十月に入り、ユウヒが月、水、金と泊まりに来ることが、すっかり日常になった。
夕方になると『今日泊まりに行く』と短いメッセージが届き、俺は『了解』とだけ返信をする。
そして寮の消灯後、窓を少しだけ開けてベッドで横になり、彼が忍び込んでくるのをじっと待つ。
ノックもなく入ってくるユウヒを、いつの間にか「おかえり」という言葉で迎え、「ただいま」と声が返ってくる習慣ができた。
更に俺は、彼にジャージのズボンとTシャツを貸すようになった。
学園の制服は、夏服から冬服に変わり、生地が厚くなった紺色の千鳥格子柄ズボンでは寝づらいだろうと思ったからだ。
ユウヒの私物も少しずつだが、俺の部屋へ置かれるようになった。
最初に置かれていたのは、スマホの充電ケーブル。
てっきり忘れていったのだと学園で返すと、彼は首を横に振る。
「それは予備のケーブルなんだ。ハヤセの部屋用にしようと思って」
「そうか」
そうか、じゃないだろ、と心の中ではちゃんと思っている。
ユウヒはあくまでも侵入者。
俺は寮長としてトラブルを防ぎたく、防災備蓄庫で寝られるよりましの、応急処置として彼を泊めているのだから。
少年漫画も、何タイトルか置かれるようになった。
「発売日だったからレッスン行く前に買ったんだけど、読み終わったからここに置いとくね。ハヤセも読んでいいよ」
「いや、十八巻だけ置かれても、俺一巻すら読んだことないし」
そう答えた俺に、自宅にある一巻から十七巻を何度かに分けて、わざわざ持ってきてくれた。
漫画を読む習慣がない俺も、勧められるままに手に取って、次巻が届くのを楽しみにしてしまったりする。
結局、小説ばかりだった本棚の一部に「ユウヒコーナー」を設けた。
替えの制服を、まるまる貸してやったこともあった。
大雨の夜にやってきたとき、いくら身軽なユウヒでも、流石に傘を差しながら塀は越えられなかったらしく、ずぶ濡れになっていた。
濡れた彼の制服をハンガーにかけ、カーテンレールに吊るしてやったが、ユウヒが朝の自主練に出掛けて行く時刻までには、乾きそうもない。
朝は相変わらず、俺の知らぬ早い時間に部屋を出て行く彼に、夜のうちに制服を貸し出した。
「ユウヒの身長って、俺より三センチくらい高いだけだろ?体格だってさほど変わらないし、俺のズボンやシャツでも違和感ないと思うんだ。とにかく着てみてよ」
「サンキュ!本当にハヤセはやさしいー」
しかし、貸してやった制服を彼が身に纏った姿に愕然とする。
まず、ズボンの丈が足りない。
明らかに三センチの身長差以上の問題だ。
つまり足の長さが違う。
さらに腕の長さも違っていて、ユウヒには俺のシャツの袖が、若干短い。
もっと言えば、胸筋だ。
シャツのボタンを彼が留めたとき、あまりにパツパツでびっくりした。
俺とユウヒでは筋肉量が全然違うのだと、思い知る。
「なんか、サイズ合ってないな……」
「ううん。これで大丈夫!問題ない。ありがとな。明日はこれを借りるよ」
彼は躊躇いもなくそう言ったけれど、俺はどうしてだろう、妙にドギマギとしてしまった。
ユウヒの肉体というものを変に意識し、彼が着替える姿から思わず目を逸らす。
男子校に通い、男子寮に入っている俺にとって、同性の裸など嫌というほど、見慣れているのに。
毎日、大浴場を使っていても、意識したことなんて、一ミリも無かったのに。
長い腕、長い足、鍛えられ盛り上がった筋肉。
浮き出た血管に、意外とゴツゴツした指。
長い首の上には、美しく可愛い顔がのっている。
身軽でリズミカルな身のこなしと、俺に向けられる眩しい笑顔。
キラキラしたONのときと、学園にいるOFFのメガネ姿とのギャップ……。
彼のことを、じっと見ていたくもあるし、目を逸らしたいほど苦しくもある。
ただ、その切なさに思わず彼の目の前でため息など零せば、「どうした?大丈夫?」とユウヒは訊いてくれる。
「伝統ある夜会の準備って、大変なんだろ?」
「あぁ、うん。でも、スタッフしてくれる子たち、皆やる気も責任感もあって問題なく進んでるから」
「そっか。さすが寮長って感じだね」
「ユウヒは?オーディションに向けたレッスンはどう?」
「残り一か月。今はとにかく怪我をしないようにって、思ってる」
「そうだね。それは大事だ。栄養も睡眠もしっかりとれよ」
俺は夜会、彼はオーディション。
まるで違う行事だけれど「本番」の日付は一日違い。
俺たちは互いを思いやり、その日へ向かって進んでいた。
そんな打ち解けたような俺たちだけれど、今も必ず、ユウヒにはタオルケットを貸し出している。
彼も必ず、ラグの上でリュックサックを枕に寝始める。
けれど、ふと目を覚ませば、ユウヒはいつも俺のベッドの中にいた。
俺のことを包むように背中から抱きしめていたり、俺の頭を胸に抱いていたり。
体温は交じり合い、互いに心地よい温かさを共有している。
ただそれに関して、お互い一度も話題にしたことがなかった……。
朝の練習へ向かうため、スマホのアラームを小さく振動させ、彼がベッドを出ていくのは、まだ陽が昇らない薄暗い頃。
俺は多くの場合、彼の起床に気が付かないし、もし目が覚めても、気付かないふりをして目を閉じている。
だからユウヒは、勝手にベッドに入り込んでいることを、俺に気付かれていないと思っている……のかもしれない。
いや、うーん、どうなんだろう?
この辺りはハッキリさせないほうがいい気がする。
このままもうしばらく、曖昧にしておきたい。
夕方になると『今日泊まりに行く』と短いメッセージが届き、俺は『了解』とだけ返信をする。
そして寮の消灯後、窓を少しだけ開けてベッドで横になり、彼が忍び込んでくるのをじっと待つ。
ノックもなく入ってくるユウヒを、いつの間にか「おかえり」という言葉で迎え、「ただいま」と声が返ってくる習慣ができた。
更に俺は、彼にジャージのズボンとTシャツを貸すようになった。
学園の制服は、夏服から冬服に変わり、生地が厚くなった紺色の千鳥格子柄ズボンでは寝づらいだろうと思ったからだ。
ユウヒの私物も少しずつだが、俺の部屋へ置かれるようになった。
最初に置かれていたのは、スマホの充電ケーブル。
てっきり忘れていったのだと学園で返すと、彼は首を横に振る。
「それは予備のケーブルなんだ。ハヤセの部屋用にしようと思って」
「そうか」
そうか、じゃないだろ、と心の中ではちゃんと思っている。
ユウヒはあくまでも侵入者。
俺は寮長としてトラブルを防ぎたく、防災備蓄庫で寝られるよりましの、応急処置として彼を泊めているのだから。
少年漫画も、何タイトルか置かれるようになった。
「発売日だったからレッスン行く前に買ったんだけど、読み終わったからここに置いとくね。ハヤセも読んでいいよ」
「いや、十八巻だけ置かれても、俺一巻すら読んだことないし」
そう答えた俺に、自宅にある一巻から十七巻を何度かに分けて、わざわざ持ってきてくれた。
漫画を読む習慣がない俺も、勧められるままに手に取って、次巻が届くのを楽しみにしてしまったりする。
結局、小説ばかりだった本棚の一部に「ユウヒコーナー」を設けた。
替えの制服を、まるまる貸してやったこともあった。
大雨の夜にやってきたとき、いくら身軽なユウヒでも、流石に傘を差しながら塀は越えられなかったらしく、ずぶ濡れになっていた。
濡れた彼の制服をハンガーにかけ、カーテンレールに吊るしてやったが、ユウヒが朝の自主練に出掛けて行く時刻までには、乾きそうもない。
朝は相変わらず、俺の知らぬ早い時間に部屋を出て行く彼に、夜のうちに制服を貸し出した。
「ユウヒの身長って、俺より三センチくらい高いだけだろ?体格だってさほど変わらないし、俺のズボンやシャツでも違和感ないと思うんだ。とにかく着てみてよ」
「サンキュ!本当にハヤセはやさしいー」
しかし、貸してやった制服を彼が身に纏った姿に愕然とする。
まず、ズボンの丈が足りない。
明らかに三センチの身長差以上の問題だ。
つまり足の長さが違う。
さらに腕の長さも違っていて、ユウヒには俺のシャツの袖が、若干短い。
もっと言えば、胸筋だ。
シャツのボタンを彼が留めたとき、あまりにパツパツでびっくりした。
俺とユウヒでは筋肉量が全然違うのだと、思い知る。
「なんか、サイズ合ってないな……」
「ううん。これで大丈夫!問題ない。ありがとな。明日はこれを借りるよ」
彼は躊躇いもなくそう言ったけれど、俺はどうしてだろう、妙にドギマギとしてしまった。
ユウヒの肉体というものを変に意識し、彼が着替える姿から思わず目を逸らす。
男子校に通い、男子寮に入っている俺にとって、同性の裸など嫌というほど、見慣れているのに。
毎日、大浴場を使っていても、意識したことなんて、一ミリも無かったのに。
長い腕、長い足、鍛えられ盛り上がった筋肉。
浮き出た血管に、意外とゴツゴツした指。
長い首の上には、美しく可愛い顔がのっている。
身軽でリズミカルな身のこなしと、俺に向けられる眩しい笑顔。
キラキラしたONのときと、学園にいるOFFのメガネ姿とのギャップ……。
彼のことを、じっと見ていたくもあるし、目を逸らしたいほど苦しくもある。
ただ、その切なさに思わず彼の目の前でため息など零せば、「どうした?大丈夫?」とユウヒは訊いてくれる。
「伝統ある夜会の準備って、大変なんだろ?」
「あぁ、うん。でも、スタッフしてくれる子たち、皆やる気も責任感もあって問題なく進んでるから」
「そっか。さすが寮長って感じだね」
「ユウヒは?オーディションに向けたレッスンはどう?」
「残り一か月。今はとにかく怪我をしないようにって、思ってる」
「そうだね。それは大事だ。栄養も睡眠もしっかりとれよ」
俺は夜会、彼はオーディション。
まるで違う行事だけれど「本番」の日付は一日違い。
俺たちは互いを思いやり、その日へ向かって進んでいた。
そんな打ち解けたような俺たちだけれど、今も必ず、ユウヒにはタオルケットを貸し出している。
彼も必ず、ラグの上でリュックサックを枕に寝始める。
けれど、ふと目を覚ませば、ユウヒはいつも俺のベッドの中にいた。
俺のことを包むように背中から抱きしめていたり、俺の頭を胸に抱いていたり。
体温は交じり合い、互いに心地よい温かさを共有している。
ただそれに関して、お互い一度も話題にしたことがなかった……。
朝の練習へ向かうため、スマホのアラームを小さく振動させ、彼がベッドを出ていくのは、まだ陽が昇らない薄暗い頃。
俺は多くの場合、彼の起床に気が付かないし、もし目が覚めても、気付かないふりをして目を閉じている。
だからユウヒは、勝手にベッドに入り込んでいることを、俺に気付かれていないと思っている……のかもしれない。
いや、うーん、どうなんだろう?
この辺りはハッキリさせないほうがいい気がする。
このままもうしばらく、曖昧にしておきたい。



