言の葉の翠

2026-03-12
『もし、23歳だとして』

もし、自分が23歳だとして
結婚をして子供がいるのなら。

どういう生活を送っていて
どういう感情を抱いていて
どういう日常が過ぎるのか。

少しばかり考えてみたけれど
どうしても現実的ではなくて
まるで夢の中にいるみたいな。

けれど、周りを見渡してみれば
23歳で愛する人と結婚をして
小さな命を育てている人もいる。

尊敬している、と言えるほどに
私はその人たちを直視できない。

私からすれば、それは夢の中なのだけれど
その人たちは必死に現実を生き抜いていて
私なんかが何かしらを言える立場ではなく。

今でさえ余裕がないというのに
手に入れられない幸福のようで
どこか、諦めかけていたりする。

もし、自分が23歳だとして
愛する人と結ばれたけれども
早くに亡くしてしまうとして。

私はその悲しみを、誰に、どこに
どうぶつけるべきか、分からない。

これから先、私はまだ生きていくのだけれど
愛する人と生きていくことができない現実を
どう受け止めて、どう過ごしていくかを悩む。

これも、私の夢の中でしかないのだけれど
現実では、早くに愛する人を亡くした人が
私の知らないところで生きていると思うと。

悲しいですよね、と言えるほどに
その人のことを受け止められない。

けれど、愛する人を亡くした経験を
私も1度だけしたことがあるからか
少しばかり、分かりえる部分がある。

その人がいた頃の記憶と、いない記憶が
交互に移り変わっていくみたいで寂しい。

会えない、という思いを抱きながらも
この世を生きていく辛さがあるけれど
あの世で会えるという嬉しさもあって。

愛する人の分まで生きてみよう、と
より愛が強まっていく気もしている。

もし、自分が23歳だとして
失う経験をしていないのなら。

きっと、気付くべきだったことにさえ
気付かず、全てを蔑ろにしていたから。

失う経験をできて良かった。
愛する人も物も何もかもを。

私は現実を一生懸命に生き抜いていて
あなたとこうして出会うことができた。

夢の中なんかではなく、現実として
触れることができる喜びに駆られる。

どうか、いなくならないで。

そんな言葉をかけられたらあなたが
きっとどこかで苦しんでしまうから。

どうか、幸せでいて。

そんな言葉をあなたに贈ろうと思う。
脆くてきっと、崩れてしまうけれど。

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