2026-03-28
『睡蓮の花』
忘れられたくない人がいるのなら
花の名前を1つ教えておきなさい。
そんな雰囲気の言葉が書かれた
本を過去に読んだことがあった。
忘れられたくないといえば
少し前の記憶が蘇ってくる。
あれは彼女と行き先を決めることなく
ただ、赴くままに散歩をしていた初夏。
まだ暑いというには早くて
丁度よい気温でポカポカと
眠ってしまいたくなる1日。
「なんかこの道、魅力的ね」
彼女は僕が気付くことのなかった
凄く細い道を見つけてそう言った。
「ん?」と彼女の視線を辿っていく。
本当に魅力的な道がそこにはあって。
「わぁ、よく見つけられたね」
「君と散歩していると楽しい」
自分1人では絶対に気付けなかった道を
いとも簡単に気付く彼女への好意が増す。
「行ってみよう、池が見える」
魅力的な道に、彼女は怯えることなく突き進んだ。
「ちょっと待ってよ」と後を追うように僕も進む。
一面、睡蓮の花が咲いている池だった。
誰にも気付かれていない秘境みたいな。
「素敵ね、これだったら池の上を走れそう」
睡蓮の葉が浮かんでいて、そう思ったのか。
「走ってみなよ、僕はここで見とくから」
彼女の背中を少し押して、手首を引いた。
落とそうだなんて思っていなかったし
本当に軽い力でポンと押しただけだが。
彼女はこれまでに見せたことのない表情を
僕のほうに向けて、ムッと頬を膨らませた。
「ごめんね、あまりにも可愛くてつい」
口角を上げて、彼女に微笑みかけると。
「まったく、君はいつになったら大人になるの」
僕のことを馬鹿にしているつもりなのだろうか。
それもまた可愛らしい。
「行き止まりだね、秘境のための場所」
「これは私たちだけの秘密にしようね」
池を見ていた彼女は僕のほうを向いて
小指を突き出して約束をせがんでくる。
重ねるように僕も小指を突き出して
「指切りげんまん」を一緒に歌った。
来た道を、手を繋ぎながら戻り
秘境へと続く道の入り口を出る。
そこから右へと曲がり、進んでいくが
「写真だけ撮ってきていい?」と彼女。
秘境の入り口を覚えておくために
写真を残したいのだろうと思った。
僕も覚えておきたいと思って戻ったのだけれど
今、来た道を戻ったのにどこにも入り口はない。
「あれ~」と彼女は頭を掻きながら
「夢だったのかな」とボソッと呟く。
「いや、僕も一緒に行ったから夢ではないね」
彼女にそう言った瞬間、光が僕を襲ってきて。
自分の部屋で目が覚めた。
まだ季節は春めいていて、肌寒く
目から溢れていた涙は冷たかった。
池に浮かんでいた睡蓮の花が脳裏に
まだこびりついていて忘れられない。
彼女の名前すら知らないというのに。
ムッと頬を膨らませた表情すらもう。
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『睡蓮の花』
忘れられたくない人がいるのなら
花の名前を1つ教えておきなさい。
そんな雰囲気の言葉が書かれた
本を過去に読んだことがあった。
忘れられたくないといえば
少し前の記憶が蘇ってくる。
あれは彼女と行き先を決めることなく
ただ、赴くままに散歩をしていた初夏。
まだ暑いというには早くて
丁度よい気温でポカポカと
眠ってしまいたくなる1日。
「なんかこの道、魅力的ね」
彼女は僕が気付くことのなかった
凄く細い道を見つけてそう言った。
「ん?」と彼女の視線を辿っていく。
本当に魅力的な道がそこにはあって。
「わぁ、よく見つけられたね」
「君と散歩していると楽しい」
自分1人では絶対に気付けなかった道を
いとも簡単に気付く彼女への好意が増す。
「行ってみよう、池が見える」
魅力的な道に、彼女は怯えることなく突き進んだ。
「ちょっと待ってよ」と後を追うように僕も進む。
一面、睡蓮の花が咲いている池だった。
誰にも気付かれていない秘境みたいな。
「素敵ね、これだったら池の上を走れそう」
睡蓮の葉が浮かんでいて、そう思ったのか。
「走ってみなよ、僕はここで見とくから」
彼女の背中を少し押して、手首を引いた。
落とそうだなんて思っていなかったし
本当に軽い力でポンと押しただけだが。
彼女はこれまでに見せたことのない表情を
僕のほうに向けて、ムッと頬を膨らませた。
「ごめんね、あまりにも可愛くてつい」
口角を上げて、彼女に微笑みかけると。
「まったく、君はいつになったら大人になるの」
僕のことを馬鹿にしているつもりなのだろうか。
それもまた可愛らしい。
「行き止まりだね、秘境のための場所」
「これは私たちだけの秘密にしようね」
池を見ていた彼女は僕のほうを向いて
小指を突き出して約束をせがんでくる。
重ねるように僕も小指を突き出して
「指切りげんまん」を一緒に歌った。
来た道を、手を繋ぎながら戻り
秘境へと続く道の入り口を出る。
そこから右へと曲がり、進んでいくが
「写真だけ撮ってきていい?」と彼女。
秘境の入り口を覚えておくために
写真を残したいのだろうと思った。
僕も覚えておきたいと思って戻ったのだけれど
今、来た道を戻ったのにどこにも入り口はない。
「あれ~」と彼女は頭を掻きながら
「夢だったのかな」とボソッと呟く。
「いや、僕も一緒に行ったから夢ではないね」
彼女にそう言った瞬間、光が僕を襲ってきて。
自分の部屋で目が覚めた。
まだ季節は春めいていて、肌寒く
目から溢れていた涙は冷たかった。
池に浮かんでいた睡蓮の花が脳裏に
まだこびりついていて忘れられない。
彼女の名前すら知らないというのに。
ムッと頬を膨らませた表情すらもう。
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