男の出現に、一体どういうことなのだと驚き、平和な日常ゆえに施錠する習慣のない窓を開ける。
ユウヒは靴を持ったまま、ひょいっと身軽に窓から部屋へ侵入してきた。
「サンキュ、ハヤセ」
そしてすぐにラグの上で丸まって、眠ろうとする。
「ちょ、ちょっと待て」
「ん?タオルケット?掛けてほしいー。ありがとね」
「いや、違うだろ?」
「何が?僕、もう眠いんだよ。話は明日にして」
ユウヒはリュックサックを枕に寝始めてしまった。
俺は戸惑いが隠せない。
しばらく丸まった彼を見下ろしていたが、結局ため息を一つついて、棚からタオルケットを取り出し、掛けてやる。
むにゃむにゃと、お礼のような寝言を呟いたユウヒは、より深い眠りへと入っていった。
……そして朝方、同じことが繰り返された。
朧げに目が覚めると、ベッドの中にユウヒがいて、俺たちは身を寄せ合って眠っていた。
それは温かく、心地よく、幸せな眠りの要素となっていた。
子どもの頃、実家で飼っていたハムスターがこんな風にくっついて眠っていたなと、ぼんやりした頭で思い出す。
一昨日は、この状況から脱するために、俺は床に敷いたラグへと移動した。
けれど今日は……眠気に負けてしまったんだ……。
俺はユウヒと背中が触れ合ったまま再び深い眠りに落ち、ハムスターになって眠る夢を見た。
スマホのアラームが鳴って目を覚ませば、やはりユウヒはもう居ない。
そして、タオルケットは丁寧に折りたたまれ、椅子の上に置かれていた。
—
その日、朝食の席で、前寮長のタケル先輩に声を掛けられた。
「おはよう、ハヤセ」
「おはようございます」
「一年生のオバケ騒動を丸く収めてあげたんだって?」
「収めたというか……」
「ハヤセが備蓄庫の中を点検して、何もいないことを確認してくれただけで、安心できたって言ってたぞ」
それはつまり、俺をフォローするため、わざわざ一年生に事情を聞いてくれた、ということなのだろう。
やはりこの人には敵わない。
「ただ、月曜と水曜と金曜の夜にオバケが出るっていうのが、ちょっと人為的で気になるね」
曜日と関係しているなんて、俺は全く知らなかった。
一年生にヒアリングもせずに、自力で解決しようとしたからだろう。
やはり俺はタケル先輩のように、皆に慕われる寮長にはなれそうもない……。
—
四限目が終わり次第、A組へ出向き、学食へ向かうユウヒを捕まえる。
「おい」
「あっ、ハヤセ。昨日はありがとね」
それだけ言って、俺の前を通り過ぎようとするから、腕を掴んだ。
「事情聴取だ」
「え?今日も。ま、いいけど、急ごう。Aランチは唐揚げだよ!」
唐揚げならば、俺だって食べたい。
「Bランチは?」
「野菜たっぷり八宝菜」
「よし、急ごう」
俺たちは、他の生徒たちを追い越し、学食へと急ぐ。
「この前も今日も、どうしてランチのメニューを事前に知ってるんだ?」
階段を下りながら問いかける。
「三限目の休み時間に、わざわざ学食へ出向いて確認してるからに決まってるじゃん。生きる術だよ、生きる術」
大事なことだから二回言ったのか知らないが、ご苦労なことだ。
俺たちは無事にAランチの唐揚げをゲットし、この前と同じ端っこの二人席に座る。
「で、ハヤセは何が聞きたいの?」
口いっぱいに鶏肉を頬張るユウヒは、OFFの彼だ。
黒縁メガネに、もっさりした前髪……。
それでも、歯並びが綺麗だとか、箸を持つ指が美しいとか思ってしまう俺は、どうやらかなりの寝不足である。
水を飲んで一息つき、ユウヒに尋ねる。
「単刀直入に訊く。昨日はどうして部屋に来た?」
「は?備蓄庫はダメだって言ったのは、ハヤセじゃん。僕の段ボールだって勝手に捨てちゃったんでしょ?何言ってんの」
俺はすぐに返事が出来なかった。
頭の中に疑問符が山のように浮かんでしまったから。
首を傾げている間に、ユウヒの唐揚げは、どんどんと彼の口に吸い込まれてゆく。
彼がそれをゴクンと飲み込んだのを見届けてから、ようやく次の質問を思いつく。
「月曜の夜、備蓄庫で寝てただろ?で、昨日の水曜は俺の部屋に来た。火曜はどうしてたんだ?」
「火曜の夜?あぁ、普通に家に帰ったけど?僕だって、洗濯したいし、着替えたいし」
「そっか」
「そうだよ」
俺も唐揚げを口に放り込む。
どうも会話のペースが掴めない。
次に俺の口から出た質問も、自分でも呆れるほど冴えないものだった。
「シャワーとかはどうしてるんだ?」
「レッスン室にシャワーがあるんだ。だから夜も朝もちゃんと浴びてるし、歯も磨いてるから、安心して」
「レッスン室?」
そう言われて、小さな頃に習っていたピアノのレッスン室が思い浮かんだが、ピアノ教室にシャワーがあるわけない。
「あぁ、お腹いっぱい!」
もっともっと聞きたいことがあった。
曜日の法則についても、レッスンについても。
けれど、ペースを乱されている間に彼の食事は終わり、「お先にー」と席を立ってどこかへ行ってしまった。
—
その日、つまり木曜日の夜。
俺は、窓の外からまたノックされるのではないかと気になって、何度も目を覚ました。
もしノックされたら、俺はまた窓を開け、彼を招き入れるだろうか。
だってそうしなかったら、彼は備蓄庫の中で寝ようとする。
そしたら寮の中で、騒ぎになるかもしれない。
だから仕方なく部屋へ入るしかないのだ、……寮長として。
そんな言い訳みたいなことを、グルグルと思考する。
けれど結局、ユウヒが訪れることはなく、朝を迎えた。
オバケが出るのは、月、水、金。
昨晩は、備蓄庫で寝たわけでもなく、自宅へ帰ったと考えるのが妥当だろう。
ユウヒは靴を持ったまま、ひょいっと身軽に窓から部屋へ侵入してきた。
「サンキュ、ハヤセ」
そしてすぐにラグの上で丸まって、眠ろうとする。
「ちょ、ちょっと待て」
「ん?タオルケット?掛けてほしいー。ありがとね」
「いや、違うだろ?」
「何が?僕、もう眠いんだよ。話は明日にして」
ユウヒはリュックサックを枕に寝始めてしまった。
俺は戸惑いが隠せない。
しばらく丸まった彼を見下ろしていたが、結局ため息を一つついて、棚からタオルケットを取り出し、掛けてやる。
むにゃむにゃと、お礼のような寝言を呟いたユウヒは、より深い眠りへと入っていった。
……そして朝方、同じことが繰り返された。
朧げに目が覚めると、ベッドの中にユウヒがいて、俺たちは身を寄せ合って眠っていた。
それは温かく、心地よく、幸せな眠りの要素となっていた。
子どもの頃、実家で飼っていたハムスターがこんな風にくっついて眠っていたなと、ぼんやりした頭で思い出す。
一昨日は、この状況から脱するために、俺は床に敷いたラグへと移動した。
けれど今日は……眠気に負けてしまったんだ……。
俺はユウヒと背中が触れ合ったまま再び深い眠りに落ち、ハムスターになって眠る夢を見た。
スマホのアラームが鳴って目を覚ませば、やはりユウヒはもう居ない。
そして、タオルケットは丁寧に折りたたまれ、椅子の上に置かれていた。
—
その日、朝食の席で、前寮長のタケル先輩に声を掛けられた。
「おはよう、ハヤセ」
「おはようございます」
「一年生のオバケ騒動を丸く収めてあげたんだって?」
「収めたというか……」
「ハヤセが備蓄庫の中を点検して、何もいないことを確認してくれただけで、安心できたって言ってたぞ」
それはつまり、俺をフォローするため、わざわざ一年生に事情を聞いてくれた、ということなのだろう。
やはりこの人には敵わない。
「ただ、月曜と水曜と金曜の夜にオバケが出るっていうのが、ちょっと人為的で気になるね」
曜日と関係しているなんて、俺は全く知らなかった。
一年生にヒアリングもせずに、自力で解決しようとしたからだろう。
やはり俺はタケル先輩のように、皆に慕われる寮長にはなれそうもない……。
—
四限目が終わり次第、A組へ出向き、学食へ向かうユウヒを捕まえる。
「おい」
「あっ、ハヤセ。昨日はありがとね」
それだけ言って、俺の前を通り過ぎようとするから、腕を掴んだ。
「事情聴取だ」
「え?今日も。ま、いいけど、急ごう。Aランチは唐揚げだよ!」
唐揚げならば、俺だって食べたい。
「Bランチは?」
「野菜たっぷり八宝菜」
「よし、急ごう」
俺たちは、他の生徒たちを追い越し、学食へと急ぐ。
「この前も今日も、どうしてランチのメニューを事前に知ってるんだ?」
階段を下りながら問いかける。
「三限目の休み時間に、わざわざ学食へ出向いて確認してるからに決まってるじゃん。生きる術だよ、生きる術」
大事なことだから二回言ったのか知らないが、ご苦労なことだ。
俺たちは無事にAランチの唐揚げをゲットし、この前と同じ端っこの二人席に座る。
「で、ハヤセは何が聞きたいの?」
口いっぱいに鶏肉を頬張るユウヒは、OFFの彼だ。
黒縁メガネに、もっさりした前髪……。
それでも、歯並びが綺麗だとか、箸を持つ指が美しいとか思ってしまう俺は、どうやらかなりの寝不足である。
水を飲んで一息つき、ユウヒに尋ねる。
「単刀直入に訊く。昨日はどうして部屋に来た?」
「は?備蓄庫はダメだって言ったのは、ハヤセじゃん。僕の段ボールだって勝手に捨てちゃったんでしょ?何言ってんの」
俺はすぐに返事が出来なかった。
頭の中に疑問符が山のように浮かんでしまったから。
首を傾げている間に、ユウヒの唐揚げは、どんどんと彼の口に吸い込まれてゆく。
彼がそれをゴクンと飲み込んだのを見届けてから、ようやく次の質問を思いつく。
「月曜の夜、備蓄庫で寝てただろ?で、昨日の水曜は俺の部屋に来た。火曜はどうしてたんだ?」
「火曜の夜?あぁ、普通に家に帰ったけど?僕だって、洗濯したいし、着替えたいし」
「そっか」
「そうだよ」
俺も唐揚げを口に放り込む。
どうも会話のペースが掴めない。
次に俺の口から出た質問も、自分でも呆れるほど冴えないものだった。
「シャワーとかはどうしてるんだ?」
「レッスン室にシャワーがあるんだ。だから夜も朝もちゃんと浴びてるし、歯も磨いてるから、安心して」
「レッスン室?」
そう言われて、小さな頃に習っていたピアノのレッスン室が思い浮かんだが、ピアノ教室にシャワーがあるわけない。
「あぁ、お腹いっぱい!」
もっともっと聞きたいことがあった。
曜日の法則についても、レッスンについても。
けれど、ペースを乱されている間に彼の食事は終わり、「お先にー」と席を立ってどこかへ行ってしまった。
—
その日、つまり木曜日の夜。
俺は、窓の外からまたノックされるのではないかと気になって、何度も目を覚ました。
もしノックされたら、俺はまた窓を開け、彼を招き入れるだろうか。
だってそうしなかったら、彼は備蓄庫の中で寝ようとする。
そしたら寮の中で、騒ぎになるかもしれない。
だから仕方なく部屋へ入るしかないのだ、……寮長として。
そんな言い訳みたいなことを、グルグルと思考する。
けれど結局、ユウヒが訪れることはなく、朝を迎えた。
オバケが出るのは、月、水、金。
昨晩は、備蓄庫で寝たわけでもなく、自宅へ帰ったと考えるのが妥当だろう。



