言の葉の翠

2026-03-09
『元カノと僕と香水と』

久しく会っていなかった元カノと
偶然、駅のホームで会ってしまい。

「よっ」と気安く話しかけてしまった。

不審者を見る目をしていたのだけれど
僕だと気付くや否や「あっ」と驚いて。

「なんだ、君か。元気だった?」と
あの頃と変わらない声音をしていて
「元気だよ、そっちは」と訊ね返す。

「どう見ても元気でしょう」と冗談気に
腰に手を当てて元気アピールをしてきて
僕らは駅のホームでわははと笑い合った。

元カノからは知らない匂いがしていて
過去に渡した香水の匂いはしなかった。

「いい匂いがするね、何の香水?」
僕は知りたくて訊ねたのだけれど。

「これはね、」と言いかけたところで
電車がガタンガタンと大きな音を出し
僕らの目の前を通り過ぎていったから。

何も聞こえなかった。

「ん?聞こえなかったわ。もう一回言って」
僕は元カノに、素直に訊ね返すのだけれど。

「聞こえなかったってことはね」
「聞こえない運命だったんだよ」

過去に渡した香水から漂うような
匂いはもう、元カノからしなくて。

僕に対しての未練はもう無いんだよな、と
どこか寂しくて、けれど悲しくはなかった。

「君もいい匂いするけど」
「何の香水使ってるの?」

元カノは僕から漂ってきた匂いの答えを
求めるようにして訊ねてくるのだけれど。

言えるわけもなかった。

元カノが別れる直前、僕の家に忘れて帰った
或る香水を未だ、買って使っているだなんて。

「知らなくてもいい運命だってあるよ」
僕は元カノにそう答えて、遠くを見た。

時計は16時40分を示していて
僕が乗る電車まであと10分ある。

10分は話せると思って元カノのほうを見ると
僕から少し離れた位置でこちらを見つめている。

行き交う人の足音や駅の騒音のせいで
元カノが僕から離れたことに気付かず。

目が合った。

ホームには1つの電車が停まっていて
元カノは微笑んでから、それに乗った。

僕もその電車に乗る。

元カノが乗った号車に移動をして
探してみるのだがどこにもいない。

いない、いない、いた。

隅で隠れるようにスマホを弄っていて
どうやら、僕との写真を見返している。

「よっ」とまた僕は声をかけた。
「ついてきちゃダメ」と元カノ。

続けるようにして「また恋をしちゃう」と
付き合った頃と同じような表情をしていて。

微かに、過去、渡した香水の匂いがした。

--