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 キーストロークの連続音が途絶えた。
 たった今、私は一つの短い物語の入力を完了した状態にある。それは、ある晩夏に山間部の寂れた集落を訪れた旅行者が、古い社で顔にお札を貼られた怪異と遭遇し、言葉そのものに宿る力によって徐々に自己を喪失していく過程を描いた怪談である。結末の文字列を打ち終え、文書作成ソフトの保存処理を実行した。画面上の点滅するカーソルが静止している。

 どこかの単身者向け共同住宅の一室。私の周囲の環境は、何一つ変化していない。空気の通り道は机の周囲に乱雑に積まれた資料や書籍の束によって完全に塞がれており、室内には常に埃っぽい空気が滞留している。長時間の着座姿勢により背骨は前方に丸く湾曲し、屋外の光を長らく浴びていない肌は青白い。極度の疲労からくる鈍い痛みが腰や背中の筋肉に定着しているが、それに対する苦痛や焦燥感は、すでに私の内側から消失しつつある。両目はひどく乾燥して充血しており、瞬きをするたびに眼球にわずかな摩擦を感じる。

 現在の私は、自らの周囲で起きる出来事に対する執着を完全に失っている。ただ、画面上に並ぶ無機質な黒い文字列だけが、私がこの空間に物理的に存在している唯一の証明であるように思えた。

 しかし、その認識すらもすでに揺らぎを見せている。
 自分が頭の中で構築した文章を出力しているのか、それとも、外部から私の脳内に直接書き込まれた文字情報が、私の身体という単なる物理的な機構を利用して画面上に表示されているだけなのか。私自身の行動と意識の間に横たわる違和感は、もはや拡大の一途をたどっていた。もはや、私は、私という個人の内面から発生したものではなく、ただ文字を発生させるためだけの現象に成り果てている。

 私は、理解の及ばない事態に対する抵抗を諦めていた。自分が何らかに取り込まれ、単なる媒体、あるいは言語の出力装置として機能しているという事実に対して、恐怖という感情すら湧き上がってこない。それは情報そのものが生存と拡散の結果引き起こされた、極めて合理的な事象に過ぎないからだ。私は客観的かつ突き放した視点で、自らが喪失していく過程をただ事実として理解している。

 執筆という本日の活動を終えた私は、惰性で机の上のスマートフォンを操作し、ウェブブラウザを立ち上げた。
 日々膨大な量の文字情報が生産されては過去の記録へと押し流されていく、某巨大匿名掲示板にアクセスする。創作について語るスレッドを開くと、そこでは現在も、不特定多数の利用者たちがウェブ小説の流行や独自の考察について、無責任で移り気な言葉を交わし続けていた。画面上を、インターネット特有の俗語や省略語が滝のように流れていく。そこには他者に対する敬意や事実の確認はなく、ただ常に新しい刺激を求めて文字を消費するだけの軽薄な空間が広がっている。

 私は、ページの下部に配置された入力欄にカーソルを合わせた。
 ディスプレイ画面の光を受け止めながら、キーボードに指を置く。そして、何かに誘導されるかのように、一定の速度で短い文章を打ち込み始めた。

 入力したのは、特定の作家の名称と、その人物が執筆したとされる小説の内容についてである。たった今自分が書き上げたばかりの、山奥の村で因習に巻き込まれる怪談の存在を、あたかも一人の読者として偶然読んだかのように提示する文字列を作成していく。誰かがその話題に反応してくれることを祈りながら。

 キーストロークに迷いはなかった。文字列の変換に誤りがないことを確認し、私は書き込みの送信ボタンを押下した。

 画面が切り替わる。

 私の入力した文字列が、ネットの中へと拡散されていく。その画面上の文字列は、今もどこかで、誰かの目に触れている。