寮長の隠しごと(一人部屋を死守したい寮長と、窓からやってくる美しき同級生)

俺はウエイターさんに、ユウヒへ飲み物を渡すよう頼み、壇上へと向かう。
すかさず竹田が近づいてきて、俺にオレンジジュースが入ったグラスを差し出してくれた。

「やるなハヤセ。見直したよ」

ユウヒのほうを見ながら、そう囁く。
竹田すら正体に気づかないことに安堵して、俺はマイクの前に立った。

「本日は、お集まりいただき、ありがとうございます。檜垣寮七十七代目寮長、成川ハヤセです。伝統ある夜会を、本年もこのように開催できたことを心よりうれしく思っています。短い時間ですが、どうぞお楽しみください。では、私たち高校生の輝かしい未来に、乾杯!」

「かんぱーい!」

静まっていた会場は、ガヤガヤと賑わい出し、早速ビュッフェ形式の料理に、行列ができた。
ユウヒも、さっきまでガチガチに緊張していたくせに、すでにお皿を持ってその列に並んでいる。

俺は、感慨深く会場全体を見渡した。
タケル先輩の姿も目に入る。
噂によると三年間、同じ女性を招待したらしい。
二人が寄り添う姿を見れば、夜会だけの付き合いではないのだろうと、すぐに分かった。
皆が笑顔で、皆が楽しそうで、俺の肩の力もようやく抜けていった。

一番端のテーブルにユウヒと陣取った。
彼は山盛り取ってきた料理を、パクパクと食べている。

「ユウ、美味い?」

コクリコクリと頷いて、笑ってくれた。
もちろんONのキラキラしたユウヒだ。
この会場にいる誰よりも、美しく輝いている。

俺は、ユウヒが女の子の格好をしたからといって、より魅力を感じたわけではない。
ユウヒはユウヒとして、ボブヘアのウィッグがびっくりするほど似合っていた。
首が長く頭が小さいからだろうか。

そして、スカートから伸びるスラっとした足は、無駄毛が処理され、筋肉の形がよりハッキリ見えセクシーだ。
「カモシカのような足」という言葉がピッタリだと感じた。

けれど、皿に盛られたパスタから、器用にピーマンをよけ、俺の皿へ移動させてくるのは、いつものユウヒそのものだった。
多面的な彼の魅力に、俺は惹きつけられっぱなしだ。

そのとき、舞台の担当者が近づいてきて、俺に耳打ちをした。

「お願いしてたマジシャンの中に、鳩やウサギを出してくれる予定だった人がいただろ?」

「うん。その人がどうかしたのか?」

「それが、会が始まる少し前に、奥さんが予定より早く産気づいたって連絡がきたらしくて」

「え?」

「俺、そういうのよく分かんないんだけど「行ってあげてください」って、言っちゃった。どうしよう……」

「いや、うん。それでよかったと思う。間違ってないよ」

「でも、出し物の時間が少し短くなっちゃうんだ」

彼がそう言ったとき、俺はユウヒを見た。
昨日たくさん泣いただろう顔に、もう涙の後は残ってない。
今は、ソテーされたラムチョップを美味しそうに頬張ってる。

「俺にいいアイデアがあるから、任せてくれるか?」

「流石、ハヤセ。助かるよ」

彼はホッとした顔になり、女の子のところへ戻っていった。



二組目のロープマジックが終わり、会場は拍手に包まれた。
すると一転、会場が暗転する。
スマホからスピーカーに繋いだ音源が大音量で会場に流れた。

俺は知らなかったが、このノリの良い曲は今年前半に流行ったもので、とても人気があるらしい。
次は何が始まるのかと、皆の期待値が高まる。

ピンスポットが舞台中央に現れた女子高生にあたった。
皆、その子が赤いコサージュの持ち主、寮長の招待客だと気が付き、息を呑む。

「昨日の悔しさをさ、今このステージで晴らすのはどう?」

俺がそう尋ねたとき、ユウヒは少し迷いながらも「いいかも」と答えてくれた。
こういう舞台でいきなり踊れるほど、彼は練習を積んできたのだ。
軽い捻挫をした足の調子も心配しなくて大丈夫だろう。

俺は二つだけ、確認をした。
そのウィッグは踊っても外れたりしないのか?
スカートの中にはスパッツか何か履いているのか?

「受付のおばさん、こういうことを想定してた訳じゃないだろうけど、どっちもバッチリ対策済み」

「よし。じゃ、みんなに見せてやってよ。ユウヒのダンスを」

舞台上のユウヒは、水を得た魚で、本当に生き生きとしていた。
飛び散る汗までもが照明に反射し、光り輝いている。

指先の動きまで見せ方が計算されていて、キレのある動きが短いスカートと、ボブヘアを揺らす。
とにかく華がある男なのだと思い知った。
鏡張りのレッスン室でコーチに指導されながら踊る姿とも、審査員に厳しい目を向けられながら踊る姿とも、違っている。

会場にいる皆が、いきなり始まったヒップホップダンスに心を掴まれ、手拍子をしたり歓声を上げ、身体を揺らしていた。
決めポーズとともに曲が終わり、会場には大喝采が巻き起こる。
ユウヒは肩で息をしながら、満足そうにキラキラの笑顔を皆へ向け、深々と一礼した。

再び会場の照明が変わる。
少しムーディーなピアノの生演奏が始まり、しっとりと落ち着いた雰囲気になった。
男子たちにとっては、女の子に自分をアピールし売り込む時間と言ってもいい。

しかし一部の女の子たちは、招待してくれた寮生には目もくれず、ユウヒを近くで見ようと集まってきた。
会場内は一切の写真撮影が禁止だったからよかったものの、そうじゃなかったら、皆ユウヒと撮りたかったのだろう。

ボブヘアのユウヒは美しく可愛かったけれど、気高く気軽に話しかけられる雰囲気ではなかった。
主催寮寮長の招待者である赤いコサージュの効果も、あったのかもしれない。
横に張り付いている俺が、馴れ馴れしくさせまいとした空気感を出していた可能性もある……。

ユウヒを取り巻いた女子たちが、彼(彼女?)にできたのは、デザートを皿に盛って持ってくることくらい。

「ダンス素敵でした。よかったらコレも召し上がってください」

デザートの皿をもらうたびに、ユウヒは微笑み、それを受け取る。
そんな口を利けない控えめなユウヒの仕草は、より彼女たちを魅了した。