はじめてのピストル


アイがシャワー室から帰ってくる間、俺は小学校の先生方と軽くお話をしつつ、お昼からの運動会のスケジュールや段取りを再確認しながら待っていた。

アイがピストル係を担当する5・6年生の徒競走はお昼の2番目、3番目のプログラムらしいので、まだそれなりに時間はある。
連続で続くプログラムな上に40組以上あるので、かなりのハードワークになる。

さすがに小学校のグラウンドではウマ娘の全力スピードでは曲がれないので今日は走るパフォーマンスはないけど、アイの徒競走の少し後に1曲だけミニライブを行う。おそらく子供たちや親御さんの目当てはこれが一番だろう。
そして、最終盤のトリのプログラムの4・5・6年生の混合リレーのピストル係を担当する。

遠くからアイが俺を見つけて駆け寄ってきたのが見える。
それにしても早い……さっき別れてから15分程度しか経っていないんじゃないだろうか。
一瞬で俺の前に飛んできた。

「はぁ…はぁ…! トレーナー! お待たせ! 早速お弁当食べましょ!」

いつものアイのいい匂いに加えて、シャワー浴びたてのシャンプーとボディソープ&クリームの爽やかなで甘みの強い香りが鼻孔をくすぐる。

「アイ…そんなに急がなくてもよかったのに。朝はだいぶ疲れてただろうに。もっとゆっくりしてくれてよかったんだぞ。」

「お風呂だったらもっと長く入っちゃうかもだけど、シャワーじゃ体は休まらないからキレイにすることだけ考えたわ。それよりお弁当! 栄養を考えて気合入れて作ってきたわよ。」

料理が大得意で自信満々のアイがお弁当箱の包みを2つ見せてくる。
アイが大好きなマスコットのキューまるのイラストが全体に沢山入った包みと、キューまる自体がまるごとお弁当箱になっているのが可愛らしい。(キューまるは現実世界で言うとサン〇オのキャラみたいな存在です)

「かわいいでしょ! ネットショップ限定ですぐ売り切れた商品なんだから! 発売開始直前からサイトに張り付いてなんとかゲットしたわ。保存用も家に飾ってあるわよ!」

目をキラキラさせて誇らしげにいつものように鼻をふんふんさせて嬉しそうに話す。

「相変わらずキューまるにかける情熱は凄いな…! でも、アイに見せてもらったキューまるの劇場版の最後のシーンはほんとに感動したよ。これを見ると思い出すよ。」

「そうでしょ? 絶対トレーナーなら気に入ると思ってたけど、あの時は喜んでもらえてよかったわ。トレセン学園のみんなにも少しずつ布教してるんだから! 子供っぽいって言われる時もあるけど…好きなものはいつになっても好きなんだもん!」

「アイに連れていかれたコラボカフェで何も知らないキューまるのマニアックなクイズを答えさせられる無茶ぶりをさせられた時はあせったけどね…でもあの時はアイの布教から色々勉強したおかげで滅茶苦茶詳しくなったよ。リベンジしたクイズは結構答えられたし。」

「あの時はあなたも私とためを張るくらいの負けず嫌いだと再実感したわね。そのままどんどん沼にはまりこんでくるといいわ…待ってるわよ! 高みで」

「ははは…さすがに小さい頃から大ファンのアイには勝てないと思うからお手柔らかにお願いします…」と俺は苦笑する。

「また一緒にコラボカフェやイベント行こうね。まだまだ見せたいものがあるんだから!
それはさておき、今日のお弁当の中身を紹介するわよ。今日はそこまで動かないからカロリーは控えめだけどね。」

そう言いながらアイがお弁当を広げると、色とりどりでバランスが考えられていてキレイで豪華だ。

焼き鮭、下にレタスが敷かれた卵焼きと鶏の照り焼き、キャロットラペ、かぼちゃの煮物、野菜の肉巻きなどなど…
おむすびは1個1個にキューまるの顔っぽく海苔でデコられていて、頭にかっぱの皿の形に切られたきゅうりの輪切りが乗ってる。
これは早朝から作ったものに違いない。結構手間がかかっているだろう。
…あと、なぜか別のタッパーにきゅうりの浅漬け……確かアイのぱかチューブの初配信で作ったやつだったなこれ。

「今日の活動量を計算して最適化したもので不足しがちなビタミンBやC、ミネラル、ベータカロチンもしっかり摂取できるメニューにしてきたわ。トレーナーはきっと普段はまともな食事していない時多いでしょう? 気を付けなさい。」

「そうだな…アイのトレーニングメニュー考えたり、それに併せた今後のレーススケジュール案を考えてると無限に時間が溶けてしまって、手軽なもので済ませたり、食べるの忘れることも多いかも」

「熱心なのは嬉しいしいつも助かってるけど、あなたに倒れられると私が困るからしっかり頼むわよ。私も無茶が多いからお互い様なところはあるけど…余裕がある時はご飯作りに行こうかしら?」

「それはとても助かるな。いつでもアイの手料理はおいしいから嬉しいよ。」

「わかったわ! 料理するのは大好きだし、息抜きになるから気軽に声かけてくれるといいわ。むしろ勝手に作りに行くわよ?」

「嬉しいサプライズだ。楽しみにしてるよ。」

「ふふっ。事前連絡なしに抜き打ちで行くからね。部屋は常にキレイにしといてね! さて、お弁当を食べましょう。」

「はい! 善処します…それではいただきます。」
「いただきます!」

お弁当は運動会の懐かしい思い出が蘇ってくるような見た目と味だ。
アイが朝起きして頑張って作ってくれたものだと思うと余計においしく感じる。

「うまい! 卵焼きは甘めで昔懐かしい優しい味がする。おにぎりはキューまる愛が爆発してるな」と呟きつつ食べてると、アイが「そうでしょう? キューまるへの愛は誰にも負けないんだから!」と満面の笑みだ。

食べながらアイは続けて話す。
「そういえば、さっき徒競走のピストル係終わった後のシャトルに色々教えてもらってきたわ」

「さっきシャトルと話してたのがちらっと見えたから多分そうだろうなと思ってた。収穫はあった?」

「うん。まず、さっきシャトルが撃ってたように破裂音を極力軽減するには真上にしっかり手を伸ばして掲げること。
朝の私は大半を真横に向けて撃っていて、そっちに建物があって音が反響していたから大きく聞こえたみたい。建物を避けて撃つなんて朝は考える余裕がなかったわ。ただ、真上に撃つと台紙の破片がそのまま大量に頭に散ってくるみたいなので斜め上に向けて撃つ選択肢もあるみたいね」

「2つ目は撃つ時に口を開けること。これは爆発の時に出る衝撃波の圧力差がかなり抑えられて鼓膜のダメージが抑えられて耳がキーンとすることがかなり減るみたいよ。」

「俺も運動会のピストルなんて目じゃないくらいの爆発音や銃撃音のする戦場の兵士が命を守る手段として口を開けることが重要って話は聞いたことあるな。」

「3つ目はスタートの時の合図のテンポの良いタイミングについて、よーいの後にピストル撃つまでの間は2秒程度がいいということ。わたしが撃ってた時は間が滅茶苦茶だった気がするわ…最初の方なんてなかなか引き金引けなくて4.5秒空いてたもの。あれじゃ子供たちが余計緊張したり困惑したりするわ。」

「確かに後半の慣れ始めた際もタイミングは不規則だったような気はするね。」

「あとはさっきは不発はなかったけど、何回か音が小さい時があったからそういう半爆を極力減らすために紙雷管の台紙を出来るだけ台座にフィットするように四角にキレイに形を整えるといいと聞いたわ。」
「他は撃ち続けていて、ピストルに火薬や紙を焦げ付いたままにしておくとハンマーに堆積して段になって真ん中を叩きにくくなって不発の可能性が上がるからそれも気を付けた方がいいみたい。お手入れの方法も色々聞いたわ。」

「ごめん…俺の用意したものは形なんてそこまで気にせずちぎってたから斜めになってたのも多いかも…
シャトルが朝用意した分はだいぶ撃って昼の分は確実に足りないから補充しないとな。後でちぎる時に気を付ける。」

「わたしも全く知らなかったから気にすることはないわ。私も手伝う! 楽しそうだからやってみたい!」

「じゃあ、食べ終わったら一緒に紙雷管をちぎって容器に補充しよう。まだ出番までは時間がある。」

その後も他愛のない話など色々話しながら一緒にアイのお弁当を堪能した。

……

俺は午前の途中からピストル係を担当したタイキシャトルからさっき受け取った一式の入ってる缶を持ってきた。

中を見ると撃ちカスのゴミ捨てる用の容器に入れていた紙雷管の使用済み台紙は空になっているのでシャトルが捨ててくれていたようだ。
アイは缶をすぐに覗き込んできて、尻尾をふりふりし始めて中を軽く鼻でクンクンしている。

「なんか数時間ぶりなのに懐かしい感じがするわね…! 缶全体から染みついた火薬のにおいがする…」

アイが缶の中から嬉しそうにピストルを手に取ると、撃ち終わった後は金属部分が真っ黒だったものが新品のようにピカピカになっていて、ピストルに染みついた強烈だった火薬の臭いもかなり少ない
あの後もシャトルは徒競走2学年分担当しており、アイよりも遥かに多い数撃ってるから普通ならとんでもない汚れが付いているはずだ。
ハンマーを上げると台座もピカピカの状態になっている。

「おお…シャトルがお手入れして磨き上げて滅茶苦茶綺麗にしてくれているわね…ハンマーと台座の金属に焦げが殆ど見えないくらいピカピカになってるわ! あと、台座とハンマーにオイルが薄く塗られていてツヤがある。
さっきわたしは撃ち終わった後、簡易清掃したけどピストルについてる金属クリーナーでこするのと布で拭く程度だったからそこまでキレイにならなかったわ。
ブラシと綿棒と金属磨きを入れておいてくれているから後で使い終わったら私もお手入れしないとね。何から何までありがたいわね」

「さすがは銃のスペシャリストだな…ここまでキレイになるもんなんだね。俺は運動会で使われてるピストルなんて手入れされていなくてハンマーがススで真っ黒になってるものや火薬カスが粉ふいて真っ白に使い込まれたものしか見たことないよ」

「そういうものなのね。やっぱ子供たちの楽しい運動会のスタートを合図するものなんだから大切に使わないと…! 特にこれはトレーナーが用意した今日おろしたての新品だろうから状態を保ってピカピカにしておきたいわね」

「そうだね。今後使う機会がなくても、誰かに使ってもらうか寄贈とかする時に綺麗な状態だと気持ちがいいだろうからね」

「ん? わたしは今日が終わっても機会があればまたスターターするわよ。幸いわたしの立場上、望めばいくらでも機会があると思うわ。」

「えっ…? アイさん朝怖がってませんでしたっけ?」試すようにわざといたずらで煽るように言う。

「もう怖くないもん! ……いや…正直に話すと、まだ実は少しだけおっきい音が怖い気持ちはあるけど、すぐに克服するわ。
だってシャトルに負けたくないんだから! 自分が納得行く程かっこよく撃てるようになるまで絶対に続けるわよ。逆に色々教えてもらってる身だしさすがに今日の経験だけでシャトルよりかっこよく合図出来るようになるとは私もさすがに思ってないわ」

「いつものアイで安心したよ。子供たちも喜んでくれるだろうし、アイもそれで楽しめるのなら俺は止めないし、応援するよ。」

「うん…! すでに楽しくなってきてるから大丈夫。怖かったのも子供たちと触れ合うと忘れられるくらいだったから。まずはお昼の5年生の徒競走は耳塞がず撃てるようになることから始めるわ。」

「朝の1発目はアイが競バのこと以外であんなに取り乱すの初めてでどうすればいいのか正直少し戸惑ったけど、今は何も心配していないよ。むしろあの短い時間でよくここまで慣れたなと感心する。アイはやっぱり凄い精神力の持ち主だよ」

「さすがのわたしもあんな凄い音がすると思わなくて度肝を抜かれてピンチだったけどね…わたし一人だったら無理だったと思う。何より支えてくれたあなたのおかげよ。ありがとう。
それと、レースでの極限の精神力を高める意味でもこれを克服出来たら得るものが大きいと思ってるわ。だから拘ってるのもある。」

「力になれて良かったよ。確かにレース中のメンタル面の影響は大きな成果があるような気がするな。頑張れ!アイ。」

「うん、ちゃんと見ていてね! さて紙雷管の箱を開けるわよ!」
アイは紙雷管の新品の箱を開けて覗き込むと、少しだけ火薬の匂いがするのでまたくんくんしている。

「新品の状態でも少しだけにおいがするのね!」

「工場で火薬を台紙に密閉する時に絶対に微量が漏れ出すらしく、見えない程の粉だろうけど燃焼する前の硫黄の匂いがするらしい。」

「へぇー。あれは爆発した時の臭いだと思っていたわ。粉の状態でも少し独特の匂いがあるのね。」
と話しながら、箱から紙雷管の火薬粒の100発分のシートを取り出す。保護のために間に白いフィルムが巻かれている。
アイは箱から姿を現した100個の火薬がびっしり詰まったシートに少しだけ恐怖を覚える。きっとあれだけ怖がって撃った後だからだろう。

「おおー…大きい火薬の粒がいっぱい…これは凄いわね。裏面もびっしりの真っ赤な☆柄がこれだけ並ぶとさすがに怖い。1発ずつだと可愛い柄に見えるのだけど。さっきはすでにトレーナーが1発ずつ切り離した状態だったから知らなかったけど、裏面の台紙に注意書きが記載してある。あの音を聞いた後だとこれだけの量は触るのがちょっと怖いわね。」

「実際、こんな少ない量の1粒の火薬を叩いた衝撃だけであれだけ凄い音を出すわけで。ピストルで叩かなくても乾いた状態だと強く引っかいたり、衝撃与えたりすると発火することがあるらしいからね。だからポケットに入れて持ち運ぶな、ハサミで切るなって書いてある。静電気が出にくいプラスチックの容器にばらした紙雷管を入れてある。一応気を付けながら作業しよう。」

「うん。どうりでこの箱の裏に『危険であることを忘れないうちは安全である』の標語が記載されているわけね…ピストルに詰める時や火薬入れてる容器を片づける際もより一層気を付けるね。若干慣れてきて少し舞い上がっていたけど、気を引き締めるわ。」

その後、アイは箱の説明書きを熱心に読んでいて色々確認したので真ん中を切り取って半分にして2人で作業を始める。
さすがに几帳面なアイは真ん中の火薬部分を極力持たないように真剣な表情でキレイに形を整えて真っすぐ手で切り取っている。
俺もアイに負けないようにキレイにしないといけないと心がける。
アイがピリッとした表情なので敢えて話しかけないで作業を進める。2人でやるのでサクサク進んであっという間に終わった。

「ふー…少し緊張したけど、容器に沢山入ったわね…! 自分で用意したものを撃つ方がより達成感を得られそうね!」

「真剣な顔つきだったから、俺もアイを見習って作業に集中してたよ。」

「うん。緊張したけど貴重な体験でこれも楽しいわ。全てを経験してこそスターターとして自覚が持てる気がする。やる前はただ詰めて撃つだけと思っていたけど、撃った後のお手入れなど含めて色々やることがあるのね。」

「俺も撃った経験なんて手伝いで1回、しかもリレーの数発しかないからそこまで詳しくないし、お手入れも全く知らなかったけど、この短時間で色々勉強して色々吸収しようと頑張ってるアイ見てると凄いなって思うよ。」

「仕事は全ていつも全力で向き合って取り組まないと失礼だし、自分が納得いかないもの。折角だからそれをわたし自身も楽しめるように最大限努力しなくちゃ! それにあなたもいつもレースとわたしの体に関することを無理をする程に勉強、研究しているし努力していて凄いじゃない…わたしも負けないわよ!」

「俺もアイに絶対負けないよ!」
負けず嫌いの2人の火花がバチバチ燃え上がっていた。

お昼の競技への準備も終わり、お昼のプログラム開始のアナウンスが流れているので俺とアイはグラウンドへと移動する。