佐藤先輩と私は、もともと折り合いがかなり悪かった。
理由は明確だった。
佐藤先輩が想いを寄せていた人と、私が、付き合ってしまったからだ。
付き合いはじめたのは2年前。それから1年足らずで、彼とは別れた。
別に佐藤先輩から略奪したわけではない。
片思いの相手が別の人と付き合ってしまった、というよくある失恋話だ。
にも拘わらず何かとつっかかってくる佐藤先輩には、正直嫌気がさしていた。
けれど、なるべく波風立てずになんとかやってきたつもりだ。
先輩はスマートフォンをバッグにしまい、肩をすくめた。
「まあ、違うなら違うでいいけどさ。とにかくゼミ仲間は巻き込まないでよ」
それだけ言い残して、廊下の向こうへ消えていった。
私はその場に立ち尽くした。
恨み?
私は人当たりがいいタイプではないし、まったく心当たりがないわけではない。
だが、ここまで執拗な恨みを買った覚えはない。
スマートフォンを取り出し、自分のXを開く。通知は、通常通りだった。
リプライも、引用も、荒れてはいない。検索欄に、例の偽アカウントIDを打ち込む。
【Kawayamiwa0510】
――存在しません。
凍結か、削除か。
わずか数時間で痕跡を消している。
私はその場で、スクリーンショットを撮った。自分のIDも、プロフィールも。
証明のため。
けれど、何の証明になるのか分からない。
大学の廊下は、いつもと変わらないざわめきに満ちている。
なのに、自分だけが透明な膜の内側に閉じ込められたようだった。
そのとき、スマートフォンが震えた。
知らない番号からの着信。
一瞬ためらい、通話ボタンを押す。
「……はい」
数秒、無言。その後、女の声がした。
若い。落ち着いている。
「××大学の河田美和さんですよね」
背筋が凍る。
「……どちら様ですか」
「婀娜多村観光協会の者です」
婀娜多村。
「先日はどうもありがとうございました」
喉が張りつく。
「……あの……」
「村の件でインタビューしていただきましたよね。その際番号を教えていただいたので、お電話させていただきました。少々、追加で確認したいことがありまして」
私は壁にもたれた。
廊下のざわめきが遠のく。
「行っていません」
はっきりと言った。
「私は、そちらの村には行っていません」
電話の向こうで、短い沈黙。
「河田さんですよね。インタビューの際、学生証を見せていただきました。」
「それは私ではありません」
声が強くなる。
「それと、ブログの件も含めて、私は被害者です。なりすましです」
再び沈黙。
やがて、少し戸惑ったような声。
「……そうですか。ただ、こちらには映像も残っているのですが……」
映像。呼吸が浅くなる。
「商店街の防犯カメラです。画質は良くありませんが、はっきりと眼鏡をかけた女性が映っています。見せていただいた学生証の容貌とも一致しています」
私は目を閉じた。
「その映像、送っていただけますか」
言葉は自分でも驚くほど冷静だった。
「それにつきましては、大学を通してください。正式な手続きを取る必要がありますので」
電話は、それで終わった。
通話終了の画面を見つめながら、私はゆっくりと息を吐く。
映像。
もし本当に、私そっくりの人物が映っていたら?
それは、単なる嫌がらせの域を超えている。怪奇現象だ。
計画性。準備。執着。
私は歩き出した。
研究室へ戻る途中、ガラス窓に映る自分の姿が目に入る。
眼鏡。肩までの髪。紺色の、薄手のコート。小柄で細身な体。
私は立ち止まり、スマートフォンのカメラを起動した。
インカメラに映る自分を数秒見つめる。
【いないはずの私】がいる。確実に、どこかで行動している。
そして、痕跡だけを、こちらへ送りつけてきているのだ。
理由は明確だった。
佐藤先輩が想いを寄せていた人と、私が、付き合ってしまったからだ。
付き合いはじめたのは2年前。それから1年足らずで、彼とは別れた。
別に佐藤先輩から略奪したわけではない。
片思いの相手が別の人と付き合ってしまった、というよくある失恋話だ。
にも拘わらず何かとつっかかってくる佐藤先輩には、正直嫌気がさしていた。
けれど、なるべく波風立てずになんとかやってきたつもりだ。
先輩はスマートフォンをバッグにしまい、肩をすくめた。
「まあ、違うなら違うでいいけどさ。とにかくゼミ仲間は巻き込まないでよ」
それだけ言い残して、廊下の向こうへ消えていった。
私はその場に立ち尽くした。
恨み?
私は人当たりがいいタイプではないし、まったく心当たりがないわけではない。
だが、ここまで執拗な恨みを買った覚えはない。
スマートフォンを取り出し、自分のXを開く。通知は、通常通りだった。
リプライも、引用も、荒れてはいない。検索欄に、例の偽アカウントIDを打ち込む。
【Kawayamiwa0510】
――存在しません。
凍結か、削除か。
わずか数時間で痕跡を消している。
私はその場で、スクリーンショットを撮った。自分のIDも、プロフィールも。
証明のため。
けれど、何の証明になるのか分からない。
大学の廊下は、いつもと変わらないざわめきに満ちている。
なのに、自分だけが透明な膜の内側に閉じ込められたようだった。
そのとき、スマートフォンが震えた。
知らない番号からの着信。
一瞬ためらい、通話ボタンを押す。
「……はい」
数秒、無言。その後、女の声がした。
若い。落ち着いている。
「××大学の河田美和さんですよね」
背筋が凍る。
「……どちら様ですか」
「婀娜多村観光協会の者です」
婀娜多村。
「先日はどうもありがとうございました」
喉が張りつく。
「……あの……」
「村の件でインタビューしていただきましたよね。その際番号を教えていただいたので、お電話させていただきました。少々、追加で確認したいことがありまして」
私は壁にもたれた。
廊下のざわめきが遠のく。
「行っていません」
はっきりと言った。
「私は、そちらの村には行っていません」
電話の向こうで、短い沈黙。
「河田さんですよね。インタビューの際、学生証を見せていただきました。」
「それは私ではありません」
声が強くなる。
「それと、ブログの件も含めて、私は被害者です。なりすましです」
再び沈黙。
やがて、少し戸惑ったような声。
「……そうですか。ただ、こちらには映像も残っているのですが……」
映像。呼吸が浅くなる。
「商店街の防犯カメラです。画質は良くありませんが、はっきりと眼鏡をかけた女性が映っています。見せていただいた学生証の容貌とも一致しています」
私は目を閉じた。
「その映像、送っていただけますか」
言葉は自分でも驚くほど冷静だった。
「それにつきましては、大学を通してください。正式な手続きを取る必要がありますので」
電話は、それで終わった。
通話終了の画面を見つめながら、私はゆっくりと息を吐く。
映像。
もし本当に、私そっくりの人物が映っていたら?
それは、単なる嫌がらせの域を超えている。怪奇現象だ。
計画性。準備。執着。
私は歩き出した。
研究室へ戻る途中、ガラス窓に映る自分の姿が目に入る。
眼鏡。肩までの髪。紺色の、薄手のコート。小柄で細身な体。
私は立ち止まり、スマートフォンのカメラを起動した。
インカメラに映る自分を数秒見つめる。
【いないはずの私】がいる。確実に、どこかで行動している。
そして、痕跡だけを、こちらへ送りつけてきているのだ。
