「え?」
広尾さんは素っ頓狂な声を出して驚く。
しかし私には確信があった。
ブログに書かれていた一文。
【日直で帰りが遅くなった日、一度だけ、放課後の教室で彼女と二人きりになったことがあります。 ラブリーちゃんはは自分の机を雑巾で拭いていました。ブツブツ呟きながら、執拗に、何度も、同じ場所を。 彼女に少し近づくと、 「消えろ、消えろ、消えろ、消えろ」 と言っていることが分かりました。 その声は感情を排した機械的な反復でした。彼女の太い指が雑巾を握りしめ、机の一か所を何度も擦る。 ラブリーちゃん自身の脂と、誰かがこぼした牛乳か何かが混ざり合い、異様な死臭のようなものを放っていました。 私がその横を通り過ぎようとした瞬間、ラブリーちゃんの手がピタリと止まりました。 「河田美和。お前も消えろ。」 分厚い眼鏡の奥の、焦点の合わない瞳が私を捉えた気がして、私は思わず足早に教室を去りました。】
私にもはっきりと覚えがあった。
放課後。西日の強い教室の中で二人きりのタイミングで、ラブリーちゃんから「お前も消えろ」と言われた。
あの出来事を知っているのは、私か、もしくはラブリーちゃんだけのはずだ。
あのブログが書けるのは、ラブリーちゃんだけだ。
そして私に成りすまして嫌がらせを繰り返しているのは、ラブリーちゃんだ。
「愛さんの死亡届は、出てるんですか」
「さあ~…そこまでは分からないわ。私、お葬式に行ってないし。多分…村の人間であそこの葬式に行こう、なんて人いなかったんじゃないかね。あの一家、もともと浮いてたしねぇ」
浮いていた。
だから、確かめもしなかった。
「広尾さん、鬼塚さんの家、今も残っていますかね?」
「いやいや、あの辺の住宅街は、ぜーんぶコテージになっちゃったんじゃないかねえ。」
「広尾さん。鬼塚さん一家が亡くなったって、その話、誰から聞いたんですか?」
広尾さんは首をかしげる。
「ええとねぇ……役場の人が、流行り病で亡くなったって言ってたような……いや、誰だったかねぇ……」
「病名は?」
「そこまでは……ほら、あの頃は色々あったでしょう?村でも亡くなる人が何人も出ちゃってねぇ」
私は息を止める。
「すでに何人も亡くなっていたんですね。」
「そうそう。あの年はね、村で急に亡くなった人が続いたのよ。水が悪いとか、年寄りばかりだから仕方ないとか、色々言われてたけど」
水。
その単語に、背中がぞわりとした。
「水が悪いって、それはどういう意味ですか?」
「ちょっと、ばあさん相手にそんながっついて聞かれても、困っちゃうよ。水が悪いっていうのは、腐ってるとか濁ってるとかそういうことじゃないのかね。詳しくは知らないよ。」
「…そうですか。すみません。取り乱しました。…それでしばらくして、鬼塚さんちの家一帯は、コテージになったんですね」
「うん、あの辺り一帯がね」
「いつ頃ですか」
「みんなが亡くなったあとちょっとしてからだから……2022年か、2023年くらいかねえ…村おこしだって」
私は、喉がひくりと鳴るのを感じた。
大量死の翌年に、住宅街が取り壊され、観光用コテージへ転換。すべてがうやむやなままで。
「広尾さん」
私はできるだけ穏やかに聞いた。
「その大量死について、未だに原因を追っている人っていますかね?」
「……どうだろうね。」
「もし知っているなら教えてください。お願いします。」
広尾さんの顔色が、すっと変わった。
「あのねえ、そんな話、深追いするものじゃないよ」
声が低くなる。
「急に胃腸にくる病が流行ったから、水や食べ物に何か入れられたんじゃないかって、当時ちょっと騒ぎになったのは本当だよ。水から変な臭いがするって言ってる人もいたね。まあ、私は正直、水の臭いなんか分からなかったけど。結局、それらしい証拠は出なかった。村の外に広まるとそれはそれで困るから、役場も警察も大事にしなかったんだよ」
「そう…なんですか。」
「わたしから話せるのはこれくらいだよ、本当に。勘弁しておくれ。」
広尾さんは素っ頓狂な声を出して驚く。
しかし私には確信があった。
ブログに書かれていた一文。
【日直で帰りが遅くなった日、一度だけ、放課後の教室で彼女と二人きりになったことがあります。 ラブリーちゃんはは自分の机を雑巾で拭いていました。ブツブツ呟きながら、執拗に、何度も、同じ場所を。 彼女に少し近づくと、 「消えろ、消えろ、消えろ、消えろ」 と言っていることが分かりました。 その声は感情を排した機械的な反復でした。彼女の太い指が雑巾を握りしめ、机の一か所を何度も擦る。 ラブリーちゃん自身の脂と、誰かがこぼした牛乳か何かが混ざり合い、異様な死臭のようなものを放っていました。 私がその横を通り過ぎようとした瞬間、ラブリーちゃんの手がピタリと止まりました。 「河田美和。お前も消えろ。」 分厚い眼鏡の奥の、焦点の合わない瞳が私を捉えた気がして、私は思わず足早に教室を去りました。】
私にもはっきりと覚えがあった。
放課後。西日の強い教室の中で二人きりのタイミングで、ラブリーちゃんから「お前も消えろ」と言われた。
あの出来事を知っているのは、私か、もしくはラブリーちゃんだけのはずだ。
あのブログが書けるのは、ラブリーちゃんだけだ。
そして私に成りすまして嫌がらせを繰り返しているのは、ラブリーちゃんだ。
「愛さんの死亡届は、出てるんですか」
「さあ~…そこまでは分からないわ。私、お葬式に行ってないし。多分…村の人間であそこの葬式に行こう、なんて人いなかったんじゃないかね。あの一家、もともと浮いてたしねぇ」
浮いていた。
だから、確かめもしなかった。
「広尾さん、鬼塚さんの家、今も残っていますかね?」
「いやいや、あの辺の住宅街は、ぜーんぶコテージになっちゃったんじゃないかねえ。」
「広尾さん。鬼塚さん一家が亡くなったって、その話、誰から聞いたんですか?」
広尾さんは首をかしげる。
「ええとねぇ……役場の人が、流行り病で亡くなったって言ってたような……いや、誰だったかねぇ……」
「病名は?」
「そこまでは……ほら、あの頃は色々あったでしょう?村でも亡くなる人が何人も出ちゃってねぇ」
私は息を止める。
「すでに何人も亡くなっていたんですね。」
「そうそう。あの年はね、村で急に亡くなった人が続いたのよ。水が悪いとか、年寄りばかりだから仕方ないとか、色々言われてたけど」
水。
その単語に、背中がぞわりとした。
「水が悪いって、それはどういう意味ですか?」
「ちょっと、ばあさん相手にそんながっついて聞かれても、困っちゃうよ。水が悪いっていうのは、腐ってるとか濁ってるとかそういうことじゃないのかね。詳しくは知らないよ。」
「…そうですか。すみません。取り乱しました。…それでしばらくして、鬼塚さんちの家一帯は、コテージになったんですね」
「うん、あの辺り一帯がね」
「いつ頃ですか」
「みんなが亡くなったあとちょっとしてからだから……2022年か、2023年くらいかねえ…村おこしだって」
私は、喉がひくりと鳴るのを感じた。
大量死の翌年に、住宅街が取り壊され、観光用コテージへ転換。すべてがうやむやなままで。
「広尾さん」
私はできるだけ穏やかに聞いた。
「その大量死について、未だに原因を追っている人っていますかね?」
「……どうだろうね。」
「もし知っているなら教えてください。お願いします。」
広尾さんの顔色が、すっと変わった。
「あのねえ、そんな話、深追いするものじゃないよ」
声が低くなる。
「急に胃腸にくる病が流行ったから、水や食べ物に何か入れられたんじゃないかって、当時ちょっと騒ぎになったのは本当だよ。水から変な臭いがするって言ってる人もいたね。まあ、私は正直、水の臭いなんか分からなかったけど。結局、それらしい証拠は出なかった。村の外に広まるとそれはそれで困るから、役場も警察も大事にしなかったんだよ」
「そう…なんですか。」
「わたしから話せるのはこれくらいだよ、本当に。勘弁しておくれ。」
