金曜日の放課後。
夜会の立食メニューについて、寮の料理長と第一回目の打ち合わせをした。
「それで、担当者は?」
「とりあえず、寮長である私が打ち合わせをさせていただきたいのですが」
「なんでも自分でやろうっていうのはダメだ。途中で手に負えなくなる。次回までに担当者を決めてきてくれ。二回目からはそいつと打ち合わせする」
「……分かりました」
人に振るより、全部自分でやったほうが楽だと思うけれど……。
「いいか、寮長っていうのはドンと構えているのが仕事だ」
「はぁ」
「何年かに一度は、あんたみたいなのが寮長になるよ。自分でやったほうが楽だって考えてるタイプがね。でも大丈夫。そいつらも不器用ながらに人の手を借りて、最終的には立派な夜会をやり遂げた。ドンと構えとけ、ドンと」
恰幅のいい料理長は喝を入れるかのように、俺の背中を力任せに叩いて、豪快に笑った。
さらにそのあと訪ねた学園の警備室でも、同じようなことを指摘された。
俺は昔から人に頼るのが大の苦手だ。
分かってはいるのだ。
全てを一人でこなすのは無理だと。
でも寮生同士で話し合いながら物事を進めるのは時間もかかるし億劫で、全て下準備をしてから、役割分担を決めようと思っていた。
「先に、夜会準備委員会の立ち上げが必要か……」
仕方がない。
来週早々に希望者を募ろう。
俺は夕食後早々に風呂に入り、その後はずっとノートパソコンに向き合う。
割り当て人数を考えたり、食堂に掲示するための書類を作成するのに時間を費やした。
集中していたせいで酷く目が疲れる。
だから書類が完成してまもなくベッドに入り、目を閉じた。
……またハムスターがくっつき合って眠っている夢を見た。
温かく、幸せで、柑橘系の匂いがよりリラックスを誘う。
耳の側からトクットクットクッと規則正しく聞こえるリズムが、俺に安心感を与えてくれた。
一人がいいとずっと思ってきたけれど、もしかするとハムスターのように誰かと寄り添って過ごすのも、素敵なことなのかもしれない。
今までの俺は、そんな経験が乏しく、その温かみを知らないだけなのだろうか。
だとしたら、味わってみたい。
誰かと温もりを分け合う日常を。
夢の中でそんなことを感じていた。
—
翌朝。
いつものようにアラームが鳴る。
土曜も学園は休みではなく、昼までの授業があるのだ。
「あぁ、よく寝たなー」
大きく伸びをして、身体をほぐした。
目の疲れもとれている。
ふと壁のコンセントに、見慣れぬコードが刺さっていることに目が行く。
そこには俺のではないスマホが、充電されていた。
「え?」
スマホには、よく目立つ黄色い付箋が貼られている。
『充電させてもらったよ 学園に持ってきて よろしくね ユウヒ』
「はぁーーーー?」
窓を見ると、ピッタリ閉めて寝たはずのカーテンが、十五センチくらい開いているのに気が付いた。
オバケが出るのは、月、水、金の夜。
「うそだろ。え?そんな……」
取り乱し、キョロキョロと辺りを見渡すけれど、彼の痕跡はスマホとカーテン以外に見当たらない。
……いや、違う。
俺が心地よくハムスターの夢を見ながら眠ったことこそが、昨晩のユウヒの存在を裏付けるものなのかもしれない。
トクットクットクッと聞こえていたのは、もしかすると彼の心音だったのだろうか。
俺は彼の胸の辺りに顔を埋めて寝ていた?
いやまさか、そんな……。
必死に否定するも、恥ずかしさで顔が熱くなる。
誰にも見られない寮長特権の一人部屋でよかった。
改めてそう思ったが、そもそも一人部屋じゃなかったら、ユウヒを招き入れることは、しなかったはずだ。
洗面所へ行き、ザブザブと顔を洗い、俺は決意する。
このままではダメだ。
彼のペースに巻き込まれている場合ではない。
きっぱりとあの男を拒絶しなくては。
ただでさえ俺は今、夜会のことで頭がいっぱいなのだから。
鏡の中の自分を見据え「よし」と気合いを入れた。
早くに寮を出て、今日は学園の正門でユウヒを待ち受ける。
この門を通って通学してくる者は、自宅生のみ。
帰宅部で部活の朝練もない彼のことは、このタイミングで捕まえることができるはずだ。
徒歩で門をくぐる者を追い抜き、ビューッと自転車が入ってきた。
「あっ、ハヤセ!おはようー」
ユウヒが先に俺を見つけ、挨拶してくれる。
彼は俺に対し、逃げ隠れするつもりは、まるでないらしい。
俺も自転車のあとをついて走り、駐輪場へ行く。
「待っててくれたんだね!やっぱりハヤセはやさしいなぁ」
そう言って手を出してきた。
「ん?」
「スマホ、持ってきてくれたんでしょ?ありがとね」
OFFの黒メガネと重たい前髪で隠れていても、ユウヒが俺に向かって可愛く微笑んでくれたのが分かる。
ダメだ、ダメだ。
首を振り気合いを入れ直す。
「ユウヒ。あのさ、話がある」
スマホと充電ケーブルを返しながら、真剣な表情を作って彼に伝えた。
「いいよ、何?」
「今じゃなくて、ちゃんと話したい。何か誤解が生じてるみたいだから正したい」
「誤解?なにそれ。土曜日はね、午後からレッスンだから……。そうだ、見に来てよ、俺の踊ってるとこ!」
「へ?踊り……」
「踊りっていうかダンスね!じゃ、十六時に郵便局の前で待ってて。迎えに行くから」
「十六時……」
「うれしいなー、楽しみだなー。誰かに見に来てもらうの初めてだよー」
歌うようにそう言いながら、ユウヒは校舎へ入っていった。
俺は一人、駐輪場に取り残される。
また彼のペースでことが運んだ事実に唖然とし、予鈴が鳴るまで立ち尽くしてしまった。
夜会の立食メニューについて、寮の料理長と第一回目の打ち合わせをした。
「それで、担当者は?」
「とりあえず、寮長である私が打ち合わせをさせていただきたいのですが」
「なんでも自分でやろうっていうのはダメだ。途中で手に負えなくなる。次回までに担当者を決めてきてくれ。二回目からはそいつと打ち合わせする」
「……分かりました」
人に振るより、全部自分でやったほうが楽だと思うけれど……。
「いいか、寮長っていうのはドンと構えているのが仕事だ」
「はぁ」
「何年かに一度は、あんたみたいなのが寮長になるよ。自分でやったほうが楽だって考えてるタイプがね。でも大丈夫。そいつらも不器用ながらに人の手を借りて、最終的には立派な夜会をやり遂げた。ドンと構えとけ、ドンと」
恰幅のいい料理長は喝を入れるかのように、俺の背中を力任せに叩いて、豪快に笑った。
さらにそのあと訪ねた学園の警備室でも、同じようなことを指摘された。
俺は昔から人に頼るのが大の苦手だ。
分かってはいるのだ。
全てを一人でこなすのは無理だと。
でも寮生同士で話し合いながら物事を進めるのは時間もかかるし億劫で、全て下準備をしてから、役割分担を決めようと思っていた。
「先に、夜会準備委員会の立ち上げが必要か……」
仕方がない。
来週早々に希望者を募ろう。
俺は夕食後早々に風呂に入り、その後はずっとノートパソコンに向き合う。
割り当て人数を考えたり、食堂に掲示するための書類を作成するのに時間を費やした。
集中していたせいで酷く目が疲れる。
だから書類が完成してまもなくベッドに入り、目を閉じた。
……またハムスターがくっつき合って眠っている夢を見た。
温かく、幸せで、柑橘系の匂いがよりリラックスを誘う。
耳の側からトクットクットクッと規則正しく聞こえるリズムが、俺に安心感を与えてくれた。
一人がいいとずっと思ってきたけれど、もしかするとハムスターのように誰かと寄り添って過ごすのも、素敵なことなのかもしれない。
今までの俺は、そんな経験が乏しく、その温かみを知らないだけなのだろうか。
だとしたら、味わってみたい。
誰かと温もりを分け合う日常を。
夢の中でそんなことを感じていた。
—
翌朝。
いつものようにアラームが鳴る。
土曜も学園は休みではなく、昼までの授業があるのだ。
「あぁ、よく寝たなー」
大きく伸びをして、身体をほぐした。
目の疲れもとれている。
ふと壁のコンセントに、見慣れぬコードが刺さっていることに目が行く。
そこには俺のではないスマホが、充電されていた。
「え?」
スマホには、よく目立つ黄色い付箋が貼られている。
『充電させてもらったよ 学園に持ってきて よろしくね ユウヒ』
「はぁーーーー?」
窓を見ると、ピッタリ閉めて寝たはずのカーテンが、十五センチくらい開いているのに気が付いた。
オバケが出るのは、月、水、金の夜。
「うそだろ。え?そんな……」
取り乱し、キョロキョロと辺りを見渡すけれど、彼の痕跡はスマホとカーテン以外に見当たらない。
……いや、違う。
俺が心地よくハムスターの夢を見ながら眠ったことこそが、昨晩のユウヒの存在を裏付けるものなのかもしれない。
トクットクットクッと聞こえていたのは、もしかすると彼の心音だったのだろうか。
俺は彼の胸の辺りに顔を埋めて寝ていた?
いやまさか、そんな……。
必死に否定するも、恥ずかしさで顔が熱くなる。
誰にも見られない寮長特権の一人部屋でよかった。
改めてそう思ったが、そもそも一人部屋じゃなかったら、ユウヒを招き入れることは、しなかったはずだ。
洗面所へ行き、ザブザブと顔を洗い、俺は決意する。
このままではダメだ。
彼のペースに巻き込まれている場合ではない。
きっぱりとあの男を拒絶しなくては。
ただでさえ俺は今、夜会のことで頭がいっぱいなのだから。
鏡の中の自分を見据え「よし」と気合いを入れた。
早くに寮を出て、今日は学園の正門でユウヒを待ち受ける。
この門を通って通学してくる者は、自宅生のみ。
帰宅部で部活の朝練もない彼のことは、このタイミングで捕まえることができるはずだ。
徒歩で門をくぐる者を追い抜き、ビューッと自転車が入ってきた。
「あっ、ハヤセ!おはようー」
ユウヒが先に俺を見つけ、挨拶してくれる。
彼は俺に対し、逃げ隠れするつもりは、まるでないらしい。
俺も自転車のあとをついて走り、駐輪場へ行く。
「待っててくれたんだね!やっぱりハヤセはやさしいなぁ」
そう言って手を出してきた。
「ん?」
「スマホ、持ってきてくれたんでしょ?ありがとね」
OFFの黒メガネと重たい前髪で隠れていても、ユウヒが俺に向かって可愛く微笑んでくれたのが分かる。
ダメだ、ダメだ。
首を振り気合いを入れ直す。
「ユウヒ。あのさ、話がある」
スマホと充電ケーブルを返しながら、真剣な表情を作って彼に伝えた。
「いいよ、何?」
「今じゃなくて、ちゃんと話したい。何か誤解が生じてるみたいだから正したい」
「誤解?なにそれ。土曜日はね、午後からレッスンだから……。そうだ、見に来てよ、俺の踊ってるとこ!」
「へ?踊り……」
「踊りっていうかダンスね!じゃ、十六時に郵便局の前で待ってて。迎えに行くから」
「十六時……」
「うれしいなー、楽しみだなー。誰かに見に来てもらうの初めてだよー」
歌うようにそう言いながら、ユウヒは校舎へ入っていった。
俺は一人、駐輪場に取り残される。
また彼のペースでことが運んだ事実に唖然とし、予鈴が鳴るまで立ち尽くしてしまった。



