制服に着替えた俺は、朝食の前に再び防災備蓄庫へ向かう。
まずは早いうちに備蓄庫の床に敷かれた段ボールを処分し、あそこで寝泊まりした侵入者がいた証拠を隠蔽したかった。
段ボールをゴミ置き場へ運び、移動されていた備蓄品を元の場所に戻して原状復帰をする。
「ハヤセ先輩。おはようございます」
突然、背後から声をかけられ、ビクリと肩を揺らしてしまう。
振り返ると、一年生四人が不安そうな顔をして立っていた。
「お、おはよう」
どうして俺が、こんなにもビクビクとしなければならないのだ。
「先輩、この備蓄庫に出る霊の噂をご存知ですか?」
「あぁ、うん。チラッとね、俺も耳にした」
「昨日の真夜中も、備蓄庫のほうからガタガタと音がして…」
「人が喋るような声も」
「もう怖くって」
「僕たち、この上の部屋だから」
一年生は口々に話し、備蓄庫に最も近い二階の部屋を指差す。
本当に怯えているようで、揃って顔色が優れない。
「何か見たのか?」
四人はブンブンと首を横に振る。
どうやらあの男のことは、バレてない。
よかった……。
「中を覗いてごらん。俺も今、隅々まで点検していたんだけど、何もないよ」
四人は怖々と備蓄庫に首を突っ込む。
「ほら、怪しい感じはしないだろ?」
俺は彼らを諭しながら、こっそりと点検するように四隅へ視線を巡らせる。
すると自分の足元近くに、ワイヤレスイヤホンが片方だけ落ちているのが目に留まった。
「左の奥まで見てごらん。そしたら少しは安心できるだろう」
俺はさりげなく彼らの視線をズラし、落としもののイヤホンを拾いあげ、ポケットに仕舞う。
「とにかく、今度また何かあったら俺に報告して。自分達だけで夜中に外に出て確かめたりしちゃダメだよ。いいね」
「はい」
彼らは神妙に頷き、「ありがとうございました」と頭を下げた。
—
朝食を食べ終え、同じ敷地内にある校舎へ、いつもより早く向かう。
校章が緑色の二年生は、全三クラス。
計百二十名だ。
学園にはクラス替えがなく、一年から三年までの三年間、同じクラスメイトと過ごす。
俺はC組で、クラスのメンバーは自宅生含め、名前も顔も把握している。
つまり見覚えのないあの男はA組かB組。
そしておそらく寮生と接点の少ない自宅生で、尚且つ学園にいる時間の短い帰宅部の可能性が濃厚だ。
とにかく、昨晩の男が誰なのか突き止め、二度と備蓄庫へ侵入しないよう忠告しなくては。
俺は落としもののイヤホンをズボンのポケットの中で握りしめ、今日中の解決を誓った。
廊下の壁にもたれかかり、A組とB組の教室に入っていく者を、見逃さないように見張る。
あれだけ美しく可愛らしい顔をしている男だ。
目の前を通ればすぐに気がつくだろう。
むしろ、今まで認識せずにいたのが、謎でしかない。
予鈴が鳴るが、まだ現れない。
本鈴が鳴り、廊下の向こうから担任が歩いてくるのが見える。
それでもあの男が教室に入っていった形跡はなかった。
「どうした?成川」
「いえ、なんでもありません」
担任に不審がられ、俺は慌てて教室に戻り席に着く。
一体どういうことだろう。
まさか、この学園の生徒ではない?
だとすると、寮長の俺一人で隠しきれる問題ではなくなってしまう。
とにかく昼休みになったら、A組とB組の知り合いに欠席者がいるか、聞いてみよう。
「美しく可愛らしい顔をした男を知らないか?」と聞いて回ってもいいが、あの男をそのように称して問うことには、躊躇いがあった。
四限目が終わり、学食へ移動する誰かに欠席者のことを尋ねようとしていたときだった。
「ねぇ、僕のイヤホン知らない?」
突然背後から話しかけられた。
俺はその声に反応し、勢いよく振り返る。
「えっ……」
そこに居たのは、黒縁メガネに、重たい前髪のモサっとした男だ。
見るからに覇気がなく、授業中寝ていたのだろうと思わせる赤い跡が、頬についていた。
昨晩の男、……なのだろうか?
この声に聞き覚えはあった。
けれど、あの男はメガネなど掛けていなかったし、髪型も、オデコが見えていたと記憶している。
「だ、誰だ?」
「僕?A組の葉月(はづき)ユウヒだけど。ねぇ、イヤホン、どこかで落としたみたいなんだ。知らない?」
美しい顔は意図的なのか、巧妙に隠されていた。
「寮の備蓄庫に置いてきちゃったのかなぁ。お昼食べたら探しに行かなくちゃ」
俺は慌てて彼の口を右手で塞ぐ。
せっかく隠蔽してやったのに、人が行き交う廊下でベラベラ喋るとは、なんて無防備な男なのだ。
「ちょっとコッチへこい」
俺は彼の右手首を掴み、屋上へ続く階段の踊り場へ連れてゆく。
「え?なんだよ。僕、お腹空いたから早く学食行ってコロッケ食べたいんだけど」
メガネと前髪で覆われている顔を、正面からよくよく見れば、隠されていても美しい造形であることが分かった。
昨日見たように、睫毛も長い。
でも、とにかく存在感が薄かった。
「ほら、コレ」
ポケットに入れていた落としもののイヤホンを、差し出す。
「よかったぁ。サンキュ」
男……ユウヒは、俺の手から摘み上げるようにイヤホンを受け取り、即学食へ向かおうとする。
「おい、待て。事情聴取がまだだ」
「事情聴取?」
誤魔化そうとしているのではなく、本当に昨日のことを、大したことではないと考えているようだ。
「檜垣寮の寮長として、昨晩、どうしてあんな場所で眠っていたのか聞きたい」
「あぁ。だったら食べながらにしてくれない?僕、もうお腹ぺこぺこでさ」
ユウヒは返事を待たず、階段を降り、学食へと向かう。
その足取りは軽く、後ろ暗いところなど、まるで無さそうだ。
俺と同じベッドで寄り添うように眠ったことすら、忘れているのだろうか……。
この釈然としない思いを抱えながらも、彼の背中を追いかけた。
まずは早いうちに備蓄庫の床に敷かれた段ボールを処分し、あそこで寝泊まりした侵入者がいた証拠を隠蔽したかった。
段ボールをゴミ置き場へ運び、移動されていた備蓄品を元の場所に戻して原状復帰をする。
「ハヤセ先輩。おはようございます」
突然、背後から声をかけられ、ビクリと肩を揺らしてしまう。
振り返ると、一年生四人が不安そうな顔をして立っていた。
「お、おはよう」
どうして俺が、こんなにもビクビクとしなければならないのだ。
「先輩、この備蓄庫に出る霊の噂をご存知ですか?」
「あぁ、うん。チラッとね、俺も耳にした」
「昨日の真夜中も、備蓄庫のほうからガタガタと音がして…」
「人が喋るような声も」
「もう怖くって」
「僕たち、この上の部屋だから」
一年生は口々に話し、備蓄庫に最も近い二階の部屋を指差す。
本当に怯えているようで、揃って顔色が優れない。
「何か見たのか?」
四人はブンブンと首を横に振る。
どうやらあの男のことは、バレてない。
よかった……。
「中を覗いてごらん。俺も今、隅々まで点検していたんだけど、何もないよ」
四人は怖々と備蓄庫に首を突っ込む。
「ほら、怪しい感じはしないだろ?」
俺は彼らを諭しながら、こっそりと点検するように四隅へ視線を巡らせる。
すると自分の足元近くに、ワイヤレスイヤホンが片方だけ落ちているのが目に留まった。
「左の奥まで見てごらん。そしたら少しは安心できるだろう」
俺はさりげなく彼らの視線をズラし、落としもののイヤホンを拾いあげ、ポケットに仕舞う。
「とにかく、今度また何かあったら俺に報告して。自分達だけで夜中に外に出て確かめたりしちゃダメだよ。いいね」
「はい」
彼らは神妙に頷き、「ありがとうございました」と頭を下げた。
—
朝食を食べ終え、同じ敷地内にある校舎へ、いつもより早く向かう。
校章が緑色の二年生は、全三クラス。
計百二十名だ。
学園にはクラス替えがなく、一年から三年までの三年間、同じクラスメイトと過ごす。
俺はC組で、クラスのメンバーは自宅生含め、名前も顔も把握している。
つまり見覚えのないあの男はA組かB組。
そしておそらく寮生と接点の少ない自宅生で、尚且つ学園にいる時間の短い帰宅部の可能性が濃厚だ。
とにかく、昨晩の男が誰なのか突き止め、二度と備蓄庫へ侵入しないよう忠告しなくては。
俺は落としもののイヤホンをズボンのポケットの中で握りしめ、今日中の解決を誓った。
廊下の壁にもたれかかり、A組とB組の教室に入っていく者を、見逃さないように見張る。
あれだけ美しく可愛らしい顔をしている男だ。
目の前を通ればすぐに気がつくだろう。
むしろ、今まで認識せずにいたのが、謎でしかない。
予鈴が鳴るが、まだ現れない。
本鈴が鳴り、廊下の向こうから担任が歩いてくるのが見える。
それでもあの男が教室に入っていった形跡はなかった。
「どうした?成川」
「いえ、なんでもありません」
担任に不審がられ、俺は慌てて教室に戻り席に着く。
一体どういうことだろう。
まさか、この学園の生徒ではない?
だとすると、寮長の俺一人で隠しきれる問題ではなくなってしまう。
とにかく昼休みになったら、A組とB組の知り合いに欠席者がいるか、聞いてみよう。
「美しく可愛らしい顔をした男を知らないか?」と聞いて回ってもいいが、あの男をそのように称して問うことには、躊躇いがあった。
四限目が終わり、学食へ移動する誰かに欠席者のことを尋ねようとしていたときだった。
「ねぇ、僕のイヤホン知らない?」
突然背後から話しかけられた。
俺はその声に反応し、勢いよく振り返る。
「えっ……」
そこに居たのは、黒縁メガネに、重たい前髪のモサっとした男だ。
見るからに覇気がなく、授業中寝ていたのだろうと思わせる赤い跡が、頬についていた。
昨晩の男、……なのだろうか?
この声に聞き覚えはあった。
けれど、あの男はメガネなど掛けていなかったし、髪型も、オデコが見えていたと記憶している。
「だ、誰だ?」
「僕?A組の葉月(はづき)ユウヒだけど。ねぇ、イヤホン、どこかで落としたみたいなんだ。知らない?」
美しい顔は意図的なのか、巧妙に隠されていた。
「寮の備蓄庫に置いてきちゃったのかなぁ。お昼食べたら探しに行かなくちゃ」
俺は慌てて彼の口を右手で塞ぐ。
せっかく隠蔽してやったのに、人が行き交う廊下でベラベラ喋るとは、なんて無防備な男なのだ。
「ちょっとコッチへこい」
俺は彼の右手首を掴み、屋上へ続く階段の踊り場へ連れてゆく。
「え?なんだよ。僕、お腹空いたから早く学食行ってコロッケ食べたいんだけど」
メガネと前髪で覆われている顔を、正面からよくよく見れば、隠されていても美しい造形であることが分かった。
昨日見たように、睫毛も長い。
でも、とにかく存在感が薄かった。
「ほら、コレ」
ポケットに入れていた落としもののイヤホンを、差し出す。
「よかったぁ。サンキュ」
男……ユウヒは、俺の手から摘み上げるようにイヤホンを受け取り、即学食へ向かおうとする。
「おい、待て。事情聴取がまだだ」
「事情聴取?」
誤魔化そうとしているのではなく、本当に昨日のことを、大したことではないと考えているようだ。
「檜垣寮の寮長として、昨晩、どうしてあんな場所で眠っていたのか聞きたい」
「あぁ。だったら食べながらにしてくれない?僕、もうお腹ぺこぺこでさ」
ユウヒは返事を待たず、階段を降り、学食へと向かう。
その足取りは軽く、後ろ暗いところなど、まるで無さそうだ。
俺と同じベッドで寄り添うように眠ったことすら、忘れているのだろうか……。
この釈然としない思いを抱えながらも、彼の背中を追いかけた。



