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八月二十日
午前七時に起床した。設定しておいた目覚まし時計の電子音による起床である。寝具から体を起こす際、腰と背中に鈍い痛みを感じた。長時間、同じ椅子に座り続けていることが原因であると推測される。立ち上がり、数歩歩いて洗面所に向かった。鏡に映る自分自身の顔を確認した。日光を浴びる機会が極端に少ないため、顔の皮膚は青白く、血色というものが欠落している。両目はひどく乾燥しており、白目の部分には細い血管が網の目のように赤く浮き出ている。視力も以前より低下している自覚がある。水で顔を洗い、タオルで水分を拭き取った。

仕事用の机に向かった。机の上には、通信機器と文字入力用のキーボードが配置されている。その周囲には、過去に仕事で集めた資料の束や、何らかの記述がある紙片が積み上げられている。床にも書籍が山積みにされており、部屋の空間を大きく占有している。換気を行うために窓を開けようとしたが、窓までの動線が紙の束によって完全に塞がれているため、開閉を断念した。その結果、室内には常に古い紙と埃の混ざった空気が滞留している。

午前八時から、依頼されている記事の作成を開始した。特定の製品に関する紹介文や、指定された主題についての短い文章を量産する仕事である。私は通信機器の画面を見つめ、キーボードの特定の文字盤を押し込む作業を継続した。タイピングの音だけが室内に響いている。感情や主観を交える必要はなく、ただ条件に合致する文字数を満たしていくことだけが求められる。

午後一時になった時点で、作業を一時中断して食事をとった。冷蔵庫の中にあった保存可能な食品を電子レンジで加熱し、そのまま摂取した。味覚に対する執着はすでに失われており、必要な栄養素を体内に取り込むことだけを目的としている。食事を終えた後、すぐに机に戻り、再び文字入力の作業を再開した。

午後八時に、本日のノルマとして設定していた文字数に到達した。作成した文章のデータを送信し、業務を終了した。極度の疲労により、頭部が重く感じられた。風呂には入らず、そのまま整頓されていない寝具の上に横たわった。目を閉じると、すぐに意識が途絶えた。

八月二十一日
午前六時半に目が覚めた。昨晩は照明を点灯させたまま就寝してしまったため、室内の明るさによって目が覚めたようである。身体を起こすと、昨日と同様に背中に痛みがあった。私の背骨は長期間の着座姿勢により、前方へ向かって湾曲した状態が定着しつつある。

本日はインターネット上で公開する短い物語を作成する仕事に着手した。指定されたいくつかの要素を組み合わせ、一定の文字数に達するまで文章を構築していく作業である。午前中の段階で、物語の前提となる設定と登場人物の配置を完了した。画面上に並んだ黒い文字群を視覚で確認し、誤字や脱字の修正を行った。

昼食は、近隣の販売店で購入した弁当を消費した。部屋から外へ出たのは数日ぶりのことであった。屋外は気温が高く、太陽の光がアスファルトの表面で反射していたが、私にはそれらがどこか遠くの出来事のように感じられた。周囲の歩行者や走行する自動車に対しても、特段の興味を抱くことはなかった。弁当を購入し、すぐに自室へと帰還した。

午後は物語の展開部分を記述した。登場人物たちに所定の行動をとらせ、結末へと向かう道筋を作成する。文字を入力し続けるうちに、目がさらに乾燥し、痛みを生じ始めた。目薬を点眼したが、効果は一時的なものに過ぎなかった。画面から発せられる光が眼球に刺激を与え続けている。

午後十一時に作業を切り上げた。目標としていた進行度合いには達しなかったが、疲労により思考能力が著しく低下していたため、これ以上の継続は不可能と判断した。寝具に移動し、仰向けの姿勢をとった。天井の木目を見つめながら、明日記述すべき文章の構成について考えようとしたが、すぐに思考は停止し、眠りに落ちた。

八月二十二日
午前八時に起床。睡眠時間は確保されているはずだが、身体の倦怠感は解消されていない。洗面所で顔を洗う際、鏡に映る自分の姿を改めて観察した。丸まった背中と、青白い肌、そして充血した目は、健康的な人間の状態から大きく乖離している。しかし、その事実に対して焦燥感や改善への意欲を抱くことはなかった。ただ、現在の自分の物理的な状態を客観的に認識しただけである。

本日は昨日の続きから作業を再開した。物語の結末部分を記述し、全体を通読して整合性を確認する。私が作成する文章は、他者の興味を引くための情報として消費されるものであり、私自身の内面や思想を反映するものではない。与えられた条件に従い、文字の配列を最適化していく作業に過ぎない。

午後三時頃に作業が完了し、データを納品した。その後、別の依頼主からの仕事に着手した。こちらは特定の地域における歴史的な事実を要約し、短い記事にまとめるという内容であった。通信機器を用いて情報を検索し、必要な部分を抽出して自らの言葉で再構成していく。
部屋の中の空気は相変わらず埃っぽく、呼吸をするたびに喉の奥に微小な埃が付着するような感覚がある。しかし、換気をするために資料の山を移動させる労力を考慮すると、そのままの環境で作業を継続する方が合理的であると判断した。
夕食は摂取しなかった。空腹感よりも疲労感が上回っていたためである。午後十時に作業を中断し、寝具に潜り込んだ。

八月二十三日
午前五時に自然と目が覚めた。窓の外はまだ薄暗く、気温も比較的低かった。この時間帯は周囲の騒音が少なく、文章の作成に適している。私はすぐに机に向かい、昨日着手した歴史記事の作成を再開した。
指定された文字数はそれほど多くなかったため、午前九時の段階で完成させることができた。データを送信した後、すぐに次の依頼内容の確認を行った。次は、インターネット上の掲示板における利用者のやり取りを模倣した文章を作成するという仕事であった。
特定の主題について、複数の架空の人物が意見を交わしているように見せかけるため、発言の様式や語彙を意図的に変更しながら記述していく。短文を多用し、文法的に不完全な表現を取り入れることで、現実の掲示板の雰囲気を再現する。私はキーボードを操作し、架空のやり取りを画面上に構築し続けた。

午後一時、作業を一時停止し、飲料水のみを摂取した。食事をとるための準備や咀嚼という行為すらも煩わしく感じられたためである。極度の疲労状態が継続していることにより、生存に不可欠な活動以外のすべてに対する執着が薄れつつある。
午後六時に掲示板の模倣文章を完成させた。納品を済ませた後、私はしばらくの間、画面を見つめたまま動かなかった。自分自身が何を考え、何を感じているのかが明確に認識できなかった。頭の中には、今日一日で入力した膨大な量の文字だけが記憶の表面に張り付いている。

午後八時、そのままの姿勢で椅子に座り続けていることに疲労を覚え、寝具へと移動した。

八月二十四日
午前七時半に起床。外では雨が降っているようであった。窓ガラスに水滴が当たる音が微かに聞こえる。室内の湿度が上昇し、積み上げられた古い紙の匂いが一段と強く感じられた。

本日は特定の予定や締め切りが存在しない日であった。しかし、私の生活において仕事以外の活動は存在しないため、自主的に次の文章作成の準備を開始した。どのような主題で記述を行うか、通信機器を用いて情報を収集する。
画面に表示される様々な情報、流行の事象、事件の記録、新製品の発表などを視覚で追っていくが、それらの内容が私の内面に影響を与えることはない。私はただ、文章の素材として利用可能かどうかという基準のみで情報を処理していく。
昼食は、数日前に購入して放置してあった乾麺を茹でて摂取した。鍋で湯を沸かし、麺を投入して一定時間待機する。その後、容器に移して調味料を加える。これらの手順を機械的に実行し、腹を満たした。

午後は、収集した情報をもとに新しい物語の骨組みを作成した。登場人物の年齢や職業、舞台となる場所などを設定し、短い箇条書きで展開を記述していく。文字を入力する指の動きは習慣化されており、思考の速度とほぼ同調している。
午後五時、部屋の明るさが低下してきたため、天井の照明を点灯させた。視界が明るくなったことで、部屋の中に散乱する紙や書籍の乱雑さがより鮮明に認識できた。しかし、それらを整理しようという意思は起こらなかった。

夜になり、頭痛が発生した。目の奥から後頭部にかけて、鈍い痛みが継続している。鎮痛剤を服用し、効果が現れるのを待った。痛みがある程度緩和された時点で、本日の活動を終了することにした。午後九時に就寝。

八月二十五日
午前六時に起床。頭痛は完全に消失していたが、代わりに首の後ろの筋肉に強い張りを感じた。首を左右に動かすと、骨が鳴るような感覚がある。
本日は昨日作成した骨組みをもとに、本文の記述を開始した。主題は、現代の都市部で生活する人物の日常を描いた短い物語である。私は画面に向かい、キーボードを叩き続けた。主人公の行動や周囲の風景を、感情を排した平坦な文体で記録していく。

午前十時頃、近隣の部屋から何らかの物音が聞こえた。誰かが壁に物をぶつけたような音であった。私は一瞬だけ入力を停止し、音の発生源に意識を向けた。しかし、すぐに興味を失い、再び文字の入力に戻った。私の周囲で起きる現実の出来事は、私が作成している架空の物語よりも重要性が低いと感じられた。

午後二時に昼食としてパンを消費した。袋から取り出し、直接口に運ぶ。水分を補給しながら、数分で食事を終えた。
午後はひたすら文字を打ち続けた。画面の端に表示されている文字数の表示が増加していくのを視覚で確認しながら、一定の速度で作業を継続した。私の身体は、文章を生産するための単なる物理的な機構として機能しているように思えた。
午後八時に予定していた部分までの記述を完了した。データの保存を行い、通信機器の電源を落とした。室内の唯一の光源が消失し、部屋は静寂と薄暗さに包まれた。私は椅子から立ち上がり、そのまま寝具の上へ倒れ込んだ。

八月二十六日
午前七時に目が覚めた。室内の空気は相変わらず滞留しており、重苦しい。
起床後すぐに机に向かい、昨日の続きに着手した。物語の中盤から後半にかけての展開を記述していく。主人公が特定の事象に直面し、それに対する行動を選択する過程を文章化する。
私のタイピングの速度は一定であり、感情の起伏によって速度が変化することはない。どのような内容の文章であっても、ただ文字を配列していくという作業に変わりはないからである。

午後一時、作業を一時停止した。食料の備蓄が底を突いていたため、外出して食料を調達する必要があった。私は衣服を着替えず、そのままの格好で部屋を出た。
屋外は日差しが強く、路面の反射光が乾燥した眼球を刺激した。私は目を細めながら、最寄りの販売店へと向かった。歩行の際、背中が丸まっているため、視線は自然と地面の方向へ向かう。すれ違う人々の顔を見ることはなく、ただ足元のブロックの継ぎ目を見つめながら歩いた。
販売店で保存が利く食品を複数購入し、すぐに部屋へと戻った。外の空気を吸い、日光を浴びたことによる気分の変化などは一切なかった。私にとっては、単なる物理的な移動と物資の調達という事実があるのみである。
部屋に戻り、購入した食品の一部を摂取した後、すぐに机に向かった。作業を再開し、物語の結末部分までを記述した。

午後九時、全体の推敲を終え、一つの文章としての体裁を整えた。データを依頼主に送信し、本日の業務を完了した。極度の疲労により、まぶたが重く垂れ下がってくる。私は机の前に座ったまま、数十分間動くことができなかった。その後、ようやく立ち上がり、寝具へと向かった。

八月二十七日
午前八時に起床した。身体の節々に痛みがあり、疲労が深く蓄積していることが認識できた。

本日は新しい依頼は入っておらず、自発的に記述する主題も決定していなかった。そのため、これまでに作成した文章の記録を整理する作業を行うことにした。通信機器内に保存されている過去のデータ群を開き、日付や内容ごとに分類していく。
画面上には、私が過去に記述した膨大な量の文字列が羅列されている。記事、短い物語、架空のやり取り、要約文など、様々な形式の文章が存在している。しかし、それらを通読しても、私が書いたという実感は希薄であった。誰か別の人間が記述した記録を、第三者として閲覧しているような感覚がある。

午後二時、分類作業を中断し、昨日購入した食品を消費した。味覚の刺激は感じられず、ただ胃の中に固形物を移動させるだけの行為であった。
午後三時から作業を再開した。不要なデータを削除し、必要なデータを別の場所に複製していく。この作業は単純であり、思考を必要としないため、疲労した状態でも継続することが可能であった。
午後七時に整理作業を終了した。通信機器の画面を閉じ、椅子に座ったまま室内の様子を観察した。床や机の上に積まれた資料の山は、昨日と全く同じ形状を保っている。窓枠には埃が積もり、天井の隅には小さな蜘蛛の巣が形成されている。
私はそれらの事実を視覚で認識しながらも、状況を変化させようという意思は持たなかった。私の生活は、この閉鎖された空間の中で、通信機器に向かって文字を入力し続けることだけで構成されている。それ以外の要素は、私の生存において不可欠なものではない。

午後十時、私は就寝の準備をした。明日はまた新しい文章を作成する仕事が待っている。私は寝具に入り、天井を見つめながら意識が途切れるのを待った。

八月二十八日
午前六時半に起床。洗面所で顔を洗う。鏡の中の私は昨日と何も変わっていない。白い肌、充血した目、丸まった背中。それらは私の現在の状態を示す客観的な指標としてそこにある。
午前八時、新しい記事の作成に着手した。特定の観光地に関する紹介文である。私はその場所に赴いたことはないが、通信機器を用いて情報を収集し、それらしい文章を構築していく。
キーボードを叩く音だけが、埃っぽい空気の中で規則的に鳴り続けている。私は文字の入力に没頭し、時間の経過に対する感覚を失っていった。外の天候がどうであるか、気温が何度であるか、そのような情報は私にとって全く無価値なものであった。

午後一時に食事をとり、すぐに作業を再開した。指定された文字数を埋めるために、修飾語を追加し、表現をわずかに変更していく。
午後七時、記事が完成した。データを送信し、本日のノルマを達成した。
私は椅子に深く寄りかかり、両目を閉じた。眼球の奥にある熱と痛みが、私が物理的に存在しているという唯一の証明であるように感じられた。私はしばらくその状態を維持した後、寝具へと移動した。

八月二十九日
午前七時に起床。背中の痛みはもはや慢性的なものとなっており、気にする段階を過ぎている。
本日は、学術的な事象を一般向けに解説する短い文章の作成に取り掛かった。専門用語の意味を調べ、平易な言葉に置き換えていく。事実関係を誤らないように注意深く情報を処理していく。
午前十時頃、通信機器の画面上に文字が連続して表示されていく様子を眺めながら、ふと、自分自身が何かの機械の一部になっているのではないかという認識を持った。情報を入力され、決められた規則に従って文字を出力する機構。そこに私の個人的な意志や感情は介在していない。

午後二時、昼食としてカップ麺を消費した。容器にお湯を注ぎ、数分待ってから内容物を摂取する。
午後六時に解説文章を完成させた。納品を済ませ、本日の業務を終えた。

部屋の中の空気は重く、静まり返っている。私は机の上の紙片の束に視線を向けた。それらは過去の仕事の痕跡であるが、現在となっては空間を占有するだけの無用な物体である。しかし、それらを廃棄するための行動を起こすことはない。
午後九時、私は寝具の上に横になった。明日も今日と同じように起床し、文字を入力し続ける。その事実だけが確定している。

八月三十日
午前五時に目が覚めた。窓の外は暗く、静寂が支配している。
私は机に向かい、本日の仕事を開始した。短い物語の作成である。数日前に作成した骨組みをもとに、本文を記述していく。
キーボードの操作音だけが聞こえてくる中、私は淡々と文字を配列し続けた。疲労により思考は鈍り、物事に対する関心は極限まで低下している。しかし、文字を入力するという行為だけは、私の身体に深く刻み込まれており、停止することはない。
私は画面に表示される文字列を見つめ続けていた。