※1 文章書くのが初めてな上に、ピストル係フェチの筆者の性癖100%を書き殴って出来ていますので拙いです。
基本的に内容はピストル係の話特化の全振りです。
※2 文章中ではウマ娘の耳は人間の耳がついている設定です。
※3 2月24日にウマ娘内に育成可能なアーモンドアイ実装。ゲーム内で遊んで一通りのシナリオとサブ含めてストーリーは見たので喋り方とトレーナーとの接し方など若干修正。
今日はトレセン学園のイベントの一環で、ファンサービスのために近くの小学校の運動会にアーモンドアイが特別ゲストとして参加する日。
アイのトレーナーである俺も当然手伝いに同行する。
彼女の役割は、徒競走とリレーのスタートピストル係。紙雷管の補充(火薬詰め)も行う。
結構な人数の子供たちが参加するから、徒競走3学年分担当で60回程度のスタートを担当する予定。ピストルを撃つ回数はそれ以上に上りそうだった。
アイは出るレース連戦連勝で正真正銘世代最強の「完璧で究極の」トップアイドルウマ娘。
過去に史上初のGI7勝したあのシンボリルドルフ会長にすら自身を超える逸材と言わしめる存在。
新馬戦こそ2着に敗れたもののその悔しさをバネにそこから無敗で連勝を続け牝馬三冠を制した後にジャパンカップ制覇というジェンティルドンナ以来の偉業を成し遂げ、春先は遠くトバイの地の最高峰GIでも世界の強豪相手に圧勝している。
文武両道。それでいて気取らない、自分の夢や目標のためには血の滲むような努力も厭わない真面目で一生懸命な子。ただし、それは極度の負けず嫌いゆえ。
絶対負けたくない、譲りたくないという気持ちが強くなると暴走しがちなところはある。
明るく人当たりがよくて優しいから老若男女ファンが多く、子供たちも今日はアイの号砲でスタート出来ることを楽しみにしてるみたい。ファンの親御さんも大量に詰めかけている。
今日はアイにとってはお仕事ではあるけど、アイ自身も凄く楽しみにしていたのできっといい息抜きになるだろう…多分。
服装はトレセン学園内でいつもトレーニングで着ている真っ赤なベースカラーに白のラインが入ったジャージの上着を羽織り、下はぴったりした赤いブルマ風のショートパンツと白いTシャツに同じカラーリングの履きなれたスニーカーという軽快な体操服姿。
端正なのに少し幼さもあり、誰がどう見てもかわいらしい顔つきで栗色のキレイな長い髪が風に揺れて、自信に満ち溢れ勝気な水色の透き通った海みたいに澄んだ瞳がキラキラ宝石みたいに輝いていて、まるでグラウンドの主役みたいに輝いていた。
快晴の空の下、小学校のグラウンドは子供たちと応援する親御さんたち(アイ目当てが多い)の活気に満ちていた。
カラッとした風が吹き抜ける中、じりじりと太陽が肌を焼くような暑さで、すでにTシャツの下に汗がじっとり染み始めている。
アイの近くに寄ると柔軟剤のフローラルな匂いがふわっと漂ってきて、心が和む。
彼女の体から自然に香るアーモンドチョコとミルクのような甘く優しい匂いと混ざって心地よい匂い。
競技が始まる前から、彼女が少し動くたびにぷんっと軽く鼻をくすぐるような汗の甘酸っぱさを感じる。
俺の役割は、近くで指示と不測の事態の時の補助をするだけ。
というのも負担的に火薬詰めは俺がやる予定だったんだが、好奇心旺盛なキラキラ目で「わたしが全部やる!やらせて!」とぐいぐい押され一度スイッチが入ると絶対譲らないお決まりの状態だ。こうなったかかり気味のアイは誰にも止められない。
使用するピストルはエバニューのファースト信号器、双発タイプで運動会で誰もが見たことある定番のやつ。この日のために購入した新品。
女の子の細い手にはかなり重く感じるだろうけど、フライング対応で2発連発できるように設計されてる。
火薬は競技用紙雷管で、裏面が赤い台紙に☆柄がたくさん散らばった昔懐かしいタイプ。
表面には黄色の台紙に大きな茶色の火薬の粒が真ん中に乗っかってて、裏の見た目は可愛らしいけど、競技会用なので爆発音は耳がキーンとするくらいのとんでもない大音量。
本番は忙しいから事前にちぎって予備も兼ねて1箱の100発分を容器に入れてある。
他の競技で別のピストル担当の子も使うので3箱用意していて、足りなければあとでちぎる。
トレセン学園では毎日トレーニングで走ってるけど、運動会みたいなイベントはないからアイはピストルの音なんて生まれて1回も生で聞いたことないはず。
ウマ娘の耳は音に敏感だから、彼女にとっては特に衝撃的だろうな……
当然、そんなこと知らない彼女は好奇心旺盛で今まさに目がキラキラ輝いて、早く号砲を撃ちたくてウズウズしてる。
今日を楽しみにしてきたみたいでいつもの丁寧な口調が崩れて子供みたいにはしゃいでる。
「トレーナー、早く始まらないかなあ! 子供たちの走る姿、見るの楽しみよ。ピストル係、わたしにぴったりよね? だって、スタートの瞬間が一番大事だもん!」
スタートが命の競バの世界で頂点に君臨するアイが言うと説得力はある。
「そうだね。子供たちに最高のスタートを切らせてあげよう。」
アイはまだ火薬を入れてないピストルを缶から手に取って、わくわくした表情で眺め回してる。重みを感じて少しびっくりしたみたいだけど、すぐに笑顔に戻って謎のキメポーズを取ってる。
彼女の目が本当にキラキラしていて、尻尾が軽く振れてる。
「わあ、これ重たい! でもかっこいいね、本物の銃みたいでドキドキするよ。火薬の紙、赤くて☆柄がいっぱいで可愛い! どんな音がするんだろう? きっと可愛いからパンッて軽く鳴るのかしら?」
ピストルの生の音を聞いたことのないアイは多分今回使うものの火薬量7分の1のミニ雷管のような小さい子供と競技用紙雷管の音が苦手な人向けの控えめな音を想像してるのだろう。
競技用はピストル係の距離では約120db以上の雷並の音が出ると言われてるし、今日は晴天でよく乾いてる上にスタート地点は校舎の近くにあって反響するから凄い音が出ると思われる。
「いや…きっとかなり大きい音と感じると思う。紙雷管って言う名前だから雷が落ちたように大きいよ。」と俺は苦笑しながら言うがアイは上機嫌で舞い上がっていて気にも留めない様子なので、撃ち方を説明し始めた。
「よし、じゃあまず撃ち方を教えておくよ。ピストルは双発で2発撃てるから両方のハンマーを上げて、両方の台座の窪みに合わせて紙雷管を1枚ずつセットするんだ。火薬の粒が見える方を表に見せてるよね? その向きで乗せる。用意ができたら『位置について、よーい!』って大きい声で叫んで、引き金を引く。ハンマーが下りて火薬が爆発するからそれがスタートの合図。
フライングがあったら、2回連発で鳴らして止めるんだ。撃ち終わったら、ハンマーを上げて台座で爆発した後の紙雷管を缶に捨てて、新しい紙雷管を台座に挿し込んでセットしてね。短時間で準備する必要あるから、テキパキやろうね。」
アイは俺の説明を真剣に聞きながら、コクコク頷いてすぐに全てを頭に入れたみたい。
ピストルを手にハンマーをカチッと上げて、紙雷管を1つずつ丁寧にセットしていく。
火薬の粒が大きくて、彼女の細い指で扱う姿がなんだか可愛い。
「うん、わかったわ! ハンマー上げるの、こうかな? 火薬の粒を表にして1つずつセット……わあ…火薬の粒、ほんとに大きいわね。きっとワクワクするような音だよね! これから鳴る音、楽しみすぎて今か今かって感じよ、トレーナー! 早く本番始まらないかしら!」
俺は「子供たちと一緒に楽しくスタートできるといいね」といってアイの頭に軽く手をのせる。
彼女はセットしたピストルと火薬の乗った台座を眺めながら、また目をキラキラさせて笑う。競技が始まる前から、汗が額にじんわり浮かんで、フローラルで甘ったるい匂いが少し強くなった。
校庭にアナウンスが響き渡った。「第一競技、80m走、4年生20組! 準備をお願いします」
子供たちの歓声と緊張した空気が混ざり、グラウンド全体が一気に活気づく。
距離が短いからスタート間隔は30~50秒で最低20発想定、でも途中でフライングが出たり調整が入ったりすれば、もっと撃つことになるだろう。
アイは待機中にワクワクと嬉しさが抑えきれず、ドヤ顔でピストルを両手で持ち上げ、俺の方にピストルを向けて「バキュン♡」とポーズを取ってピストルの先をふーっと煙を吹き飛ばすフリしてニコニコ笑ってる。
「トレーナー、見ててね! わたし、完璧にスタート決めるから!」
キリっとした表情でピストルを腕を伸ばして掲げ天高くポーズを取ると待機列の子供たちや観客席の親御さんたちから「アイちゃん似合っててかわいい!」「ピストル持ってるアイちゃん凛々しくてかっこいいよ!」など色んなところから声が飛び、彼女の頰がさらに赤く染まりながら手を振る。尻尾がパタパタと嬉しそうに揺れる。
係の人の手が上がった。
俺は隣の3歩くらい離れたところで小さく声をかける。
「アイ、頑張ってね。慣れるまでは自分のペースでいいから。」
アイは頷き、スタートラインの方に視線を移す。
全力疾走の準備で低く構える子供たちを見ながら、少しレース前の緊張が伝わってきたようでGIレース出走前のような自信に満ちた勇ましい表情でピストルを構えていた。
スタートラインの側面の横側に腕を軽く折って少し伸ばした程度のリラックスした姿勢のせいで耳とピストルとの距離が40cm程度とかなり近い。
スタートラインの子供たちは視界に入れつつ、どういう風に火薬が爆発するのか興味津々に自分のピストルの台座に乗った火薬の粒をちらっと覗き込む。
彼女の目はキラキラ輝いたまま号令をかける。
凛々しく力強い声がグラウンドに響く。
「位置について!」
子供たちが一斉に構え、静寂が訪れる。
「よーい!」
安全機構でかなり重たい引き金が彼女の細い指に食い込むように抵抗するので歯を食いしばり、誇らしげに力を入れて引き金を引く。
「パァーン!!」
グラウンド全体に乾いた破裂音が轟き、耳をつんざく衝撃が広がり、子供たちが走り出す。
アイの至近距離では乾いた鋭い高音と重低音の爆圧で「ドォォン!」と聞こえ、まるで雷が落ちたような衝撃だった。
想像もしていなかった生まれて初めての強烈な破裂音に反射的に体が大きくのけぞり、「きゃっ!」と悲鳴を上げた。
ピストルを持つ手と肩が自然にぷるぷると震える。
耳の奥がキーンと鳴り、初めての体験に目を見開いて驚いて固まっている。その後「こわい…」と軽く声を漏らして耳をさすってる。
恐怖でアイの心臓はGIレースの全力疾走中並みにバクバクしているのが、彼女の荒い息遣いから伝わってくる。
汗が額から滴り落ち、ショートパンツの裾まで伝って肌を濡らしていた。
ピストルの台座を直視していたせいで眩しい火花がわずかに飛び散り、真っ赤な☆の台紙がバラバラに散らばり、瞬時に真っ白な煙が風に乗って立ち上り流れる様を一瞬見てしまっていて、撃った時の少し手に伝わる反動も併せて本物の銃を撃ったような錯覚で視覚情報も恐怖を促進させる。
遅れて、至近距離では燃焼ガスが出て、真っ白な煙の塊からはツーンと刺すような匂いが漂う。
ピストル係のような至近距離で風向きがダイレクトに来た場合はこの燃焼ガスの直の酸っぱい臭いを感じる。
そして、そこから少し経ってスタートや待機列付近まで漂うと運動会特有のあの火薬と紙の焦げ臭く感じる誰もが良く知るあのにおいに変化する。
風向きが子供たちのスタート方向だったのでアイの鼻にはそこまで強く届かなかったが、火薬の燃えカスが大量に付着し彼女の体には一瞬で火薬の香水がまとわりついたようだった。
初めて嗅いだ火薬の臭いを動物的本能により一瞬で「あ、これ危ない臭い……!」と認識したみたいだった。
ぷるぷる震えていてちょっと心配なので、アイの近くに移動し子供に話しかけるような優しい口調になるように心がけて頭を撫でながら話かける。
「アイ、大丈夫?音おっきくて怖くなかったか?本当に怖くて無理だったらすぐに代わるから無理はしなくていいからね」
アイからふわっと香る火薬の匂いと緊張でじっとり滲んだ汗の甘い良い匂いが混ざって漂う。
続けて俺は震えるアイの背中をさする。
「トレーナー……うん…大丈夫!けど、ちょっと音が大きくてビックリしたわね…初めて嗅いだ火薬の臭いも凄いわ。焦げ臭くてツーンとするけど、臭いに関しては不思議と嫌な感じではないかも……」
平静を装って強がっているけど、声が震えてる。
撃つ前子供のようにウキウキで砕けた口調が嘘のように普段の口調に戻っていて怖くて手も震えているのがわかる。
ピストルのグリップを握る指先が白くなるほど力が入っている。
「俺がついてるから大丈夫」と言い、ピストルを持つ手を両手で包むようにぎゅっと体温が移るように強めに握ると「ありがと…」とか細い声でつぶやき、ピストルを持つ手の緊張で強張った感覚が収まり、表情も少しだけ緩んだ。
負けず嫌いで責任感が強い子だから無理に止めても自分の大事な仕事を放棄することは絶対嫌がるだろう。
どんな修羅場も潜り抜けてきた不屈のアイなら大丈夫だしきっと俺に出る幕はない。支えるだけだ。
「さっきのアイはピストルとの耳の距離が近かったからピストルからもっと顔を離して、腕をまっすぐ伸ばして鳴らそう。音はそれくらいの距離でも大きく減退するから、怖さは和らぐはず。」
アイは少し安堵した声で、「わかったわ。それなら怖くないのね……。うん、やってみる!」でも俺は念を押す。「音が小さく聞こえるのは少しだけだからね。覚悟しといて。」彼女は「ふんっ、わたしは負けないわよ!」と強がりながら鼻を鳴らし元の位置に戻っていく。
耳がまだキーンとしていて、時々首を軽く振っている。
威勢だけは良かったが汗が滴り、火薬の煙が髪に絡みつき、彼女の体はすでに次のスタートを待つ緊張と興奮で震えていた。
アイはピストルを握ったまま、少し震える指でハンマーを上げて焼けた紙雷管を交換する。
ハンマーを上げると焼けた紙雷管が固着し糸を引くように細い煙がたなびいて、原型を留めないほど表の火薬部分は焼け焦げて吹き飛び、真っ赤だった☆柄の裏の台紙も所々破けて少し焦げてる。
強烈な紙と火薬の焦げた臭いとハンマーと台座の焼けた金属臭が混ざった酸味のある強い臭いがミックスされて漂い、わずかに顔をしかめる。
優等生らしい几帳面さで、すぐに焦げた残骸を指でつまんで缶に捨て、新しい紙雷管を台座に挿し込む。
さっきの爆発で叩かれたハンマーはまだ全く熱くはないけど、じわっと温かみが残っていて、新品でピカピカだった金属の表面に焦げた黒いススが付着している。
赤い☆マークが可愛いと思っていたけど、火薬の粒を入れている容器の横にあった紙雷管の箱に「危険であることを忘れないうちは安全である」と書いてあるのが目に入って「…これ、赤色は危険の警告マークだったのかも…」と小さく呟きながら納得して、慎重にセットしていく。
こんな小さく可愛い紙からあの凄まじい爆発音と火花と煙が出ていたなんて、信じられないみたいだった。
紙雷管のセットを終えた手はかなり火薬臭くなっていた。指先から掌にかけて、黒い煤と焦げた臭いが染みついてツンと鼻を突く。
フローラルな匂いは完全に負けていて、代わりに運動会特有のあの非日常的な火薬臭が手を包み込んだ。
アイは次のピストルを鳴らす準備をしてるうちにまた怖くなり、再度俺の方を向き、珍しく不安を直接漏らす。
「トレーナー…準備できたわ。次、わたしちゃんとできるかな…?」と少し上ずった声で言ってくる。
俺は彼女の肩に手を置き、強く揉むように触って緊張をほぐしながら、ポンポンと軽く叩く。
「アイはかっこよく撃ちたいと思ってるだろうけど怖かったら慣れるまで耳塞いで撃っていいと思う。俺も真横で見てるから少しずつ頑張ろう。」
俺はアイにぴったり付いて真横に移動した。さすがに立ってるともろに爆音を受けて耳が死ぬので座り込む。
さすがにこの距離だと俺も怖いけど、出来るだけ安心させるために耳は塞がない。
アイは少し頷いて、「…うん、そうするわ。ありがとう。トレーナーが近くにいてくれると心強いし安心するわ…でも、その距離だとあなたも怖いだろうから無理はしないでよね」と小さく微笑む。
冷や汗がしたたり落ち、明らかに心臓が破裂しそうな程にドキドキしてるのが伝わってきて、瞳はまだ少し怯えていて、尻尾の動きも控えめだった。
第2レースのアナウンスが流れる。「第二レース、準備をお願いします!」
アイはスタートラインに向かって横向きにピストルを向け、しっかり伸ばして反対の手でピストルに近い右耳を塞ぐ。
ぷるぷる震える手と目をぎゅっと閉じたり開いたりする表情が、さっきまでの凛々しいドヤ顔とは打って変わって、か弱くて愛しい。
普段の威厳のある勝気で完璧主義のアイはどこへやら、今はただの普通の怖がりな女の子だ。
いつもレースで連戦連勝して無敵に輝いて見える彼女にも、こんな怖がりな一面があるんだと、見せる姿のギャップに会場は優しい空気に包まれていた。
緊張の最高点にいるスタートラインの子供たちはその姿を見て癒されて少し脱力し、緊張がほぐれたみたいだ。
観客席の親御さんたちも「アイちゃん、がんばれー!」「かわいいなあ…ゆっくりでいいからね」と温かい声をかける。
緊張の面持ちでトリガーに指をかける。
「位置について…!」
アイの声は初めて撃った時より明らかに勢いがなく、少し上ずっている。
「よーい…!」
目をぎゅっと閉じて、首を少し下に下げ、耳を塞ぐ手に力が入りすぎて引き金にかけた手が震えてなかなか引けない。
3秒ほど沈黙が続く。
パァーン!
紙雷管が弾けると肩がビクっとなり、砕けた赤い台紙の破片が飛んでアイの頰をなでる。
火薬の燃えカスが少し付いて、頰が黒灰色っぽくすすけた。そこまで熱くはないけど、一瞬チクッとした暖かい感触に、彼女は小さく「ひゃっ…」と息を漏らす。
飛んできた火薬カスは唇にも触れて、少し金属味のある火薬の味がじわっとほのかに広がる。
1レース目と風向きが変わり、真っ白な煙がアイの周りをもくもくと流れて、撃った直後に発生するツーンと刺激臭のする燃焼ガスが鼻に入る。
うっ!となり思わず数秒息を止めてしまうけど、再度息を吸うと臭いがリセットされたせいで周りに滞留した焦げた火薬臭が鮮明に鼻につく。
1レース目の音のせいでいまだに耳がキーンと鳴っている上に、肩で息をしている。
俺は真横にいるのではぁ…はぁ…という荒い呼吸が聞こえ、アイはレース中に興奮して暴走気味にかかっている時みたいに発汗している。
でも、腕を伸ばして片耳を塞いだおかげで、恐怖の最大原因である爆発音はかなり軽減されていた。
強烈な乾いた破裂音と体に響く重低音はあるもののさっきほどの衝撃はなく、「凄い音はするけど、なんとか耐えられるかしら…」と小声で囁き、ほんの少しだけ安心して手ごたえを感じているようだ。
俺は真横の至近距離に座っているのでアイが撃つピストルの音と衝撃波が強烈に体に響き、耳が少しキーンとしている。
でもアイもこの音に向き合って頑張ってるんだ。
子供たちから「アイちゃーん!」という声が飛んでくると、アイは少し緊張した面持ちのまま微笑み、片手で小さく手を振ったりいつもより控えめにピースしたりして応える。頰の煤が少し落ちて、黒い筋が残っているのが普段とのギャップで少し抜けた印象になり、また可愛い。
ハンマーを上げて焼けた紙雷管を缶に捨てながら、新しい紙雷管に交換する手は煤で少し黒ずんできてる。
作業しながら俺の方を向いて、「…ありがとね、トレーナー。がんばれそう。」とささやいて軽くウインクして目配せしてくる。俺はサムズアップを返すと笑顔が咲く。
火薬の危険な臭いも相まって本当に非日常だけど、彼女が恐怖に抗いながら頑張っている姿が余計に愛しくてたまらない。
その後けたたましい音に必死に抗いながら第3レース、第4レース……と短い間隔でスタートが続き、第8レースまで進んだ。
アイは最初は大方撃つ時に怖くて目を閉じてたけど少しずつ慣れてきてる。幸いフライングはなかったから良かった。
仮にフライングがあっても俺がアイに2回撃つように指示すればいい。
進行も遅延しており、紙雷管を交換する時の手も震えているけど、少しずつ作業は早くなってきてる。
むしろアイのことをゆっくり見れるから子供たちや親御さんたちは嬉しそうで必死に頑張っているアイに声援を送っている。
少し落ち着いてきたようなので真横にいた俺はアイに声をかけ軽く頭を撫でた後に、3歩歩き2m程度距離取ったところで見守る。
首を下げる角度も浅くなり、引き金を引く瞬間の震えも少しずつ和らいでいてなんとか子供の方を見る余裕も出てきたようだ。
(……またおっきい音が来る……でも、さっきよりマシ……。ちゃんと腕伸ばして耳塞げば、目を瞑らなくても耐えられる……。わたし、慣れてきてる? 負けないわよ……!)と心の中で自分を鼓舞する。
位置について!
よーい!
パァン!
撃った直後アイの体が反射的に揺れる。さっきまでだと硬直した程の恐怖が、ほんの少しずつ溶け始めていた。
それでも、毎回爆発の瞬間に胸が締め付けられるような恐怖はまだ残っていて、緊張で息が浅くなる。
8発も短い間隔で撃ったため、スタートラインまで届く3m付近まで常時火薬の臭いがするようになり物々しい雰囲気になる。
その後ろの待機列の子たちにも風向きによって火薬のにおいが漂っている様子で、音とにおいで心臓がドキドキして緊張してる子も多い。
ピストル係の特性上、間近の強い火薬の臭いに常時晒されて鼻が慣れて麻痺することに加えて、長く滞留した薄い煙の幕は匂いが薄れて最初に感じたツンとした酸っぱさから変化し、乾いた紙と火薬が焦げた臭いが強くなりアイの感じるにおいは少し甘い焦げ臭さに変わっていた。
花火の打ち上げ、爆竹の鳴った後、お祭りなどで暫く経った後に余韻で漂う、あの独特の「良い匂い」と認識されることも多い香り。
少しの甘みさえ感じる、懐かしくて危険だけど楽しいイベントの匂い。
アイは初めて嗅ぐ匂いだけど、認識が変わってきているようだ。
(……この匂い、最初は怖かったのに……今はちょっと、クセになる……。GIレースで全力疾走してる時の心臓が焼けるような感覚としたたる汗の匂いのドキドキと緊張と興奮みたい……)
ピストルと紙雷管を触り続けた手のひらは、薄黒く煤け、指の間まで黒い汚れが付き始めている。
アイはふと自分の手のひらをクンクン嗅いで、「火薬くさっ! ……ふふっ」といたずらに小さくくすくす笑う。
緊張と恐怖の合間に、こんな可愛い仕草が出てしまうのが彼女らしい。
第9レースのアナウンスが流れる。「第九レース、準備をお願いします!」
アイは少し慣れてきたのか、しっかりスタートラインの子供の方を見て目を瞑らずに必死に腕を伸ばし、ピストルを遠ざけながら体を斜め上にそらせ、片耳を塞ぐ。
心の中で、(……また来る……でも、今度はちゃんとする……!)と気合いを入れる。
「位置について!」
「よーい!」
鳴らす直前、アイの鋭い視線がスタートラインを捉える。
鳴らした直後に一人の子がラインから元気にはみ出していることに即座に気づき、とっさの判断で引き金を2回引く。
パンッ! パァーン!!
連続で重なって爆発した紙雷管から反動でアイのお腹に響き渡るくらいの破裂音と衝撃を感じ、それがグラウンドに拡散する。
瞬時の判断だったせいで、1回目の爆発の最中に耳を塞いでいた手が離れてしまい、2回目の破裂音がダイレクトに耳に入り込む。
「きゃあっ!!」
走り出してピストルの音で止まった子たちにも聞こえるような悲鳴を上げ、突然の音に体がビクッと跳ね上がった。
少し収まっていた恐怖が再び蘇り、両耳が再びキーンと鳴り響く。
周りには聞こえないように、唇を震わせて「折角慣れてきたのに…こわいよー……」と小さくつぶやく。
(……また耳が……! こわい……でも、フライング止めた……わたし、ちゃんとできた……!)
2連発したせいで凄まじい量の赤い☆の破片が舞っていて、煙の濃度は数倍になり真っ白な煙が猛烈な勢いで立ち込める。
一瞬でアイの周りに高濃度の酸っぱい刺激臭の燃焼ガスが充満し、「こほっ」と軽く咳き込む。
煙が濃すぎて、一瞬アイの姿が見えにくいくらい視界が霞んだ後に少しずつ晴れていく。
再スタートでスタートラインに戻った子や待機列の子たちは、
「アイちゃんのピストルこわい!」とビクッとして耳を塞いでいる子もいれば、
「音すげー!」「銃撃戦みたい! アイちゃんかっこいい!」と爆音と真っ白な煙にテンションが上がってワクワクする子もいて、様々だ。
再スタートのためにスタートラインに戻った子の1人の靴紐がほどけていて、結び直すのでスタートまで少し時間ができた。
アイはピストルを持ったまま、駆け寄ってくる。
怯えた表情で助けを求めるように「トレーナー……耳、うまく塞げなくて……びっくりしたぁ……。でも、フライング判断できたのは……えらいよね? ほめてよね?」と心細い声で言う。
俺は「アイはえらいよ。よく気づいたね、いい判断だった」と言い、頭を優しく何往復も撫でる。
撫でるついでに髪の毛に付いた大量の赤い☆の火薬片をぱっぱっと払う。
褒められて安心したアイの表情がトロンと緩み、嬉しそうに目を細める。
すでにアイの全身は緊張と熱気と恐怖で汗だく。
本人は鼻が麻痺してそこまで感じないだろうけど、ジャージの袖口やショートパンツの裾が汗で張り付き全身びしょびしょで甘いミルクのような匂いと汗臭い甘酸っぱい匂いがかなり濃くなってきていて、周囲に漂ってる。
染みついた火薬の焦げ臭さと混ざってなんとも言えない非日常感と背徳感が襲ってくる。
アイ自身も臭いは少し感じていて読まれてしまっていたようで「わたし火薬くさいし汗くさいわよね……ごめんね」と彼女が恥ずかしそうに言うと、俺は頭を撫で続けて「こんな時でもアイは甘くて良い匂いだよ。ちょっと危険な香りがするけどな」と返す。
「そう?ありがと。ちょっとアブナイ女のニオイかもね?ふふふ」
冗談言い合いつつも嬉しくて尻尾がひらひら左右に動くのが見えて、愛しくてたまらない。癒しのひと時。
「さて、競技が進まないから、作業しようね」と促すと、「ふふっ。がんばるね」とアイは恐怖から正気を取り戻したようにぱたぱたと嬉しそうに帰っていき、そそくさとピストルの撃ち鉄を上げて火薬を交換し始める。
短時間で10発も撃ったことで熱せられた撃ち鉄の先は焦げて真っ黒になって、お風呂のお湯の温度程度に熱くなっている。
紙雷管の撃ちカスも同程度熱くなっていて、剥がす時に少しだけ感じて「あちっ」と小さく驚く声を出しささっと缶に捨ててる。
それを見てた俺に気づいてニコニコ笑ってる。
子供たちの再準備が終わり、スタートラインに再び緊張が張り詰める。
アイはすっかり平静を取り戻し、瞳にいつもの水色の輝きが戻っていた。
心の中で、(……まだ少し怖いけど…いや、楽しめるかもしれない。トレーナーがいるから、わたしは完璧にスタートを決める!)と自分を奮い立たせる。
片耳を塞ぎ、無理に力を入れずまっすぐ横に構え、しっかり子供たちの方を見つめる。
合図の声もかなり力強い。
「位置について!」
「よーい!」
パン!
ハンマーが芯を少し外したのか、反響が少なく、音と響きはほんの少し控えめ。
それでも少し離れた俺の位置でも凄くうるさく、強烈な破裂音には変わりない。
1、2レース頃のアイならビクッ!!と体を硬直させていただろう。
今は耳への衝撃の怖さもかなり薄れ、目を閉じることはない。
(目を閉じて「怖い!」と思い込みすぎると音が大きく聞こえる……視界を遮らない方が、意外と冷静でいられるわ……)
「胸のドキドキは収まらないけど……ちょっとだけ、楽しくなってきたかも!」
少し安堵して、小さく呟く。
真剣な顔つきで手際よく紙雷管を交換。手はもう震えていない。
作業が終わると、俺に微笑みかけるので俺は軽く手を上げて返す、観客席や待機列の子供たちにもニコニコで手を振ってファンサ。
今までは汗だくになっていてもそれを気にする余裕もなかったのに、タオルでしっかり汗を拭き、さっき火薬の燃えカスで汚れた頰のすすをきれいに落とす。
第10レーススタートのアナウンスが流れる。「第10レース、準備をお願いします!」
アイの顔はだいぶ晴れやかだ。
片耳を塞ぎ、スタートラインの子供の方を真っすぐ見渡して堂々と横斜め上にピストルを構える。
「位置について!」
「よーい!」
1発目の引き金を引いたのと同時にスタートラインからはみ出している子を鋭く見抜き、見逃さない。
即座にフライングの2回を決める。
パン! パァーン!!
完全に芯を捉えたのか、凄まじい轟音がグラウンドに2発続き、アイの視界にわずかに入る火花が双方から散り、赤い☆の破片が大量に飛び散って頭上にも降り注ぐ。これだけ強烈だとハンマー上げても雷管の台紙の原形はほとんど残っていないだろう。
耳が軽くキーンとして、強烈な音に少しだけ顔をしかめ、肩がピクッと震える。
白煙が覆い隠すほどの量吹き出したので予測してすぐアイは軽く息を止める。
流れる大量の煙も気にかけず、スタート地点に駆け寄って手を広げ、身を乗り出して子供たちを静止させる。
「はい!ストップ! もっかいスタートしようね~」
と、優しく微笑んで言う。
2コースの女の子はピストルが2連発近くで鳴った後は怖くて耳を塞ぎ続けていて、アイを「近くでピストルを乱射する怖いおねえさん」と脳がインプットし、少し体が震えて畏怖の念を抱き始めている。
その子に気づいたアイは恐怖心を少しでも和らげるためにピストルを一旦遠くに置いて駆け寄る。
かがんで優しく撫でた後に鼓動を聞かせるように軽く抱きしめながら、「撃ってるわたしもピストルの音が怖いし心臓がドキドキしてるの。ほら。聞こえるでしょ?耳塞いでいいからね、一緒にがんばろうね!」と言う。
「うん、アイちゃんもドキドキしてる…一緒にがんばろ!でも抱き着くと花火した後みたいに火薬くさいね」と言うとアイとスタート地点と待機列のみんなに笑いが起き、その子もニコニコしていて怖さが和らいだようだ。
再度、その子の頭を軽く撫でて元の位置に戻る。
強烈な煙の臭いが立ち込める元の位置に戻ってきたアイの心臓はまだドキドキしているけど、子供とコミュニケーションしたことで癒された様子。
どこか余裕が出てきている。
(ちょっとこわかったー……やっぱ2発撃つと音おっきいわね……でも……クセになってきたのかしら……意外と煙は息止めなくても大丈夫かも。怖いのが薄れると火薬がいいにおいのような気がしてきたわ…)と心の中でつぶやく
色々慣れてきて、ちょっと危険な思考がチラチラし始めている。
少し遠くに置いていたピストルを拾って、双発のハンマーを上げる。
「うわっ、両方とも台紙が半分以上吹き飛んで真ん中の火薬部分がかなり濃く焦げてるわ……凄い爆発だったのね……」
ピストルの台座とハンマーがかなり熱を持ってきて、こびりついた撃ちカスが手では取れないので、ピストルのグリップの黄色い紐に付いている金属クリーナーの存在に気づき、それを使いささっとかき出す。
手早く2枚の紙雷管を交換する際に焼けたピストルと焦げた台紙に染みついた濃い火薬の臭いが漂うと俺にはアイがわずかにうっとりした表情している風に見えるのは気のせいか……?
(黄色い紐についてる金属のやつ、俺は使い方知らないからただの飾りだと思ってた……いつのまにか使いこなしてる。さすがアイ。)
準備が済んだので再スタートが切られる。
合図から耳を抑えながら構えに移行するポーズもスムーズになり、様になってきた。
明るくはっきりした声色で号令をかける。
「位置について!」
「よーい!」
パァン!
今度はフライングなしに無事スタート。
安堵の息を吐き、アイの耳はさっきの余韻で少しキーンとしている。
スタート直後に全力で走る子を見送り「がんばれー!」と声援を送る余裕も出てきた。
アイの髪の毛にまた台紙の破片が降り注いで火薬まみれなので、俺は近くに移動する。
近づくと、今日一番アイから漂う火薬と紙の焼け焦げた濃い臭いが鼻を突く。
どんどん臭いが逆転しアイの体から漂ういつもの良い匂いは影を潜め、危険な火薬の香りに支配されている。
それでもわずかに汗の甘酸っぱさと体臭の甘さがたまにふわっと漂い、まとった火薬とミックスされてより良い匂いに思えてくる。
もはや麻薬のような中毒性のある危険な魅力で多分今日という日が終わっても思い出すだろう。
俺は声をかけながら、紙雷管の交換をしてるアイの髪の毛の台紙の破片を優しく払い落とす。パラパラと赤い☆柄が地面に落ちる。
「様になってきたな!」
「髪の毛払ってくれてありがと。撃ってる自分では破片が頭に飛んできてるのわからないから助かるわ。うん!ちょっとだけ慣れてきたみたい。手は真っ黒だけどね、ふふっ」
と、火薬のすすで真っ黒になった手のひらを笑いながらいたずらで見せてくる。
手が開くと土の臭いが混ざって花火大会終わりの帰り道のような埃っぽい古びた火薬臭が広がる。
「おお、その手はアイが頑張ってる証拠だね。このまま後少し気合で乗り切ろう!」
「張り切っていくわよ! おー!」
と、アイとパチンと強めにハイタッチをする。
彼女の表情は恐怖より自信が勝ち始め、瞳の輝きが完全に復活していた
その後競技は滞りもなく、慣れてきたのもあってアイの手際の良さが加速度的に上がりスムーズに進行した。
後半戦に入り、20発以上を撃ち終えた頃、スタート地点は土煙と火薬の煙がミックスされてアイの周りは薄い煙の幕が出来ている。
離れた10m以上先でも常時火薬の臭いが漂い、近くでアイの姿を見ると煙の白いもやに包まれた状態で完全に戦場の戦士のような雰囲気。
アイはピストルを鳴らした後、体は本能的に少しピクッとするものの、片耳を塞いで今から鳴るぞ!と状態がわかっている時はもう音にビクビクすることはなくなっていた。
鳴らした後はすぐに元気な声援を送って子供たちや観客席に向かって笑顔でブンブン手を振りファンサをする余裕も出てきた。
アイは心の中で、(……音は大きいけどもうそこまで怖くない。トレーナーがついてるし、子供たち、みんなの笑顔が見えるだけで楽しいわ…!)と呟く
俺も鼻が麻痺してきているせいか、煙の塊が来ない限りは濃い刺激臭は薄れ、運動会特有の粉っぽい乾いた火薬の臭いがするだけになった。周りは凄まじい充満具合だと思うが、火薬の濃度が薄く感じるので余計に良い匂いに感じる。
アイに関しては鼻が完全に麻痺しているようで、フライングや強烈な爆発の時でも息を止めたり、煙の塊を避けることをしない。
というか煙の中で鼻を小さくクンクンしているように見える…
俺も爆発音を20発以上近くで聞いているので常に耳が少しキーンとしている。アイもきっと同じような状態だろう。
最後の20組目のアナウンスが流れる。「最後のレースになります。みなさん楽しく頑張ってください!」
ピストルを構えるアイの目はキラキラし始めていた。
片耳を塞ぎながら適度に力は抜けつつもピンとした良い姿勢で合図する
力強い声色のアイの号令が空に響き渡る。
「位置について!」
「よーい!」
パァーン!
紙雷管が火花を出し弾けた轟音がグラウンドを震わせる。
飛び散る真っ赤な火薬片と煙に包まれながら、アイは疾走する子供たちに「最後まで全力でがんばれー!」と声援を送った後に、急いでハンマーを上げ、ささっと焼けた紙雷管をかき出し、新しいのをセット。その間、たった約3秒。
まだ20数回しか撃っていないのに、もはや歴戦のツワモノの風貌。
何をやらせても吸収が早い天才だ。戦いの中で成長する女 アーモンドアイ。
急いでいたのはこの学校の特殊ルールで、短距離走でも全競技終了時に2回ピストルを鳴らすからだ。(実際の学校でもたまにある)
子供たちが全員ゴールするのを確認すると、アイは片耳を塞ぎ、初めてピストル鳴らした時にやったように伸ばした手の先にあるピストルの台座に乗った火薬の粒に敢えて視線をじっくり向けて引き金を2回引く。
パンッ、パァーン!
アイは凄まじい音に本能的に体が少しだけビクっとするもののほぼ怖がっておらず、連発で火花が飛び散り、真っ白で濃厚な煙が吹き出し、赤い☆が盛大に舞い散る様を「おおー…」と小さく声を漏らして目をキラキラさせて、アイを覆いつくす立ち込める煙に鼻を少しひくひくさせてるような気がする。
(完全にスリルを味わってるな…最初は冷や汗かくくらい震えあがって怖がってなかったか…)
グラウンド全体に連発した乾いた破裂音が鳴り響き、歓声が鳴り止むと、4年生20組の徒競走プログラム終了のお知らせアナウンスが流れる。
歓声とピストルの轟音が止むと、静寂にいるような錯覚に陥り、キーンとした耳鳴りをより強く感じる。
「アイちゃんかっこよかったよー!」と観客席や周りから声が飛んでいて、1人1人に見えるようにニコニコと手を振って返している。
結局、アイはフライング+再スタート合計3回と競技終了の2発を含めて、28発を撃った。
アイの周りに近づくと競技終わりの2連発による強烈な濃い硝煙の臭いがまだ漂っていて、ピストル本体から漂う熱気がプラスされてムワッとする。
「ちょっと最後のは耳にきたわね……でも、晴れ晴れとして心地いいわ。ふふふっ」
と俺に向けて言い、全然平気そうに耳を抑えるジェスチャーをする。
緊張から解放されてほっとした表情だけど満足感に溢れ、ニコニコしていて楽しそう。
俺は濃い煙の臭いに軽くむせながら答える。
「お疲れ様。後半のアイは堂々としててとても良かったよ。沢山撃ったけど耳は大丈夫?」
アイはしゃがんで後片付け。職人技でハンマーから焼けた紙雷管2枚を高速でかき出しながら会話する。もう全てが手馴れていて感心する。
「うん。平気よ、最初のレースで無防備で鳴らした時に比べたら全然軽いからすぐ収まると思うわ」
その後、俺とアイはピストル撃った付近に爆発して散らばった見えてる紙雷管の破片を拾う。
一般的には目立つ色のグラウンドで臭うゴミだし、もし完全に発火してなくて生きてる火薬のかけらがあるものが混ざっていたら危ないので拾えるものは回収した方がいい。
火薬の特性だから仕方ないけど、ピストルの音が少し小さい時が2、3発あったし多分半爆だろう。
拾ってる途中にアイはおそらく完爆して台座からそのまま形を残して飛んだと思われる真ん中の火薬が黒茶色に焦げた台紙を見つけてつまみあげると、鼻でスンスン嗅いで少し目をトロンとしてうっとりしながら話す。
「撃ち続けていて思ったのだけど、紙と火薬の焼け焦げた臭いがクセになったわ、はぁー……いいにおい…トレーナーもそう思わない?」
「うん、まぁ子供の頃はよく拾って匂い嗅いでたからよくわかるよ、クセになる臭いだよね。アイが撃った後の煙が漂ってくるといい匂いに感じるよ」
と返すと「ふふっ、やっぱりそうよね!そうよね!!」と顔を近づけて迫ってきて目をキラキラさせてニコニコで嬉しそう。
そして、もう一度吸い込むように雷管の濃い火薬の臭いを嗅いで「んー…いいにおい……」と恍惚の表情でうっとりしてる。
(あ、これアイは完全に火薬の臭いの虜になっちゃったな。あんなに最初怖がってたのに……)
一通り見えてる赤い破片を掃除し終わったら、アイは使い終わったピストルのグリップを手汗でぬるっとしたのを拭いている。
新品でピカピカの金色だった台座とハンマーは短時間酷使でもう真っ黒に焦げ付いている。
ハンマーと台座に焦げ付いた台紙の細かい破片と火薬カスを金属クリーナーと缶に入ってる掃除用のタオルで入念に掃除。
さすが真面目で几帳面なアイは道具のお手入れも怠らない。
かなりの熱を持っていて、金属で蒸された焦げ付いた火薬煤の熱くて重苦しい臭いがこっちにも漂ってくる。
「ハンマーがかなりアツアツだったわ。競技後半は撃った直後の火薬の紙は相当熱いから手でつまむといつかやけどするかも」
「そこまでの回数撃ったことないから知らなかったけど、連発すると熱持って大変なんだね。こんな機会の次があるかはわかんないけど、ピストルは二丁必要だね」
と俺が返すとアイは頷く。
掃除が終わると、次の徒競走プログラムのスタート地点の次の係の子にピストルを渡すために向かう。
30mくらい歩いてピストルを撃ってた重苦しい火薬の爆心地から離れたので、信じられないくらい空気が澄んでる錯覚に陥る。
アイは深呼吸しながら「なんか空気が澄んでる! 空気がおいしいわ!」と言ったはいいものの少し経つとなぜか火薬の臭いがしないのが寂しくなり逆に恋しいような顔をする。
次のスタート地点に着くとアイは同じトレセン学園のピストル係担当のタイキシャトルにピストル用具一式の入った缶を渡す。
アメリカ帰りで色んな銃を撃ち慣れてる銃のスペシャリストだ。
タイキシャトルは相変わらずハイテンションでカタコト英語で話しかけてくる。
「アイのガンシューティング、アメイジングでかっこよかったデス! 最初は危なっかしくて見てられなかったデスけど後半のムーブはエキサイティングデシタ!」
「ありがとう。そうね。初めてで何もわからなかったから恥ずかしいとこ見せちゃったわね。銃の扱いに長けて経験豊富なシャトルには色々勉強させてもらうわ」
「まかせてクダサイネ! あとでわからないことがあれば色々レクチャーシマス!」
「頼もしい!楽しみにしてるわ。ピストル係頑張ってね!」
手を振って別れると、アイは水道口で煤だらけで真っ黒になった手を石鹸でゴシゴシ洗う。
手を洗っていると、アイのピストルの合図で走った4年生の子たちがたくさん駆け寄ってくる。
「アイちゃんありがとー! おかげで楽しく走れたよ!」
「鉄砲パァーン!って撃ってるアイちゃんかっこよかった!」
「目瞑って怖がってピストル撃つアイちゃんかわいかったよ。」
「俺もいつかアイちゃんみたいにピストルバンバン撃ちたい!憧れる!」
「ピストル撃ちまくるアイちゃんは怖かったけどやっぱり可愛いし優しい。」
四方八方から色んな声がわちゃわちゃ聞こえてくる。
「今のわたしに近寄ると火薬くさいわよ~。君たちもピストル撃った後みたいなくっさい臭いになっちゃうよ。覚悟のある子だけ近くに寄りなさい?」とドヤ顔でふざけて笑いながら言う。
そんなことは一切気にせず、みんな嬉しそうにふざけて「アイちゃん火薬くさーい」「こげくさい!」など言いながらベタベタ触って抱き着いたりまとわりついてる。
「ふふっ。みんなありがとね。最初怖かったけどみんなの頑張る姿に癒されて私も楽しくピストルで合図できたわ」
と子供たちの頭を順番に優しく撫でる。
次の徒競走が始まるので、みんな帰るようだ。
「アイちゃん競バもがんばってね! いつも応援してるよ!」
「ありがとう! かわいいみんなの期待は裏切らないわよ!」
と大きい声で言い、笑顔で手を振るアイ。次のレースも絶対に負けられない…!と気合が入る
「大人気だね。午前はもう出番はないからまったり競技を眺めてよう。しっかり耳と体休めといてね。」
「うん。そうする。もう耳は殆ど大丈夫だけどお昼からもピストル鳴らすからね。」
俺とアイは事前に用意された椅子に座る。
そこから20m程先に徒競走のスタート準備が見える。低学年なので50m走。
遠くでさっき話していたタイキシャトルが慣れた手つきで紙雷管をセットして、ピストルを構えているのが見える。
ピンとまっすぐ真上に腕を伸ばして耳も塞がずに堂々とした歴戦の風貌でピストルを構えている。
撃つ時に口はほんのわずかに開けているのが見える。
「オンユアマーク!」
「セット!」
パァーン!
離れた場所で独特のカタコト英語の号令と乾いた紙雷管の弾ける音が聞こえる。
合図は完璧で小気味いいリズムで子供たちも走りやすそうだ。
(でも日本では日本のスタート合図しなさい、子供たちが困惑するだろう……)と苦笑しながら勝手に突っ込む俺。
「あ! 真上に向けて撃ってる! そうやって撃てば音を抑えられるのね!しかも見た目もスマートだわ!
後でシャトルにピストルを撃つ時のコツを色々教えてもらわないと」とアイは感心して色々吸収しようとしている。
「それにしても立ち振る舞い全てがかっこいいわね……少し妬けちゃう。わたしもあんな風にかっこよく撃てるようになるかしら……? 負けてられないわね」
負けず嫌いなのでなぜか勝手に対抗心を出し始めるアイ。
「その向上心は凄くいいと思うよ。でも、ピストル係は競バみたいに勝ち負けはないと思うぞ」と突っ込む。
「ふふふ。負けないわよ。しっかり色々見て研究するんだから! もう耳なんて塞いでられないしかっこよく撃ちたいわ! 早速お昼の競技では今見たことを実践するんだから!」
アイの良い癖でもあり悪い癖でもある闘志メラメラモードでかかり気味に鼻をふんふん鳴らして、シャトルのピストル撃つ様子をじっくり眺めている。
「それにしてもこのくらいの距離ならあんまりピストルってうるさくないのね。」
(周りを見るとさすがにこの距離で耳を塞いでる子は少ないが、20m先でも最低で約100db近く出るので十分うるさい)
「いや……アイ……ここでも相当うるさいよ。もしここでアイがピストルの音をさっきみたいに初めて聞いてたら多分この距離でもビクッとなってぷるぷる震えあがっていたと思うよ……?」
「そうかしらね?もう初めてのことは覚えてないわ。今はこわくないからいいもーん! ふふっ」
子供みたいにとぼけて笑ってごまかす仕草がかわいい。上機嫌に足をぷらぷら、パタパタさせてる。
何度かスタートのピストルが鳴ると風に乗ってシャトルのピストルからほぼ見えないほどの薄い煙が流れてきてほんのわずかだけ火薬の臭いがするけど、アイは鼻がまだ少し麻痺していて何も感じないようだ。
アイの体から染みついた火薬の臭いが大人しくなって、いつものいい匂いの甘さより酸っぱい汗臭いにおいをさっきより強く感じる。
お昼休憩の時に汗流すために一旦シャワー借りて浴びさせてもらおうと俺は提案する。
「そうね。折角のお弁当が火薬臭くなっちゃうわね。体中汗ビショビショだし汗くさいのを自分でも感じるわ。触れ合う子供たちにも悪いし一旦流したい。多分シャワー浴びる可能性もあるかも思って着替えとお風呂で使ってるものをセットでかばんに忍ばせてきたわ」
「じゃぁ、後で先生方に許可を取ってくる。」
「ありがとう、トレーナー。お願いするわね。」
アイは子供たちの頑張る姿に癒されながら、シャトルのピストル係の様子をなめまわすように見つめていた。
真上に腕を伸ばし、耳も塞がずに堂々と構える姿、爆音をものともしない余裕、煙を避けずに平然と立つ姿勢……すべてが参考になる。
子供たちの歓声や走る姿を眺めて声援を送りながらも、雷管の煙が風に乗って流れてきてアイが感じるくらいふわっと香ると目で追いかけて嬉しそうに鼻をくんくんしていた。
…2時間後
子供たちの競技を観戦しゆったりとした時間を過ごし、午前のプログラムが終わった。
シャワー室が借りられることになり、アイは立ち上がる。
「シャワー浴びてくるから少しだけ待ってて。お弁当はトレーナーと一緒に食べるから先食べないでね!」
「おう。しっかり疲れも洗い流してきてね。いってらっしゃい!」
アイはトレーナーとの時間を1分も無駄にしたくないので周りに気を付けつつレース並の俊足のダッシュで向かう。
…更衣室兼シャワー室
着替えながら朝の出来事を振り返っている。
「数十分ピストル撃っただけなのに、どっと疲れた~……本当は大好きなお風呂にゆったり浸かりたい……。
号砲鳴らしたいだけの好奇心でノリノリで引き受けたら、まさかこんな怖いものなんて思わなかった……音が大きすぎよ……」
「ピストルの音なんてテレビとぱかチューブの映像でしか聞いたことないもの……わたしとしたことが完全に油断してたわ。
でも、トレーナーのおかげでピストルが怖いのも克服しかけてるし、むしろ今は撃つの楽しい! 感謝しなくちゃね……!
あとは耳を塞がずに撃てるようになればいいけど、さっきシャトルに色々教えてもらったし頑張れそう…!
火薬のにおいも最高だし…ピストルで合図出した後にあのにおい嗅ぐとドキドキしてレース中と同じくらいアドレナリン出ちゃう!」
……
「トレーナーは私の無茶を聞いてくれた上で厳しく指導してくれて、適度な距離感で見守ってくれるのが本当に嬉しい……。
それでいてわたしが本当に困った時や不安で怖い時は絶対に助けてくれる……
トレーナーがいなければGIもこんなに沢山はきっと勝てなかっただろうし、こんな多くの人に応援してもらえるわたしにはなってなかった…
デビュー前から一緒に歩いてきて、わたしは無茶ばっかり言って色々手間もかけたし後悔することもあったけど、今はどれもかけがえのない思い出。
もっと強くなって速くなって、もっと楽しい思い出を作りたい…!そして…一生……絶対に離れたくないし、離さないわ。」
溢れる思いが募って爆発しそうなところに、自分の体から漂うにおいで現実に引き戻される。
「うわ……あせくさい…」
「ピストル撃ってる最初の方は極度の恐怖と緊張で冷や汗も凄かったし、乾いて全身が汗くさいし、火薬くさい……
ピストルや紙雷管から出る火薬の臭いはいいにおいだけど、冷静な状態で自分の汗や体臭と混ざると不快だわ…
なんでいつもみたいに無茶して走ってもいないのにこんなに汗かくのよ…こんな体験、生まれて初めてだわ。早く全身キレイにしなくちゃね。」
シャワー室に入り、アイは小分けで小さい容器に詰めてきたお気に入りのシャンプーやボディーソープで全身を洗い流す。
すべてを丁寧に洗い落としていく。
シャワーの温かいお湯が体を包むと、ようやく肩の力が抜け、いつものアーモンドチョコの甘い香りとミルクのような優しい感じが少しずつ戻ってくる。
一通り汚れを流し終わり、シャワー室を出ると疲れも少しは取れた様子。
タオルで拭いた後にアーモンドとバニラの甘い香りのするロクシタンのボディクリームを全身に塗り、軽くリップも塗る。
そそくさと新しい下着、上下と靴下を着替えて、鏡の前で髪を乾かして整え、リボンをぎゅっと結ぶ。
いつものキラキラで清潔感のある完全で究極のアイドルのアイに戻った。
「よし…!トレーナーが待ってるから早く戻って一緒にお弁当食べなくちゃ!朝は沢山迷惑かけちゃったけど、午後の競技こそはかっこいいとこ見せるんだから!」
