寮長の隠しごと(一人部屋を死守したい寮長と、窓からやってくる美しき同級生)

寮生から、それぞれが招待した女の子に土産となる一輪の薔薇とバームクーヘンを手渡し、閉会となった。
スタッフをした者の招待客には、テーブルに置かれていた淡い黄色のアレンジ花も「よかったらどうぞ」と配られ、好評を得た。
もちろん竹田の招待した女の子も感激している。

皆、名残惜しそうに正門へと見送っていく。
タキシード姿の警備員は、今度は正門に立ち、招待客全員が学園から出て帰路に着くかを、厳しくチェックしていた。

「ユウヒは、バスで帰るのか?」

「まさか、この格好でバスに乗る勇気はないよー」

「似合ってるけどな」

「レッスン室に戻って着替える。この薔薇とバームクーヘンは、佐藤さんに渡すよ。お礼として」

「佐藤さん?」

「受付のおばさん」

「あぁ、それがいい。よろしく伝えて。感謝していますって」

「今日はさ、ありがとね。僕、すごい楽しかった。あんな歓声の中、注目浴びて踊ったの初めてだし。俺を見てるみんながみんな満面の笑顔でさ。ステージから最高の景色を味わえた。ハヤセのお陰だよ。そんで、やっぱりダンス好きだなって思った。だからさ、もう一度頑張ってみるよ」

「そっか」

「というわけで、ハヤセ。今夜、部屋の鍵開けておいてね」

「へ?」

「だって、今日は振替休日だけど月曜日だもん。居残りレッスンして、明日の朝の自主練もしなきゃ」

ユウヒはそう言うと、警備員のチェックを受け、レッスン室へと飛ぶように走っていった。



「楽しかったなー」
「盛り上がったし」
「美味しかった」

夢のような時間は終わり、あっという間に現実となる。
スタッフをしてくれた者も、そうじゃない者も、檜垣寮の寮生総出で片付けが始まった。
僅かだが残った料理は、小分けにされ、夜食として食べたい者が部屋に持ち帰る。

鳩を出す予定だったマジシャンからは、無事に女の子の赤ちゃんが生まれたと、お礼とお詫びの連絡が来た。

「ハヤセ、お疲れ様。やり遂げたね、夜会。とてもよかったよ。いい会だった」

タケル先輩も労ってくれた。

「で、あの子は誰?あんな素敵な彼女がいるなんて知らなかったな」

「いや、あの子は……彼女ってわけじゃなくて……」

「そんなこと言ってないで、自分の気持ちをしっかり伝えて捕まえとかないと、逃げられちゃうぞ」

タケル先輩はそう口にしたあと、「おっさん臭かったかな?」と照れたように笑う。
いや、タケル先輩の言う通りだと、俺はその言葉をありがたく心に留めた。



コンコン。
珍しくノックの音がしてから、窓が開いた。
真夜中の冷たい風が部屋に流れ込んでくる。

「ごめん。一旦家に帰ってたら、遅くなった」

「わざわざ帰ったのか?」

「うん。制服を取りにね。ここに忍び込むには青海波の制服がいるでしょ?」

ユウヒは、いつも通りの彼で、早速モゾモゾと、俺が用意しておいた部屋着に着替え始める。
けれど、俺は妙に緊張していた。
タケル先輩に言われたことが、頭に残っていたから。

俺は彼がラグの上で眠るための毛布を、渡さなかった。
ユウヒも「貸して」とは言わず、最初から狭いベッドの中に入ってくる。
そして、俺の背後に周り、柑橘系のいい香りとともに背中に抱きついてきた。

「暖かい……」

今にも寝息を立ててしまいそうな、ユウヒ。

「あ、あのさ」

「ん、なに?」

「告ってもいい?」

「こくって?」

いつかの俺みたいに、ユウヒも咄嗟に漢字が思い浮かばなかったようだ。

「俺さ、ユウヒのことが、好き、だよ」

「……うん。知ってる」

彼は、俺の背中にピタリと張り付き、俺の愛の言葉と、早鐘を打つ心音を聞いていた。

「ユウヒは?好きな人、いるのか?」

ズルい聞き方だと自分で自覚しながら、上擦った声で問いかける。

「いるよ……」

「誰なのか、……聞いてもいい?」

俺の心臓の音は、更に大きくなる。

「うーん。どうしようかな。……キスしてくれたら、教えてあげる」

やっぱりユウヒのやること言うことは、いつだって俺の想像通りではない。
この男に、翻弄されてばかりだ。
でも、それでこそユウヒなのだ。

ベッドの中で、クルリと身体の向きを変えれば、すぐそこにユウヒの美しく整った顔があった。
ゆっくり唇を近づけると、彼のほうからも顔を寄せてくれた。
互いに目を合わせたまま唇は軽く触れあって、すぐに離れてゆく。

ごく短い口付けだったのに、指の先まで痺れるような電流が走り抜ける。
これが、キス……。

「僕が好きなのは……、ハヤセに、決まってるじゃん」

これ以上ない程の笑顔でユウヒはそう告げて、今度は彼の方から、唇を押し付けてきた。
彼の腕が俺の後頭部に回る。
そしてユウヒの積極的で温かな舌が、口内に侵入してきたと思ったら、淫らに俺の舌と絡み合う。

さっき初めて体験したばかりのキスという行為が、あっという間にレベルが上がって、上書きされる。

まるでずっとずっと我慢してきたみたいに、求められた。
俺だって、こういうことがしたかったのだと、自分の深層心理に気付かされ、戸惑いながら流される。
互いに相手を欲していることを隠せなくなって、何度も何度も角度を変えては、キスを繰り返した。

「ね、またバスに乗ってうちにも、泊まりにきてよ。そしたら、もっともっと、色んなことしよ。ここでは出来ないようなことをさ」

呼吸を乱し、唇を拭いながらそう告げたユウヒの顔は、酷く男らしい。
どこかでユウヒを食べてやろうと思っていた俺は、自分が食べられる側なのだと、そのときに気が付いた……。

やはり、ユウヒはままならない男だったが、俺は今、堪らなく幸せで満たされていた。