寮長の隠しごと(一人部屋を死守したい寮長と、窓からやってくる美しき同級生)

(ユウヒ視点)

二次審査に参加した百六十人が集められ、合格者番号が読み上げられようとしている。
三次審査へ進めるのは、四十人のみ。
この場にいる全員が、緊張で強張った顔をしていた。

僕は悪い癖で、合否が分かる前から、自分の中で言い訳を連ねている。

ダンスを始めて三年しか経っていないのだから仕方ない。
四日前の夜に足を捻ってしまい、最後の追い込み練習ができなかったから仕方ない。
東京生まれ東京育ちの人とは、どうしたってレッスンのレベルに差ができるから仕方ない……。

「99番」

呼ばれる番号は僕の103番に近づいてきた。
いや、本音の本音では「絶対に受かりたい」と強く思っている。
ハヤセに「合格したよ」と報告するイメージだってできている。

ただ、ダメだったときのショックを和らげるため、防衛本能が予め言い訳を用意しているだけなのだ。
どうか、どうか……。

番号は随分と飛ばされる。

「106番」

一緒に踊った五人は、全員が不合格だった。
気持ちがスーッと冷めていく。
……ほらね、やっぱり。
バケモノみたいに上手い人ばっかりだったもん。

すでに用意していた言い訳が役に立って、僕のショックを和らげてくれた。
皆、「足を怪我していたから仕方ない」と言ってくれるだろう。
コーチも、受付のおばさんとして気にかけてくれる佐藤さんも。

涙など、少しも出てこなかった。

ダンススタジオへ連絡を入れたあと、一人、山手線で東京駅へ向かう。
車内では、ハヤセにどうやって伝えようか、そればっかり考えていた。

彼は、僕が踊っている配信は見てくれても、結果発表の時間帯までは見られないはず。
オーディエンス票を投じてくれただろうハヤセに、ちゃんと報告しなくては。
メッセージで済まそうと、何度も何度も、言い訳めいた文章を書いては消して、書いては消してを、繰り返した。

長く書いてみたり、短く簡潔にしてみたり。
『落ちちゃったけど、全然大丈夫』
違う……。僕がハヤセに伝えたいのは、そんなことではない。
そもそも、ハヤセには報告したいのではない。
……僕は今、彼の声が聞きたいのだ。

新幹線のぞみ号の指定席券を購入し、ホームに上がる。
発車までは、まだ十五分ほどあった。

『今、電話してもいい?』

そうメッセージを書いて、エイっと震える手で送信ボタンを押す。

『ちょっと待って、三分後に俺からかけ直す』

すぐに返信があったが、夜会の準備で忙しい時間だったのかもしれない。
ごめん、ハヤセ。

三分も待たずにスマホが震えた。

「もしもし」

あぁ、ハヤセの低く響くやさしい声だ……。

「もしもし……」

どうしてだろう。
言い訳で補強し、強くふるまえていた心の防御壁が崩壊し、涙声になってしまった。

「足の調子、良くなかった?」

察してくれたハヤセが、僕に気を遣いそう訊いた。

「違うんだ……、そうじゃ、ない……」

涙が、涙が止まらなくなってしまう。
ハヤセにだけは言い訳など言いたくない。

「さっき、レッスンスタジオにも、電話した。僕の結果を聞いて、受付のおばさんも、コーチも、みんな、足が本調子じゃなかったから、仕方ないって……言ってくれて」

「だって、怪我さえしなければ」

「違うんだ……。ハヤセ、違うんだ。僕、怪我をしたとき、本当は、少しだけホッとした」

こんな本心を言ったら軽蔑されるだろうか。
いや、ハヤセなら大丈夫。
僕のことを受け止めてくれる。

「え?」

「これで落ちても、足のせいに出来るって、実力が足りてないのに、足が痛かったことを、言い訳に使えるって、そう思った……」

「言い訳って……」

「本当に、バケモンみたいに上手いのが、いっぱいいたよ……。怖かった……。足を怪我してなかったら、きっともっともっと、怖かった……」

「ユウヒ……」

僕の名前を呼んでくれた彼の声は、非難でも、同情でもなく、とても温かかった。

悔しかったんだ。
そうか、だから僕は泣いているのか、とようやく気が付いた。

涙は、ポロポロと零れ続ける。
合格したかったな。
頑張ったのにな。
ハヤセも応援してくれたのに。

ホームですれ違う人々は皆、人目をはばからず泣く男を見て驚いた顔で通り過ぎてゆく。

『まもなく発車いたします。ご乗車の方はお乗りになってお待ちください』

「……涙って流すと、スッキリするものだね」

十分も泣いていたようだ。
その間、ハヤセはずっと黙って、スマホの向こうで寄り添ってくれていた。

「付き合ってくれて、ありがと。そろそろ新幹線が発車するから切るよ」

僕は新幹線の扉の前まで移動する。

「あのさ、ユウヒ」

ハヤセが僕を呼び止めた。

「結果がどうであれ、お礼に俺の願い事を一つ、叶えてくれるって言ったよな」

「あぁ、うん、言った気がする」

「明日、俺のために時間を作ってよ」

「え?でも明日って……」

寮生は明日は夜会のはずなのに、何を言い出すのだろう?

「これから、こっちに帰ってきて、ダンススタジオにも顔出すんだろ?」

「あ、うん。ちゃんと報告しに来るよう言われてる……」

「あの受付のおばさんに明日のこと、伝言しておくから」

「え?なに?どういうこと?」

なぜ、僕に直接ではなく佐藤さんを介してなのか?

『ドア閉めます、お急ぎください』

「乗り遅れるよ、ユウヒ。急いで。明日、会おうな」

新幹線に飛び乗った僕は、通話が切れたスマホをしばらく眺めていた。
 
ハヤセが言った明日のことが何なのか、少しも予想がつかないけれど、会えるのは素直にうれしい。
そして、涙を封じ込めずたくさん流したことで、僕の気持ちはだいぶ落ち着いてきた。

グゥーー。
途端に、お腹だって空いてくる。
でも……。
弁当も買わずに新幹線に乗ってしまったことに気がつき、僕は絶望するのだった。