【流出映像】図書館の防犯カメラに、様子のおかしい学生が映っていた―市ヶ谷・外堀沿いの大学で起きていること―


 市ヶ谷、四谷、飯田橋……。

 私は震える指先でノートにその地名を書き連ね、地図アプリの無機質な画面にそれらを落とし込んでいった。

「……近い」

 吐息とともに漏れた言葉が、静まり返った書庫に溶ける。
 全ての地点は、半径2kmという狭隘(きょうあい)な円の中に収まっていた。それも、かつての江戸城外堀の曲線に沿うように、執拗なまでの正確さで重なっている。

 これは、決して別々の場所で起きた独立した事件ではない。
 この(いびつ)な円の内側で、目に見えない単一の事象が、場所を変えて繰り返し現出しているのだ。

 まるで、何かがこの土地の記憶に深く根を張り、地下から毒を吸い上げているかのように。

   *

【調査記録:2026年02月02日 21:44】
記録者:芦沢紗月
場所:X大学図書館 地下2階閉架書庫
現在の異変:視線・頭重

特記事項:
WEB小説『図書館の"あれ"』(著:中臣悠月)の舞台はX大学ではない。
しかし、記述される「感覚」の再現性が異常に高い。
複数の大学図書館(市ヶ谷、四谷、飯田橋)において、同一の「気配」が観測されている。

地理的共通点:
全て半径2km以内、外堀沿いに集中。
土地の性質に起因する可能性。

次のステップ:
外堀沿いの他の施設(高校、中学)でも同様の現象があるか調査。

   *

 私はブラウザに新しいタブを出し、検索窓に呪文を唱えるような心地で次々と言葉を打ち込んでいった。

「市ヶ谷 大学 図書館 頭痛」
「四谷 大学 書庫 異変」
「外堀 学校 怪談」……。

 暗い画面に浮かび上がる情報の断片は、今はまだバラバラに散らばったパズルのピースに過ぎない。けれど、私の指先に絡みついた細い糸は、確実にどこか一箇所へと繋がっている。

 この、胸を掻きむしるような不安の正体を暴かなければ、私は二度と陽光の下へは戻れないだろう。そんな予感が、暗い書庫の底で確信に変わっていった。

 そのとき、館内アナウンスが図書館の閉館を告げる。

「当館はまもなく閉館いたします。利用者の皆様は、速やかに身の回りの整理を行い、出口へ向かってください。なお、閉架書庫エリアの照明は順次消灯いたします。……繰り返します。当館は――」

 天井のスピーカーから降ってくる声は、ひどく平坦で、人間味を欠いていた。
 本やノートを片付けながら、ふいに強烈に違和感に襲われる。
 先ほどの防犯カメラ映像、あのタイムスタンプはどれも22時を過ぎていなかったか。
 なのに、なぜあの人たちは図書館にいたのだろう。

 本やノートを片付ける手が、ふいに止まった。
 強烈な違和感が、胃の底からせり上がってくる。

 ……おかしい。

 この大学図書館の閉館時間は22時ちょうどだ。21時45分には、今流れているこのアナウンスとともに、全ての利用者は出口へと促される。
 22時を過ぎた閉架書庫は、完全に無人になるはずなのだ。

 なのに、なぜ。
 なぜあの映像の中の人たちは、閉館時間を過ぎた闇の中で、あんなにも平然と「存在」していたのだろう。

「……っ」

 パチン、と乾いた音がして、一番奥の通路の照明が落ちた。
 それを合図にしたかのように、書庫の空気が一段と冷え込み、重い湿り気が肌を刺す。
 私は逃げるようにバッグを掴むと、まだ整理しきれていないノートを無理やり押し込み、出口へと急いだ。

 背後で、また一つ、照明が消える。
 闇が、執拗な速度で私の背中を追いかけてくるような気がした。
 
 重い防火扉を押し開け、エレベーターを待つ時間さえ惜しんで、私は階段を駆け上がった。一階のロビーに出ると、数人の学生がまばらに出口へと向かっているのが見えた。生きた人間の背中を目にして、震えが出るほどの安堵を覚える。

 自動ドアを抜け、夜の冷気に触れた瞬間、私は一度だけ振り返り、大学図書館の巨大な影を見上げた。
 窓の向こう、消灯されたはずの地下へ続く階段の踊り場に、一筋の影が落ちている。

 ……気のせいだ。

 私は自分に言い聞かせ、市ヶ谷の駅へと足早に向かった。
 外堀の暗い水面が、街灯の光を鈍く反射して、まるで巨大な黒い目が瞬きをしたように見えた。