1-1. 中臣悠月の記憶の欠落
【調査記録:2026年02月03日 00:45】
記録者:芦沢紗月
作業内容:中臣悠月『【実話怪談】図書館の"あれ"』精読
自宅に帰ってから、私は、中臣悠月の小説を、最初から最後まで読み終えた。
電車の中で一度目を通した時とは違う。今度は一文字一文字、その行間に隠された「毒」を抽出するように精読した。
そして、最も重要なのは第5話――2024年9月18日の追記だった。
『第4話をアップしようとしたとき、なぜかエラーが起きて一度文章がすべて消えてしまった。こんなことは初めての経験だ。』
『何か大切なことが抜け落ちているのではないか?』
『思い出せない……思い出せない……思い出せない……思い出せない……思い出せない……思い出せない…………』
この反復。
これは演出ではない。
中臣悠月は、本当に「思い出せない」のだ。
第4話で彼女が書こうとしたこと――それは「彼女の遺族から送られてきた本」についてだったはずだ。
だが、その本に何が書かれていたのか、彼女は思い出せない。
いや、正確には「思い出すことを阻害されている」。
これは記憶の欠落ではなく、記録能力の物理的な破壊だ。
中臣悠月は、2017年の時点では「私はいま幸いにも生きながらえている」と書いた。
彼女は図書館の書庫にあまり長く留まらなかったため、N先輩のように脳腫瘍になることも、Kさんのように精神を病むこともなかった。
だが、2024年――7年後――彼女の脳は、何かに侵されている。
「思い出せない」という言葉が、制御を失ったように連続する。
これは、彼女が「境界」に引き込まれつつあることの証左ではないのか。
『目が……、どこを見ているかわからないっていうんですかね。焦点が合っていない……。半年であんなになってしまうなんて』
最後にKさんを見たという人物の証言を読んだ瞬間、私の指先が凍りついた。
「……同じではないか?」
脳裏に、先ほどSNSで送られてきた画像が嫌な鮮明さでフラッシュバックする。
壁と一体化するような奇行。
図書館の床に座り込む奇行。
そして、通路の真ん中で、首を直角に折り曲げて座り込んでいた、あの学生。
顎が外れるほど大きく開かれた口と、焦点の定まらない、虚空を見つめていたあの目。
確かに、あの目は、小説の中に描かれたKさんのように、焦点がどこにも定まっていなかった。
数年前に中臣悠月の周りで起きた「Kさんの症例」が、今、私の通う大学の防犯カメラに、より深刻な形で現れているのではないか。
しかし、どうして……?
違う大学なのに同じような症状が現れるのだろう。
彼女が通っていた大学は、「英霊」と呼ばれる方たちを祀った大きな神社のすぐ隣にあり、図書館の閉架書庫は、ちょうどその神社とは細い道を挟んだすぐ裏手に建っていたという。
X大学は、英霊を祀る神社と接しているわけではない。
共通項はただ一つ。市ヶ谷から四谷にかけて広がる「外堀」の近くであるということだけだ。
原因について探るのは、いったん置いておこう。私はペンを取り、中臣悠月の小説から抽出した症例を、いつものように表形式で整理した。可視化しなければ、この恐怖に飲み込まれる。

【症例の比較と分類】
共通点:全て頭部に異常が出ている。N先輩は脳腫瘍、Kさんは目の異常、中臣悠月は記憶障害。そして、滞在時間が長いほど症状が重篤化している。
【中臣悠月の症状の進行】
2017年:原因不明の発熱、精密検査(異常なし)→ 生存
2024年:記憶の欠落、思考の混濁 → 進行中
中臣悠月の症例は特殊だ。彼女は図書館にあまり留まらなかったにもかかわらず、症状が進行し、7年後に記憶障害が発生している。これは何を意味するのか。
中臣悠月は、この現象について小説を書き、投稿し、コメントを読み、追記を重ねた。彼女は物理的には図書館を離れていても、精神的には常にこの現象と「接続」していたのだ。その接続が7年間続いた結果、記憶という認識機能が破壊された。
この障りは滞在時間だけではなく、関与の深さにも比例するのではないか。
つまり、この現象について調べること自体が、呪いを引き寄せる。
仮説:この障りは、物理的な滞在時間だけでなく、「意識の接続時間」にも比例する。
知ろうとすること、記録しようとすること、それ自体が――
ならば、私は?
私もまた、今この瞬間、この現象について調べ、考え、記録している。
この症例表を作っている間も、私は「接続」し続けている。
私は、自分の右目の奥がズキンと脈打つのを感じた。
私も、既に巻き込まれているのではないか。
視界の端に、水面のような揺らぎが広がる。
引き返せない。
考えが、止まらない。
考えが、勝手に進んでいく。
【調査記録:2026年02月03日 00:45】
記録者:芦沢紗月
作業内容:中臣悠月『【実話怪談】図書館の"あれ"』精読
自宅に帰ってから、私は、中臣悠月の小説を、最初から最後まで読み終えた。
電車の中で一度目を通した時とは違う。今度は一文字一文字、その行間に隠された「毒」を抽出するように精読した。
そして、最も重要なのは第5話――2024年9月18日の追記だった。
『第4話をアップしようとしたとき、なぜかエラーが起きて一度文章がすべて消えてしまった。こんなことは初めての経験だ。』
『何か大切なことが抜け落ちているのではないか?』
『思い出せない……思い出せない……思い出せない……思い出せない……思い出せない……思い出せない…………』
この反復。
これは演出ではない。
中臣悠月は、本当に「思い出せない」のだ。
第4話で彼女が書こうとしたこと――それは「彼女の遺族から送られてきた本」についてだったはずだ。
だが、その本に何が書かれていたのか、彼女は思い出せない。
いや、正確には「思い出すことを阻害されている」。
これは記憶の欠落ではなく、記録能力の物理的な破壊だ。
中臣悠月は、2017年の時点では「私はいま幸いにも生きながらえている」と書いた。
彼女は図書館の書庫にあまり長く留まらなかったため、N先輩のように脳腫瘍になることも、Kさんのように精神を病むこともなかった。
だが、2024年――7年後――彼女の脳は、何かに侵されている。
「思い出せない」という言葉が、制御を失ったように連続する。
これは、彼女が「境界」に引き込まれつつあることの証左ではないのか。
『目が……、どこを見ているかわからないっていうんですかね。焦点が合っていない……。半年であんなになってしまうなんて』
最後にKさんを見たという人物の証言を読んだ瞬間、私の指先が凍りついた。
「……同じではないか?」
脳裏に、先ほどSNSで送られてきた画像が嫌な鮮明さでフラッシュバックする。
壁と一体化するような奇行。
図書館の床に座り込む奇行。
そして、通路の真ん中で、首を直角に折り曲げて座り込んでいた、あの学生。
顎が外れるほど大きく開かれた口と、焦点の定まらない、虚空を見つめていたあの目。
確かに、あの目は、小説の中に描かれたKさんのように、焦点がどこにも定まっていなかった。
数年前に中臣悠月の周りで起きた「Kさんの症例」が、今、私の通う大学の防犯カメラに、より深刻な形で現れているのではないか。
しかし、どうして……?
違う大学なのに同じような症状が現れるのだろう。
彼女が通っていた大学は、「英霊」と呼ばれる方たちを祀った大きな神社のすぐ隣にあり、図書館の閉架書庫は、ちょうどその神社とは細い道を挟んだすぐ裏手に建っていたという。
X大学は、英霊を祀る神社と接しているわけではない。
共通項はただ一つ。市ヶ谷から四谷にかけて広がる「外堀」の近くであるということだけだ。
原因について探るのは、いったん置いておこう。私はペンを取り、中臣悠月の小説から抽出した症例を、いつものように表形式で整理した。可視化しなければ、この恐怖に飲み込まれる。

【症例の比較と分類】
共通点:全て頭部に異常が出ている。N先輩は脳腫瘍、Kさんは目の異常、中臣悠月は記憶障害。そして、滞在時間が長いほど症状が重篤化している。
【中臣悠月の症状の進行】
2017年:原因不明の発熱、精密検査(異常なし)→ 生存
2024年:記憶の欠落、思考の混濁 → 進行中
中臣悠月の症例は特殊だ。彼女は図書館にあまり留まらなかったにもかかわらず、症状が進行し、7年後に記憶障害が発生している。これは何を意味するのか。
中臣悠月は、この現象について小説を書き、投稿し、コメントを読み、追記を重ねた。彼女は物理的には図書館を離れていても、精神的には常にこの現象と「接続」していたのだ。その接続が7年間続いた結果、記憶という認識機能が破壊された。
この障りは滞在時間だけではなく、関与の深さにも比例するのではないか。
つまり、この現象について調べること自体が、呪いを引き寄せる。
仮説:この障りは、物理的な滞在時間だけでなく、「意識の接続時間」にも比例する。
知ろうとすること、記録しようとすること、それ自体が――
ならば、私は?
私もまた、今この瞬間、この現象について調べ、考え、記録している。
この症例表を作っている間も、私は「接続」し続けている。
私は、自分の右目の奥がズキンと脈打つのを感じた。
私も、既に巻き込まれているのではないか。
視界の端に、水面のような揺らぎが広がる。
引き返せない。
考えが、止まらない。
考えが、勝手に進んでいく。
