寮長の隠しごと(一人部屋を死守したい寮長と、窓からやってくる美しき同級生)

「……ピピピ、ピピピ」

翌、火曜日の朝。
スマホのアラームが鳴り響き、いつもの時刻に目を覚ます。
窓の外からは太陽光が降り注ぎ、九月なのに今日も暑くなりそうだと思えた。

それよりも……。
どうして俺はラグの上で寝ているのだろう?
自分のベッドを見ると、綺麗に畳まれたタオルケットが置かれていた。

寝ぼけた頭が徐々に覚醒し、昨晩のことを思い出し顔をしかめる。
そうだ、オバケ騒動……。

トラブルの芽を隠蔽するため、この部屋に連れ帰ったあの男は、いつの間にか居なくなっていた。
いったい、どこから備蓄庫に侵入し、どこへ姿を消したのか。

……あんなに綺麗な顔なのに、見覚えがない男だというのも不思議だった。

男のことを考えると怒りよりも、可愛らしい笑顔や、ベッドの中で触れ合った体温が先に思い出され、心がザワザワと騒めく。
これは若干寝不足なせいだと頭を振り、洗顔するために廊下へ出た。

あぁ、できることならば、頭から水を被って、昨晩の温もりを忘れてしまいたい。

そもそも、どうしてこんなことになったのか……。
原因を辿れば昨日の朝、つまり二学期が始まって三週間ほど経った月曜日の朝へ、遡る。



地方都市にある青海波学園は、伝統を重んじる男子校で、わざわざ「あの学園に入れたい」と各地の名士が我が子を送り込んでくる人気校だ。

様々な伝統が引き継がれている学園の中でも、寮生が主体となって年に一回行う「夜会」は、地域の皆にも深く知られる一大イベントだ。
これは自宅生は参加することができず、寮生だけの行事である。

その夜会まで約三ヶ月と迫った朝食の席で、寮長である俺は挨拶をする必要があった。

食堂のテーブルでは、皆が席につき食事を始めていた。
すでに全員が、学園の制服に着替えている。
夏服は白シャツに紺色の千鳥格子柄ズボン。
胸ポケットに刺繍されている校章の色が、何年生かを示している。

「えー、おはようございます。檜垣寮の七十七代目寮長、成川(なるさわ)ハヤセです」

皆、眠そうな顔だけれど、パチパチと拍手をしてくれた。

「あ、どうぞ、食べながら聞いてくれれば大丈夫です。二学期が始まって少し経ちましたが、皆さんいかがお過ごしですか。一年生は学園にも寮にも慣れ、二学期はより充実した日々を過ごせるでしょう。三年生の皆さんは、いよいよ受験が近づいてきました。そして我々二年生は青春を謳歌するなら今がその時、といったところでしょうか」

寮の周りを囲んでいる太い樹々からは、つい最近まで蝉の大合唱が聞こえていた。
けれど、夏も終わろうとしている今、随分と弱々しくなり、季節は知らぬ間に進んでいく。

「二学期には、寮生活最大の行事が待ち構えています。籠目(かごめ)寮、立涌(たてわく)寮、檜垣寮の持ち回りで毎年開催される夜会ですが、今年は、檜垣寮の主催となります」

さっきより、大きな拍手が沸き起こる。
学園には三つの寮があり、校舎と全ての寮は、同じ敷地内に建てられていた。

「開催まで三ヶ月となった夜会準備には、皆さんの協力を仰ぐと思いますが、どうぞよろしくお願いします。以上です」

そこまで話し、俺も席に座る。
皆、海老とトマトのオムレツにトーストという朝食を食べながら、夜会の話で持ち切りになった。

俺は、皆に気づかれないよう、そっとため息をつく。
夜会を主催しなければいけない年に、寮長を引き受けたのは失敗だったかもしれない。
一人部屋欲しさに、率先して引き受けたことを、少しだけ後悔したくなる……。

いや、そんなことはない。
一年生のときの四人部屋は、一人時間を好む俺にとっては地獄のようだったから。

二年生の三人部屋も誰が相手だろうと嫌で、回避するために寮長に立候補したのだ。
さらに今年度寮長をしっかりと務め上げれば、功労賞ということで、三年生も二人部屋が免除され、一人で部屋を使わせてもらえる。

だから何としても、この一年間、トラブルを未然に防ぎ、夜会を成功させ、立派に寮長としての務めを果たしたいのだ。

デザートのヨーグルトを口に運んでいるとき、その話題が耳に届いた。

「ハヤセはあの噂聞いたか?」

俺と同じ二年生の男が面白そうに話題を振ってきた。

「何の噂?」

「檜垣寮の裏に物置があるだろ?」

「災害用の備蓄庫のことか?」

「そうそう。最近、夜になるとあそこに何かいる気配がするって、一年生の間で持ち切りだぞ」

「それはオカルト的な意味で?」

「たぶんな」

彼は幽霊のように、両手を胸の前で垂らしてみせる。
聞いていた皆は無責任に盛り上がった。

「オバケとか見てみてー」

「オマエ、そんなこと言ってると、祟られるぞ」

「夜会でフラれた女の子の生霊だったりして」

「ありえるー」

「明日にはその噂、全体に広がるだろうな」

こういうことは、一度騒ぎになってしまうと収拾に時間がかかる。

「あぁ。面倒だがなんとか対応しないと」

「大変だねぇ、寮長も」

俺が考え込んでいるうちに、オカルト話はいつの間にか夜会の話に戻っていた。



夕食の席でも、一年生の何人かが備蓄庫の話をしているのを耳にした。
俺は聞こえないふりをして、ことを大きくしないように努める。

夏も終わるのに、肝試し感覚で夜中に見に行ってみよう、なんて言い出す者が出る可能性もある。
そんな不届き者が現れる前に、俺が確かめに行くしかないだろう、と考えながら。

「ここいい?」

食堂には他にも空席があるのに、俺のことを何かと気にかけてくれる前寮長のタケル先輩が、俺の隣に座った。
普段は孤高を気取り、皆とほどほどの距離を築き上げている俺も、先輩のことは無下にできない。

「夜会の準備はどう?」

「まだ始まったばかり、という感じです。前日と前々日に開催の文化祭実行委員とは日程調整が上手く行き、了承を得ました」

「近隣の女子高生は招待状の配布がいつからだろって、ソワソワしてるはずだよ」

「十一月は、まだまだ先なのに……」

「困ったことや、気掛かりがあったら言ってね。ハヤセはなんでも自分でしようとするから、そういうの良くないよ」

「ありがとうございます」

タケル先輩が寮長のタイミングが、檜垣寮の夜会の持ち回りの年だったらよかったのに……。
彼は人望も厚く、人付き合いも上手いのだから。

「お先に失礼します」

俺は先輩が食べ終わるまで待って、席を立った。
先輩のように立派に振る舞うため、今夜のうちにオバケ騒動を片付けようと決意しながら。



そうして俺が備蓄庫へ見回りに行ったのは、この日の夜(月曜日深夜)の出来事だ。
まさか備蓄庫で眠る男を発見し、自室に連れて帰る展開になるとは想像もしていなかった……。

ザブザブと冷たい水で顔を洗い、取り乱した心を落ち着かせる。

備蓄庫にいた知らない男。
その後、俺の部屋で眠った美しい男。
挙句、俺のベッドに入ってきた暖かく柑橘系の香りのする男。

彼の温もりを頭から追いやり、自分を立て直す。
とにかくこのままには出来ない。
昨晩の男の正体を確かめるため、俺は行動を起こした。