どすこいラブリーちゃん

教授の部屋を出て、廊下の窓に映る自分の顔を見た。
血の気が引き、指先が微かに震えている。

誰かが私の名前を使っている。
私の大学、私の所属、私のこれまでの「正解」を積み上げてきた人生を、泥足で踏み荒らしている。
吐き気がした。
スマートフォンを握る手に力がこもり、爪が掌に食い込む。

ブログの内容を読み返す。見覚えのない「私」の言葉が羅列される。
それはまるで、私の皮を剥いで中身を入れ替えられたような、生理的な不快感だった。

画面の中の「私」は、村としても一番隠しておきたいであろう、薄汚い記憶を執拗に書き連ねている。
その文体は、私の論理的な癖を不気味なほど正確にトレースしていた。
まるで、私の脳内をずっと盗み見ていたかのように。

私の築き上げた「河田美和」という存在が、得体の知れない澱の中に引きずり込まれていく。
脳が熱く焼けこげるようだった。

「河田さん」

ゼミの先輩から突然声をかけられる。

金髪のショートカット。
佐藤先輩だった。

「あ、お疲れ様です……」
「あのさ、こんなこというのもあれだけど、うちの大学名出した状態でさ、あんまり恥ずかしいことしないでよ」

次は何?私が返事をする間もなく、先輩は苦虫を嚙み潰したような表情でまくしたてる。

「研究先の村の神社であんなことするなんて、そもそもバチあたりだしさ、しかもなんで大学名とか研究室まで出して投稿するわけ?私たちにまで飛び火するじゃん!」
「ちょっと、あの、待ってください!」

思わず悲鳴のような大声が出る。先輩は目を丸くした。

「待ってください・・・」

私は一度気持ちを落ち着けて、少し冷静な口調でつづけた。

「先輩は一体、なんの話をしてるんですか?」
「なんの、って、昨日のXの投稿だよ。あんた婀娜多村の境内の井戸に大量の泥水いれてみた、って神社の画像付きで投稿してたじゃん。覚えてないの?」

間違いない。それも誰かが私になりすましてやったんだ。

「私そんな投稿してません。今ここで見せられますよ、自分のXのアカウント。誰かが私になりすまして投稿したんです。アイコンとアカウント名揃えたら、見分けもつかないじゃないですか。」

ましてや、今はフォロー外のつぶやきもタイムラインに流れてくる仕様だ。

「え、でも確かにあんたのアイコンで……あれ?投稿消えてる。私、リポストしたはずなのに。」
「誰かが私になりすまして投稿したんです。その後、投稿を消したんですよ。きっと。」
「でもほら、スクショとったもん」

佐藤先輩が画面を見せつけてくる。そこには、薄暗い境内の写真と併せて、例のポストがうつっていた。
私はIDを凝視する。
絶対に私のIDと異なるはずだ。

「え、何。そんな凝視して…あんたがした投稿でしょ?」
「先輩、ちゃんと見てください。私のアカウントIDは【Kawatamiwa0510】です。でもこのアカウントのIDは【Kawayamiwa0510】になってます。」

tがyになっている。明らかに誰かが悪意をもって、私になりすましているのだ。

「あ…?あれ…本当だ。」

許せない。私は怒りをおさえながら話を続ける。

「わかってくれましたか。その投稿は私じゃないです。私はそんなことしてないです。」
「ああ、そう……ならいいけど」

佐藤先輩はどことなくおもしろくなさそうな表情になる。
その後半笑いで、こちらに吐き捨てるように言った。

「でもさあ、こんな嫌がらせされるなんて、あんたどこかで恨み買ってるんじゃない?あり得るよね、あんたのことだもん」