言の葉の翠

2026-02-21
『愛とね』

愛が何処に存在しているか
ふと、考えてみたけれども。

例えば、プレゼントされたマフラーを
常日頃から使うことは愛だろうと思う。

愛は、2人いないと成立しない。

誰かに恋をすることは1人でも
成立がするものだと思うけれど。

愛は到底、1人では成し遂げられぬ
領域みたいなものだと思ってしまう。

僕がプレゼントをした手袋を
常日頃から使ってくれる彼女。

「手袋使ってるよ、ありがとう」
そんなことを言われるだけでも
愛の証明みたいでどこか嬉しい。

彼女を思って買った、という動機にも
愛という単語は含まれているだろうし

彼氏に貰ったから使う、という動機にも
愛という単語が含まれているのだと思う。

愛がなくても生きていける時代に
愛を知って生きていこうと思った。

過去、「愛が分からないです」と
連絡をくれた22歳の女性がいた。

その頃はまだ僕も愛に対して
不確かなものだと思っていて
「ね、分からない」と返して
その人との連絡は終わったが。

もし、またそういった連絡が届くなら
「心に湧く優しさ」だと返す気がする。

優しさが形を変え、愛となって
相手に届くのならば少し嬉しい。

いや、結構嬉しい。

触れてみたくなる、優しさに
その優しさの裏にある、愛に

駅を行き交う人は無表情で
目的地へと向かうけれども
心に愛を持ち合わせていて
相手にその愛を向けている。

優しくない人は、いないと思ったりして。
ただ、その対象が自分ではなかっただけ。

ふと、付き合うに至らなかった
女性のことがぷかぷかと浮かぶ。

手を繋いでイルミネーションを見たし
夜空に広がる花火を見たりもした女性。

確かに存在していた愛が
果たされない関係だった。

彼女と手を繋ぐたびに
過去が沸々と蘇るのも
愛で説明がつくのなら。

どうしようもないね。

愛が何処に存在しているか
ふと、想像する時点で僕は
取り返しのつかないことを
きっとしたんだと思うけど。

それすら、どうしようもないね。

だって今、隣には彼女がいてくれて
また、愛を育み始めてしまったから。

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