どすこいラブリーちゃん

私の通っていた小学校は、1学年七名しかいませんでした。
全校生徒を合わせても百人に満たない、老朽化の進んだ小さな校舎です。
その規模であれば、誰がどんな粗相したか、誰が泣いたかまで、自然と共有されます。

クラスに一人は、どうしても目立ってしまう子がいます。
鬼塚愛は、そういう子でした。

成績は振るわず、運動も得意ではありませんでした。
お腹が弱く、人前で体調を崩すことが多い子でした。
どんなに忖度しても可愛いとは言えない顔貌で、体格は同年代より明らかに大きく、
視力が悪かったため、厚いレンズの眼鏡をかけていました。

それだけのことですが、七人の教室では「十分」でした。

いつからか、彼女は本名では呼ばれなくなりました。
名前をもじった呼称が定着し、それは次第に、本人の前でも公然と使われるようになりました。

「ラブリーちゃん」

愛称というよりも、侮蔑のようなものでした。

当時の私は、それを止めませんでした。止めなかったというより、傍観していました。
私は、彼女をからかう同級生を軽蔑すると同時に、婀娜多村そのものを軽蔑していたように思えます。

あの村には娯楽がありません。
外へ出る術もありません。
退屈と閉塞が、子どもを奇妙に団結させます。

まず、1学年七人という数字が良くないのです。
少なすぎるし、誰か一人が余る。

余った者は、共有されます。

教師は気づいていたはずです。
保護者も、おそらく。

けれど、あの村では、波風を立てないことが最優先でした。
問題は、存在しないことになっていました。

私はあの環境を異常だと感じながらも、そこに属していました。

そして何より異様なのは、あれほど教室の中心にいた鬼塚愛の名前が、村の死亡者名簿には載っていないという事実です。

彼女の両親は2019年、同時期に亡くなっています。
彼女だけが、記録から滑り落ちていました。