1-3. 学内ネットワークを通じた聞き取り調査
【調査記録:2026年02月03日 10:15】
場所:自宅(X大学付近のワンルーム)
作業:学内ネットワークを通じた間接的な聞き取り調査
私は、普段は極力避けている他人への接触、すなわち聞き込みを開始した。
他人と話すことは、私にとって憂鬱なことだ。
言葉の裏にある、察するべき感情を読み取ることができない私は、会話の中で常に何かを取りこぼし、相手を不快にさせる。
だが、今は仕方がない。この現象について、直接的な証言が必要だ。
まず、先ほどのSNSログで「実際に地下4階へ行った」と噂されていた、社会学専攻の杉本先輩に接触を試みた。
【送信済みメッセージ:社会学専攻・杉本先輩(10:28)】
「突然のご連絡失礼いたします。私は、民俗学専攻の芦沢です。以前、院生グループSNSで話題になっていた『地下4階』での体験について、事実関係を確認したくご連絡しました。特に、そこで目撃されたという『見たこともない文字』について、覚えている範囲で教えていただけないでしょうか」
【返信:社会学専攻・杉本先輩(10:35)】
「ああ、あれね。Haru君が話しちゃったのか。……正直、思い出したくないんだけど。あれは漢字でもアルファベットでもなかったよ。AIが失敗した時の崩れた文字に似てた。ぐにゃぐにゃしてて、見てると平衡感覚がおかしくなるような。
それより、あの時聞こえた波の音みたいなのが、今でも耳から離れないんだ。ずっと、遠くで鳴ってる気がして。最近は図書館に近づくだけで頭痛がするから、研究室にも全然行けてない。
あの軍服を着たおっさんにまた怒られたらと思うと怖くてね
あの変なエレベーターに乗らなくても、なんだかこう、ざわつくっていうか。
自分一人で勉強してても、周りに何かの気配があるでしょう? どこかから視線を感じるというか。
あのおっさんに見張られてるのかな、って。
まあ、自分がちょっとおかしくなってるだけかもしれない」
軍服。視線。
中臣悠月の小説との共通項か。
――波の音。
中臣悠月の小説にはない新しい要素だ。
私は続けて、他の相手にも接触を試みる。
先ほどのSNSログに出ていた「マクレガーゼミの先輩」だ。
【送信済みメッセージ:比較文学専攻・葛西先輩(10:37)】
「突然のご連絡失礼いたします。私は、民俗学専攻の芦沢です。院生グループSNSで頭痛に悩んでいると聞きましたが体調はいかがでしょうか。学内、特に地下書庫で体調不良が起きるのではないでしょうか。頭痛以外の具体的な感覚があれば教えてください。また、他の方で同じような症状に悩んでいる方はいらっしゃいますか」
【返信:比較文学専攻・葛西(10:48)】
「芦沢さん、お久しぶり。珍しいね。それ、この辺の院生の間じゃ有名だよ。確かに、書庫にいると頭が痛くなる感じなんだよね。去年、私が修士論文の準備で地下書庫に詰めっぱなしだった時も、頭痛がひどくて、三日目くらいから目の奥を指でぐーっと押し込まれるみたいに重くなって。眼精疲労だと思って目薬差したけど、全然効かなかった。微熱も出てきたかな。
でも、図書館に行かず、家で休んでるとよくなるんだよね。あれ不思議だよね。単なるサボり癖かもしれないね。
あと、あの図書館って、人がいないのに足音とかするのも嫌じゃない?
自分一人なのに、どこかから視線を感じるし。え、しない?
う~ん、他の人といえば……確か、日本史専攻の遠藤が、図書館に行くと具合が悪くなるって言ってたと思う。聞いてみたらどうかな」
やはり、頭痛だ。そして、視線。
次に、日本史専攻の遠藤先輩に声をかけた。
【送信済みメッセージ:日本史専攻・遠藤先輩(10:50)】
「突然のご連絡失礼いたします。私は、民俗学専攻の芦沢です。比較文学専攻の葛西先輩から、遠藤先輩が図書館に行くと体調を崩すと伺いました。その詳細な症状を教えていただけますか」
【返信:日本史専攻・遠藤先輩(11:05)】
「あそこに行くと酔うんだよ。資料を探して棚の間に立ってると、突然、平衡感覚がなくなる。
視界がぐにゃっと歪むんだ。まるで船酔いみたいに。
で、後ろから視線を感じる。
なんだか、いろいろ変な感覚なんだ。
三半規管がおかしくなったのかなって思ってた。
確か、日本文学専攻の院生も同じ症状だって言ってた。病院に行ったけど、『異常なし。ストレスでしょう』で片付けられたってさ」
【分析】
中臣悠月の小説、そして学内での証言を下記に比較する。
軍服:杉本先輩の証言と一致。
頭痛:葛西先輩の証言と一致。
微熱:葛西先輩の証言と一致。
視線:全員の証言が一致。
波の音: C先輩による新情報。
※体調不良を感じた者は、その前に何者かの視線を感じている。
単なる疲労や不定愁訴であれば、これほど細部まで一致することはないだろう。
これは外部から、何らかの物理的な干渉が起きているのではないか。
私はさらに外側――大学の外へと捜査の手を伸ばす。
