言の葉の翠

2026-04-20
『まるで天国のような』

「天国ってどこにあると思う?」
一通の連絡が僕のもとへ届いた。

深夜3時、尿意を催してお手洗いへ行き
少し眠れなくてスマホを弄っていたとき。

その連絡に気付いた僕は寝ぼけつつ
「分からないです」と素直に返信し
アレクサに曲を流してもらって寝た。

11時に目が覚めると曲が止まっていて
アレクサはただ時間だけを表示している。

「アレクサ、ありがとうね」と話しかけると
「こちらこそお役に立てて良かったです」と
人間味のない返答だけが寝室中に響き渡った。

すぐに起き上がるには体が怠くて
いつも通りスマホを弄ってしまう。

真夜中、寝ぼけながら返信をしたことを
すっかり忘れていた僕は通知で思い出し
何が送られてきたのか、興味深く読んだ。

「天国って"場所"ではなくて、人生で1番幸福な瞬間を」
「幾度となく繰り返し経験できてしまうことだと思うの」

僕は、死んだ末に行き着く場所が天国だと思っていた。
けれど、この人は"場所"ではなく"経験"を天国と言う。

「その考え方、魅力的で素敵です」
「ところで1番の幸福は何ですか」

女性が突っつかれたくなかろう箇所を
容赦なく突っついて嫌われようとした。

5分くらい経って、「入力中...」と画面に表示されて
「まだ経験したことがない。これから」と返信がきた。

「分からないですよ、実は経験しているのかも」
いじるつもりはなかったけど、いじってしまう。

少し暑くて、毛布を床に落とす。

「あなた、性格が悪いって言われない?」
「幸福が何かさえ見失うわよ、それだと」

思わず、笑ってしまう。

犬が尻尾を振るみたいに、僕は足をバタバタとさせ
「言われないです、いや、言わせないです」と返信。

「もういいよ、連絡した私が馬鹿だったわ」
1度だけ会ったときに見た表情を思い出す。

「1つだけ訊きたいことがあります」
「今、幸福が何か気付いたのでは?」

久しぶりに話した。4年前に1度だけ会って
それ以来、話をすることすらなかった女性が
どうして深夜に連絡を送ってきたのかはもう
想像するには容易で答えは分かりきっている。

失恋をした、慰めてもらいたかった。
それをしてくれるのが僕だけだった。
だから4年ぶりに連絡を送っていた。

「3日前、彼と別れたの」
女性は淡々と話し始める。

「5年も付き合っていたの、相当じゃない?」
「なのに別れるなんて、時間を返してほしい」

怒っているようだけど、幸福に似た何かを感じる。

「その5年間があなたにとって、天国なのでは」と
女性が僕に言ってきたことを言い返して気付かせる。

いっとき返信が来なかった。

1時間弱経ってようやく返信が届いた。
「ごめん、泣いてた」と書かれている。

「その涙もきっと幸福に含まれていると思う」
「それほどまでに愛する人がいて、羨ましい」

僕の返信に対して、「愛した人ね」と返信がきた。

嫌われようとした自分がどこか情けなくて
「さっきはごめんね、強く言って」と謝る。

「いいの、私こそ突然連絡したのに自分勝手でごめん」
「でも話せて良かった、元気そうじゃん、頑張ってね」

女性から送られてきた連絡にリアクションを残し
それから、話を長引かせることはしなかったけど。

会ったときに撮った写真を見返した。
僕だけが浮かれて笑顔で写っている。

幸福だった、まるで天国のような。

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