える。

ほぼ立候補という形で、各担当のリーダーが決まった頃、ズボンの尻ポケットに入れていたスマホが振動した。
俺は人の視線のない場所までわざわざ移動し、画面を覗き見る。

『今夜、ハヤセのところに泊まりにいくねー。夜遅くなるけど、また鍵を開けておいて。よろしく』

月曜日だから連絡が来るのではないかと、予想はしていた。
『鍵開けておいて』とわざわざ書くということは、先週の金曜も、俺が意図的に施錠しないでいたと思っているわけか。

高いレンガの塀に囲まれている寮では、常日頃から誰も窓の鍵など掛けていないだけなのに……。
どう返信しようか迷ったが、短く『了解』とだけ送信した。
俺は眉間にシワを寄せ、スマホをしまいながら皆のところへ戻った。

「どうかしたか?」

俺の補佐をしてくれることになった同じクラスの竹田が、声を掛けてきた。

「いや、ちょっと面倒な連絡がきただけ」

「そうなの?ハヤセ、うれしそうな顔してたから、いい話かと思った」

うれしそうな顔?俺が?まさかそんなはずはない。
こんな厄介ごとを抱えてしまい、心から面倒だと思っているのに、酷い誤解だ。

「なになに、いい話ってなんだよー」

近くにいた同級生も、会話に入ってくる。

「もしかして、夜会に誘う女の子が決まったとか?」

「おぉ!」

勘違いした皆が、囃し立てる。

「いやいや、決まってないよ。目処も立ってない」

「主催寮の寮長は、とびきり美しくて可愛い女の子をエスコートするのが恒例だろ?」

「え、そうなのか?」

「そりゃそうだろ、なぁ?だって、金色の招待状だもん」

そこからは、どんな子を誘う予定だとか、街で声を掛けられたとか、ひとしきり女の子の話題で彼らは盛り上がり、一回目のスタッフ会合は終了となる。
俺としては充分に満足のいく、打ち合わせ内容だった。



突然部屋に忍び込まれるのも嫌だけれど、無法者がやってくるのを待つというのも、複雑な気分だ。
定められた消灯時間を過ぎ、俺は常夜灯のみをつけてベッドに横になり、天井を見上げる。

今宵は日が暮れてから気温が下がったので、窓を開けていればクーラーをつける必要はなさそうだ。
二十センチほど開けた窓からは、心地よい風が入り、カーテンがひらひらと揺れている。

今頃ユウヒは、どこにいるだろう。
そろそろ居残りレッスンを終え、シャワーを浴び、どこかで夕食を食べたりするのだろうか。

別に、出会って間もない男のことを気にかけている訳じゃない……。
俺はただ、起きて待っていて、苦言の一つも伝えたいだけなんだ。
日頃規則正しい生活をしている俺は、眠気を堪えながら壁の時計をじっと見て過ごす。

突然、白いカーテンが風を孕み大きく膨らんだ。
まるでヒーロー参上とでもいうように、カーテンの向こうから片手に靴を持った身軽な男が、ヒョイっと現れる。

「お・ま・た・せ。ハ・ヤ・セ」

声は出さず、口の動きだけで挨拶をされる。
ユウヒは、底を上にして丁寧に靴を置いてから、音を立てぬようゆっくりと窓を閉めた。

「寝ないで待っててくれたんだね、ありがと!」

彼は外に音が漏れぬよう窓を閉めてから、小声で喋りだした。

「閉め切っちゃうと、ハヤセ暑いかな?」

勝手にリモコンへ手を伸ばし「弱」にして、エアコンをつける。
ユウヒがもっと傍若無人に振る舞ってくれたなら、俺もそれを指摘し怒ったり、拒絶したりできるのに。
大胆にも赤いレンガの塀を乗り越え忍び込んでくる以外は、それなりにまともな男なのだ。

「もしかして、忍び込むためにわざわざ制服に着替えてくるのか?あのダボダボとしたレッスン着のほうが、遥かに塀を越えるのに適してそうなのに」

思いついたままに質問する。

「当たり前だろ。僕が誰かに見つかったとき、青海波学園の制服を着てるか、着てないかじゃ、まるで違うでしょ」

確かに制服姿の男子高校生だったら、ちょっと羽目を外し夜間外出でもしていたのだろうと、近隣住民も通報には至らないはずだ。
何も考えていないようで、ユウヒなりに配慮をしているということを、また一つ知ってしまった。