寮長の隠しごと(一人部屋を死守したい寮長と、窓からやってくる美しき同級生)

寮生全員が待ちに待った夜会当日。
天気にも恵まれ、今のところトラブルの予兆はない。

十六時半になると、制服を着た女子高生が学園の正門外に集まり始めた。
正門内で待機している千鳥柄ズボンを履いた寮生は、自分の招待した女の子が現れると駆け寄っていく。
そして親しげに話しかけ、檜垣寮入口の受付へエスコートする。

一時間ほど前まで、スタッフとして動いてくれていたメンバーも、ここからは任務の全てを各プロへ引き継ぎ、夜会を楽しむ側へ回った。

俺も、正門近くの黄色く色づいた銀杏の木の下で、スマホを握りしめ立っている。

「ハヤセ。結局、招待状は誰かに渡せたのか?」

竹田が声を潜め、尋ねてきた。

「まぁ、一応」

「一応って……。でも、よかったよ。てっきり、見つからなかったで済ますつもりかと思った」

「うーん。来てくれるなら、主催寮寮長に相応しい、とびきり美しくて可愛い子のはず……」

「無理に見栄張らなくていいぞ。あっ、マリちゃん、こっちこっち」

竹田の招待相手は、真っ黒な髪が腰まである清楚系の女の子だった。
皆、どこで声をかけ、見つけてくるのだろう。
不思議でしょうがない。

「じゃあな、先に中に入ってるよハヤセ。その子が来てくれることを祈ってるから」

夜会のスタートは十七時だ。
開始まであと五分という時刻になると、待ちぼうけているのは、俺を含め六人だけになる。
それも一人減り、二人減り、スマホが16:59と表示されたときには、俺一人となった。

やはり、いくらなんでも無茶ぶりだっただろうか……。
思わずため息をついてしまった。

昨日。
ユウヒとの電話を終えたあと、俺はダンススタジオへ行った。

「あら、ユウヒくんのお友達じゃない。結果、聞いた?残念だったわね。電話では、落ち込んでいる感じじゃなかったけど、本当はすごくショックだったと思うわ。今頃は新幹線の中で、お弁当でも食べているのかしら」

ここへ報告の電話を入れたときには、まだ泣きだしていなかったようだ。
きっと感情を押し殺し、平気なフリをして報告の連絡を入れたのだろう。

俺は受付のおばさんに「あの、お願いがあるんです」と切り出す。

明日、ユウヒを夜会に招待したいと思っていること。
この招待状を渡してほしいこと。
もしユウヒが渋ったら、美味しいものがたくさん食べられるからと説得してほしいこと。
何か問題になっても、その責任は俺が負うつもりでいること。

「あらま、金色の招待状じゃない」

おばさんは目を輝かせ、「いいわね!」と自分のことのように心躍らせている。
確か何十年も前に夜会に招待されたことがあると言っていたはずだ。

俺はさらに図々しくも、ユウヒが着る女子校の制服を貸してもらえる心当たりはないか?と尋ねた。

「うちの娘のでよかったら。三年前に高校を卒業したけど、綺麗に保管してあるのよ。背が高い子なの。それと、ウィッグもあったほうがいい?きっと似合うわよ」

「彼に女装をさせたいわけじゃないんですけど、制服で参加することが夜会の条件なんです」

「えぇ、分かるわ。上手くやってあげる。この招待状、お預かりするわね」

おばさんは大切な物のように、両手で恭しく受け取ってくれる。
それだけでこの人にお願いすれば、上手くいくのではと、思えた。

その夜、ユウヒからメッセージが来るかと思ったが、通知はこなかった。
おばさんとユウヒの間でどんな話になったのか、分からないまま今に至る……。

正門の向こうから、背の高い女子高生が走ってきた。
ボブヘアというのだろうか、肩までの髪が揺れている。

「おい、ハヤセ。始まるぞ」

寮の入口から竹田が顔を出し、開会の挨拶をしなければならない俺を大声で急かした。

「あぁ、今行く」

俺は目の前の女の子の手首を掴み、受付へ向かって一緒に走った。

「ハ、ハヤセ……」

ユウヒが心細そうな声を出した。

「こんなことして、大丈夫なの?」

「大丈夫。絶対バレない。だって、めっちゃ美しくて可愛い。主催寮の寮長がエスコートするのに、これ以上に相応しい子はいない」

「だけど……」

「誰かに話しかけられたら、恥ずかしそうに俯けばいい。俺がフォローする。夜会の間はユウって呼ぶから」

タキシードを着た警備員に金色の招待状を提出する。

「ようこそ、いらっしゃいました」

漆塗りのお盆には赤いコサージュが一つだけ残っており、手渡された。
俺がユウヒの胸につけてやる。
俺たちは怪しまれることなく、無事に寮へと入った。

食堂の入口の扉は閉まっていたけれど、ピアノの音や、楽しそうに歓談する声が漏れ聞こえる。
扉の前で、二人で一旦深呼吸をした。

寮の中ではコソコソとしか会えなかったユウヒと、こんな堂々と並び立てる日がやってくるとは……。

「いくよ、ユウ」

そう声をかけ、俺はドアノブを引いた。
ちょうど、ピアノの演奏が途切れたタイミングだったようだ。
会場中の視線が、俺たち二人に注がれる。
一瞬、静寂が訪れたのち、感嘆の声が湧き上がった。

「うわー」
「めっちゃ、かわいい」
「誰だろ?素敵」
「お似合い」
「寮長、さすが!」

誰一人、青海波学園の二年A組の自宅生および帰宅部だと気が付いた者は、いない。
会場にいる女子高生たちの胸には黄色いコサージュがついていたが、ユウヒだけは赤いコサージュをしている。

主催寮寮長の招待だと一目で分かる印。
招待状だって、皆は銀色だったけれど、ユウヒだけが金色だった。
彼自身はその特別に気づかないままだろうが、俺は誇らしい気持ちでいっぱいだ。