寮長の隠しごと(一人部屋を死守したい寮長と、窓からやってくる美しき同級生)

(ユウヒ視点)

夜会の日。
受付のおばさんこと佐藤さんに、十六時にダンススタジオへ来るように言われていた。
でも僕は、それより早い十四時にスタジオへ行き、基礎レッスンを一本受けた。

家にいても、一度自覚してしまった悔しい気持ちは、度々僕を襲った。
それに今月は、レッスン受け放題の高額プランに加入しているから、もったいないと思って……。

久しぶりに受けた基礎レッスンは、楽しく踊ることが最優先のクラスだった。
隣で踊っていた小学生の男の子が「兄ちゃん、めっちゃ上手じゃん」と言ってくれたことが、僕の気分を持ち上げる。

気持ちの良い汗をかき、レッスン着のまま受付に行くと、今日はお休みだという佐藤さんが来てくれていた。

「あら、ユウヒくん、ちょっとどうしたの?汗だくじゃない!」

「あっ、佐藤さん。こんにちは。やっぱり僕、競わずに踊るほうが好きかもー」

「今はそれどころじゃないでしょ!夜会よ、夜会。金色の招待状よ!」

「えー、僕、本当に行くの?大丈夫かなあ。バレてハヤセに迷惑かけるとか嫌なんだけど」

「そのハヤセくんからのご招待でしょ?とにかく、シャワー浴びてらっしゃい。時間が無いわよ」

白いタンクトップと、黒いショート丈のスパッツを渡され、これに着替えてこいと送り出される。

シャワーを浴び着替えを済ませ、再び受付に行くと、どこぞの女子高の制服が僕を待っていた。
これを着るのは抵抗があるけれど、昨日佐藤さんに言われたように、ムダ毛は全部処理をしてきた。
ハヤセが時間をかけて準備した夜会を覗いてみたい気持ちは、正直あったから……。

そこからは佐藤さんと、なぜか現れた佐藤さんの娘の手によって、着せ替え人形のように女子高生へと変身させられてゆく。
ウィッグまで用意されているとは、知らなかった。

「うん、めちゃくちゃ可愛い」

「うん、本当に美しいわ」

「どっからどう見ても、ばっちりね!」

「これなら主催寮寮長の招待状を持っていても、胸張って行ける!」

僕の意見など関係なく、親子は満足げに頷きあう。

「あー、もう時間ギリギリよ。走って行かないと」

「いってらっしゃい、ユウヒくん。美味しいものたくさん食べてきてね」

「ウィッグ、踊っても取れないようしっかり付けたから、踊っちゃってもいいのよ」

どんなタイミングで踊るんだよ……。
僕は佐藤さん親子のよく分からない期待を背負い、夜会へと挑んだ。



「昨日の悔しさをさ、今このステージで晴らすのはどう?」

ハヤセがそう訊いてくれたとき、僕は、ラムチョップのソテーの三本目を頬張っていた。
最初こそ、女子高生な自分に戸惑っていたけれど、今は美味しい料理に夢中になっている。

踊る?ここで?今から?
夜会は僕がイメージしていたよりも、はるかに参加人数が多く、立派な会だった。

「いいかも」

そう答えてしまったのは、この雰囲気に気持ちが高揚していたせいもあるし、それがハヤセのやさしさだと伝わってきたから。

「よし。じゃ、みんなに見せてやってよ、ユウヒのダンスを」

彼は僕が上手く踊れると、信じ切った目でそう言った。

僕がソテーを食べ終わるのを待って、ハヤセは動き出した。
スマホに音源があることを音響さんに伝え、照明さんとも手短に打ち合わせする。

僕は、一旦廊下へ出て、この制服とウィッグで軽く踊ってみる。
履いていた革靴は自分のものだったけれど、踊りにくく、裸足で踊ることを選ぶ。
スカートの揺れ、ボブヘアの揺れが面白く、意図的にもっと揺れるよう踊ってみたいと、アレンジのアイデアも湧く。

僕の短いヒップホップダンスショーは、予めステージ上にスタンバイしておく、板付きで始まった。
曲が流れ、ピンスポットが当たって僕の姿が照らし出されれば、歓声が上がる。

僕が誰なのかも知らないだろうに、皆の視線がステージに集まり、とてもとても気分がいい。
これはレッスンでも、オーディションでもない。
ハヤセの大切な夜会を、盛り上げるためのショー。
それを意識して踊る。

ひねった足の痛みも、着慣れない制服も、なんの問題にもならず、同世代たちの反応のお蔭で、いつも以上のパフォーマンスができた。
決めポーズとともに曲が終われば、会場には大喝采が巻き起こる。
僕は肩で息をしながら、満ち足りた気持ちで、観客を見渡した。

こんな風に人前で踊る快楽を知ってしまったら、もう一度、もう一度と、ステージに立つ機会を求めてしまうのではないだろうか……。



翌朝。
枕元で充電していたスマホが、小さくアラームを鳴らす。
僕は素早く手を伸ばし、その音を止めた。
ハヤセを起こさないように、慎重に上半身を起こそうとするが、彼の腕はしっかりと僕の背中に回されていた。

布団の中は温かく、ハヤセのスースーという規則正しい寝息が二度寝を誘う。
それでも、決めたのだ。
僕はまたオーディションを受ける。
競い合って勝ち取って、いつか大きなステージに立つ。

だから朝から自主練へ行かなくてはならない。
ゆっくりと、愛おしいハヤセの腕を解き、身体を起こしベッドを降りた。

借りた部屋着を脱いで、制服に着替え、リュックサックを背負う。

「ハヤセ」

小さな声で話しかけたが、深く眠っている彼に僕の声は届かない。

「ハヤセ。僕、ダンス頑張るよ。だからこれからも週に三回、泊まらせてね。寮長なのに、こんな隠しごとをさせて、ごめんね」

そう言って眠っている彼の唇に、そっと触れるだけのキスをした。
本当は昨夜みたいに、もっと深く、もっと求めあう、ハヤセの全てが欲しくなるようなキスがしたかったけれど、我慢する。

なのに、ハヤセが「もっと……ねぇ、ユウヒ、もっと」と呟いた。

「へ?起きてるの、ハヤセ?」

スースー……。
もう寝息しか聞こえない。
寝言だったようだ。

僕は「もうー」と頭を掻きむしり、もう一度だけ「チュッ」と彼の唇にキスをした。
窓を開け外へ出れば、朝の冷たい空気が僕を包み込む。
大きく大きく深呼吸をして、堪らなく幸せな気持ちと、明るい未来を噛み締めた。