どすこいラブリーちゃん

空気がしんと静まり返る。

「凶作があれば、【誰かが穢れを持ち込んだ】。災害があれば、【あの家が不吉だった】。病が流行れば、【異質な者が災いを連れてきた】。外部に発散できないから、内内で呪いを消化するしかない。そのための物語です。」

「それって、所謂スケープゴートってことですか。」
「ええ。ただし固定ではない」

彼はまっすぐ私を見る。

「特定の家系が永遠に呪われるわけではない。その時々で、【最も孤立している者】が選ばれる。言い返さない者。よそ者。浮いている者」

胸が冷たくなる。

「それを、清めと呼ぶのです」
「清め?」
「ターゲットを叩くことが、村を浄化する行為になる」

声は穏やかなのに、内容は凄惨だった。

「父から聞きました。過去には、裏山に全裸で吊るされ、体中に罵倒を書かれた者もいる。肥溜めに落とされ、不浄を【摂取】させられた例もある。穢れを吸わせる器として。」

言葉を失う。

「鬼塚一家も?」

彼はゆっくり頷いた。

「鬼塚家は、この村にとって、格好の【よそ者】でした。しかも、鬼塚家は娘を全く庇わなかった。むしろ積極的に人質に出すような夫婦でした。ですから、清めの対象はいつでも愛さんだったと伺っています」

私は二人きりの、あの教室での光景を思い出す。

【消えろ、消えろ、消えろ、消えろ】

「父は死に際、非常に後悔していました。鬼塚家への仕打ちを見て見ぬふりし続けたことを。この病はきっと天罰だ、と。だから私は、私の代で、この蛮行を終わらせたいと思いました。」
「それで…この村全体を、再開発をしようと思い立ったのですか?」
「いいえ。再開発自体は、私の判断ではありません。偶然のように始まりました。この村と縁のない、大手企業が主体で行ったものです。沼地を埋め立て、排水を整備し、住宅街をコテージに転換しました。すると、原因不明の体調不良はぴたりと減りました。」
「…それってもしかして、真壁さんの寄生虫の仮説が当たっていたのではないですか?」
「可能性はありますね。しかし、真相はよく分かりません。少なくとも、村人はそう理解しなかったようですよ」

「どう理解したんですか?」

「清めが効いた、と理解しました。」

背筋が凍る。

土地を整備したから病が減ったのではなく、鬼塚家が消え、
【穢れを排除したから】事態が好転したのだと、そう捉えているということか。
業を煮詰めたような村だ。

私は真壁をただ見つめることしかできなかった。言葉が出なかった。
沈黙が重たく落ちる。

いたたまれなくなり、間を繋ぐために、おもむろに私はバッグからタブレットを取り出した。

「あの……これを見てほしいんですけど」

例のブログを開く。

「これは、私の成りすましが書いたブログです。読んでみていただけませんか」
「あなたの成りすまし?…ああ、以前この村で暴れまわった方でしょうか。」
「はい。その成りすましこそが、鬼塚愛本人だと思うのですが……確証が得られないんです。この部分を読んでみていただけませんか」

私はタブレットを真壁の方に差し出した。

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 人口推移の急減について検索を続けているうちに、婀娜多村を扱ったブログに行き当たりました。
 ※現在は閉鎖されていますが、ウェブアーカイブ上に一部が保存されています。

 内容は、村の日常や祭事を淡々と記録するものでした。
 しかし、村公式のサイトというわけではなく、あくまで個人ブログの体裁でした。

 2019年の夏から秋にかけて、記事の更新頻度が急増しています。
 タイトルはほぼ同じ形式でした。
 「○月○日 ◯◯様ご逝去」
 短い経歴と、年齢。家族構成。
 そして、喪主の名前。それが、十数件続いていました。

 それだけでも奇妙ですが、死亡者の年齢層も気になりました。
 確かに高齢者が大半を占めていますが、私の同級生だった人間の名前も、散見されました。

 見覚えのある名前がいくつも並んでいます。

 同級生の家族。
 同級生本人。
 近所の商店の主人。
 小学校の用務員

 そして、その中に見慣れた苗字がありました。

 【鬼塚】

 その姓を目にした瞬間、私はスクロールを止めました。
 名簿には、夫婦の名前が並んでいました。
 鬼塚 涼雅。鬼塚 舞。いずれも2019年8月に死亡しています。

 その家には、娘がいました。

 【鬼塚 愛(おにづか・あい)】

 私の小学生時代の同級生です。

 (中略)

 そして何より異様なのは、あれほど教室の中心にいた鬼塚愛の名前が、村の死亡者名簿には載っていないという事実です。

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「この部分を見るに、鬼塚愛自身はまだどこかで生きていて、私になりすまし、こんなブログを書いているんだと思うんです。」
「随分と具体的な内容が書かれていますね」
「はい。」
「このブログに記載のある【ウェブアーカイブ】というのは?」
「すみません。検索してみたんですけど、該当するものはなかったんです。おそらくもう消されてしまったのかなと思っていて…」
「いや、消されたとは考えづらいですね。このブログの投稿日はつい最近ですよね?その間にアーカイブが消されたというのはちょっと無理があるでしょう。」
「確かにそうですね…」

真壁さんに主導権を握られながら、徐々に話が進んでいく。

「河田さんの検索方法に不備がないと仮定するならば、ウェブアーカイブ自体、もともと存在しない可能性が高いです。そもそも死者の名簿を、ネットという不特定多数の目に触れる場所にさらしておくのは不自然です。個人情報漏洩で罰されるリスクもあります。」
「確かに…」
「少し、時間をかけて読んでもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」

そう言いながら真壁は、タブレット上に浮かぶブログの文章を、指でなぞるように確認していく。
私は自分のスマートフォンをいじりながら、時間が過ぎるのを待っていた。

真壁の動きが途中で止まった。

「……なるほど」

彼は立ち上がり社務所の奥へ消えた。
すぐにノートパソコンを持って戻ってくる。

「父の死後、私は独自に亡くなった方の情報を整理しました。公表資料、葬儀記録等を照合したものです。もちろん個人情報にあたる情報ですから、ネット等には掲載していません。河田さんにも一覧をそのままお見せすることはできませんが……このリストの中に、鬼塚家のご両親の名はあります。ですが、鬼塚愛さんの名前はありません。」

「……やっぱり。」
「はい。鬼塚愛さんは、間違いなく死亡届が出ていません。少なくとも、この村の中では」
「でも、村のおばあさん……広尾さんという方なんですけど、その方は【鬼塚家は流行り病で全滅した】と言っていました。」
「広尾さんから聞いたんですね。そうですか……あの婆さん、相変わらずですね……。きっと、広尾さんは【そういうこと】にしたいのかもしれませんね。」

真壁の声はとても冷ややかだった。

鬼塚愛は生きている。村の内部事情も知っている。
そして、私になりすましながら、その記憶をブログへ連ねている。