どすこいラブリーちゃん

「あの、なんですか、これ・・・」

教授からタブレットでブログを見せられ、私は言葉を失った。

【婀娜多村に関するまとめブログ by.河田美和】
【こちらは、私の出身地である●●県婀娜多村における地域文化とその変遷についての調査記録です。】

「なんですかって、こっちが聞きたいよ」

教授は、まいったな、という感じでため息をつく。

「これって君のブログでしょ。婀娜多村の人から通報が来たんだよ。そちらの大学の生徒さんが、さんざん村に迷惑をかけて帰っていった、って。しかも、いろんな人から何件も。そのうちの1つにこのブログのURLが添付されてたんだよ。」
「いや、あの・・・」
「実名で検索除けもせず、こんな迷惑行為を綴ったブログを残すなんて、証拠ばらまいてるのと一緒だと思うけどねえ」

私は必死で頭の中を整理して、なんとか言葉を紡いでいった。

「あの、まず、聞いてください。私はこんなブログ書いていません。このブログは、誰かが私になりすまして書いたものです。次に、私はまだ婀娜多村現地に行っていません。村の大量死については、まだ不明点が多く、しっかり調べてから行くべきだと考えていたので、行く日程すらおさえていません。」

一息に、私は教授に伝えた。心臓がバクバクする。
あからさまにこちらを疑っており、不機嫌そうな教授。

誰かが自分になりすましているという事実に対し、動悸が止まらなかった。

教授はしばらく私を黙って見つめていた。

「……行っていない?」
「はい。行っていません。交通系ICの履歴も出せます。研究室の出入り記録も確認してください。数週間、私は大学と自宅の往復をほぼ毎日繰り返しています。」

自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
教授はタブレットを机に置き、腕を組んだ。

「うーん、でもねえ。【××大学の河田美和さん】って子が、この村についてインタビューをしていますーと学生証を見せながら話しかけてきた、という報告も受けているよ。」

一瞬、呼吸が止まった。

「学生証……?」
「うん。しかも複数名から同様のクレームがきているよ。」

「そんなこと…していません」

場がさらにひりつく。
教授は眉をひそめる。

「一人ならまだしも、複数の村人が、その場で見せられたと言っているんだ。胸ポケットから取り出して、名刺代わりに提示されたって。」

名刺代わり。
そんなこと、私はしない。今までほかの研究でも、したことがない。
私は人見知りだ。インタビューなら事前にアポイントを取る。
いきなり村人に話しかけるなんて、ありえない。

「他にもね」
教授は続ける。
「児童館の司書、商店街の人、カフェの店員、あと、神主の方だったっけ?みんな同じ証言をしている。眼鏡をかけた若い女性が来た、と」

「……教授」

体が震えて、声がほとんど音にならなかった。

「そのクレーム、いつきたんですか」
「一週間前くらいかな。数件きたよ。そのあとも日を置いて、ぽつぽつと。」

一週間前。
私はその頃、ゼミで発表する英語の論文の解読に追われていた。研究室に泊まり込んでいた日もある。
タイムカードに残っているはずだ。

「ねえ、河田さん」

教授は静かに言う。

「あのね、君がやっていないなら、僕は君を責める気はないけどね。それはそれで大問題なんだよ。誰かが君の名前と所属を使っているってことになるでしょ?放置できない。何か心当たりはない?」

教授の語気が若干柔らかくなる。だが、その温度感が余計に現実味を帯びさせる。
私は視線を落とした。
タブレットの画面には、ブログのトップページが開かれたままだ。

【こちらは、私の出身地である●●県婀娜多村における地域文化とその変遷についての調査記録です。】

よく見ると、リンク先として私のSNSアカウントがいくつも載っていた。
リアルな友人とつながるための、実名でやっているものばかりだ。

……頭がくらくらして、吐きそうになる。

「教授、研究室のホームページに……私の個人情報は……どこまで公開されていますか」
「ゼミ紹介として、名前と研究テーマが載っている。ただ、まだ本格的に卒論として着手しているわけではないから具体的なことは書いていない。それだけだよ」

研究テーマ。

「とにかく、事実確認が必要だ。大学としても村と連絡を取る。君も、もし本当に心当たりがないなら、まず身の回りを確認しなさい。もし学生証を盗まれていたら、すく再発行を検討したほうがいい」

私はうなずいた。

私は何も書いていない。行っていない。やっていない。
なのに、ブログの内容を裏付けるように、証言が積み上がっている。
【いないはずの私】の行動記録が、きちんとつじつまが合った状態で完成しているのだ。