どすこいラブリーちゃん

こちらは、私の出身地である●●県婀娜多村における地域文化とその変遷についての調査記録です。
以前のブログが諸事情により削除されてしまったため、新しいブログを作成させていただきました。
過去記事は左記リンクにまとめてありますので、よろしければご覧ください。→【過去投稿まとめ】
いずれ論文用に整理する予定ですが、現時点では備忘録として全体公開します。

本記事では、婀娜多村共同体における「清め」の機能と、
その実践過程におけるスケープゴーティングの実例を扱います。

対象は、私が小学生であった当時、同級生の一人に対して行われた排除行動です。

彼女には、当時「ラブリーちゃん」という蔑称が与えられていました。

この呼称を最初に使用したのは、私です。

理由は単純でした。
彼女は緊張や恐怖で失禁することがありました。
私はそれを揶揄し、「いつもブリブリ漏らしているからラブリーちゃんだ」と発言しました。
語感の軽さと、言葉のリズム。私は笑いが起きることをほぼ確信していました。

結果として、教室は爆笑に包まれました。ラブリーちゃんは大泣き。
私は、場を掌握した達成感を覚えました。

この瞬間から、呼称は固定化されました。
以後、彼女の本名が教室で呼ばれることはほとんどなくなりました。

私自身の名誉のために記載させていただきますが、
直接暴力を振るったり、手を下したり、物を隠したことは一度もありません。

しかし、嫌がらせの多くは、私の提案から始まりました。

例えば、
・彼女の上履きの中にネズミの死骸を入れること
・机の中に腐った給食を入れること
・体育の時間、ボールを意図的に顔面へ集中させること

私はそれらをクラスメイトに「提案」しました。

実行は、主に男子が行いました。私はその場にいないことのほうが多かったと思います。

図書室で本を読むことが好きでした。
放課後の音楽室でピアノを弾くことが好きでした。

私は常に「直接関与していない位置」にいました。

それでも、翌日、クラスメイトたちから結果を聞くのを楽しみにしていました。