こちらは、私の出身地である●●県婀娜多村における地域文化とその変遷についての調査記録です。
いずれ論文用に整理する予定ですが、現時点では備忘録としてブログ形式で限定公開します。
婀娜多村は山間部に位置する小規模集落です。
現在は観光資源の整備により一定の集客を得ていますが、かつては人口300名程度の過疎地でした。
私は婀娜多村の出身者ではありません。
私が六歳の時、父が「地方創生人材支援」の一環として派遣され、それに伴い一家で移住しました。
私たち一家が村を離れたのは、私が十二歳の夏です。滞在期間はおよそ六年間になります。
特筆すべき伝統行事や、指定文化財はありません。
何もない村でした。思い入れも、あまりありません。
そのため、研究室の教授から「きみの故郷を研究対象にしてはどうか」と提案された際、
何かの冗談かと思いました。
しかしどうやら婀娜多村では、数年前に不自然な人口減少が起こっているそうなのです。
それはただの人口流出等ではなく、村民の死によるもので、
それが何に起因するものなのか、未だあまり深く調べられていないようです。
私は婀娜多村の人口減少について調査し、それを卒業論文として提出することに決めました。
婀娜多村の沿革を確認するため、まずはインターネットを利用しました。
そこで分かったのは、2019年から2020年にかけて、婀娜多村の人口は【三分の一】減少しているということでした。
今は落ち着いたようですが、胃腸にくる感染症が蔓延したそうです。
村の神社では、何度も無病息災のお祭りようなものが行われているようでした。
村は高齢化が進んでいました。
単純に考えれば、体力の低下した住民が流行性の胃腸症状に耐えられなかったのだろうと思います。
ただ、2019年から1年間で何十名もの人間が亡くなっています。
人口300名程度の集落で、この数字は決して小さくありません。
人口推移の急減について検索を続けているうちに、婀娜多村を扱ったブログに行き当たりました。
※現在は閉鎖されていますが、ウェブアーカイブ上に一部が保存されています。
内容は、村の日常や祭事を淡々と記録するものでした。
しかし、村公式のサイトというわけではなく、あくまで個人ブログの体裁でした。
2019年の夏から秋にかけて、記事の更新頻度が急増しています。
タイトルはほぼ同じ形式でした。
「○月○日 ◯◯様ご逝去」
短い経歴と、年齢。家族構成。
そして、喪主の名前。それが、十数件続いていました。
それだけでも奇妙ですが、死亡者の年齢層も気になりました。
確かに高齢者が大半を占めていますが、私の同級生だった人間の名前も、散見されました。
見覚えのある名前がいくつも並んでいます。
同級生の家族。
同級生本人。
近所の商店の主人。
小学校の用務員
そして、その中に見慣れた苗字がありました。
【鬼塚】
その姓を目にした瞬間、私はスクロールを止めました。
名簿には、夫婦の名前が並んでいました。
鬼塚 涼雅。鬼塚 舞。いずれも2019年8月に死亡しています。
その家には、娘がいました。
【鬼塚 愛(おにづか・あい)】
私の小学生時代の同級生です。
村では、ほとんどの人が彼女を本名で呼びませんでした。
その呼び名を、ここに記すべきかどうか、少し迷いました。
しかし、この記録は論文そのものではなく、私的な備忘録でもあります。
※今現在、事実関係の把握に混乱が生じているため、私的記憶についてもここに整理しておきます。
彼女はクラスで、「ラブリーちゃん」と呼ばれていました。
もちろん、愛称ではありません。
揶揄です。
いずれ論文用に整理する予定ですが、現時点では備忘録としてブログ形式で限定公開します。
婀娜多村は山間部に位置する小規模集落です。
現在は観光資源の整備により一定の集客を得ていますが、かつては人口300名程度の過疎地でした。
私は婀娜多村の出身者ではありません。
私が六歳の時、父が「地方創生人材支援」の一環として派遣され、それに伴い一家で移住しました。
私たち一家が村を離れたのは、私が十二歳の夏です。滞在期間はおよそ六年間になります。
特筆すべき伝統行事や、指定文化財はありません。
何もない村でした。思い入れも、あまりありません。
そのため、研究室の教授から「きみの故郷を研究対象にしてはどうか」と提案された際、
何かの冗談かと思いました。
しかしどうやら婀娜多村では、数年前に不自然な人口減少が起こっているそうなのです。
それはただの人口流出等ではなく、村民の死によるもので、
それが何に起因するものなのか、未だあまり深く調べられていないようです。
私は婀娜多村の人口減少について調査し、それを卒業論文として提出することに決めました。
婀娜多村の沿革を確認するため、まずはインターネットを利用しました。
そこで分かったのは、2019年から2020年にかけて、婀娜多村の人口は【三分の一】減少しているということでした。
今は落ち着いたようですが、胃腸にくる感染症が蔓延したそうです。
村の神社では、何度も無病息災のお祭りようなものが行われているようでした。
村は高齢化が進んでいました。
単純に考えれば、体力の低下した住民が流行性の胃腸症状に耐えられなかったのだろうと思います。
ただ、2019年から1年間で何十名もの人間が亡くなっています。
人口300名程度の集落で、この数字は決して小さくありません。
人口推移の急減について検索を続けているうちに、婀娜多村を扱ったブログに行き当たりました。
※現在は閉鎖されていますが、ウェブアーカイブ上に一部が保存されています。
内容は、村の日常や祭事を淡々と記録するものでした。
しかし、村公式のサイトというわけではなく、あくまで個人ブログの体裁でした。
2019年の夏から秋にかけて、記事の更新頻度が急増しています。
タイトルはほぼ同じ形式でした。
「○月○日 ◯◯様ご逝去」
短い経歴と、年齢。家族構成。
そして、喪主の名前。それが、十数件続いていました。
それだけでも奇妙ですが、死亡者の年齢層も気になりました。
確かに高齢者が大半を占めていますが、私の同級生だった人間の名前も、散見されました。
見覚えのある名前がいくつも並んでいます。
同級生の家族。
同級生本人。
近所の商店の主人。
小学校の用務員
そして、その中に見慣れた苗字がありました。
【鬼塚】
その姓を目にした瞬間、私はスクロールを止めました。
名簿には、夫婦の名前が並んでいました。
鬼塚 涼雅。鬼塚 舞。いずれも2019年8月に死亡しています。
その家には、娘がいました。
【鬼塚 愛(おにづか・あい)】
私の小学生時代の同級生です。
村では、ほとんどの人が彼女を本名で呼びませんでした。
その呼び名を、ここに記すべきかどうか、少し迷いました。
しかし、この記録は論文そのものではなく、私的な備忘録でもあります。
※今現在、事実関係の把握に混乱が生じているため、私的記憶についてもここに整理しておきます。
彼女はクラスで、「ラブリーちゃん」と呼ばれていました。
もちろん、愛称ではありません。
揶揄です。
